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会計の記載に関する事実関係では、あまり争いはないようです。そうなると、法律の解釈や、会計ルールの解釈の問題になります。こうしたルールの解釈は、検察の解釈が正しいとは限りません。
引用の記事では、「事実がどう確定するか」とのことですが、確定された事実をどのように解釈して法令のあてはめるのかという問題が、ポイントになるのではないかと思います。 少なくとも、立法の趣旨や、担当する総務省の見解などを総合的に考えなくてはいけません。 ひとたび裁判に巻き込まれると、全力で闘わなくてはいけなことがしばしばです。しかし、もし勝算があるのなら、わざわざ議員の立場を捨ててまで、裁判に力を注ぐ必要はないだろうと思います。法律の定めもあるように、判決が確定するまでは、議員に留まっていて差し支えないと思います。 どうせ、どのような判決になろうが、検察も被告人も最高裁まで争う覚悟なのだと思うので、気が遠くなるくらい時間がかかります。被告人は、それをやりぬく覚悟があると宣言しているのだと思います。 政治にまつわる金の問題では、「田中角栄以来」と形容されるダーティーなイメージがつきまといますが、金の必要性や金の力、金の集め方、その弊害を知る抜いていたのは、田中角栄にほかなりません。政治資金の規正や、選挙制度の改正は、田中角栄自身が必要性を感じて取り組んできたもの。その流れをくんで、その部分に最も関与してきた人物が、小手先の法令解釈の問題に、そんなに簡単に負けてしまうとは思えません。 金集めに苦労しないで済み、金の力によって政治がねじ曲げられないようにするために努力して来たのは、実は田中派の流れの人たち。それは、今までの制度が、金集め次第ということを熟知していて、金の力で政治が動かされてきたからだと思います。それを最大限に活用することで、逆に、その仕組みの問題を取り除こうとしていました。金権政治を批判するだけの立場とは異なる現実路線です。それが、あまり評価されていないのは残念です。 ところで、尻切れとんぼな検察の展開は、耐震偽装の時と似ていると思います。 大見得をきる形で大捜査をしておきながら、耐震偽装では、元建築士を除いて、全てが別件でした。裁判所の判決では、耐震偽装とは関係ないと明言されてしまっていたりするほどです。 無理矢理、巨悪と関連づけようとするかもしれませんが、帳簿の記載の判断についての見解の相違以上のものは出て来ない可能性が高いのではないかと思います。 また、怪しい発言に振り回されてしまった点も似ています。 耐震偽装では、元建築士の発言に振り回されました。こちらでは、元福島県知事の汚職疑惑であやしい発言をした業者に振り回されているようです。 検察というのは大事な仕事をしていると思います。これでいいのか心配です。人員を増やすとともに、能力を向上させるための方策が必要なのではないかと思います。 政権交代後の与党の幹事長の政治資金をめぐる騒動には、あまり感心できません。
耐震偽装の時と同じように、先に「構図」があります。 疑われている側の発言というふれこみで、「構図」に都合がいい情報が流れています。しかし、辻褄があわなくなると、二転三転します。疑われている側の発言が翻ったとして報じられ、ますます疑いが深まったと解釈されます。 このような状況の場合、「構図」はあてにならないというのが、耐震偽装以来の私の印象です。 騒ぎになり、大掛かりな捜査が行われた以上、しかるべき巨悪を暴かなくてはならないという本末転倒な正義感から、強引な捜査や報道が行われています。しかし、そうした騒ぎのこれまでの裁判の内容をみると、別件であったり、無罪になったりということが少なくありません。裁判になってみたら、報じられてきた内容が荒唐無稽な言いがかりであったということがしばしばです。 そのような状況でも、疑われた人が失ったものを回復する方法がないということに疑問を感じます。逮捕されるということや、起訴されるということ自体に「罰」としての意味がこめられているのだと思いますが、それが不適切であった場合への配慮が不十分であると思います。 「誤りが許されない」という覚悟は結構なことですが、それは、「誤りを認めない」ということであってはいけないと思います。誤りは誤りで認め、それによって不適切な処遇を受けた被疑者や、容疑者、被告人への補償の充実が必要だと思います。さらに、そのような誤りを犯した担当者がしかるべき評価を受けるという仕組みがしっかりとしていなくてはいけないと思います。捜査当局も、報道機関も。 ところで、このような場合、疑われている側に説明の責任を求めて、社会的な追及が行われますが、これは、どんなに説明しても無駄です。ありのままに全部を公開しても、もっと隠している「はず」だと、非難がエスカレート。