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ふと気付くと、11月も終わり。耐震偽装に巻き込まれて5年が過ぎました。
建て直しが終わるまであと1年。現在は、時たま、設計事務所から細かい仕様の問い合わせがあるくらいです。 社会情勢、政治情勢、経済情勢などをみると、5年前に比べて良くなったと感じられるものはあまりないように感じます。 ただ、従来なら、明らかにならなかったような不祥事が明らかになるケースが増えています。これは、不祥事が増えたわけではなく、ごまかしきれなくなっているのだと思います。 今後も様々な綻びを直視しなくてはいけないような状況が続くと思います。次の時代のためには、こうした不愉快なものをきちんと清算していかななければいけないと感じています。 ところで、政権交代が行われたものの、残念な状況です。もともと、二大政党のいずれにも決め手が欠けた状況だったので、政権交代をしたとしても、期待はできないと感じていました。 現在の与党第一党は、私から見れば、耐震偽装の初動から期待に反していて、見当違いの追及をしていたと思います。その中心にいた人物たちが、国土交通大臣であったり、外務大臣であったりしていますが、耐震偽装での対応から想像できてしまうような対応ばかりで、あまり教訓が活かされていないように思います。 どうやら、政権交代によって政権についた人たちも、古いほころびのひとつで、清算されなくてはいけない対象なのかもしれないと感じています。 清算の作業と同時に、新生や再生の準備も必要だろうと思いますが、いろいろなところで目立たない形で進んでいるものと信じています。 すでに一ヶ月以上が経ちますが、耐震偽装を行った元建築士を相手取った裁判で、被害にあった元住民が勝訴したという報道がありました。訴えていたのは、いち早く建て直しを行った物件で、建て直しのコストを最小限にしつつ、後から回収できるものを回収するという方針をとっているようでした。
勝訴によって得た権利をどのように行使するのかわかりませんが、損害の回収を着実に進めているのだと思います。 私たちの物件では、きちんと資金についても目処をたててから建て直すという方針をとっていたため、時間がかかっています。対照的な対応だと思います。 これには、住民の考え方以上に、担当する自治体の姿勢が関係すると思います。 私たちも、資金について考えるにあたり、関係者からの賠償も考慮はしました。しかし、元建築士からの賠償を裁判で勝ちとっても、その賠償を回収するのは難しいと判断しました。このため、裁判をしてはいません。 「耐震偽装による建て直し」ということで、ひとくくりにされがちですが、建て直しは、それぞれ、全く異なる方法で行われており、それぞれが、今後の参考になると思います。しかるべき検証が必要だと思います。 愛知県のビジネスホテルの耐震偽装問題では、一審で、建築確認をした県の責任が認められていました。しかし、その判決が二審でくつがえりました。
同様の訴訟では、建築確認を行った特定行政庁の責任は認められていません。おそらく、県の責任を認めた判決が例外的なものなのだろうと思います。一審の判決は、建築確認制度のあり方についてのひとつの考え方を示したとして評価することができますが、一般に認められるものではなかったということなのだろうと思います。 建築確認を行った特定行政庁の責任は認めない判決は、ますます、建築確認の意義を低下させるのではないかと思います。建築確認は、建築を行ううえの、余計な手間と負担にすぎなくなってしまいます。 違法建築が出現した場合の責任を負わないのであれば、建築確認のような事前の取り締りには意味がなく、事後の取り締りを徹底したほうが良いと思います。「無謬」ではないということが明らかな制度では、責任を免除するという方法は適切ではありません。一方で、裁量の余地を広げ、大幅に許可としての権限を強くすれば、少なくとも建築主事の判断は「絶対」となるので、「無謬」とすることができます。そのような強い権限の制度にするか、やめてしまうのがいいだろうと思います。せめて、建築確認の意義を大幅に限定すべきです。 従来、建築確認の効力や能力についての誤解があったと思います。それが裏切られたのが耐震偽装だったと思います。今でも、建築確認に位置づけは、人それぞれに違った捉え方をしているのではないかと思います。明確にすべきです。
