「議員への接触禁止」について
国の場合、政策を決める権限を持つのは国会や内閣であって、官庁ではありません。しかし、実際には、官僚が決めているという実態があります。その実態は、本来の姿ではないということを念頭に、「公務員の議員への接触禁止」を考えてみる必要があると思います。

また、地方議会と国会では役割や権限が異なります。議院内閣制をとる国の制度と、首長を直接選挙で選ぶ地方では制度が全く異なっています。

広く「口利き防止」という理由付けが行われています。これ自体は、国会から地方議会まで広く必要なことだと思います。そして、問題にしなければならないほどに、はびこっているのではないかと懸念します。

しかし、国会における「公務員の議員への接触禁止」の場合、口利きの問題以上に、議院内閣制を揺るがすような、内閣をないがしろにして、官僚と国会議員が通じてしまうような仕組みが問題です。これは、国の仕組みの根幹を問う問題であり、国権の最高機関であり、国民の代表が集まる国会の権威と、そこに依拠すべき内閣のあり方に関わる問題です。

今の国会は、絶大な権限を持っていると憲法では明言されているものの、実際は、あたかも、君主が主体の政治における市民議会のような位置付けになっています。時に「君主」に組することもあれば、対立することもあっても、決定する主体ではなく、みんなで知恵をあわせる場所にすぎなくなってしまっています。内閣についても、国会議員の名誉職のようになっていて、省庁の大臣というポストがあるだけで、本来の権限や役割はないがしろにされています。

口利きという国会議員からの働きかけよりも恐れなくてはいけないのは、官僚からの工作です。民主的に選ばれた議員が、民主的な議会のなかで調整を行いながら多数決で意思を決定して行くのが、本来の私たちの国のあり方です。しかし、今や、官僚が作った政策や法案をめぐって議論することばかりになっています。そのような状況で、官僚が自由に国会議員に接触するとなると、国会議員同士や与野党間の議論や多数派工作よりも、官僚による多数派工作の方がメインになってしまいかねません。

実際、そのようになってしまっているのではないかと思われます。そう考えると、口利きは、その見返りととらえると、もっと実態が鮮明になるのではないかと思います。口利き自体は原因ではなく、むしろ派生したものだと考えるべきではないかと考えます。

内閣の力を強化し、国会の役割を尊重する仕組みを目指して知恵をしぼらなくてはいけないはずですが、多くのメディアは、そうしたことに積極的ではないと感じています。

もちろん、地方議会にまで通じるような口利きについては、不適切な行為を排除しなくてはいけません。その不適切な行為については、国会と国の官庁の場合、国会議員から官僚への働きかけという問題に限定して考えてはいけないと思います。

トラックバックをいただいた、『市民オンブズマン 事務局日誌』のombuds さんの記事を読んだ感想です。ombuds さんが指摘する点は重大な部分ですが、そことは別の角度から、国と地方を分けつつ、国の特殊性について思ったことをつぶやいてみました。

(追記)
『市民オンブズマン 事務局日誌』には、私が前のエントリでとりあげた賠償の問題に対する、官邸の判断についてのコメントもありました(『市民オンブズマン 事務局日誌 : 公務員制度改革 「不祥事に賠償制導入」より「国民訴訟」制度を』)。

今は、「萎縮」の心配をすべきときではありません。「怠慢」や「無責任」、「能力不足」による「誤謬」や「錯誤」が問題になっていたり、被害を出しています。その点で、ombuds さん同様、私にも官邸や多くの政治家の発言を評価できません。

加えて、国の権限と表裏一体となっている官僚の権限が、様々な生命や財産への損害を与える可能性を秘めている点を重視しながら、ombuds さんたちが提起する「国民訴訟」については、しっかりとした形で実現して欲しい課題だと思います。
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by gskay | 2008-01-17 13:45 | 政治と役所と業界