説明をせずにいても、説明をしても同じことです。 仮に言いがかりであったとしても、第一にすべきことは、世間を騒がせていることへの謝罪。その上で、捜査当局とは別の担当の官庁と相談し、修正すべきところを修正するという手続きを誠意を表しながら行うことが大切だと思います。それが、このタイプの騒ぎの我が国における危機管理だと思います。 幸か不幸か、官庁が縦割りです。一方で、法令が曖昧で解釈に幅ができてしまいます。ここに、官僚の裁量の余地が生まれます。所管している官庁の官僚に認めさせてしまえば、追及は難しくなります。私は、官僚の裁量には批判的ですが、現状では、それを逆手にとった危機管理が可能だと思います。邪道だとは思いますが、背に腹はかえられません。 ところで、そのあたりをうまく切り抜けているのが、与党の代表で首相。これに対し、法律を作った当人としての法令の理解に対する自信と、官僚の裁量と対決するという決意で、騒ぎに真っ向から取り組んでいるのが幹事長。 幹事長への疑いが、どのように決着するのかわかりません。 疑われている側にダメージが加わって終わるのが、これまでの通常のパターンだったと思います。たとえ追及する側に無理があっても、その無理を通してきました。 その無理が通らず、うまく疑いをはねのけて見せる可能性もあると思います。さらに、無理なことをしようとした追及側にダメージを与えるという逆転も起こるのではないかと思います。 その実現は、国会の権能を最大限に利用できるかどうかがポイントではないかと思います。今まで、その権能を利用して、追及をかわすことに成功した人はいません。というか、挑戦しようとした人がいません。それを、はじめて成功させる可能性があるように思います。 これは、政治家以外には与えられないチャンスです。逆にいえば、政治家さえも無理な追及をかわすことができないとしたら、当局はフリーハンドを手に入れたことになってしまい、戦前の統帥権の再来ということになってしまうのではないかと恐れます。 疑惑の方が正しければ、そんな超越的なフリーハンドの心配などする必要はないのですが、近頃は、筋が悪い追及が多くて……。 建築確認は、耐震偽装をきっかけに「厳格化」されたというふれこみでした。しかし、内容が厳格になったというより、煩瑣になっただけでした。
煩瑣な手続きを経れば安全が確保できるかのような印象をうけますが、安全の確保のための画期的な手法が導入されたわけではありません。加えて、電算化への対応も著しく遅れた仕組みになっていて、非効率。 そうした制度を拙速に導入した結果、経済の根幹のひとつである住宅の建築に打撃をあたえ、我が国の経済に深刻な影響を与えました。住宅建築は、建てるという行為だけでなく、金融という点から考慮しなくてはいけない行為だという視点が足りなかったのではないかと思います。 政権交代は、方向をただすいい機会だったのだと思います。政権交代があろうとなかろうと、いずれは、改められたのではないかとおもいますが、いずれにせよ、今の制度には無理があったと思います。
「違反設計への処分も徹底」としていますが、あらゆる違反建築に対し、厳しい対応をしていく必要があると思います。 民間検査機関制度は、建築主事による取り締まりの強化と同時に行われるべきでしたが、そうのようにはなっていませんでした。あらためて、取り締まりの仕組みを構築する必要があると思います。 また、耐震偽装では、建築確認の意義が問われました。それまでなら、建築確認は、業者にとっての最後の拠り所としての価値がありました。買い手も、信頼をおいていました。住宅ローンの前提になっていたように、金融からの信頼も絶大でした。しかし、それが実質的に否定されました。建築確認の効力は絶対ではなく、建築確認という検査の能力も高いものとは言い難い点です。 画期的に検査能力を高めるような技術ができたわけでもないのに、建築確認制度を煩瑣にして、「厳格化」したと称しても、買い手が、安心して購入したり、業者が自信をもって建築にあたるための材料を何も提供はできません。また、建築確認を受けていても、何の保障にもならず、手続きが目的の手続きになってしまいました。費用的にも時間的にも負担になるばかりで、単なる足かせにしかなりません。 それに対する反省として、建築確認を簡素化するという方針には、賛成です。 しかし、同時に、二つのことが必要だと思います。 一つは、事後の取り締まりを強化すること。そしてもう一つは、事後の取り締まりによってみつけられた違反について、きちんとした対応ができるように、技術的な面からも、権利や責任の面からも明確なルールを作ることです。 耐震偽装では、特に、後者がでたらめで、国のいきあたりばったりの対応が、事態を深刻化させてしまったと考えています。 まず、建築確認制度が無謬であるはずだという前提を捨てることが大切だと思います。無謬という前提にとらわれすぎていて、問題が発生した場合の対応を充分に準備できていませんでした。そこを反省した仕組みに改めるべきだと思います。 そうした改善には、国土交通省のレベルアップが必要だと思います。様々な意味で技術の進歩に取り残されてしまった役所が、絶大なる権限を持っています。そのいびつさを解消することを考えなくてはいけないと思います。 解体が終わった9月に起工式/地鎮祭がありました。随分と前の話になりますが……。
