危機管理の教訓
耐震偽装を含め、数年来の企業不祥事の原因について、いろいろと分析されています。私は天の邪鬼なのか、私には納得のいかない説明がまかり通っています。そういう分析では、今後も抜本的な解決をはかるのは難しいだろうと思います。

その一方で、不祥事と言う危機に直面した企業のサバイバルについては、数年来の不祥事のおかげで、様々なノウハウが蓄積されているように思います。サバイバルに成功した見本のようなケースもあれば、火に油を注ぐ結果になり復活ができなくなってしまったケースもあります。

まだ中途の段階であり、サバイバル成功とはいえないものの、アパグループは見事だと感心しています。

まず、基本的に、自らの責任や過失を認めてはいけません。発覚しただけで自らの責任や過失を認めることは、損害の補償などで不利になる可能性があります。謝らざるをえない「決定的」なポイントまでは頑であるべきです。

アパは、イーホームズに問題を指摘されても、頑として認めませんでした。はっきりしないうちから認めてしまうと、そこで調査などがストップし、全ての責任を負うはめになりかねません。それを避けなくてはいけません。

確かに、もしかしたら、さらなる調査やあらたな問題の発覚によって真相が明らかになってしまうかもしれません。しかし、調査や追及が途中で止まってしまえば逃げ切ることができます。頑に否定する必要があります。

また、中途半端に自分の責任を認めてしまうと、あらゆる責任を負わなくてはいけなくなる危険があるだけでなく、本来の責任の範囲を確定するための以後の調査の費用が自腹になりかねません。

ただし、頑に否定し続けることにはリスクが伴います。責任や過失について、「決定的」な調査結果が出た場合、判断を誤ると大変なことになります。「決定的」というのは、科学的な因果関係や、論理的な必然性を、必ずしも意味しません。マスコミが動き出したとか、役所や政治家が動き出したというような事情で、「決定的」となるようです。

この「決定的」なポイントで、態度を変えることに失敗した会社はたくさんあります。パロマやシンドラーエレベーターなど、それまでの個別の対応では、自らの責任や過失については否定しつつ、それなりに切り抜けてきました。その対応を、「決定的」なポイント以降も続けてしまい、大変なことになってしまいました。ヒューザーもイーホームズも、態度を変えることには失敗していました。

アパは、不祥事が表ざたになった途端、直ちに態度を翻しています。報道陣に頭を下げることで、「潔い」という評価さえ得ています。謝罪会見では、何も説明していないのと同じでも、涙の映像のような強い印象を与えるシーンを撮影してもらえれば、その後は、くり返し放送される可能性があります。

ここで、きちんと筋道たてて説明しても、取材陣はそんなことを理解してはくれません。望まれてはいません。むしろ、取材陣の質問が厳しくなり、あたかも正義のジャーナリストによって追及される悪徳業者という構図になってしまいます。

必要なのは、それ以上の追及をうけないこと。だとしたら、内容らしい内容は必要無く、とにかく謝り続ける必要があります。加えて、感情に訴えるような「涙」のような武器を駆使し、今後、くり返し流されることになるシーンを提供しなくてはなりません。

もちろん、必ずしも好意的に受け入れられるとは限りません。しかし、そうしなければ活路はありません。記者の厳しい質問の餌食になってしまいます。また、謝り続けるだけではダメです。良い素材となるシーンを提供しなくてはなりません。

意図的かどうかは不明ですが、アパの場合、女性社長のマスカラが涙で流れて、凄まじいことになりました。これは、素材としての強い印象を持ちます。その状況で、厳しい質問を浴びせる記者がいたとしたら、その記者の方が責められかねません。

演出でできることかどうか解りません。ただ、流れやすいマスカラを使うなどといった工夫は考えられるように思います。今後の参考になるように思います。

また、その映像が効果的に世間に広まり、好意的な評価を残すためには、裏切らない「友人」を有名人に持ち、コメントさせるのが有効であるようです。影響力のある人物を、積極的に企業の広報誌やイベントなどに登場させることで、しっかりとした絆が築かれていくようです。その辺りは、広告会社がどうとでもしてくれるのでしょう。

一方、あまり、政治家に期待してはいけません。政治家による圧力や介入の効果は、「決定的」なポイントを回避することには、ほとんど役に立ちません。おそらく、「決定的」なポイントがくるまでの時間の、精神的な安定に役立つだけです。何もしないのは不安です。しかし、政治家に頼んでいるなら期待を持って過ごすことができます。不安でいるより、期待をもっている方が、前向きに時間を過ごすことができることが多いという効果はあるように思われます。

政治家が関わったとしても、隠ぺいなど、なかなか困難です。政治家の関与は、むしろ、問題が大きくなった場合に、逆効果になることもあり、十分な配慮が必要です。政治家の存在が、印象を悪くすることもあるばかりか、その政治家に見捨てられて、仕打ちをうけてしまうこともあります。

さて、アパは、とても参考になる危機管理をしているように思います。しかし、最初の耐震偽装であるヒューザーは、様々な意味で、アパと逆です。イーホームズについても、同様かもしれません。

会見などで、自らの主張を展開しようとしました。そんな話に、マスコミは関心ありません。科学的であったり、論理的である主張は、取り上げられません。なぜなら、良い映像にならないからです。メディアにとってダメな素材しか取材できないとなると、取材側も困ります。そこで、正義のジャーナリストによる激しい追及というような構図を作って、良い素材になるように努力する必要が出てきます。

会見の席などでは、もっと有効に、メディアに好まれるような素材を見せるための時間として使うべきです。

ちなみに、私は一回しか出ていませんが、ヒューザーの小嶋社長の住民説明では、ぐっと涙おさえ、歯をくいしばるように説明するシーンがたびたびありました。水を飲んで、感情を抑えようとしていました。そういうところを見せたがらない人物なのだと思います。説明も明解でした。

私が出ていた説明会は、マスコミはシャットアウトでしたが、たとえマスコミに取材をさせても、あれでは映像的にはダメだったのかもしれません。もし、そこで、感情のままに涙できるようであれば、展開は変わっていたかもしれません。

さらに、広報誌や広告も、ヒューザーは、とてもそっけないものでした。有名人が登場することもなく、広告費を抑えているいることが、価格競争には有利になりましたが、思わぬところで裏目に出てしまったように思います。

政治家の関与が、大きな政治的な問題になってしまったのも、ヒューザーの場合、逆効果でした。たとえ、関与する政治家が問題に真剣に取り組んでいただけだとしても、そのようには見てくれません。政治家の影をいかに薄くするかという配慮も必要だったようです。

これらは、真相や責任の所在そのものとは、関係のないことです。しかし、騒ぎが大きくならなければ、そうしたことは追及されずに済む以上、大事にしなくてはなりません。厳しい注目があると、当局の取締も、捜査による追及や裁判も厳しくなります。逆にいえば、注目を小さくすることができさえすれば、一般的な非難だけでなく、様々な追及や処罰さえかわせる可能性が出て来ます。

小手先の技術とあなどることはできないと思います。センセーショナルな報道と、根拠の乏しい断片的な印象が流れを作ります。短期的には、それをコントロールしなくてはなりません。そして、なるべく早く、人の記憶から忘れ去られるようにするのが良いのかもしれません。
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by gskay | 2007-01-30 08:29 | メディアの狂騒