別件(2)
巨悪の核心に迫るであろうという「見込みや期待」がある場合、別件での捜査が歓迎されがちです。しかし、そうした「見込みや期待」があるということは、まだ、ゴールは遠いということでもあると思います。これは、この事件に限ったことではありません。

いくら、「見込みや期待」があっても、めざすゴールが遠い以上、描いた巨悪に関する仮説が間違っている可能性を否定せず、冷静に事態を分析する必要があると思います。悪を放置していいとは思いませんが、巨悪にこだわりすぎてはいけないのかもしれません。同時に、巨悪にこだわるあまり、「別件」と位置付けられた問題を、先入観をもって考えてはならないと思います。

別件をとりあげるということについては、そのこと自体が「悪い事は悪い!」のであり、それ以上の意味をいたずらに持たせることには疑問です。「核心に繋がる糸口」であるという位置づけを、過剰に評価してはならず、問題自身の重大性を過小評価してはいけないと思います。

ところで、解釈が分かれるような問題まで、「別件」として取り上げざるを得ない状況への危惧があります。この事件に対する捜査については、歓迎ムードばかりとはいえなくなりつつあるような気がします。

「言った、言わない」とか、「認識の有無」というのは、本人が自白しない限り、不毛なものになりそうです。また、「解釈の相違」は、「神学論争」のまま、時間だけを刻んでいくことになりかねません。そうした障害を乗り越えても、巨悪の核心があるかどうか微妙です。

一方、単に悪人を表面的に懲らしめ、退治しただけで、満足するわけにはいきません。深く問題を掘り下げてもいないのに、見せかけのお仕置きだけで幕が引かれ、安直な形で誤摩化されるのは御免です。肝心の問題がぼかされてしまうことを恐れます。

さらに強いて問題点を加えるなら、曖昧さが多い問題を「別件」として取り上げることが常套手段として許されるなら、今後、捜査の権限の乱用への歯止めの心配も必要になるかもしれません。

正しい方法で、正しいゴールに辿り着くのは容易ではないからこそ、期待と注目が集まるのだと思います。今、とても大事な地点にさしかかっていると思います。ここで、無茶をすれば、捜査の正義への不信を生むことが心配されます。かと言って、弱気になったり、不十分なまま放置したり、安直に悪者を懲らしめて誤摩化そうものなら、能力に疑問符が付けられかねません。

とはいうものの、よく考えてみると、「見込みや期待」は、報道の中でのみのこと。捜査の本意がどこにあるのか、報道からはわかりません。今回取り上げられている問題が核心に繋がる糸口であるというイメージは、報道によって膨らんでしまっているにすぎません。

取り上げられていることの一つ一つが、それぞれ、とても重大なことのように思われます。核心に踏み込むための糸口としてでなく、そのこと自体を掘り下げていく意義のあることだと思います。扱い次第では、安直なお仕置きにとどまらない意義を持つと思います。決して、誤摩化しではないレベルに到達できると思います。

ただ、報道を見る限り、そういう位置づけでは済まされないようですが……。

私は、報道によって描かれる「捜査のあり方」には、不安と恐れを感じます。巨悪を想定することで、曖昧であっても断定的に進めることを許す流れや、進めざるを得ない流れを、報道が作り出しているような気がします。これは、あまりエスカレートして欲しくない構図です。幸い、捜査の実際の動きがそこまで大胆で軽率ではないようなので安心します。

捜査の正義や信頼に関わります。悪を見逃さず徹底的に追及することへの信頼と同じように、捜査の方針や方法の適切さへの信頼も忘れてはいけないと思います。

単に、悪をこらしめれば良いのではなく、正しく懲らしめなくてはなりません。そして、捜査の誤りは、くれぐれも防がなくてはなりません。それには、捜査自体のあり方も重要ですが、見守る報道の態度も重要だと思います。
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by gskay | 2006-04-18 20:27 | 真相 構図 処分