住民は役員さんが代表になって出席。その後、関係者が集まって、共同で再開発をする会社のビルでパーティーが行われました。 ひょっとしたら、耐震偽装発覚以来、「お祝い」に相当するような行事は、これがはじめてではないかと思います。耐震偽装発覚が入居直後だったことを考えると、このマンションのコミュニティーにとって、はじめての「お祝い」のパーティーだったと思います。 共同化に参加してくれた会社、区、建築にあたる会社、設計会社、コンサルタント会社、地域の自治会……と、いろいろな人が集まってくれました。役員でない住民にとしては、接することがなかなかなかった人たちに会うことができました。この事件に関わることになって、いかに苦労したのかという話をきくことができ、あらためてありがたさを感じました。 楽しいパーティーでしたが、全住民が集まれなかったのは残念です。そんなことを言っている私自身、たまたま東京にいたから出席することができました。いろいろと事情があり、なかなか出席できないのは仕方がないだろうと思います。 その後、工事は順調だと聞いています。事故などないように願っています。完成は平成23年の秋の予定。ここまでに、約4年が経過しました。あと2年をきりました。 あまりに長く放置していたので、再開のきっかけがつかめずにいました。仕事が新たなステップに入り、今までの仕事の整理をしなくてはならず、忙しくしていました。
ところで、久しぶりに、耐震偽装関連ニュース。ヒューザーが、自治体や検査機関を相手に起こした裁判の控訴が取り下げられたというニュースです。破産管財人が引き継いでいました。
全く勝ち目がないとは言えないと思います。破産管財人は、債権者への配当を増やさなくてはならない責務があるので、全く勝ち目がないわけではないなら、訴訟を続けるのが本来だと思います。 この方針についての破産管財人からの説明のようなものは受けてはいませんが、私は、異論をたてたりしないつもりです。おそらく、債権者である多くの住民も同じような姿勢ではないかと想像しています。 建て替えにしろ、補強にしろ、自治体の関わりが欠かせませんが、その自治体を相手にした裁判であり、自治体の対応が納得できるものであったところでは、損害賠償を請求しようという意欲は少ないと思います。 一方で、自治体の対応に不満なところでは、住民が訴訟を起こして、損害を回復をめざすべきです。破産管財人の訴訟では、損害賠償が認められたとしても、他の債権者を含めて配当され、取り分が少なくなってしまうからです。 もともと、破産管財人は、住民が訴訟を起こすのであれば、その訴訟に訴えを引き継ぐという姿勢をとっていました。その方が、勝訴した場合の取り分が多くなるし、判決で決着をつけずに和解するとしても、そのハードルが低くなるからです。 この時点で訴訟をしていないところは、損害賠償を請求しようという意欲が少ないところだと思われます。そう考えると、破産管財人が訴訟を取り下げても、文句はほとんど出ないと思われます。そうした事情から、裁判が取り下げられたのではないかと想像しています。 建築確認制度の根幹について裁判で決着をつけられなかったことは残念ですが、本来の目的は損害の回復です。その目的にそって考えて、納得できるかどうかが問題です。 これで、いよいよ最終配当になるものと思われます。 自民党の耐震偽装問題対策検討ワーキングチームの座長であった早川忠孝さんや、事務局長だった牧原秀樹さんといった方々が、先の衆議院選挙で落選しています。残念です。次の活躍を期待しています。
