住宅建築のルールの見直し
耐震偽装に巻き込まれ、法律や仕組みが陳腐になっているのを目の当たりにしました。法律が想定していない部分を、行政による細かいつぎはぎでしのいできたという印象です。よくやっていると思いますが、場当たり的です。今後も、このやり方を続けていいとは思いません。

建築関係の法令は、建築の規模が大きくなっている事や、住宅が分譲と言う形で供給されているという点に目が届いていないと思います。また、使用者が建築主であるという想定にしばられ、売り主が建築主になるという仕組みへ対応が不十分で、結局、真の使用者には、何も積極的な対応が出来ないような仕組みになってしまっています。

現状では、住むだけであれば、分譲であるか、賃貸であるかという差には、形式の違いがあるにすぎないのではないかと感じることがあります。住宅の買い手は、ちょっと余計にお金を出しているだけです。賃貸住宅を借りていることにくらべ、有利な点は少ないかもしれません。所有という観点から、責任や税金に縛られ、むしろ不利な点を看過できないと思います。

注文住宅が中心であり続けるなら、現在の仕組みも悪くはないと思います。しかし、現状はそうではありません。とりわけ、共同住宅の場合、住む人自身の注文による建築はまずありえません。戸建てでさえ、新規に取得する場合、分譲が多いのではないかと思います。そうしたことへの配慮が充分ではありません。

一連の法律は、制定された戦後の復興の促進という目標と、当時の習慣や技術レベルにはふさわしい仕組みであったかもしれません。しかし、従来の仕組みは、今の時代の必要性に適応できていないと思います。

制度の設計が古くなり、建築の大規模化にも対応が不十分で、無駄が多いと思います。複雑な業界構造が肥大化し、中間マージンの積み重ねが儲けを圧迫する一方で、責任が曖昧になっています。また、儲けが大きい訳ではないとわかっていても、新しく建物を作り続けなくてはならない仕組みになっています。

新しく建てることに偏った従来の仕組みは、復興を前提とした発想であり、仕方がないことです。しかし、今は、新規の建築への偏重を改めなくてはならない時期だと思います。修繕や補修に切り替える必要があります。それに伴った新築のあり方の変化まで、期待するべきです。

住宅などの建物に限らず、これまでの公共事業も、新しく作るところにしか配慮が届いていませんでした。今、公共事業でメンテナンスの充実を目指すことに転換できれば、業界の体制を一新するような効果が期待できるのではないかと思います。

一方で、買い手側については、注文主や建築主とは限らないにもかかわらず、注文主や建築主と大差のない扱いです。そういう意味では、耐震偽装に巻き込まれた分譲マンションの住民と賃貸マンションやビジネスホテルのオーナーとで、同じ所有者であるものの、行政上の扱いに大きな差が設けられたのは、新しい方向性を示すものなのかもしれません。

原点にもどって、住宅の買い手が建築主として注文するという形で住宅建築への関与の機会を増やす方向に規制するのは一つの方策だとは思います。しかし、共同住宅では、再開発や建て替えの時くらいにしかありえないことです。戸建てでも、分譲のための開発では非現実的です。

住宅の取得については、住む人の注文でない建築である場合にもふさわしい仕組みが、別に必要です。分譲と注文の場合と区別する必要があると思います。これは、行政的な対応には限界があり、立法で対応しなくてはならないと思います。注文には注文のメリットがあり、分譲には分譲のメリットがあるという形を作らねばならないと思います。

現在のシステムは、建築の現状を統制するのも不十分であり、建築の発展への対応も出来てはいないと思います。将来への見通しも明快ではないと感じています。供給側も、買い手側も、そして、行政に携わる人でさえ、我慢しているだけのルールで、満足や安心には程遠いのではないかと思います。行政だけで対応できる限界を超えていて、立法的な大きな改訂の必要性を感じているのではないかと思います。

耐震偽装事件についての一連の経緯を機に、住宅建築は、行政をベースにしたルールから、立法をペースにしつつ、建築の専門家による民主的な取り組みを尊重したルールにいち早く乗り換えて行く可能性がある分野だと思います。

たしかに、行政主体の柔軟な運営も魅力的ですが、必要以上に行政組織に負担をかけるべきではないと思います。重い負担が、重層化した官僚機構を生み、結局、柔軟ではなくなります。柔軟性は、現場に限定して欲しいと思います。専門家の民主的な取り組みを期待しています。
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by gskay | 2006-09-01 12:01 | 揺れる システム