センター試験
問題点が似ているとおもいました。

<教科書訂正>センター試験に出題 救済措置なし

ある教科書に誤りがあって、その教科書に記された通りに答えると不正解と言う問題が出題されてしまったそうです。

受験者が、教科書通りに回答した場合、正解とカウントされないのは仕方がないと思います。正解ではないが、不利益は生じないという方法もあるのではないかと思います。例えば、不適切問題として削除する方法もあるのと思います。しかし、誤答であることには変わりがありません。

おそらく気の利いた先生なら、「ここおかしいから、直しておいて」と言っていると思います。気の利いた受験生なら、参考書や予備校などでも学習しているので、正しい知識があったと思います。案外、問題の教科書の使用と誤答の相関はないかもしれません。サンプル数が多いので、是非、その辺がどうであったか知りたいと思います。

もし、問題の教科書の使用と正誤の間に関係がなければ、「教科書なんてあてにしていない」ということになり、それはそれで、教育のシステムの根幹に関わる問題を指摘できるのではないかと思います。

それはそうと、うちのマンションのケースと似ていると思ったのは、2点です。

一つ目は、御上のチェックを鵜呑みにし、しかも、関係者がみな無責任であること。

二つ目は、対処すべき責任の公的な主体がはっきりしないということ。

一つ目の問題は、教科書検定制度の意義を問う問題になると思います。変な教科書を世に出した業者の責任は当然としても、そのミスを見逃した検定担当者の責任は追及すべきではないでしょうか?また、それを採用した教育委員会や学校にも、責任を指摘できると思います。

とはいうものの、気の利いた先生や、気に利いた生徒は勝手に修正している可能性があり、そのフィードバックがなかったというのも面白い現象だと思います。

二つ目の問題は、センター試験の実施者が救済を行うことは難しいとしていますが、それ自体は、妥当であると評価できると思います。もし、センター試験に的確な対応方法があるなら、それを実施すればいいだけですが、そんなことは想定されていないと思います。対処をしたために、かえって混乱したり不公平になる可能性があります。

しかし、その教科書を鵜呑みにした生徒には不利益が発生するのは事実です。その不利益の責任の矛先をどこに持って行くのかが問題です。一つは、出版社ですが、検定を行った文部科学省教科書課にも向けられるということになろうと思います。

しかし、その文部科学省教科書課と、大学入試センターはゴチャゴチャに混同しやすい存在です。どちらも、文部科学省の責任の元に運営されています。責任をつきつめると同じところに行き着いてしまいます。公正であるために規則を曲げられない立場と、問題を引き起こした責任を負う立場が、最終的には同じところにあるという、ややこしい問題です。

この問題で、明らかに不利になって、不本意な結果になった受験生がでるかもしれません。センターに対応を求めるのは難しいかもしれません。しかし、出版社や教科書課、採用した教育委員会や学校、ミスを気付かなかった先生に、賠償を求めることができるのかもしれないと思います。

ただ、手っ取り早く、不満を解消するには、センターが適切に動けばいいのですが、その気はないようです。

折角だから、システムの根幹まで再検討するするいい機会にしたらいいと思います。

教科書のあり方や、入試のあり方の再検討に発展させることが可能な問題だと思います。
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by gskay | 2006-01-28 23:58 | いろいろ