どちらとも違う立場
住民である私を非難する立場は、少なくとも二つあるような気がします。「自己責任」を主張する論者と、「公的責任の徹底追及」を主張する論者です。いずれにも、一理あると思いながら、全面的に同意することはできませんでした。

「自己責任」論者の住民バッシングは、ほとんどネットでしか見たことはありません。どちらかというと匿名性の強い場でしか発せられていないように思いました。一方、「国の責任の徹底追及」については、欠陥住宅や欠陥マンションの問題に詳しい人から出ているようです。こちらは、身元を明かした人の発言が多いような気がします。ネットからは、「プロ市民」などと呼ばれて忌避されているようです。

どちらも、過激で、攻撃的。お互いに不仲で、中間的な立場の人は、双方の餌食です。

一般に、そうした過激な非難は、当事者から発せられるものではないためか、事態が進行すればするほど、実態になじまなくなり、その分、過激になるのかと思います。

しかし、いよいよ、社会からの注目も低下し、報道も減りました。こうなると、外からでは、注意深くフォローしていても、状況を了解するのは難しいと思います。過激な論者も、おとなしくなってきたり、焦点が定まらなくなってきたように思います。

最終的にどうなるかわからないことだらけですが、当事者である私は、現在進行中の現実の展開にあわせて考えて行かなくてはなりません。

ところで、「自己責任」論者は、住民の人格への攻撃や誹謗中傷と渾然一体となってエスカレートしました。しかし、よく見ると、攻撃や悪口とは一線を画した主張を、しばしば見つけることができます。

どうして、そうした傾聴に値する高度な意見が、酷いバッシングと一体となりやすいのかわかりませんが、ブームが過ぎてしまったためか、きちんとした論理を展開できる論者まで減ってしまったような気がします。ブームとともに現れ、過激になっていく存在だったのかもしれません。

「自己責任」論者は、過去との整合性を強く意識し、「どうしてここだけ」という説明にこだわっています。責任については、「ここだけ」の「ここ」である住民に集中して解釈します。公的な対応に対し、過剰な拒否を示します。

一方、「公的責任の徹底追及」論者は、どちらかというと住民寄りです。欠陥住宅や欠陥マンションでの辛い経験や悲惨な実情の中から同情も生まれて来ます。いかに責任のある人を見つけ出し、そこに責任を取らせるかということを論じます。

住民自らの独立した責任追及の動きを歓迎するものの、住民と業者や国等の公的機関の関係が良好であることを歓迎していないような気がします。住民と、他の主体とは対立していなければいけないと考えているのではないかと思います。

これまで、なかなか良い方向に進む事がなかった欠陥住宅・欠陥マンション問題のなかで蓄積された怨念のようなものを感じます。業者や公的機関を追及しなくてはならないものと決めつけている様で、法廷での動きを強く勧める傾向にあると思います。また、これまでの施工による欠陥で論じられて来た枠組みに押し込めようとする傾向もあります。

今後、仮に公的機関と住民の関係がこじれて来た場合、この立場の議論が活発になっていくのではないかと思われます。こちらは、「自己責任」論者とは異なり、ブームとともに消えてしまうものではないような気がします。今後の調整が不調に終われば、怨念はここに蓄積されるのではないかと思います。

一見、「自己責任」と「公的責任の徹底追及」は、相容れないもののように見えます。しかし、よく見ると共通点があります。

一つは、過去を強く意識している点です。過去に充分な対策や対応がとられて来なかったことを、強く意識していると思います。

「自己責任」論者は、過去の不満足とのバランスを求めます。一方、「公的責任の徹底追及」論者は、過去の不満足の解消をめざします。

また、公的機関と住民の分断と対立を煽る点も共通点で、一方の責任を強く意識し、その反対の側の動きも否定します。

「自己責任」論者は、住民の自己責任を強調し、国の対策に反対します。一方、「公的責任の徹底追及」論者は、公的機関や業者の責任を追及を強調し、白黒がつくまえに住民が自力で解決する道筋や、公的機関の対策に妥協して行くことに否定的です。

いずれも、過去の不満足と、公的機関や業者と住民との関係がが良好ではないという前提に立つと言う共通点を持っているように思われます。

今のところ、私は、「自己責任」論者とも、「公的機関の責任追及」論者とも違う立場です。なるべく早く建て直しがすみ、できるだけ少ない負担であるのを望んでいるだけです。

非難はされるかもしれませんが、それが実現すれば、「自己責任」論者にとっても、「公的機関の責任追及」論者にとっても、突破口となるような前例になると考えています。市民の立場からの不満や不安の解消に役立つと思います。また、公的機関と住民との不毛で不幸な関係を乗り越え、安全で安心な街をつくることにお互いに責任をもって寄与できると考えています。
[PR]
by gskay | 2006-04-10 17:11 | いろいろ