この判決では、コンサルタント会社が負うべき責任を大幅に認めています。これについて、私は違和感を感じます。 おそらく、報道からしか情報を得ていないからだと思いますが、理由がよくわかりません。どのようなコンサルタント契約だったのかによると思います。また、建築については、所有者、建築主、設計、施工、監理といった業務の中で、原告である所有者(建築主?)の責務があると思います。そこがどのように扱われたのかによって、コンサルタント会社という曖昧な存在の責任が変わってくると思います。 建築関係の法律や制度は、責任関係などが、現実に即していないまま放置され続けているので、抜本的に見直すべきです。それは、司法の場で行われるべきものでも、行政の裁量によって行われるべきものでもなく、立法府が取り組まなくてはいけないものだと思います。 除却が終了し、建築がはじまています。これにあわせて、固定資産税の減免が終わり、再開されています。現在のところ、建物はないので、土地についてだけです。
使用禁止から除却までは、耐震偽装に伴う違法建築に対する公的な処分で、土地の利用が制限された形になっていました。この制限を理由に、固定資産税が減免されているものだと理解していました。この減免は、公的に行われた経済的な支援にもなっていると思います。 除却が終了した時点で、公的な対応のうちの違法建築に対する処分は終了。やっと、土地の利用について所有者の権利が回復しました。それにとともなって固定資産税も再開したと理解しています。 所有者の権利が回復したところで、建て直しです。所有者としては、放ったらかしでも、売却しても構わないはずですが、公的な対応の一部であるので、建て直しが、事実上の唯一の選択肢です。 私たちは、隣の建物と共同して再開発をすることにしていましたが、その方向で、順調に進んでいます。
強制的に起訴されることになった与党の元代表は、国会で証言するべきです。
話題は、「政治とカネ」にとどまらず、検察のあり方や、検察審査会という制度がかかえる問題に及ぶと思います。 検察審査会は、政治家に大きなダメージを与えることができる組織であるということが、今回、明らかになりました。「起訴相当」という決定は、国民感情が納得していないという曖昧な理由で、大物政治家を刑事被告人にしてしまい、政治家としての活動に大きな影響を与えています。この権限は、政治の道具になってしまいかねません。その妥当性が問われます。 もし、気に入らない人がいたなら、刑事告発し、検察に取り調べをさせ、検察が不起訴処分にしても、検察審査会で「起訴相当」に持って行けば、刑事被告人にすることができます。たとえ、判決が無罪になるとしても、長期にわたる裁判に力を割かねばならなくなります。その影響は、甚大です。 加えて、検察審査会が、どこまで審査してよいかが明確では無いようで、手続きとしての妥当性が問われています。審査の対象を超えて結論が導かれているようであり、そこが問題です。おそらく、対象を超えた事情については資料が正式には提供されていないにもかかわらず、決定に織り込んでいるものと思われます。もしそうなら、そのような決定の意義を考え直さなくてはいけません。この点については、裁判が始まったおり、裁判所で、門前払いをするかもしれませんが……。 いずれにせよ、そうした事情を、国会で審議し、検察のあり方や検察審査会の制度を改めていくべきです。そのために、しっかりと証言をするべきです。 質問に立つ議員は、きちんとポイントを練り、金の出所を何度も尋ねて、「納得できない」などと決めつけるような不毛なことをせず、立法に繋げなくては行けない問題は何なのかを明確にするようにしなくてはいけません。 元代表に近い議員が質問に立つ事があるなら、きちんとした打ち合わせをして、「政治とカネ」というイメージだけの不毛な議論ではなく、検察のあり方や、検察審査会という制度という改めるべき国の制度の方を、討論の中心に持って行くように心がけるべきだと思います。 検察審査会という制度は、民主的な理念が元にあるはずなのに、民主的な政治を踏みにじる制度になりかねない危険を持っていることが、今回、明らかになっています。そこに、素早く対処しなくてはなりません。 案外、元代表に、「起訴相当」という決定を下したことは、キズが深くなる前に問題に気付くきっかけになっているのかもしれません。この機会を、活かすべきです。 また、政治資金規正のあり方については所管の総務省、土地の取引については法務省と農水省(農地からの土地の種目変更がからんで日付がややこしくなっていることが問題の発端らしいです)の見解も質し、検察の考えの妥当性も吟味しなくてはいけないと思います。 いろいろと国会が取り組まなくてはいけない問題がある一方で、今後、元代表は、政治的な活動の舞台を、国会から法廷に移していくのではないかと感じています。 国会では、選挙制度の改革や、政治資金規正は、この元代表が中心となって進められてきたことです。国会については、ある程度、元代表の理念が反映されており、政権交代も実現しました。