設計能力
使った材料費だけで品質は決まりません。構造については、与えられた材料で、最高の強さが達成されるような設計が必要です。また、材料を使えば使う程、強い建物ができるということもないようです。極大を追求することには意味があると思いますが、過剰となって強度が低下することは避けなくてはなりません。

本来の「経済設計」は、与えられた条件で極大化された強度を目指したもので、工夫し続ける構造設計者の向上心に支えられていたと思います。しかし、そうでない設計の方が多いのかもしれません。ノウハウや設計のための作業時間などの制約がある以上、仕方がないことではあります。そのために、品質そのものではなく、使った材料の量や、値段という代替の指標が横行することになってしまったと想像します。

強度という品質を見抜くのは、事実上困難だったと思います。建築確認さえ、強度不足を見抜くことはできませんでした。再計算も怪しいものです。「一目みればわかる」という超能力があればいいのですが、そんな能力が備わった人間はいないと思います。

達人でも、いつもと違うからおかしいと疑うだけで、一目で品質を見極めることはできません。「一目みておかしい」と思った人は、普段から性能が極大化されていない物件しか見ていないということだろうと思います。

いずれにせよ、購入者には、この物件の瑕疵を見抜く事は不可能だったと思います。私のように、「検査」で適法が確認されていれば満足で、内覧の時も気になる不具合が少ししかないという無頓着な購入者もいます。一方で、重要事項説明や内覧には、専門家の同行を依頼して入念にチェックする慎重な購入者もいます。しかし、どのみち、どうしようもなかったと思います。

構造計算の確認は、再計算が唯一の判定方法のようです。これは、時間がかかります。そして、その再計算も担当者の能力次第です。構造については、担当した専門家のいいなりで、反論できる専門家でない限り、仕方がないとはじめから諦めてかかった方がいいのかもしれません。

引用した記事は、とばっちりをくったケースといえますが、反論に成功しました。さすがです。今後、こうした設計能力の再評価が進むのではないかと思います。少なくとも広く知られるきっかけになりました。同時に、ほとんどの設計は、「何をやっているんだ?」ということになると思います。

熊本県、中山建築士に謝罪 精査せず「耐震性に懸念」


 熊本県は30日、建築物の耐震性を精査しないまま熊本市の中山明英1級建築士(53)が構造計算した物件を「耐震性に懸念がある」と公表したとして、中山建築士に謝罪した。熊本県の担当者は「危機管理の欠如や情報管理の認識の甘さがあった」と話した。
 中山建築士は「謝罪は評価するが、誰がどのように検査して耐震強度不足の疑いという結果が出たのかが明らかになっていない」と指摘した。
 熊本県は2月8日、県内の物件について耐震不足の疑いがあると発表。うち3物件が、中山建築士が構造計算したことを公表した。
(共同通信) - 6月30日12時42分更新

ところで、強度をあらわすときに、「損傷」とか「倒壊」という言葉が使われています。曖昧な言葉です。このうち「倒壊」にあてはまる状態の幅は広すぎるようです。「倒壊」といっても、グシャっとなる状態を指すとは限りません。

その倒壊のパターンを、設計である程度コントロールしたり予測したりできるようです。「経済設計」と両立するのかどうかわかりませんが、その「倒壊」のシュミレーションにより、「安全な倒壊」をする建物の設計が可能だと思います。頑丈であることには限界があるため、「安全な倒壊」という発想の設計も評価されるべきだと思います。
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by gskay | 2006-07-02 01:41 | 安全と安心