自民党のワーキングチームは、国土交通省が出したスキームに対し、必ずしも現実的なものではないという評価をしていました。また、関係者の責任関係が、いかに不明確で曖昧であるかを明らかにしていました。建築基準法の改正などについても、危惧を表明していました。この点について、私は、共感していました。 与党のワーキングチームであるのに、大胆な発言だったと思います。ただ、ホームページは、民主党に比べて、はるかに見劣りするものでした。 一方、威勢がよかった民主党は、初動で見当違いの方向に進み、その後の追及も、「構図」というスキャンダルの追及に終始し、本質に近づこうとしていなかったように思います。 民主党は、XOOPSを用いたコミュニケーションサイトを作っていましたが、消滅。これは、耐震偽装が政治的な問題として飽きられた時期と重なっていたように思います。 自民党の早川さんたちのワーキングチームは、「政治的なイシューでなくなると、党としての取り組みは後退する……」と言っていました。実際、2006年の2月の第4回緊急提言以降は、ホームページの更新も途切れているようです。ただ、その後も、活動は続いていて提言をまとめています。このあたりは、早川さんのブログや、牧原さんのブログで知りました。会合は、2009年に入ってからもあったようです。 ワーキングチームは、当選回数が少ない「若手」にとって重要な機会であったと思います。官僚に迎合せず、現場に足を運び、本質を見極めようと努力する。そして、与党でありながら、大胆な提言をする。この「若手」の人たちの多くは、政権交代の潮流の中で苦渋をなめておられることと思いますが、今後に期待しています。将来、このワーキングチームが「政治の新しい流れ」の出発点であったと振り返ることができるのではないかと思います。 政権交代によって、耐震偽装発覚当時の民主党代表が、国土交通大臣になりました。耐震偽装の問題で、初動の視察先が適当でなかったり、その後の追及の方向がまと外れだったため、高い評価はしていませんが、これからの活躍を期待しています。
国土交通大臣としては、様々なことに取り組んでいくのだと思います。 ダム建設の中止の問題は、漫然と行われる公共事業のありかたを見直すことになると思います。 日本航空の経営再建の問題は、民間航空会社の企業の競争力の問題ではありません。中央と地方、あるいは地方同士が空路によってどのように結ばれるべきかということに関わり、それをいかに公的に支えて行くべきかという問題です。また、アジアの空のあり方が問われています。加えて、安全保障上に重要な役割を持っています。 高速道路の問題は、無駄といわれる高速道路と、必要性が高いにもかかわらず長期に頓挫している高速道路を、どう見極め、どう対処するかという問題です。無駄と言われる高速道路は、建設を中止、中断しても差し支えがないと思います。一方、長期に頓挫している必要性が高い高速道路は、世代をまたぐほどの長期間の経緯があります。このプロセスの間に、工事に反対する人たちに、しかるべき便宜をはかったり、強い権限を発揮したりするということを怠ってきたのではないかと思います。古い体制で、膠着状態になっています。これを、打破する必要があります。体制が陳腐化していますが、これは、建設を推進する立場だけでなく、建設に反対する側にもあるのではないかと思います。 また、海上保安庁の運用は、今後の東アジアの平和や安定に重要です。領土の問題や、国境の問題の現場はここです。外交当局に劣らないくらいに重要で、口先だけではない覚悟が要求されていると思います。 問題が山積みのなか、建築の問題も重要な課題とされているようです。住宅政策は、経済政策でもあるので、適切な対応ができないと、被害が出ます。 耐震偽装に関連した建築関連の法規の見直しは、仕組みを小手先にいじって、煩瑣で厳しくしただけでした。「建築ができなければ、違反はない」わけで……。 それに対し、今後の見直しでは、厳罰化という事後の取り締まりの強化がうたわれているようです。これまで、建築確認をする当局と、取り締まりをする当局が分離していませんでした。これを分離させることが第一歩ではないかと思います。 その延長として、建築に関わる主体にどのような役割と責務があるのかという根本的な関係の整理が必要だと思います。 このあたりは、耐震偽装の追及で名をあげた副大臣が活躍してくれるのかもしれません。 ところで、国土交通省という役所は、「技術」を扱う役所です。技術に対応する能力が、民間の技術の向上や、海外の技術の向上に追いついていないという体制を見直す人事も必要です。長期的に、人材を養成するところから再スタートを切る必要があると、私は思っていますが、そこまで頑張るかどうかは、今のところ見えてきません。 国土交通省は、政権交代で、大きく変化する可能性があると思います。 長らく更新をしていなかったのは、耐震偽装に関して何か特別なことがあったわけでも、仕事上の問題でもなく、家族に不幸があったためです。心配させたままで、結末をみてもらえなかったことは残念です。住民の総意と、区の熱意、それに再開発による共同化のパートナーとなる企業の理解と、近隣の協力が実って、ようやく着工したところなのに……。
