国土交通省の無謬性の否定
官僚組織は優秀で間違えることはないと素朴に考えている人が多いと思います。そして、官僚組織に頼っていれば、何とかなると。

しかし、耐震偽装問題に限って考えれば、それは幻想です。

公表に至るプロセスにおいては、国土交通大臣がそれまでの国土交通省の官僚の方針を覆しています。私は、官僚の判断を鵜呑みにしなかった大臣の判断を評価しています。大臣が大きな方向転換を指導したのはとても大きな意義があったと思います。

建築確認のトラブルについて、民民の問題で片付けようとした官僚の判断が、大臣によって覆されました。

建築基準法に準則でなくてはならず、それは、第一には建築主、それに施行や設計、監理の責務であるということには異存はありません。もし、準則である事だけを義務づけていて、登録だけをすればいい制度であったなら、民民の問題として、ビシビシと取り締まればいいだけのことです。

しかし、そこに、建築確認という検査をともなう適法を確認する公的手続きが関与してしまっているから厄介です。純粋な民民の問題とはいえないとした大臣の判断は、官僚の判断より妥当だと思います。

国土交通大臣が、公明党からの大臣ということで、難癖をつけたい人もいるようですが、公明党ということよりも、法律家出身ということの方が、この大臣の判断には影響しているのではないかと思います。たしかに、公明党は、ユニークな存在だと思います。私には、かなりの距離があると感じています……。

ところで、直前のエントリのコメントで、三介さんから、国土交通省の官僚のリーダーシップを期待するようなコメントを頂きました。そういうあり方も一つの考え方だとは思います。しかし、私は、現状にはふさわしくないし、官僚には無理ではないかと思っています。

もっと政治が主導すべきだと思います。政治は、間違いをしたなら、その政治家を排除すればいいだけのこと。間違いがタブーであるこれまでの官僚組織では、誰も責任を背負う事がありませんでした。

高度で複雑な社会にあって、官僚組織とて無謬ではいられません。誤りがあったら、直ちに改め、とるべき責任はとるということが必要です。しかし、官僚組織は、そういう仕組みにはなっていません。

官僚組織は優秀な人材を抱えていることと思いますが、無謬でなくてはならないという点にしがみついている限り、後手後手にまわったり、無責任に無作為のまま、いたずらに時が過ぎていくだけではないかと思います。また、過去を否定できないために、行うべき抜本的な対策を怠り、継続性にこだわりすぎて、小手先で済ませようとする……。

失敗を過度の恐れる官僚組織は、どの方向に進むべきかと言う決断ができない組織なってしまっています。どの方向に進むべきかと言う大きな決断を、任せるわけにはいきません。

もっと政治によって、しっかりと主導されていかなくてはならないと思います。

そのためには、しっかりとした政治家が選ばれなくてはならないわけですが、ここに不信がある点が困った点ではあります。ただ、これは、毎回の選挙をキチンとすればいいことです。

ダメな政治家がはびこっているからと言って、政治への期待を捨ててしまって、思い込みの中の有能で無謬の官僚に委ねて改善が期待できるとは思えません。
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by gskay | 2007-02-15 19:11 | 政治と役所と業界