現場は見抜く事ができたか?
「耐震強度が不足していたことを、現場の関係者は見抜く事ができたはずだ。素人でもわかる程だ。」そのように言われ続けてきました。実際のところはどうなのでしょう?

常識的には、上層に行く程、鉄筋が少なく細くなるということで、そうなっていないことへの疑念はあったと報じられています。鉄筋の業者がそういうコメントをしているのを報道で見た事があります。しかも、通常の鉄筋よりも細いと指摘していました。

だったら、その業者は、しかるべき形で指摘すべきだったのではないでしょうか?そういう指摘を活かす仕組みがないという建築システムの欠陥があって、活かされなかったのかもしれません。

「うすうす思っていたが、指摘しなかった」というのであれば、とても破廉恥なことだと思います。指摘せずに、大変な違法建築を作ることに関与してしまったことに責任を感じるべきです。そういう責任を感じることなく居られるところが、現在の建築システムの歪んだところだと思います。

また、「当時はわからなかったが、発覚してからみるとおかしい」ということなら、それは、見抜いた事にはなりません。話題性を提供するための無責任な発言であり、センセーショナルに取り上げるのはおかしいなことです。

「素人でもわかる」というのは暴言です。現場の関係者が見抜いていたのではないかという指摘さえ、根拠が希薄で合理性が乏しいように思われます。

現場の関係者が耐震強度不足を見抜くのは厳しいと思います。同じコストでも、性能を極大化するための経済設計の高度な技術が存在し、簡単に強度不足を指摘できるような問題ではありません。また、一般的な設計であっても、わずかなコストの増減で、強度は大きく変わってしまいます。

そもそも、もし現場が見抜くことができるような簡単なことなら、建築確認もその他の検査も不要になると思います。また、難解な構造計算さえ余計と言うことになりかねません。強度不足を認識しながら施工を続けたとは言うことはないと思います。

この問題は、施工業者の責任にも関わります。木村建設が破産整理中であるので、私たちは取り立てて論じるには至らないように思いますが、施工業者には、設計の欠陥を見抜く責務があるのかどうかや、結果として出来てしまった違法建築に責任を負うべきかという点は厄介な問題です。現在の建築システムは、責任関係が不明瞭という問題を抱えています。
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by gskay | 2006-09-27 11:10 | 揺れる システム