耐震偽装に巻き込まれたからと言っても、経済的なことについては何とでもなると、楽観してくれていました。はじめは、世間を騒がすような事件に巻き込まれたことを、「不注意だ」と怒っていました。しかし、途中からは、建築の仕組み自体に問題があり、とりわけ、国の制度がデタラメであるということに、私と一緒に怒ってくれていました。マスコミの軽薄さにも、あきれていました。 進歩する技術の足を引っ張るような国の姿勢を嘆き、日本の将来を憂いていました。官僚の能力の陳腐化は、教育の現場や内容の問題というより、教育に対する国民や国の姿勢の問題だろうと憤っていました。教育を若者の問題だと考えることで、大きな間違いをおかすことになると嘆いていました。 建築だけでなく、技術とか知識が要求される分野の多くが、非常に冷遇されているという現状を何とかしなくてはいけないということを、療養を通して改めて感じさせられました。 しばらくは、良い方向には行かないかもしれません。 それでも、しっかりとした考えの人が少なくないので、いつまでも冷遇に甘んじることなく、そうした人たちがしかるべき形で活躍できる日が必ず来ると思います。 そういう日を信じることができるし、それを担うことができる人材がいることを知っているのは、良い教育環境で育てられたおかげだと感謝しています。 実質的に任期満了と変わらないにもかかわらず、中途半端に延長国会の会期を残して解散するのは、これが自民党にとって、絶好のタイミングだからだと思います。
「麻生おろし」と呼ばれる動きがあったとされていますが、それは、解散のための演出の小道具だったのではないかと思います。 総裁の一声で、自民党が「議員懇談会」を、「公開」にしました。この瞬間のために、わざわざ混乱をさせていたのではないかと思います。 総裁の指導力が疑問視されていましたが、それを一蹴することができたと思います。また、「麻生おろし」の首謀者というのも、この演出を共謀していたのではないかと思います。さすがです。……私は、うっかりしていました。 情勢は、圧倒的に民主党が有利なままですが、主導権は、自民党側に移ってしまったように思われます。郵政解散の晩の小泉首相の名演説とは、やり方も目的も効果も異なりますが、みごとに情勢を変化させてしまったと思います。 余程のことがない限り、民主党が衆議院選挙を制し、政権交代になると思いますが、民主党の代表の交代のあたりから、状況が変わって来ていたように思います。 これからの問題は、政権交代後の展開です。 ところで、政権の真価は、予算です。予算を編成し、それを執行して、はじめて政権は一人前になります。 逆にいうと、予算を編成することさえできなかった政権は、本格的な政権とはみなされません。 自民党側は、政権交代が成立した場合に、予算編成前に、次の政権を退陣に追い込もうという方針ではないかと思います。 私は、衆議院の3分の2を確保している状況では、解散の必然はないと考えていました。しかし、任期満了では、選挙が10月になってしまい、予算編成にかかわる通常国会までの期間が短すぎて、新政権を退陣させたり、政界再編のきっかけになるような状況を作り出すことはできません。 一方、9月に特別国会が開かれ、そこで政権交代が実現すると、予算編成までは充分に時間があります。これだけの時間があれば、政権が維持できなくなったり、政界が再編される可能性は充分あると思います。 特に、年末年始は、政党助成にからんで、新党を結成するには、ちょうどいい時期です。来年夏の参議院選挙に向けて、政党が分裂する方向に進む可能性があると思います。 今の政党の枠組みでは、選びようがないと思っています。それは、この総選挙でも同じ事。この枠組みでの政権交代があったとしても、新政権に対しする期待はありません。 大連立だろうが、分裂だろうが、今のままの二大政党の枠組みを打ち破るような政界再編を期待しています。次の次の選挙は、その再編の成果を問う選挙になって欲しいと考えています。 その次の次の衆議院選挙は、あっという間にやってくるかもしれないとも考えています。 この解散総選挙は、自民党にとって不利で、自民党は、存在さえも危うくなるかもしれません。しかし、自民党に集まっていた人たちが、しかるべき時期に、しかるべき形で、中心に戻ってくるような気がします。そのための仕掛けが済み、最初の一手が打たれたところだと思います。 忠誠の有無は、政治にはとても重要な要素だと思いますが、言論に基づく民主政治では、言論の方が優先だと思います。
