パッチワーク
ニューヨークの道路は、地下に様々なものが埋まっているため、掘っては埋め、埋めては掘るの繰り返しだそうです。加えて、老朽化。スチームパイプの爆発のような大きな事故はまれだということですが、マイナーなトラブルは絶えないようです。いつも、あっちこっちで工事をしています。これが渋滞を引き起こします。加えて、埋め戻しがおおらかに行われているようで、凸凹です。

「ニューヨークはパッチワーク」と言った場合、人種が様々という意味で使われることもありますが、この悲惨な路面の状況をさして、「ニューヨークはパッチワーク」というのだそうです。

このパッチワークは、特に、自転車の敵です。自転車だけでなく、車いすなどにとっても、とても好ましい道路とは思えません。

ちなみに、自転車は、出前の配達の人か、スポーツで乗る人(自転車通勤をしている少しユニークな人たちを含む)がいるだけのように思います。エコで健康的だといわれている自転車が、ちっともポピュラーになれない理由は、道路が混雑していて危険(なのに、縦列駐車の列まである)という事情に加え、ロードのはずなのにオフロードのような凸凹した路面にあると思います。

また、ニューヨークは大都市なのに、小型車をほとんど見かけません。ガソリン価格の高騰が続き、みんながブツブツ言っている割には、小型車に乗り換えるという気配は全くありません。

どうやら道路事情に問題がありそうです。あまりに路面の状況が悪く、小型車が快適に走行できるような状況ではありません。

「アメリカ人は大きい自動車が好きだから……」という話があります。しかし、どうしてアメリカ人が大きい車が好きかという説明はあまりないように思います。

体が大きいから?

2分の1から3分の1が「肥満」とされる国だけあって、確かに大きい。しかし、アメリカ系の航空会社のシートの狭さを考えると、体が大きいというニーズが自動車を大きくしている理由とは思えません。

むしろ、この劣悪な路面に耐えるために自動車が大きくならざるを得なかったのではないかと思っています。各自が自力で、道路の凸凹問題に対処しているわけです。

その一方で、道路の凸凹の方を何とかしようとは思わないようです。

例えば、配管を共同化したり、メンテナンス方法を見直すことで、工事の影響を最小限にしつつ、路面の凸凹ができないようにできるはずですが、そうしようという発想は乏しいようです。せめて、工事の際に、きれいな路面になるように舗装をして欲しいものですが、みんなが大きな車に乗っているので、そのような努力も盛んではありません。

環境問題に後ろ向きなアメリカは、「自己責任」の本場だとされていますが、この二つは密接な関係があり、表裏の関係ではないかと思います。あまりに劣悪なインフラに対し、各自が対処しなくてはいけません。その結果、排ガスによる環境問題のような問題が悪化するとわかっていても、個人個人はそれを止めようと考えることはできないようになってしまっているのです。

公的に整備すべき事業が不十分な部分を、個人が補う社会になっています。もし、環境問題のような問題が生じないのであれば、こういう社会のあり方も許されるとは思います。しかし、環境問題のような重大な問題を引き起こしているということを考えると、この社会のあり方は肯定できないように思います。
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by gskay | 2007-07-22 12:36 | いろいろ