検査の実際と意義(イーホームズ答弁書の論点4)
すでに奈良で判決が出ているように、建築確認施行規則による大臣認定プログラムとその証明書の添付による検査については、イーホームズには違法な手順はなく、確認検査に過失はなかったとされています。

その一方で、愛知の判決では、特定行政庁の建築確認の責任を認めています。愛知のケースでは、検査自体を特定行政庁自身が行っていたようです。

異なる判断のようにも見えますが、奈良の判決では、耐震性能が劣っている事を知っていながら木村建設が引き渡しを行ったということを重視していて、その引き渡しを損害の主な原因と見なしていたように思います。

また、そもそも、民間検査機関と特定行政庁では役割が異なっているようにも思います。民間検査機関が行えるのは、検査済み証の発行にとどまります。これに対し、特定行政庁は、最終的な建築確認を行う機関です。加えて、特定行政庁は、違法建築を取り締まる役所でもあります。

私は、建築確認のような建築前の業務と、取り締まりのような建築後の業務を同時に担う機関というのは、うまく機能しないだろうと思っています。阪神大震災の教訓から、民間検査機関が登場して、特定行政庁の役割が取り締まりに特化していくべきであったのに、その方向には進んでいかなかったように思います。その結果、中途半端な形でかかわる特定行政庁を軸に、無責任な体制が出来上がっていたことが問題だと思っています。

建築確認という制度がある以上、果たすべき役割と責任があると思います。それが曖昧で明記されていないために、当局の責任逃れが可能な仕組みができてしまいました。その責任逃れを批判した判決が愛知の判決だと思います。

役割も責任も負わないのなら、やらなければいいのです。でも、法によって定められた手続きである以上、明記されていなくても、しかるべき役割と責任があると考えるべきではないかと、私は思います。

同様に、大臣認定プログラムの問題も、曖昧な制度が作り出した落とし穴であったと思います。手続き的には、絶対の信頼と権威をもつ大臣認定ですが、少なくとも、プログラムについては、欠陥があったり、セキュリティーについての改悪が行われていたという事実があります。それを放置していた「大臣認定」に欠陥があるように思います。これは、制度の問題と同様に、その認定を担っていた人たちの認識に問題があったと考えなくてはいけないと思います。

イーホームズが、建築確認の中で果たしていた役割を明確にすることは、建築確認の意義や、特定行政庁の役割と責任、それに大臣認定制度の欠陥を明確にすることにつながると思います。これは、原告にとって不利な論点ではないように思います。

イーホームズは、責任逃れをしているのではなく、責任逃れをして隠れている人たちを表に引っ張りだそうとしているのだと思います。
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by gskay | 2009-03-14 01:09 | 真相 構図 処分