もともと、自民党は、経済についての考え方も、財政についての考え方も、行政についての考え方も、一致したものはありません。議論を大いに戦わせることができるのが自民党の長所である一方で、それが路線を不明確にしたり、対立につながってしまうという短所を持っています。 小泉改革路線は、現在、旗色が悪いようですが、私は、改革を徹底させることができなかったことを残念に思っています。経済政策や、財政政策は、その折々の経済状況で変化させるのが妥当だと思います。しかし、行政制度や、公務員制度、権力による規制のあり方については、私は、小泉改革に対する逆行がはじまっていると思っています。 小泉、安倍、福田と、それぞれ手法は異なり、温度差はあるものの、方向性は一致していたように思います。現在、「規制緩和」の方向性が様々な弊害を生んだという考えが有力で、小泉、安倍、福田は批判の対象です。しかし、その弊害を良く分析すると、「規制緩和」以前からあるものが多く、むしろ「規制」によって生まれているものが少なくありません。 少なくとも、耐震偽装に関しては、「規制緩和」の失敗ではなく、「規制」の失敗でした。 耐震偽装を、「規制緩和」のせいにするのは誤りです。これは、一部をのぞいて理解はされておらず、もはや修正不能のように思われますが……。 ところで、自民党の混乱の象徴のようになっている両院議員総会開催請求とその対応については、小泉改革路線を継承する自民党議員が、現政権に挑んでいるという構図で伝えられています。ひどいことになっていると思います。私は、請求している側の肩を持ちます。 会議を行わないで反対する議論を封じるという上層部の方針は、政治闘争の道具の一つとしては肯定できる方法だと思います。しかし、行き過ぎがないように注意しなくてはなりません。一歩間違えると、国会を燃やしてしまって、国会を停止させてしまったナチスと同じになってしまいかねません。 内閣不信任案に賛成したり、投票に参加しなかったりというような行動がなかったのに、上層部が過敏に行動しすぎて、憲法がめざす議会政治や、議院内閣制が損なわれてしまっているように思います。これは、党の理念にも反するのではないかと思います。 私は、規則通りに自民党が両院議員総会を開いて欲しいと願っています。その結果、総裁が交代するという状況になったとしても、透明性や公正性が保たれることが大切だと考えています。 路線の違いが明らかになって、一見、団結できていないように見えるかもしれませんが、今は、透明性や公正性が大切です。その辺りは、民主党の方が、格が上だと思います。党の歴史の違いのせいかもしれませんが……。 これだけの混乱があるのに、自民党が一つの党になっていることには驚嘆しますが、私は、小泉改革路線をしっかりとさせるべきだと主張する人たちが、自民党から分かれ、別の政党をつくることを歓迎します。考え方が党の方針の中で埋没してしまわないようにと願っています。 私は、「二大政党」という発想自体を疑っています。小さな政党が合従連衡し、連立や選挙協力によって二大勢力を形成することが大切だと考えています。 連立や選挙協力を行うための交渉や説得は、とても大事な政治プロセスです。それを、あらかじめ二大政党に押し込めてしまうことで、その大事なプロセスをないがしろにされてしまうことがあるように思います。今回の自民党の混乱は、その例だと思います。 様々な意見や立場が、無理にひとつの政党にまとまっていることは、党の運営を難しくするばかりか、それぞれの主張が政治に反映されにくくなってしまいます。そのような状況であるからこそ、主張や交渉よりも、忠誠がもとめられる事態になっているのではないかと思われます。 アメリカの二大政党は、基本的な差に加え、様々な勢力が交渉し妥協することによって成り立っています。そのような二大政党と、今、日本で考えられている二大政党は、全く別のものだと思います。二大政党のあり方について、思い違いが蔓延していると思います。 次の衆議院選挙には間に合いそうもありませんが、分裂して、その上で、しかるべき選挙協力の枠組みを作っていくのが妥当だと思います。 そのためには、政党のありかたや選挙制度についても、根本的に検討する必要があると思います。 交渉をくりかえし、支持をとりつけることで、定数+1にまで候補がしぼられた状況で争われる選挙がもっとも熾烈で、しかも、意見の集約が進んだ選挙です。マニュフェストも、その場合に意味があります。 衆議院の小選挙区制をもとでは、二大勢力に固まっていくのは当然の流れになると思いますが、それが、既存の政党の枠組みの延長で二大政党制になるということを直接意味しているわけではありません。 このことを、自民党も公明党も、良く理解していたように思います。自民党が政権与党でいられたのは、公明党との選挙協力による「二位三位連合」のおかげです。数年さかのぼって比例の得票をみてみると、とっくの昔に自民党は第一党の座を失っています。
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耐震偽装発覚から、4年。仮住まい中です。建て替えが再開発事業としてすすめられています。
by gskay 以前の記事 2010年 02月
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