被害程度と危険
用語が難しいと思います。災害の被害については、『災害に係る住家の被害認定基準運用指針』が内閣府から平成13年に出ていて、地震や浸水の「全壊」と「半壊」を定義しています。これに基づいて、「り災証明」が発行され、記載された被害状況が、義援金の支給や被災者生活再建支援法の適用、支援金支給の判断材料となるなど、支援策にも関連するそうです。

地震被災後には、「応急危険度判定」という調査も行われ、これは、当座、建物内に入ることが安全かどうかを判定するものだそうで、「赤(危険)」、「黄(要注意)」、「緑(調査済み)」の表示がされるそうです。これは、「全壊」、「半壊」というり災調査とは判定基準が異なり、落下物による危険や、隣接建物の影響なども含まれるとのことです。

応急危険度判定では、「赤」でも、被害認定では一部損壊にとどまり、半壊とも認定されないことがあるようで、被災後の補償等でトラブルになることがあるという話があります。「赤」でも、危険を取り除く事ができればいいわけです。しかし、り災後の補償などを考えると、納得いかないこともあろうかと想像します。

こうした事情は、役所や保険会社はともかく、一般の人が熟知しているかどうかは疑問です。

ところで、「倒壊」は、建物が「壊れる」状態なのだそうです。柱や梁、壁が「損傷」する状態が出現し、進んで、柱や梁、壁が「壊れる」とのこと。「倒壊」はさらに悪くなった状況だそうです。

「損傷」と「壊れる」の違いは、鉄筋が伸びきるような状況が「壊れる」だそうで、亀裂が入るくらいは、「損傷」だそうです。その違いは、素人でも一目瞭然なのでしょうか?

「倒壊」でも、必ず、グシャっとなってしまうわけではないようです。そうなってしまうこともあるのかもしれませんが……。

「全壊」、「半壊」についていえば、一つの階が倒壊すると「全壊」と認定されるそうです。

私は、「倒壊」のイメージが掴みにくいと感じています。アドバイスをくれる人によっていろいろです。

連休中に、あまりうれしくない会話がありました。

「ここで大地震があったら、本当に『倒壊』するのか?」プラス「確かめてみたくない?」

その場合の危険回避に最大限の努力しているつもりなので、不愉快でした。

「確かめてみたくありません」

「倒壊」という言葉と、「可能性」とか「おそれ」という言葉に関連した発言なのかと想像します。必ず「倒壊」するわけではないし、「倒壊」にも様々な程度があるという不確かな状況だということを言いたいのかもしれません。線引きが曖昧であるばかりか、論理の逆を辿ることが許されるかどうがわからない論理で判断されているという批判もあります。さらに、既存不適格の物件もあるということを指摘しているつもりかもしれません。そうしたことは、再三、考えて来ました。

しかし、もはや、「本当に『倒壊』するか?」という問いかけには、関心がありません。

まず、大地震なんて起きて欲しくありません。さらに、たとえ大地震があっても建物に被害があって欲しくありません。だから、今さら、確かめてみたいとは思いません。

技術的な限界を前提に、「可能性」が許容範囲を超えている以上、それに「断固とした対応」をするというのが今回の一連の措置であると理解しています。今後、その時々の判断で、必要な余力やしきいの値は変わるかもしれません。今回の判断は不適切であったということになるかもしれません。それは、科学技術の限界によるものであるので仕方がないことだと思います。限界を承知した上で、この点は、信頼したいと思います。

災害が起こってもいない段階で、被害が出てもいないのに、曖昧な基準であるにもかかわらず、「断固とした対応」に踏み切ることが、「本当に『倒壊』するか?」ということを確かめることより重要だと位置付けての措置だと思います。そのことを、真摯に受け止めたいと思います。

ところが、最近は、耐震の問題より、偽造の問題ばかりになり、それも腰砕けになり、なぜ、ここまで厳しく対応しているのかが不明確になっているように思います。元社長の「地震が来れば」発言の取り上げ方も、矮小化されていると思います。

この事件がおこる前に戻ってしまったような気がします。だとすると、他人事として、「本当に『倒壊』するのか?」と確かめたくなる人の気持ちは、理解できないわけではありません。しかし、災害による現実の悲劇を繰り返し見たいとは誰も思わないように思います。そこが、原点だと思います。
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by gskay | 2006-05-08 23:59 | 安全と安心