しかし、国民の代表によって構成され、国権の最高機関であるはずの国会の権威は確立されているとはいえません。 明治以来変わらぬ官僚優位の国家運営が行われている一方で、その官僚制度が陳腐化しています。官僚制度と闘うためには、国会の中で制度について議論したり、内閣として官僚の上に立っただけでは、どうやら足りないようです。 三権の一つである、裁判所という官僚組織に認めさせ、行政の官僚に文句を言わせないようにしなくてはいけません。そのための闘争に取り組むというのが、「政治闘争だ」という言葉に込められているように感じました。 もしそうなら、すごい政治家です。師である田中角栄を超えたのではないかと思います。 仮住まいが長くなりました。耐震偽装のおかげで4ヶ月強しか住まなかった部屋から持ってきた電化製品の調子が悪くなり始めました。当時は、大きな部屋ということで、はりきって揃えたことを思い出します。
残念ながら、仮住まいは、そのような大きな部屋用の電化製品は適切ではなく、親戚や友人に引き取ってもらったものがたくさんあります。残ったものは、コンパクトなものが中心。そうした電化製品をよくみてみると、新居に入るために揃えたものよりも、それ以前からのものが多いという気付きました。 まず、そうした新居以前からの電化製品の買い替えたいと考えるようになりました。 その最大の大物が、洗濯機。この買い替えが正解だったために、ますます、新しいものが欲しくなってしまいました。 新しい洗濯機は、音が静か。いつはじまって、いつおわったのかもわからないくらいの静粛さ。逆にいうと、今までの洗濯機は、騒音を撒き散らしていたということになります。この騒音は、もともとの性能なのか、古くなって音が大きくなったのかわかりませんが、買い換えてよかったと思います。 次の悩みは、DVDレコーダー。新居に引っ越すときに、大きなテレビと一緒に張り切って新しいものを買ったのですが、仮住まいに移るときに、新しいテレビとレコーダーは親戚のもとに。手元に残ったのは、以前からのDVDレコーダーでした。 仮住まいに移ってしばらくは、テレビのない生活だったのですが、小さいテレビを買い、だんだんとテレビを見る機会が増え、レコーダーも活用されるようになってきました。しかし、最近、内蔵のハードディスクが小さいことや、操作への反応が遅いことが不満になってきました。これについては、来年末の新居への引越しまでは、このDVDレコーダーで我慢することになりました。大きなテレビと一緒に揃えたほうがいいだろうという考えです。 微妙な不具合がでてきたのが冷蔵庫。新居に引っ越すにあたって、いろいろと検討した結果購入したものです。当時売られていた家庭用冷蔵庫としては最大サイズの機種で、今の仮住まいには不似合いですが、こだわりの冷蔵庫なので、無理やり押し込んで使っています。その冷蔵庫のドアが、微妙に閉まりが悪くなっています。 これは、保存されているものの品質に関わる問題です。大きな冷蔵庫で、いろいろといれておけることがポイントなのに困ったことだと思っていましたが、不調な扉の部分には、ビンや缶の飲み物をはじめとした傷まないものを入れておけばいいということになり、そのまま使っていくことになりました。おそらく、来年の引越しのときに、廃棄にして、新しい冷蔵庫を購入することになるだろうと思います。大型冷蔵庫は、進化が激しい電化製品なので、来年の買い替えを楽しみにしています。 4ヶ月強しか住まなかったあの部屋の購入を決めて入居にいたるまでの期間と、これから建て替えて引っ越すまでの期間がだいたい同じくらいになりました。購入を決めてからの期間も、同じようなことを悩んでいたことを思い出しました。「どうせ引っ越すのだからその時に」というのが、いつもの結論でした。 検察審査会の議決により、与党の元代表が政治資金規正法で起訴されることが確実のようですが、有罪になるのは難しいだろうと思います。すでに、問題とされている件については、追及側がお手上げ状態です。せめて、何か別件の攻めやすい問題があれば、そこでお茶を濁すことも出来ると思いますが、すでに徹底した取り調べが行われ、そういう事情はみつかっていないようです。そもそも、この事件自体が、「別件」だという話もあるくらいですし……。加えて、かなり詳細に、本人がいろいろなところで説明していて、そこには破綻がないように思えます。
