ヒューザーおよび小嶋元社長への破産債権届出
ヒューザーおよび小嶋元社長への破産債権を届け出ました。すでに木村建設へ届け出ています。さしあたり、破産債権としての届け出相手はなくなり、一段落です。

今後は、配当についての判断を待つことになります。この請求だけで充分に回収ができて満足するのは難しいだろうと思っています。そもそも、破産者に支払い能力があれば、破産自体がない話ですから。

ヒューザーが破産にいたらず、瑕疵担保責任とプラスアルファの賠償に応じることができれば、住民の損害の回復は完了しているはずでした。その場合、関係者の責任はヒューザーが追及して、ヒューザーの損害回復を目指せば良かったわけです。

しかし、ヒューザーは、営業が続けられない状況に追い込まれました。それを受けて、住民は破産申し立てを行い、その申し立てが認められて、整理に入りました。

本当に、ヒューザーを潰して良かったのか、私は、今でも疑問に思っています。

営業不能な状況がなぜ起こったのかを検証すれば、疑問が解消するかもしれないと思います。

様々な状況が、ヒューザーの立場を悪くして行きました。一つ一つは、それ一つを取り出せば決定的なものではなかったような気がします。乗り切れないものではなかったと思います。しかし、重なり合うことによって深刻となってしまったと思います。

確かに、ヒューザーの対応は稚拙でした。しかし、その稚拙なヒューザーを追い込んだ最大の原因は、実体とかけはなれた「風評」の嵐だったと思います。これは、偽装物件を世に出したという直接の責任以上に問題を深刻にしていると思います。

真相が明らかになったところで、リセットは不可能です。

今回、企業には風評を乗り切るだけの体力が必要だということを身にしみて学びました。そういう体力を信用というのかもしれません。

直接の問題を切り抜けるだけでは不十分です。危機管理とは、こうした状況を切り抜けることかもしれません。

そういう点について、ヒューザーと小嶋元社長の能力を高く評価できません。

「風評」の嵐は、理不尽で割り切れないものだったと思います。ヒューザーと小嶋元社長の被害者意識に、私は共感しています。ただし、その共感と、私自身の損害の回復のための行動とは別のものです。同情してはいるものの、住民の破産申し立てを後悔してはいません。

また、ヒューザーが生き残った場合と比較し、追いつめたことが愚かだったという評価もあると思います。しかし、申し立ては、営業ができなくなったという決定的な状況をにあわせた行動にすぎなかったと思っています。私には、自分自身の手で追いつめたという意識はありません。
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by gskay | 2006-06-29 17:10 | 損害と回復