専門誌
世論には、わずかな影響しか与えないものの、専門誌においては、一般的なマスコミや報道とは異なった議論が展開されてきました。健全だと思います。それを見ていると、専門家による民主的な取り組みこそ尊重されなくてはならないのではないかと思います。

我が国においては、専門家の民主的な取り組みより、世論とよばれる風潮や思い込みの方が優先されてしまいます。そして、真の専門家でない人が祀り上げられてしまうのではないかと思います。

ほとんどの場合は、専門家は自律的に民主的な仕組みで現場を適切にこなしているのではないかと思います。しかし、時々、問題になってしまうことがあります。その時の対応こそ、より専門的であるべきだと思います。

あいにく、問題が露見すると、まず、世論や風潮とやらが事態を翻弄し、思いもよらない影響が出てしまいます。どうも、専門家が機能を停止してしまうようです。もっとも評価されるのは、問題をうまく克服することであるべきですが、そうしようという方向に具体的には働かないようです。

専門誌が一定水準以上を保って議論していることは、とても意義のあることだとは思います。しかし、それが積極的な対応につながってはいません。結局、世論や風潮の不適切な暴走を許し、素人同然でありながら権力を握ってしまった人に判断を委ね、適切とはいえない方針に進まざるを得ない状況を作っているのではないかと思います。

一般的なマスコミに持ち上げられた疑問符のつく専門家が幅を利かせたり、素人同然の権力者の存在が許されてしまうのは、不幸なことです。疑問符がつく専門家の意見などより、専門誌で評価されるような専門家の意見こそ傾聴すべきです。また、強引な権力者の方針さえも取り締まってしまうような、専門家の民主的な取り組みこそ必要だと思います。そのために、専門誌のような存在をもっと充実させる必要があるのではないかと思います。
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by gskay | 2006-12-13 02:36 | メディアの狂騒