「説明不足」と非難されているようですが、そういう非難をする人は、はじめから聞く耳をもたない人たちか、情報が入らない状況の人たちだと思います。聞く耳をもたない人たちには、いくら説明しても、納得は得られないものなので、闘うしかありません。情報が入らない状況の人たちには、機会を見つけて説明すべきだと思います。残念ながら、報道は、その機会を奪う側に立っているようであり、現実的には、その手だてはほとんどありません。 今後、裁判に様々なことが上がってくると思いますが、マスコミ報道は、断片的で、大事なことが抜けていることが多いようです。これは、記者が法廷できちんと取材をしていないからだと言われています。じっくりと法廷でのやりとりを聞いて記事を書く余裕は、大きなマスコミの記者には与えられていないからだと思います。その結果、安直な報道になりがちなのではないかと思います。裁判を通じて、真相が明らかになっても、それが、人々に伝わるかと言えば、疑問です。 ところで、起訴は、検察が行うのではなく、地方裁判所が指定する弁護士によって行われるということですが、費用はどうなっているのかと思います。追及側に決め手がかける裁判であり、決着をつけるのが簡単ではなく、無用に長引くということも考えられると思います。 一方、起訴された側は、無罪になるとしても、その期間を取り戻すことはできません。そういう意味では、起訴だけで、政治家への打撃は充分なインパクトがあります。長引かせないようにしたいと考えているのではないかと思います。 政治家としては、このような状況にまきこまれないことが大事で、正しいかどうかや、真実がどうかというレベルの問題ではないと思います。 問題の中身をみると、帳簿の記載の問題であり、土地の種目変更が伴っている点をどのように克服するのか興味深いと思います。私は、無理ではないかと思います。また、借り入れの妥当性も、いいがかりのレベルだと思います。これらは、すでに起訴されている元秘書たちについても言えることのように思えます。 取り調べの供述内容が信頼できるかどうかとか、二転三転しているということが、疑いを強めているようですが、記憶違いや、記憶がなかったという事が、罪の証にはなりません。 元代表を支援する立場にとっても、「政治とカネ」の問題を追及しようと言う立場にとっても、これは、とても、不毛なことのように思われます。 大阪地検特捜部の証拠改竄と隠蔽が大事件になっています。改竄にかかわった検事と、その上司が罪に問われていますが、マスコミを通じた情報では、上司が発覚をおそれて隠蔽を行ったという構図になっているようです。報道される構図は、必ずしも信用できるような代物ではありませんが、そのような構図を描かれてしまう点に、この上司たちの問題があったと思います。
こうした光景は、耐震偽装でも、郵便不正でもみられたものです。「政治とカネ」の問題も、その手のものかもしれません。 一旦、疑われてしまうと、余程のことがない限り、「悪」のレッテルを拭い去ることはできません。 その点で、郵便不正は特殊ですが、それが可能だったのは、調書を翻す証言が出てしまい、追及する検察側に無理が生まれてしまったからです。また、別件で有罪にして、お茶をにごすというのも無理でした。担当官庁の官僚という立場には法令に関する裁量が与えられており、法令の解釈で検察がゴリ押しすることができませんでした。そういう立場の人でなかったら、帳簿の記載のような問題で有罪にして、誤魔化していたかもしれません。 ところで、大阪地検特捜部の上司たちは、隠蔽に関する事実はないと争う構えのようです。それ自体は、妥当だと思うのですが、この問題を知ったときの対応は、失敗だったと思います。彼らは、まず、公表をしたり、さらに上層への報告をするなどの対応をしておくべきでした。 その結果、一時的には、やっかいなことになると思いますが、破局に至ることはありません。出世街道に一歩遅れをとることがあるかもしれませんが、挽回は可能です。彼らは、いかにダメージを少なくするかを考えるべきでした。そのための管理職であり、また、責任をとるのが仕事なのですから、そのように行動すべきだったと思います。 しかし、そのようにしませんでした。「保身」の意図があったかどうかはわかりませんが、危機管理を的確に行えなかったことが、以後の事態を悪化させています。早い時期に公表し、無理な裁判をしないという難しい判断をすることができたなら、その時点では、いろいろな非難を受けたと思いますが、「検察の組織ぐるみの犯罪」という最悪の事態は回避できたと思います。 この時点にいたっては、この上司たちが主張することに真実があったとしても、どうにも対処しようがないと思います。大問題にまきこまれ、構図の中に組み込まれてしまうと、それを切り抜けるのは至難のワザです。 真実や、正義、正しい解釈など、いくら主張したところで、それが通る「世間」ではありません。幸い、裁判所は、無理な構図には与しないことが多いようのなので、それに期待をかけて全力で闘うしかないのだと思いますが、大抵の場合、失われたものは回復困難です。 