大臣認定プログラム
大臣認定プログラムを用いることで、建築確認の検査が簡略化されたりするようです。便利で大事な道具なので、結果の出力を改ざんしやすかったりする点や、バグについては、見つけ次第、修正して置かなくてはいけないものだと思います。そうしたプログラムそのものの問題だけでなく、その取り扱いにも問題があると思います。

一つ一つのプログラムは、元になる考え方を反映しただけで、計算の一つの方法に従っているだけであるようです。どうしても、プログラム毎で結果が異なることになるそうです。計算の設定や手順でも、差が出るとか出ないとか。

プログラム毎に計算結果が異なってしまうことを、私は、けしからんとは思っていません。

その計算結果の意味をよく吟味しないで用いることを不審に思っています。

構造設計や再計算にあたっては、最も目的に適った結果を利用するのは、当然だと思います。どのプログラムをどのように用いるかということも、構造設計者の腕のうちなのだろうと思います。自らの考え方に従って選ぶべきものだと思います。

こうした点については、これまでの報道や、周囲の人のコメントで、何となくわかっていたつもりでした。しかし、よく考えてみると、大臣認定プログラムの登場前は、どのように構造計算が行われていたのでしょうか?

昔は、膨大な手作業によって行われていただろうということは、想像できます。そして、コンピューターが登場以降は、設計者が独自の設計プログラムを作るようになっていたものと思われます。

大臣認定プログラムが登場するまでは、膨大な計算と言う地味な仕事だったと思いますが、「建築の自由」の原則の元で行われていたと思われます。そして、検査についても、大臣認定ではないので、構造計算をいちいち吟味しなくてはいけなかったと思われます。とにかく、大変な労力だったのだろうと思います。

しかし、大臣認定プログラムとなり、構造設計する側も、かなりの部分をプログラム任せとできるだけでなく、確認の方も簡略化されました。

今どき、独自のプログラムなど使おうものなら、大変なことだと思います。

大変だと想像しながら、私は、そうした独自のプログラムで構造設計する建築士の存在を忘れていました。

構造設計者の地位の向上が叫ばれています。この仕事について、光を当てたり、評価や報酬を上げたりということは当然だと思います。特に、大臣認定プログラムに頼っているだけの建築士より、独自に設計プログラムを作れるくらいの力がある構造設計者を、もっと評価しなくてはいけないと考えます。そのためには、独自のプログラムを評価できる建築主事も必要だと思います。

これは、建築自由を促進し、それを技術革新につなげるために必要なことだと思います。才能のある建築士が構造の分野で、もっと活躍するような環境のために、大臣認定プログラムの扱いを慎重にすべきだと思うようになりました。

今週は、(有)コラムデザインシステムのコラムを読ませていただいて、改めて、この仕事を志す意義を見直しました。また、緊急調査委員会の報告書とあわせて、建築という仕事の理想について、とても勉強になりました。
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by gskay | 2006-04-01 20:47 | 揺れる システム