違法な建築への処分の根拠
耐震偽装があった建物の処分にあったっては、一旦は出されてしまった「建築確認」の意味が問われます。とりあえず、既存不適格と同等の扱いもできたのではないかと思っています。もし、そのような対応にしていれば、耐震偽装という事件への対応の方向性は全く異なったものになっていたと思います。

私のところの物件では、最初から「どれだけ危ないのかということは言えないが、違法である」という説明が自治体からありました。それで一貫していて、建築確認も取り消されたわけではありません。建築確認などの検査についての手続きの正当性についての議論は避け、性能に関する違法が「指摘されている」点だけを問題にしていました。

性能に関する違法と言っていも、設計や建築確認のプロセスがでたらめであったため、その情報だけではどれだけダメな建物であるかを判定することはできません。それを、きちんと判定するためには、別の方法で検査をしなくてはならないはずです。しかし、それを突きつけられた記憶はありません。

一方で、住民として異議を申し立てようと思えば、いかに性能が満たされているかを証明すれば良かったのだと思います。実際に出来たかどうかは別として。

ここで間違えてはいけないのは、神奈川県の物件で再三報道されたような「さらに低い数値」に驚いてはいけないということです。随分と、不安を煽ってくれましたが、不適切だったと思います。

安全を示すためのモデルを的確に設定することができなければ、低い数値が出るのが当然だからです。下手な計算をすると、サイコロのように中身が詰まっていても、強度不足と計算できてしまう代物だそうですから……。

私のところでは、違法建築に対する手続きとしては、退去や立ち入り禁止、除却など、根拠となる性能に関する議論は行わず、自治体と住民の合意によって粛々と進められて来ました。下された処分に住民が異議を唱えなかったというのが、処分の正当性の最大の根拠となっているように思います。

性能に関する技術的な議論に敢えて挑むという空気はありませんでした。現在の方向に進まざるを得なくなった根拠は、国の方針くらいしか見当たりません。しかし、そちらに納得の上で進むことができたのは、自治体の姿勢のおかげだと思います。

当時も今も、国主導の杓子定規で拙速な対応は避けるべきだったのではないかと思っています。結局、公的対応の主体は、国ではなく、自治体になりました。国の介入は、その場しのぎのデタラメで、責任についても有耶無耶になっていることについては、不快に感じています。

国の介入は、「御上の御沙汰」であるため、覆すのは困難です。なぜなら、曖昧な仕組みに対し、裁量で判断しているからです。裁量で判断した国の側に根拠を示す義務があるように思うのですが、なぜか、根拠も曖昧のまま、判断が一人歩きしてしまいます。そこに、風向きをきめてしまうマスコミの存在。

私がかかえている損害は、耐震偽装が行われたことによって生じた損害のみではないと感じています。そうせざるを得なかったヒューザーの破産によっても生じていますが、それよりも、公的な判断のプロセスの歪みに問題があると思っています。

その一方で、自治体の対応が優れていたおかげで、納得して今の立場を受け入れています。「おかしい」という疑いの気持ちはありますが、その気持ちを自治体と共有しているようにさえ感じています。
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by gskay | 2009-03-22 08:12 | 政治と役所と業界