このような事態にならないように、きちんと危機管理をする必要があると思います。不都合な出来事に対し、小手先の「保身」をしてはならず、最悪の事態を想定しながら、有効な手をうち、ある程度の損害は覚悟することが必要だと思います。 あいにく、どんなに軽微でも損害を許さない不寛容さが、われわれの社会にはあり、つい、誤魔化してしまいたいという欲望が生まれがちですが、それに負けないことが大切だと思います。 事件が明らかになったとき、「危機管理」を強く主張する人物に対し、事勿れの「保身」をめざす人が、「そんなに融通がきかないのは…」と文句を言うことがあります。しかし、もっと融通がきかないのは、「世間」であり、それに惑わされて事勿れの「保身」に拘泥してしまう自分自身こそ、「融通がきかない」人間になってしまっているということに気付かなくては、「危機管理」は無理です。 残念ながら、世間が融通がきかないためか、事勿れの人のほうが、上に立ちやすい傾向にありますが、それは、組織や社会を弱くしていると思います。
厚労省の郵便不正に関わる事件は、結局、担当の係長の単独の犯行であり、その動機は、何らかの利益を求めるとか、巨悪の一部であったというよりは、「面倒だったから」というのが真相のようです。
この事件では、法廷での証言によって検察の調書が覆されることの連続で、違法性をともなう取り調べを想像させます。裁判で重要視されてきた署名入りの調書が、恣意的で執拗な方法でとられてきたことが、裁判を通じて明らかになってしまいました。 この裁判の経過をうけて、今後、「取り調べの透明性の確保が必須」という流れになるものだと思いましたが、「証拠の改竄」という話が浮上し、大混乱という状況になってしまい、どうなるか想像もつきません。 この混乱にあたり、取り調べなどの可視化はもちろん重要ですが、さしあたっては、無理な立件を行わないという原則をたて、その上で、徹底的な捜査をするべきだという体制を再確立する必要があると思います。 ところで、耐震偽装の一連の裁判を通じて知った事は、今日の検察は、別件にすぎない問題で、立件不能なもともとの事件をすり替えるのが常套手段になっていることでした。 ひとたび検察に「関係がある」とみなされると、たとえ、その関係に合理性がなくても、別件で起訴されます。もともとの容疑を織り交ぜた検察の無理矢理な主張が繰り返され、それがマスコミを通じて流れます。もともとの容疑については無罪や無実であっても、別件での有罪によって、もともとの容疑でも有罪であったかのような錯覚が生まれます。 裁判所は、「もともとの容疑とは関係ない」という文句を判決文に入れたりすることで、検察の主張を退けてはいますが、それは、なかなか人々には届かず、もともとの容疑が先入観となって、「悪」というイメージが残り続けます。 このような裁判のあり方は、歪んでいます。 また、そもそも、問題になるような「別件」についても、会計上の判断など、法令に曖昧なところがあって解釈が分かれるようなものがほとんどです。そこに、「悪」が潜んでいるようなものではないようなものも多いと思われます。それを、こらしめの切り札のように使っているのは姑息であると思います。 現与党の有力者をめぐる「政治とカネ」の問題も、同じようなものです。 贈収賄があるというふれこみでしたが、問題になっているのは、帳簿の記載の解釈の違いや、登記にかかわる土地種目の変更手続きの日付の解釈の問題。それらは、誤りがあった場合には、まず、行政の担当の当局と当事者が話し合って修正すべきものであって、捜査当局がしゃしゃり出るべきものではありません。 しかし、執拗なマスコミを利用したキャンペーンが行われ、すでに、担当の行政当局の手が届かぬところに来てしまっています。また、多くの人々は、何が問題なのかわからないまま、「悪」というイメージを植え付けられているように思います。 私は、裁判所が、すでに起訴されている関係者にどのような判断をするのか、関心をもっています。 元建築士を除く耐震偽装に巻き込まれた関係者の一連の刑事裁判も、与党の有力者の「政治とカネ」も、実質的に、検察の見込み違いであったと、私はみなしています。それに対し、執拗な追及を止めることができないところが、現在の検察をとりまく問題であろうと思います。誰も、冷静に、引き際を判断することが出来ていません。 こうした検察の姿勢が基盤にあるため、取り調べの透明化がすすまない上に、違法ではないのかと思われるような陰湿な情報リークが続いてしまうのだと思います。 さて、今回発覚した「証拠の改竄」は、構造計算書の偽装や、郵便不正に用いられた偽の証明書と同じ性質の問題だと思います。ただ、この3者の中で、国家にとってもっとも深刻なのは、「証拠の改竄」ではないかと思います。