「国会証言はうそ」
圧力があってはじめた偽装であるのか、自分ではじめたのかは重要なポイントではあると思います。国会証言で最初の偽装であるとしたヒューザー物件以前の物件に偽装がみられるという点は、随分前から報道されていることでした。結局、「圧力」がきっかけではないということを、本人が認めたらしいという報道がありました。

状況から見て、始めたきっかけについては、早い時期から疑問符がついていました。それが、本人の口から確認されたというだけのことのようです。これで、ヒューザーや、木村建設などが、偽装の開始に関与していたかどうかは微妙になっているようです。

しかし、その後、そのような偽装を続けることになり、近年、偽装件数を増やすに至った経緯は、別の問題として検証されなくてはならないと思います。ことによると、「構図」が証明されることになるかもしれません。

偽装を続けることの背景には、「圧力」はあったと想像します。「圧力」を加えた側にいわせれば、より高度な経済設計に対する技術的な圧力とのこと。しかし、それが、偽装という犯罪への直接の圧力でなかったかが問題になるのだと思います。

「構図」を信じる人の一部は、「国会証言はうそ」という発言自体が、どこかからの「圧力」によるものだと思うかもしれません。そういう人は、ここで幕引きになった場合、「世の中なんて、そんなものだ」と納得しつつ、ますます、想像を膨らませるのかもしれません。

矮小化されたままの幕の幕引きになるのでしょうか?「構図」はともかく、偽装のきっかけや、その継続とエスカレートについては、もっと追求しなくてはいけないことがあるはずなのに……。

ところで、そもそも、当人の発言などから、能力に疑問符がついてます。経済設計どころではないレベルで、普通の建物を本当に設計できたかどうか心配されています。まともな数値が出ているのは、「まぐれ」ではないかとさえ思われています。

一方で、高度な経済設計を達成していれば、「優秀」とみなされます。インチキでも。その結果、仕事も増えることになると思います。しかし、本当に高度な経済設計をすると手間がかかるし、能力も要求されるので、苦しみまぎれに、ますます偽装でごまかしていたのではないかと思います。

偽装していようがいまいが、建築確認は下り、「適法」とされてしまうということを知ってしまっていたというのが、続けることになった背景ではないかと思います。一旦、適法であるとされてしまうと、それを疑ったり、覆すのは難しいと思います。

それでも、「その構造計算はおかしい」といえる立場の人は大勢います。設計の元請けの設計事務所や、建築主、そして、当然、検査機関。さらに、施工や、特定行政庁、強いて加えるなら購入者、事業に融資した金融機関など。そのどこかから、然るべき指摘があれば、止まるはずでした。

ここまで、事態が拡大した原因は、設計事務所も建築主も下請けの仕事を点検せずに、デタラメな申請をしたことと、自治体であろうと民間であろうと検査機関が見逃し続けたことにあります。その責任は、手をゆるめることなく、追及し検証していかなくてはいけないと思います。

なぜ、気付かなかったのか?気付いていたとしたら、なぜ、黙っていたのか?そもそも、意図的ではなかったのか?……そういう疑念が、「構図」をつくりました。「構図」は、一つの仮説にすぎず、他のあらゆる可能性に含めて検討されなくてはなりません。「構図」を証明することになるのか、否定することになるのかわかりませんが、しっかりと追及しなくてはいけないはずです。「構図」が否定されたとしても、さらに検討しなくてはいけない問題があるはずです。しかし、怪しい雲行きで、これ以上は望めないのかもしれません。

一方、施工や、最終的な建築確認に責任を負う特定行政庁、購入者や金融機関は、「適法」という判断が前提で動いています。ところが、今回、その前提を疑うべきだという教訓ができたように思われます。これは、建築確認や、その後の検査の存在意義を根本から揺るがしています。その点についても考えなくてはなりません。

建築確認によって「適法」が確認されていて、その後の工事がぬかりなく行われていたとしても、設計が違法なら違法建築になってしまいます。当然だと考えられるようになっていますが、このようなケースは、これまで少なく、判断も対応もはっきりとはしていなかったと思います。この影響は、国民にとって未体験のものです。「構図」に登場する悪人をこらしめるという決着よりも、真剣に検討するべき問題が山積みのはずです。

しかし、肝心なことを忘れ、「構図」ばかりが先行してしまいました。今や、それさえ、霧の中に消えていきそうな気配です。

一人のデタラメの技術者のおかげで、システムの欠陥が白日のもとにさらされました。その上、そのデタラメな技術者の言葉に振り回され、私たちは考え違いをし、問題を真剣に考えるための貴重な機会を棒にふってしまったのかもしれません。事件そのものも問題ですが、事件への対応も別の問題として反省しなくてはいけないのかもしれません。
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by gskay | 2006-06-03 23:50 | 真相 構図 処分