建築基準法にこめられた理念の変化
戦後復興の過程で、低レベルだった建物の質を向上させようという動機から、建築基準法が作られたとのこと。一旦できてしまった建物を、後から良くしようというのは難しい事も多いので、建築の段階でどのようにして性能を高めるかということが目標になっているようです。

一応、取り締まりについて言及されている法律ですが、私のような素人からみると、取り締まりを具体的に実施するには大雑把過ぎるように思えます。おそらく、取り締まりに重点をおいた法律ではなく、建築のプロセスを規制し介入し、質を高めようとする法律だからではないかと想像しています。

戦後の悲惨な状況で、どさくさ紛れにいい加減な建物を作らせないということを目標に、達成すべき「質」が法律で定められたことは、当時としては大きな意味があったと思います。しかし、これまでの建築基準法は、達成すべき「質」を提示するだけの法律だったのではないかと思います。違法に対する取り締まりについては、実質的でなかったように思います。

これからは、達成すべき「質」について定めるだけでなく、取り締まりによって、質を満たさないものが存在できない仕組みにしなくてはならないのかもしれません。

建築基準法は、時代に取り残されてしまっているという指摘があります。技術の高度化についていけていないと批判されています。細かく規制しようとして、変に硬直化してしまっているようです。加えて、新しい技術へ対応する体制も明確ではないようです。硬直化を避けるため、技術的なことに関しては、もっと専門家の自律にまかせる必要があると思います。

そういう点にも、配慮が充分とはいえない法律ですが、質の基準を定めてはいるものの、それを守らせる仕組みが、もっと不充分です。そこで、きちんと取り締まりの実が上がるように、制度を整備するべきだと思います。

専門家の自律は尊重されるべきですが、野放しにされるべきではありません。良心的で前向きな専門家に働きやすい環境を用意しつつ、悪魔に魂を売ってしまったような専門家や無能な専門家が生き延びられない仕組みにしなくてはならないと思います。

「性善説」などという高尚な言葉で説明されると、何となくその気になってしまいますが、法の不備です。これは、立法の怠慢や不勉強だと思います。同時に、専門家が自律的でないために、法が不備のまま放置されているのではないかと思います。建築について、全体を俯瞰した法律の整備が行われるべきであると思います。
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by gskay | 2007-03-03 01:19 | 政治と役所と業界