連立のパターン
耐震偽装への対応を見て以来、民主党には期待できないというのが、私の印象です。しかし、優れた人材を抱えていて、その人たちには可能性を感じています。

ところで、民主党内の「反自民」であったり、「反政権」である勢力にとっては、連立はありえないことだと思いますが、それ以外の勢力にとって、連立構想が頭から否定されるべきものであったとは思えません。

福田・小沢の連立構想についての騒動は、我が国の国会が二院に分かれていて、それぞれの権限が異なり、選挙制度も異なるという点についての理解が不十分であると、見方を誤ってしまうと思います。どういうわけか、多くのメディアも、不十分な理解に基づく誤った見方を主な論調にしているように思います。

異なる二院が存在することにより、連立や連携は、少なくとも二つのパターンに分かれます。

一つは、いかに小選挙区で勝つかということに主眼をおくパターン。選挙協力によって、競り勝つことが目的です。自民党と公明党の連立は、民主党という第一党に対する二位三位連合です。その選挙協力という目的の延長に連立があります。連立の解消は、選挙協力の解消です。

もう一つが、選挙結果をうけての政策の調整を目的としたパターン。特に参議院は比例代表に比重がおかれているため、衆議院で過半数がとれていても、参議院で過半数を確保するのは困難です。そこで、参議院での多数を確保するための連携が模索されます。これは、将来の衆議院選挙での選挙協力の枠組みになることもあり、もし、選挙協力に発展するなら、第一のパターンへと展開します。

今回は、民主党が巨大すぎるため、パターンがよくわかりにくくなっていますが、第二のパターンです。大政翼賛会を作ろうというような動きではなく、政党間の力学が働いただけだと思います。また、民主党が政権交代を目標にする限り、選挙協力に発展することはないろうと思います。

第二のパターンが不首尾に終わると、「ねじれ」が生じて、法案審議に支障が出ます。しかし、内閣や行政に関わる部分については衆議院の優越が定められているため、当面の問題には対処可能です。法律という未来を縛る議論が滞るにすぎません。

「ねじれ」状態は、連立の模索か、次の選挙で解消されるものですが、政党の再編成に進むことも無い訳ではないと思います。

とりあえず、現在の国会の勢力分布は、懸案を次々と処理するよりも、少し立ち止まって考えた方がいいという状況を作っていると思います。

ところで、もし、小選挙区のみで成立する選挙制度だけであれば、さまざまなプロセスを経るにしても、二大政党に収束していく可能性もあります。しかし、我が国は比例代表に比重を置いた参議院を持っているため、二大政党への収束は難しいだろうと思います。二大政党以外の少数政党でも、参議院なら議席確保が可能で、しかも連立への参加の道が開かれています。また、選挙協力を軸とする連立が、衆議院での選挙の方法として成立しています。

そういう意味で、単純な政権交代は難しいだろうと思います。

私は、この仕組みはよくできた制度だと思います。衆議院を基盤として行政を担う内閣については安定を得やすい一方、法律の議論では、少数を無視できない制度です。

ところで、中選挙区に戻したいと発言をしている政治家がいます。私は反対です。確かに中選挙区では、政党の力よりも、個人の得票がものをいいます。しかし、そのために選挙は過熱してしまっていたし、政党内に派閥が生まれ、国会の外での駆け引きが重要になってしまっていました。

その反省が、小選挙区と比例代表の上手な組み合わせてあったはずです。小沢代表は、この仕組みの確立に大きく寄与した人物です。この構想の源流には、金権の中心にいた田中角栄がいます。

田中角栄は、金権の腐敗の象徴のように捉えられていますが、実は、もっとも真剣に問題にとりくんでいた政治家だったのかもしれません。よく理解しているがゆえに、その仕組みを徹底的に活用した。その一方で、問題点を理解しているがゆえに、そこから抜け出す方法も考えていた。

中選挙区についてのコメントは、軽くふれただけの人もいれば、本気で思っている人もいると思います。本気で思っている人については、小選挙区と比例代表を組み合わせた制度について、もう少し勉強して考え直して欲しいと思います。

ところで、メディアについては、どういうつもりなのか、今のところわかりません。小沢代表のメディア批判は興味深いと思います。メディアはメディアで、郵政選挙などで政治家にウラをかかれたという苦い経験が癒されてはいないと思います。官僚にべったりとしていることの限界も段々と明らかになってきました。どのような立場が良いのか、メディア自身が苦悩しているのではないかと思います。
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by gskay | 2007-11-07 01:52 | 政治と役所と業界