透明性の高い価格
競争力のある価格をめざすのは意味のあることです。価格競争は消費者としては歓迎すべきだと思います。しかし、価格の安さだけがいつまでも競争力を持つとは思えなくなって来ました。

品質についての「安かろう悪かろう」ということではありません。うちの物件の「違法」は、「安さ」とは直接の関係はありません。「安さ」を基準に、ヒューザーを忌避したところで、違法建築を免れることはできません。

検査機関でさえ見抜けない違法性を、「安いから何かある」という「漠然」とした直感で回避できたとしても、それは運が良かっただけのこと。それが、現在の仕組みの限界です。むしろ、価格が性能を保証できていない点が問題です。「高い」ということで安心はできず、「漠然」とした直感に頼らざるを得ません。

この問題の打破のためには、価格の透明性が必要だと思います。そして、価格の透明性が確保されれば、その延長上に、少なくとも二つの点で魅力が生まれると思います。

一つは、売り主の経営体力の強さを示すことができます。これは、別の手段でも調べることができるものの、売り物と価格を見ただけでわかるものではないと思います。売り物の質と経営が一致するとはいえないものの、問題発生時の対応に差が出ます。それは価格に反映させられるポイントになり得ます。私が迂闊だったところです。

ヒューザーの場合、価格の安さが会社の資産を減らしていて、補償を困難にしたという可能性があるとは思います。ただ、破産財団の中身をみると、意外に資産が残っていて、しかるべき融資や信用保証のようなサポートがあれば、補償をやり遂げることはできたと思います。しかし、今さらです。なお、ついでに言うなら、大勢に影響のある資産隠しなど、世間で言う程には、簡単には出来ないものだという印象を受けました。細かくみると、結構あるかもしれませんが……。

今後、このような問題が発生しても、補償については、保険でのサポートが行われる方向のようで、安心といえば安心です。そうなると、価格に反映する価値では無くなるのかもしれません。

もう一つは、社会的貢献や環境への貢献です。価格に反映されないような悪影響を考えて、その悪影響を取り除くための活動への貢献があるなら、それが価格に上乗せされてもいいのではないかと思います。

環境への配慮は、周辺だけに留まるものではなく、材料が通って来た過程の全てに対して必要です。そうした配慮を徹底的にしていくのは現状では無理かもしれませんが、配慮している姿勢を明確に打ち出しているのなら、費用がかかってもいいと思えるようになりました。

そうした配慮が足りないところからやってきたモノを、安いからといって歓迎し続けることに疑問を感じるようになりました。まやかしの免罪符にすぎないかもしれませんが、無頓着ではいられないと思うようになりました。こちらは、これからの課題だと思います。
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by gskay | 2006-07-28 09:19 | 安全と安心