取材
最初の頃とは違うタイプのマスコミの記者さんたちと話をする機会があります。

以前の突撃取材のようなインタビューにも、急いでいない時には応えていたのですが、ことごとくボツみたいです。取材をされていて感じたのは、おそらく、始めから欲しい絵やコメントが決まっているのだろうということです。

意図に沿ったものしか使われないようです。また、少なくとも、受け手に受入れられる素材でないとダメということだと思います。マスコミは、その辺を、考えて編集しているのだと思います。その結果、受入れやすい分、かなりテキトーなことを伝えても、ほとんどの受け手にとっては、マスコミは「真実を伝えている」と思えるようになっているような気がします。

受け手の了解可能という点が重要だなと思うようになってきました。一方的な発信では、ダメなんですね。

最近の取材は、かなり上品です。意図や目的が、明確で、話をして楽しい時間を過ごす事ができます。しかし、やはり、付き合っているうちに、「真実」から乖離していくので、むなしくなります。受け手がいることが前提の立場であるから仕方がないことだと思います。受け手に受入れてもらわないと、無駄骨でしょうから。

しかし、それに付き合うのは、かなり忍耐が必要です。

企画が練れれば練れる程、本質や核心をえぐり出し、誰も知らないような発見をするのかと思っていましたが、なかなかそうならないようです。むしろ、企画が練れれば練れる程、その企画にあわせたディテールが必要となるようです。取材は、瑣末なディテールの整える作業にになり、新しい発見から遠ざかるような気がします。
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by gskay | 2005-12-17 15:15 | メディアの狂騒