公務員削減論批判
我が国の公務員の数は、減らさなくてはいけないという風潮になっているように思います。また、公務員の人件費を抑えるべきだという意見も強いように思います。

国際比較をした時、一定人口あたりの日本の公務員数は、決して多い方ではありません。これは、国家公務員と地方公務員に加え、公営企業や公社などを含めての比較です。その人件費についても、歳出に占める割合でみても、GDP比でみても、決して高くはありません。

また、歳出全体についても、社会保障費をふくめた税負担についても、GDP比で国際比較して少ない方です。

政府の歳出をおさえ、公務員を減らすことを、無批判に歓迎することが妥当かどうか考えてみる必要がありそうです。ちなみに、小さな政府の手本のように言われるアメリカは、公務員数についても、人件費についても、日本よりもはるかに多いというのが実態です。

歳出も少なく、公務員数も少ないことから、他の国に比べ、日本国民の政府への期待は少ないといえるかも知れません。他の国なら政府がやっている仕事を、日本では政府が行っていないことになります。「官から民へ」というキャンペーンも、はじめから「民」が担っていたというのが実態で、「官」の割合は元々少なかったということになります。

にもかかわらず、さらに公務員を減らし、歳出を減らすというのは、世界的な水準からみて特殊なことのように思われます。

公務員への風当たりの強さは、負担の大きさという合理的な根拠に基づくものではないように思います。財政上の問題も重要ですが、むしろ、これまでの失策や不作為があまりに影響が大きく、もはや、信頼を保ち続けることが困難になっているということを象徴しているのではないかと思います。

ここで、本当に、公務員の数を減らしていいのかどうか、歳出に占める人件費の割合を減らしていいのかどうか。

そうした方針は、失策や不作為へのお仕置きくらいにしかならないのではないかと思います。抜本的な改革とは言いがたく、また、そのために空洞ができてしまうとしたら、それは取り返しのつかないことにつながります。

一見、公務員を減らすことは、財政や社会的な情勢を見極めた方向性のように見えます。しかし、本当のところは、公務員の中身の問題や質の問題、あるいは体制や権限、責任の問題を、数の問題にすり替えてしまった間違った議論なのではないかと感じています。

また、現在の「官」の業務を「民」に移すことは、他にやらなければいけないことがたくさんあるからこそ、必要なことだと思います。その前提で考えてみると、業務を移したにもかかわらず、「官」がやるべき次のことに着手できない体制が問題なのではないかと思います。
[PR]
by gskay | 2007-11-20 01:30 | 政治と役所と業界