「天下り根絶法案」
民主党のこだわりのようです。

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 天下り根絶法案、参院に再提出=与野党逆転なら−民主・鳩山氏


7月28日17時1分配信 時事通信

 民主党の鳩山由紀夫幹事長は28日午後、青森市内のJR青森駅前で街頭演説し、「参院を(与野党)逆転させて、民主党が主導権を取ることができたときに天下りを認めない法案を参院で通していく」と述べ、与党が過半数割れした場合、「天下り根絶法案」を参院に再提出する考えを示した。

私は、与党が打ち出している公務員制度改革の方向性に比べて、後ろ向きな方針だと思います。

与党が問題にしているのは、天下りという表面的な現象ではないと思います。問題は、官僚の裁量です。

官僚に裁量があり、利権の誘導を伴うために、天下りが盛んになるというのが、現在の構図です。利権誘導を強化するため、官僚は裁量の拡大の方向に突っ走ります。拡大する利権を目当てにますます天下り官僚を欲しがる企業が増えます。

もし、天下りが裁量から切り離されてしまえば、利権を天下り先にもたらすことができません。天下りと利権誘導と官僚の裁量との関係を断つことが必要だという考え方で公務員制度改革が行われているように思われます。

利権誘導を伴わずに天下りをするというのなら、単純にその人材の能力だけが評価の対象になります。人材活用の点でも、雇用の流動性を高める点でも好ましいことだと思います。

また、利権誘導と天下りが切り離されてしまえば、官僚の裁量を拡大する動機が減ります。官僚の裁量が増えても、それは官僚にとって負担となる仕事でしかなくなり、メリットがありません。何の得もないのに、仕事の負担を増加させようとは思わないものではないかと思います。

官僚が利権誘導が不可能になり、さらに裁量の拡大への動機を失ったとき、ようやく選挙で選ばれた代表による政治が可能になります。

今の政治家は、腐っていて信用できないかもしれませんが、一定の期間毎の選挙によって落とすことができます。政権交替もあります。そうなると、次の大臣に悪行を暴かれてしまうかもしれません。利権をめぐる悪行に関しては、官僚の裁量を放置している仕組みより抑制される可能性があります。

官僚まかせでは、官僚に対し、国民の直接の審判は届きません。利権についての判断も、裁量に関しても、政治家の手にゆだねるべきで、現状のままの官僚の裁量を放置してはいけません。

また、民主党の方針は、高齢化によるキャリアの多様化や、人材活用、流動化に反しているし、官尊民卑への処方箋にもなっていません。

とりあえず、本気で政権の受け皿になろうとするなら、方向性をしっかりとして欲しいものだと思います。現在の民主党の方針は、官僚を含めた公務員体制の維持のための反動的な政策のような気がします。それでは、国民が、国のあり方を決める主体にはなれません。

どんなに、腐った政治家でも、手が届くところにいる政治家が権限を握っていることが大事です。手が届かない官僚に委ね続けてはなりません。

民主党が参議院で優勢となったところで、衆議院があるので、「天下り根絶法案」が通る懸念はないものの、こんなものにこだわったままで、政権を担当できるのか不安に思います。(まあ、耐震偽装の対応の時から、民主党には醒めていますが……)

ところで、議席を確保できていない政党・政治団体に関しては、マスメディアの取り上げ方が冷淡なようです。良い主張をしていたとしても、なかなか議席には届かないだろうと思います。

イーホームズの藤田社長が応援している候補は、外交官出身でありながら、官僚の裁量による支配を重大な問題と認識している点で共感できます。ただ、個々の政策についての主張や、そこに属している人材にちぐはぐな点があると思います。仮に当選者を出すことができたとしても、政党としてやっていくのは難しい状況だと思われます。

ここで、あきらめず、また、既存の政党に吸収されず、次回にむけて頑張り続けられるかどうかが問題だと思います。仮に当選しても、きちんとした政治勢力として国政に影響力を及ぼすには力不足です。当選者を出せなかったとしても、次のチャンスをうかがうべきで、そのためには、仲良しグループという状況を克服しなければいけないと思います。

新しい本格的な政党の誕生を期待しています。長い歴史の中で離合集散をしてきた政党にはない主張をしてほしいと思います。まだ、そのレベルに達しているとはいえないようですが、まだまだ、助走段階だと思います。

いじわるばあさんにも、木枯らし紋次郎にもできなかった困難な試みが、新しい政党には必要です。参議院の存在意義を、戦後直後の古い観念でとらえていて、比例代表が導入されたことを、衆議院の小選挙区化との関係で理解できていなかったことが、いじわるばあさんや木枯らし紋次郎の限界だったと思います。これからの新しい政党には、まず、それを乗り越えてほしいと思います。

現在の制度は、議員内閣制をしっかりとし、国会が国権の最高機関として、内閣を通じて行政を行う仕組みを目指しています。その前に、官僚から裁量を取り上げなければいけません。また、民意を多数決の原則に従って反映させるとともに、少数意見を尊重する仕組みが必要です。

そうした制度整備が進められる中で、いじわるばあさんも木枯らし紋次郎も、議会の中での議論という枠から踏み出すことが出来ず、置いてきぼりにされてしまったのだと思います。いじわるばあさんも木枯らし紋次郎も政治家としては、とても優れた人だったと思います。特に、いじわるばあさんが首長を勤めていた役所に勤めていたこともあって、好きな政治家でした。ただ、国政においては、時代の変化に取り残されてしまったと思います。

民主党に同じような鈍さを感じます。小さな勢力ではなく、政権を担おうという勢力だからこそ厄介です。さしあたっては、反動体制になって、政治家として自らに託された責務と、その実現の可能性を封じてしまわないことを望んでいます。政治家が議会にひきこもり、本当の課題から目をそむけ、お互いのあげ足とりばかりに励んでいるようでは困ります。

一方、議席確保をめざす小さな新しい政党に、可能性をもった芽を感じますが、まだまだです。きちんと育てば、離合集散とは一線を画す政党としては、公明党以来です。政党助成などの制度により、国政を担う政党が実質的に公営化されてからは、まだありません。

ところで、公明党に抵抗感がある人にも、公明党の主張だということを隠すと、その主張にはうなずけるところがあったりします。そうした点で人を惹き付けて行く方向には発展の余地があり、小さな政党も急速に成長するかもしれないと思います。

そのためには、切り捨てなくてはいけない部分が多いとは思います。そこが難しいのでしょう。これは、公明党にとっての限界でもあります。議席確保をめざす小さな新しい政党にとっても難しいことで、だから、苦戦しているのだと思います。
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by gskay | 2007-07-29 00:00 | 政治と役所と業界