刑罰という国家が独占する権限の信頼性が崩れてしまいました。厳格な処分を行うことは当然だと思いますが、改竄の発覚の影響についての適切な対処が必要だと思います。 検察の取り調べや証拠についての信頼性が損なわれたために、多くの裁判が混乱することになると思います。これに対し、検察が基本に立ち返ることは不可欠ですが、裁判所にも、毅然とした判断が必要だと思います。裁判所は、検察側の不十分な主張や、不適切な主張を、的確に退けていかなければ、裁判所の権威を保つことが出来ません。裁判所の自律が試されると思います。 この時期に、このような混乱をしているのは、国際的には、大損失です。「中国漁船問題」があり、日本の司直の信頼性が疑われることが、国益を損なうことにつながります。中国側の強い圧力に口実を与えるような事件だと思います。 この混乱は、あまりに重大です。しかし、適切な出口を、この事件でも、見つけられなくなってしまうのではないかと恐れています。 誰が主体になって取り組むべき問題であるのかという点からきちんと議論し、なるべく早く、立法による解決の道筋を示すべきだと思います。検察の自浄作用や自律にまかせるのは、政治の無責任だと思います。官僚を大切にすることは、放ったらかしにすることは違います。 まず、「正しい検察」を作らなければいけないと思います。「強い検察」は、この状況では、二の次です。
建て直し中のマンションは、様々なところに自由がききます。分譲とは異なるメリットだと思いますが、おかげで、いろいろな規制があることを思い知らされます。
つい先日、設計を担当する建築士さんからメールが来ました。希望したキッチンの高さを確保すると、法的に必要なレンジとレンジフードの間の「離隔距離」がわずかに取れないとのこと。そこで、キッチンを低くするか、レンジフードを別のものに変更するかの判断が必要とのこと。別のレンジフードにすると追加料金がかかるそうです。 設計というのは、とても細かい仕事であると、あらためて感心しています。 私は、今まで、建築士には、技術者としての裁量が広く与えられていると考えていましたが、現実は、むしろ逆。まるで細かい規制に適応させることが建築士の仕事のようであり、国家資格は、その規制に適応させる能力についての資格であるように思います。 技術は、日進月歩であり、それに追い付いていくために、プロフェッショナルは常に努力しなくてはいけません。その努力の先には、先進的な技術の創造も期待されていると思います。国家資格を持つことによって生じる裁量の余地が、進歩の原動力になりうると思います。 しかし、そういう能力が必ずしも国家資格として認定されているわけではないようです。 現実には、国家資格を持つ事によって、規制にあわせることに拘泥してしまうことになります。これでは、技術の本質を忘れてしまう人が出てもおかしくないのではないかと思います。法令にあわせる努力ばかりになってしまって、技術の正しさの検証の重要性が二の次になってしまうおそれを感じます。 そうした本質を忘れたところに、耐震偽装が生まれる余地があったのではないかと思います。 基準や規制、規格は、技術の進歩によって変更されるものです。その変更の細かい内容だけでなく、その内容の背景にある技術の進歩についても思いを巡らせることができ、自分なりの見解をもったプロフェッショナルであってほしいと思います。 わたしは、技術的な妥当性を建築士が立証することができるのであれば、法令の基準を外れる設計であっても構わないという仕組みを作ってもいいという考えです。逆にいうと、技術的な妥当性を立証できる能力がない建築士は、基準を遵守しなくてはなりません。 法令の基準に外れた設計などを、技術的に評価する仕組みが、現状ではしっかりしていないように思います。建築士同士の議論でも良いし、公的な建築主事や検査機関との議論でも良いと思いますが、そうした議論が必要ではないかと思います。プロフェッショナル同士の、そうした厳しさの中で、優秀な建築士は育つのではないかと思います。 今回のレンジとレンジフードと離隔距離のようなものは、そんな煩わしいことをする必要がある問題だとは思えません。ただ、担当の建築士さんの苦労は、技術者やプロフェッショナルの喜びのような形では報われるような苦労ではないだろうと気の毒に思っています。
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耐震偽装発覚から、5年。建て替えが再開発事業としてすすめられています。
by gskay 以前の記事 2010年 11月
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