小さな政府の青写真
あたかも、小さな政府を目指すという改革が、耐震偽装の温床になったかの議論がありました。しかし、大きな政府を維持したところで、根本的な対策を講じなければ、「温床」を取り除くことはできません。また、小さな政府であっても、問題を未然に防いだり、的確に対応することは不可能ではありません。とりわけ、建築の自由を尊重するという前提がある以上、無駄に無能力な政府より、小さな政府がしっかりと責任を果たすことの方が良いと思われます。

小さな政府は、国のレベルでは、「官から民へ」と、「中央から地方へ」という二つの流れを促進することで実現されると考えられ、改革が進められています。権限の分担を、根本的に見直す改革になると思いますが、どちらかというと、財政的なピンチを切り抜けるための方策と考えられているような気がします。

いかに無駄な出費を減らすかと言うことが目標であるかのように位置付けられていると思います。公の無駄な出費を削減することで、国全体の経済効率の向上も期待されているようです。しかし、その一方で、過剰な無駄の削減が、必要な出費まで削減してしまうと懸念されています。耐震偽装の問題は、過剰な公的支出削減のなれの果てだと捉えるむきもあるようです。

私は、小さな政府を目指すということは、実際的な業務を、「官から民へ」と、「中央から地方へ」と移す事にすぎないと考えています。その上で、中央が、企画や分析などの業務に専念する体制を作ることだと考えています。加えて、取り締まりや監督について、身内の馴れ合いを排除することだと思っています。

さすがに、中央が、お手盛りの計画で、身内に甘い取り締まりのもと、業務を権益として行うというこれまでのシステムには、ピリオドを打つ必要があります。中央から業務という権益を切り離せば、お手盛りを回避できるだけでなく、もっと、企画や分析、取り締まりなどに専念し、立法の質の向上や、取り締まりや監督の効率化がはかれるものと思われます。

今の小さな政府についての議論は、財政的な負担の面の目標ばかりです。中央官庁を業務による圧迫から解放し、企画や分析、取り締まりという役割を強化するという別のポイントは、おざなりにしか扱われていようないような気がします。これでは、小さな政府が実現したように見えても、耐震偽装の温床への対処は不可能であろうと思われます。強化され、力を割くべき役割について強調すべきです。

小さな政府を実現し、中央が、企画や分析、取り締まりや監督に専念する事ができる体制を築くことは、耐震偽装の国レベルの温床への対処につながることだと思います。

ところで、実際の業務が移管され、中央の仕事が減ることは、単に行政機構の改革に留まらない改革になります。

従来、様々な業務が政府にありました。この中から、国レベルが扱うべき業務だけを残すと、外交や防衛などに限られると言われています。他は、企画や分析、取り締まりを除き、地方や民に移管することが可能だと考えられているようです。その結果、小さな政府が生まれてきます。

小さな政府の影響は、行政機構に留まりまらず、国会の有り方も変わるような気がします。内閣が担う機能が限定されるため、衆議院に与えられた優越の意味が変わります。衆議院の優越は、内閣を介し行政に及ぶ権限に限定されています。地方や民に移管された権限の分だけ、行政に対して影響を及ぼすことができる範囲が狭くなると思います。

行政的に影響を与えることができる範囲が狭くなる分、然るべき影響を及ぼすためには、立法が不可欠になります。そうなると、二院制が改めてクローズアップされると思います。

衆議院は、現在の選挙制度の元で、安定した政権基盤をもつ内閣を選出しつつ、内閣を監視するためシステムとしては強力に機能するでしょう。しかし、それだけでは充分ではありません。衆議院だけで立法を行うのは不可能ではないものの困難だからです。

小さな政府の実現後は、立法のプロセスがとても重要になり、参議院の地位が向上すると思われます。比例代表により、様々な立場が入り乱れる参議院の存在意義が強くなると思います。

国のコアになる外交や防衛という業務に対しては、二大政党制に近い仕組みの衆議院が安定を与える事が出来ます。しかし、その他の点では、むしろ、内閣および政府の権限は抑制されると思われます。その他の具体的な業務については、立法を介して影響を地方や民に間接的に及ぼすという仕組みになるからです。

もし、立法の実力が向上し、中央官庁がそれに企画や分析、取り締まりに専念して、協力できるなら、これは、とてもよくできたシステムになると思います。

しかし、それに国民としてついていけているかどうか心配になります。すでに、選挙制度が大きく変わったことで、両院の性格や内閣の性格が大きく変わってきていることを、人々はどれだけ理解しているでしょうか。これに加えて、行政的な面でも、大きく変わることができるかどうかが、とても重要ですが、その理解は進んでいるでしょうか。

中央と、地方や民との役割分担が見直しによる「小さな政府」の実現は、早急に実現すべきことです。さもなくば、安定した政権基盤を衆議院に持つ内閣や政府、与党が、立法の手続きをないがしろにして、従来の強大な行政的な権限を背景に運営して行く可能性が出ているからです。

マスコミや、政治について詳しい人が、どれだけ、このことに危機感を感じているのか、不安です。制度的な危機についての認識は、マスコミや識者でさえ、その有様である以上、多くの国民にとっても、このことは、不明のままではないかと思います。

多くの国民にとって、「小さな政府」は、単に業務が地方や民に移管されるだけです。中央政府を小さくしようということであり、すべての公的のものが縮小されるということではなく、役割分担を整理するだけです。業務の中身をかえようと言う試みではないと思われます。

しかし、内容を良く理解しないままで、業務の中身の低下という懸念が膨張してしまっているように思います。改革への恐怖が生まれているように思われます。

しかし、現状で最もおそれなくてはいけないのは、行政機構の改革、とりわけ「中央から地方へ」という流れが、中途半端に終わることです。もし、そうなると、衆議院多数党による強大な権力を生むことになりかねないからです。善政が期待できるのなら、それでもいいでしょうが、そうではないから、民主的な仕組みを尊重してきたのだと思います。

より民主的な仕組みができつつあるのに、頓挫してしまうのは困ることだと思います。改革の負の側面のみをみて、小さな政府の青写真の本質を見失ってはならないと思います。

追記)仕事で、更新が滞りました。「休むなら、予告しろ!」と怒られました。気をつけます。今後も、平日は続けたいと思っていますが、土曜休日は、原則的に更新しない事にしようと思います。(土曜休日は、ガクンとアクセス数が減るので……)
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by gskay | 2006-08-28 16:18 | 政治と役所と業界