住民の責務
「安物買いの銭失い」批判は、調べれば調べる程に、的外れだと感じます。業界の専門家からの批判も聞きますが、概ね、専門家すぎるためか全体が見えておらず、価格がどのように決まっているかという事までは、目が行き届いていないようです。早い話が、自分はそんなに儲けていないというレベルにとどまります。

ヒューザーが破綻した事を考えると、売り主の体力は考慮に入れるべきです。その部分への批判は、ごもっともです。しかし、破産財団の様子をみると、破産が不可避であったかどうかは微妙です。私は、消極的ながら、破産の申し立てに参加しているので、見立て違いということになるかも知れません。

結局、地裁でも高裁でも、破産と判断されているので、間違ってはいなかったと思いますが、唯一絶対の選択肢とまでは言えなかったと、今更ながら感じています。別の方法で解決する方法がなかったわけではないと、後知恵で夢想します。そう考えると、ますます「安物買いの銭失い」と決めつけられるかどうかはっきりしないと感じます。そのような感想を持ちつつ、どのように追い込まれていったのかという流れに、あらためて関心がわきます。様々な問題が、そこに象徴的に現れていると感じています。

ところで、「安物買いの銭失い」という批判や、「素人でもわかる」というような批判については、偏ったイメージだけを残してしまいました。その批判や風評によって、住民としては追いつめられた心境のままの人もいると思います。

私は、こういうものを書きながら、ああでもない、こうでもないと考える余裕があるので、平気です。家内も、似たようなものです。分析的に考え、状況が理解でき、方策がつきていない限り、楽観的で居られます。

しかし、そうではない人もいると思います。一連の流れで、傷ついて苦しんでいる人は少なくないと思います。せめて、住民には落ち度が無かったということを確認し、名誉の回復をはかりたいと考えている人がいることと思います。

残念ながら、それを実現する方法はないと思っています。裁判で適当な慰謝料を勝ち取ったところで、元に戻ることが出来る訳ではありません。報道、とりわけ放送で傷つけられたと感じている人が少なくありませんが、それについて関連機関に訴えるべき時期は過ぎています。仮に、訂正報道をしてもらったところで、そのインパクトはわずかです。事実が後から少しずつわかって来るという性質上、巻き込まれてしまったからには、マスコミのばか騒ぎも甘んじて受け止めなくてはならないということだと思います。

除却をしなくてはならないことと同様、そうした批判や風評を受け止めることも所有者の責務なのではないかと思います。そのように考えると、とにかく、批判や風評に耐えぬいて、除却や建て替えを成し遂げることが大切だと思います。

いまさら、あの批判は間違いだったと言われても、元に戻れる訳ではありません。事態は進行しています。進行にあわせ、いかに的確に克服してきたかということを示すことが大切だと思います。

少なくとも、批判や風評に耐えられずに破綻してしまった会社を目の前に見ています。そうならないように頑張らなくてはならないと思います。
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by gskay | 2006-09-25 10:03 | メディアの狂騒