行革実現のための方向性
行革担当相というのは、政治家にとって最も厳しい役職のひとつではないかと思います。やる気まんまんで乗り込んでも、なかなか成果をあげるのは難しく、むしろ官僚の抵抗にあい、官僚にべったりのメディアには叩かれる。かといって、無難に過ごそうと思えば、無能と嘲笑されかねない。覚悟が必要な役職だと思います。

公務員制度改革「突破力」に求められる「低姿勢」 渡辺行革相、募るイライラ(産経新聞) - Yahoo!ニュース


10月13日8時1分配信 産経新聞

 安倍内閣で「切り込み隊長」として期待されてきた渡辺喜美行革担当相(55)が12日、福田康夫首相から国会答弁をめぐり野党への「低姿勢」を求められた。

 渡辺氏によると、福田首相は閣議後に呼び止め、笑顔で「民主党もよい提案をしている。そういう意見にも謙虚に耳を傾け、ていねいに対処するのが福田内閣の方針だ」と諭したという。

 問題になった国会論戦は、9日の衆院予算委員会。国家公務員の再就職をめぐる政府の取り組みを「押しつけ的天下り促進法だ」と非難する民主党の長妻昭政調会長代理に、渡辺氏は「予算や権限をつけて天下りするのを全面的にやめる。これがミソなんですよ!」と身ぶり手ぶりで反論した。その後も、ヤジを浴びせる野党側を大声で制するなど激しい答弁を続けた。

 渡辺氏は昨年12月末、「官僚と戦う」姿勢を見せたい安倍晋三首相(当時)から「突破力」を期待され、行革担当相に就任した。突破力を「腕力、気力、持続力ということ」と解説し、今年の通常国会では与党内の消極論をも押し切る形で「官民人材交流センター」設立などを盛り込んだ公務員制度改革関連法の成立に尽力した。

 9日の答弁も安倍内閣時代の延長線上にあり、「野党の挑発に『どんどんパンチを打ってこい』という感じで返したようだ」(政府関係者)が、福田首相は転向を求めた格好だ。町村信孝官房長官からも9日の同委終了後「謙虚に」とくぎを刺されている。

 一方で、改革への官僚の抵抗も激しく、独法改革では、所管府省が整理統合に事実上の「ゼロ回答」を繰り返し、公務員制度改革も政府の懇談会が結論を来年1月へと2カ月先送りした。

政府関係者によると、渡辺氏は公務員制度改革や独立行政法人(独法)の整理・統合にもブレーキがかけられつつあるのではないかとの不満を募らせているという。

 渡辺氏は12日の記者会見で「答弁ぶりが挑発しているように聞こえたのかもしれない。私の不徳の致すところだ」と、困惑した表情を浮かべながら語った。(岡田浩明)

少し古い記事になってしまいました。

「予算や権限をつけて天下りするのを全面的にやめる」という主張の方が、民主党の追及に比べて本質をついていると思います。(この主張を取り上げている記事を、私が知る限りではみかけることができなかったので、この記事を引用しました)ただ、予算や権限は、官僚の裁量の絶対性からくるものであり、天下りの問題点のような枝葉にこだわっていてはいけないと思います。

その点で、枝葉の部分で対決するのではなく、本質にしたたかに切り込むのが政治家にとっては正しい方針かもしれません。本来、それだけの権限が、国会にも内閣にも備わっているので、こじれさせるのは愚策ともいえます。

「官僚と戦う」という姿勢だった安倍首相を、私は評価しています。しかし、対決は、必須のものではありません。対決を避け、超越的に行政改革に取り組んでいる現政権は、前政権以上かもしれません。

まだまだ、今後、どのように展開するのかわかりません。ただ、官僚組織が自壊をおこしていることもあり、あまりにその崩壊がひどすぎると、改革どころではなくなってしまうかもしれないと危惧します。

ところで、歴代の行革担当相をみると、みな世襲の政治家です。まるで、門閥貴族と、試験で選ばれたエリート官僚の対決のようです。自民党という政党の性格を考えると世襲政治家が多いため仕方がないのかもしれませんが、不思議な気がします。

育った家庭環境が、政治に密着しているため、問題意識が高いのかもしれません。子供のころから、選挙という民主主義の手続きが身近にあるため、その意義をよくわかっているのではなないかと思います。そして、それは、無制限の官僚の裁量とは相容れないということも。

世襲政治家であることが、行革担当相を務めるための必須の条件と言うことはないと思いますが、そういう覚悟を持つ世襲政治家が多い可能性はあると思います。(ボンボンの過剰な自意識にすぎないのかもしれませんが……)

また、行革担当相として誠実に精力的に任務をまっとうしようと努力すると、官僚の抵抗やメディアからの執拗なバッシングにさらされます。行革担当相は、そうしたことに足をすくわれないような人物にしか務められない役目です。

無理な努力をして頑張って政治進出してきた政治家は、どうしても、足をすくわれかねないスキがあるのかもしれません。その点で、案外、世襲政治家は、クリーンなのかもしれません。あまりにクリーンであるために、足の引っぱりどころがなく、政治資金に関する問題を取り上げて騒ぐくらいしか方法がないのかもしれません。(おそらく、本人は、そんな細かいことまで知らないと思います。そんな細かいことに関わっていたら、政治の勉強をしているヒマがないでしょう。)

世襲政治家の存在自体を、私は悪いと思っていませんが、行革担当相のような役職を、世襲政治家にしか任せられない状況には疑問を感じます。このドロドロとした状況こそ、天下りについての論戦などよりホットな「官僚と戦う」という政治の最前線なのではないかと思います。これを切り抜けられない限り、より本質的な官僚の裁量の問題に取り組むことはできないというのが現実であるようです。
[PR]
by gskay | 2007-10-26 13:54 | 政治と役所と業界