組織犯罪という「構図」の結末?
捜査は、「構図」の解明への期待は裏切ったものの、問題の様々な背景を明らかにしたと思います。関係者の起訴・追起訴のニュースが流れました。同時に、当初の見立てである組織的な犯罪という「構図」については、立証できないという方向だという見通しも報道されています。大捜査が行われた割には、煮え切らないという評価もあると思います。

力が足らず真相に辿りつけなかったのかも知れません。だとしたら、捜査陣の能力を追及しなくてはいけません。発覚から強制捜査までの期間が長過ぎて、証拠隠滅があって立件できないのではないかという批判もありました。その後の捜査も随分時間がかかっています。

しかし、全体像は、ほぼ把握されているのではないかと思います。膨大な書類と、膨大な関係者の取り調べが行われ、異例の検証もすすみ、最大のポイントは押さえられていると思います。

捜査を通し、大々的な捜査の根拠になった元建築士の発言がひっくり返りました。事件の経緯のうち、最大のポイントは、これで解明されたと思います。

結局、世の中も、マスコミも、立法府も、そして捜査機関も、元建築士の発言に振り回されたということだと思います。

一方で、最初から、「構図」には、無理があったとみる人もいました。そんな事件だったとしたら、なぜ、このような大々的な捜査に踏み切り、「別件」ではないかという疑問の声が出るような逮捕劇まで演じられたのでしょうか?しかも、「別件」ではないかという逮捕劇の一部には、処分にもちこみにくいケースも含まれているように思われます。

しかし、それは「別件」と捉えるからおかしいのであって、その容疑自体が、業界の中の悪弊をえぐり出したと思います。メディアは微罪にすぎない「別件」と非難しますが、ひとつひとつの容疑には、議論しなくてはならない問題が満載だと思います。

むしろ、そちらの方が、悪党の組織的な悪だくみという「構図」より、問題の背景となる本質に迫っているような気がします。そうした成果だけでも、画期的であったと思います。しっかりと、最終的な司法の判断を見極めたいと思います。

今まで、大々的に報道してきたメディアは、このような結末に対し、どう振り返っているのでしょうか?「構図」を受け入れて展開された「世論」は、これをどのように捉えるのでしょうか?いずれも、「構図」が解明されなかったことを非難するのでしょうか?

状況と、元建築士の発言だけがたよりの「構図」でした。私は、巻き込まれた立場で、近くから見ていて、極端な空想のひとつにすぎないと思っていました。

結局、関係者の誰からも、「構図」を支持するような発言は得られなかったようです。「誰も口を割らなかった」とみなし、想定された以上に強力に「組織的」だったとみることもできます。そのように信じたい人は、信じていればいいと思います。立証できなかっただけで、真実はわからないという見方もできると思います。

しかし、今や、「構図」を前提として考える妥当性は無くなってしまいました。

あっという間に、世の中を席巻したのは、登場人物のキャラクターが際立っていて、それをおもしろおかしくエスカレートさせて報道することができたからではないかと思います。被写体という材料として、格好の存在だったのだと思います。それを売り込むのに「構図」は都合が良かったのではないかと思います。

ただ、この結末により、今まで、「構図」で事件をみてきたほとんど人にとって、事件自体がどうでもいいことになってしまったのではないかと思います。この事件がはらむ他の大事な問題に一顧もせず。

偽装のきっかけは、「構図の」通りではなかったとしても、偽装が続けられ、エスカレートしていく経緯は明らかになったとはいえず、検証の余地は残っているのではないでしょうか。

私は、そこに新たな悪意を見出すのは難しいとは思っていますが、関係者の過失や不法行為の積み重ねは明らかにできると思っています。ひとつひとつは些細なものかもしれませんが、システムの根幹にかかわる問題があると思っています。「構図」のように、面白いものではありませんが……。

「構図」は、松本清張の世界のように壮大で、ハラハラとするものでした。しかし、それは、エンターテイメントとして整理され、素材が取捨選択されて、単純化されているから、面白いのだと思います。そういう気分で、人々は「楽しんだ」のではないかと思います。

しかし、現実は、ちっぽけな行為が、デタラメなシステムにより増幅され、深刻になってしまったという事件なのではないでしょうか。その全体像は、複雑で一筋縄で読み解く事は困難です。だからこそ、それを読み解く努力が必要なはずでした。しかし、その努力の機会は、松本清張ばりの「構図」によって奪われてしまったのではないかと思います。

結局、「構図」は、問題を矮小化してしまったと思います。

盛り上がったけれど、肝心な問題はぼけてしまいました。意図的にそのように仕組んだのならすごいことだと思います。例のブログさえ、筋書きの中の歯車のひとつにすぎないのでしょうか?それとも、たまたまなのでしょうか?それはそれで、新たな「構図」のネタになるかも?そっちこそ本質?

私は、重要なのは、「構図」の証明や、悪者の成敗ではなかったと考えています。世の中が「構図」に拘泥している間に、ほとんどの人には注目されないようなポイントがいくつも明らかになっています。捜査も、それに貢献しています。

今こそ、そのポイントのひとつひとつに対し、的確な解決を目指さなくてはならないと思います。マクロな構図はともかく、ミクロな問題点に真剣にならなくてはなりません。少なくとも、関係者はそのつもりで、捜査の事実上の終了を「けじめ」のひとつとしなくてはならないと思います。

私も、購入者、所有者として、やらねばならないことをひとつひとつやっていくつもりです。

何だか、消化不良です。しかし、それは、「構図」についての消化不良なのではなく、肝心な問題のひとつひとつについての消化不良です。
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by gskay | 2006-06-08 16:52 | 真相 構図 処分