放置されている危険なマンション
「安全」を心配しているのですか?それとも、公金の使い道ですか?

どちらも、心配すべき事です。だから、もう一歩踏み込んで考えてみて下さい。

発覚したのは、「偽造」かもしれません。背景は、確認制度の杜撰さかもしれません。そこに「思惑」をもって踏み込んだ輩がいるのかもしれません。そして、所有者の責任も問われるべきでしょう。

しかし、それだけであれば、個別の事件に過ぎません。国会の証人喚問くらいで充分です。

今回は、そこにとどまってはいけません。

なぜなら、明らかになったのは、「根本的に我が国の建物の安全が損なわれてしまっている」ということだからです。

発覚せずに、放置されているもの。
施工の欠陥を、放置されているもの。
昔の基準のまま、放置されているもの。

まず、こうした放置された建物を再点検しなくてはなりません。そして、危ない順に並べて、ひとつひとつ片付けて行かなくてはなりません。

それが「安全」であり、その決意を示さなくてはいけません。その決意こそ、「公金」として現れるべきです。

うちを、「欠陥マンション」として扱うなら、そう扱って欲しい。「危険なマンション」として扱うなら、そう扱って欲しい。

しかし、ここは、「偽造計算マンション」。(「欠陥マンション」ではないんですね)責任がはっきりしているから、「公金」が支出されようとしています。表向きの口実とはうらはらに、「危険」は二の次になってしまっている。

危険だと心配してくれるのはありがたいと思います。

しかし、ここがどれだけ危ないか、他と比べてどうであるのかを、私たちはどれだけ知っているのでしょうか?

私たちは、踊らされています。本当の危険から目を背けています。この一連のマンションだけを問題にすることによって、問題を矮小化し、抜本的な対策をせずに済まそうとしています。

本当の危険は、放置されているところにあります。

現実に目を向けて下さい。そこら中に放置されている危険なマンション。その放置されている危ないマンションにも暮らしがあります。その周辺にも暮らしがあります。その危険さと、うちの危険さを、真剣に比較して下さい。

そして何をすべきかを考えて下さい。

発覚してから、かれこれ4週間。対応の二転三転にも慣れて来ました。

そして、混乱に身を任せることに少し飽きて来ました。

醒めた眼で部屋をみれば、何も変わってはいない。外に眼をむければ、何とかしなくてはいけない建物がいくらでも。

それが、現実です。

うちはまだまし。危険が発覚していますから。対応もはじまっているみたいだし。それに、まだ、3ヶ月。そして、ヒューザーある限り、瑕疵担保責任の枠組みが使えるし。(あてにはならないけどね)

しかし、5年もの長きにわたり、気付かずに放置されていた物件はどうなのでしょう?その5年の「危険」な生活は何だったのでしょう?

あるいは、欠陥をわかっていながら、取り上げてもらえない物件はどうなのでしょう?公金が支払われる訳ではないから、問題外ですか?

そもそも、無数とも思われる危険が発覚していない物件は?

私は、前のエントリに関し、少なくとも3つの間違いを犯しました。

まず、行政より「自主的な退去勧告」を頂戴しているにもかかわらず、友人が来るのを止めなかった。(かならずしも、「危険」であるからという理由で止めようとは思わない)

次に、自覚がないと叱られるようなことを白状した。

そして、最後に、麒麟の王 さんや、ふたたび さんにもわからないひとりよがりな日本語を使った。

地震がまだ来ていないからこそ、危ない順に並べませんか?悪者がかかわった順番とか、国が責任を感じる順番とかではなくて。
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by gskay | 2005-12-14 21:11 | 安全と安心