リコールの手続き
三菱自動車の欠陥隠しの裁判の中で、リコールに関連する虚偽報告の事件では、一審の判決は無罪でした。横浜簡裁では、国土交通省の担当者からの報告要求の妥当性が問題となり、担当者の要求が法律に基づく要件を満たしていないということで、門前払いの判決でした。

これについては、かつて、「揺れるマンション」顛末記 : 行政の裁量の限界、および「揺れるマンション」顛末記 : リコールというエントリで考えたことがありますが、リコール行政の当局の手続きも杜撰であったことが問題です。

なお、問題となるデータが隠匿されていたことは、一審でも認められていたことです。

仮に故意の隠蔽ではなかったとしても、摩耗や整備不良が原因だという結論は、結果として間違っていました。その間違った結論にいたる判断を問題にするのは不毛な議論になりかねませんが、きちんとデータを揃えなかったり、都合の良いデータだけをもちいたことは、科学的な判断や技術的な判断の基本的な態度の問題としても批判されるべきだと思います。また、結論にあたって、除外できない問題については保留にして、判断から排除すべきではありませんでした。

そういう判断の中身の問題はともかくとして、隠蔽という「罪」について、それを明らかにするための裁判のはずでした。ところが、その隠蔽以前に、前提となる行政の手続きに杜撰なところがあって、その報告についての公的な位置付けが曖昧になってしまっているという複雑な事情の裁判になってしまいました。

ふそう元会長らに逆転有罪=「事実に反する内容認識」−三菱自虚偽報告・東京高裁(時事通信) - Yahoo!ニュース


7月15日10時 13 分配信 時事通信

 横浜市で母子3人が死傷した事故に絡み、国土交通省に虚偽報告したとして、道路運送車両法違反罪に問われた元三菱ふそうトラック・バス会長宇佐美隆(67)、元三菱自動車常務花輪亮男(67)両被告ら3人と法人としての同社の控訴審判決が15日、東京高裁であり、永井敏雄裁判長は1審無罪判決を破棄、3人と同社にいずれも求刑通り罰金20万円を言い渡した。
 宇佐美被告ら3人は上告する方針。
 永井裁判長は同罪の成立に必要な国交相からの報告要求について、同省のリコール対策室長らに権限が委ねられていたと認定。「電話、口頭での要求も許され、車両法に基づく報告要求は明白」とした。
 報告内容についても虚偽だったと判断。宇佐美被告が設計上の問題ではないと説明できるよう、2002年1月の会議の席上で整備不良などの有無を調べるように指示していたと指摘した。その上で、内容が事実に反することを十分に認識していたとして、虚偽報告の故意を認めた。 


当局の杜撰な手続きについてどのように評価するかが、焦点の一つになっている裁判です。

「リコール対策室長らに権限」という点は、その通りだと思うのですが、その権限の行使の仕方が適切だったかどうかが、まず問題になっています。一審では、それが適切ではなかったため、被告の罪を問う事ができないという判断でした。二審は、行政の要求に不十分なところがあったとしても、「明白」という観点から、罪を問えると判断し、すでに虚偽であると認定された報告についての罪を問う事にしました。

どちらの判決にも納得できるところがあると思います。行政の手続きの杜撰ささえなければ、一審の無罪はなかったはずで、行政の当局の反省が必要だと思います。一方、行政の手続きの妥当性よりも、車両法という法律が定めている趣旨を優先するなら、当局からの要求は「明白」であるとみなすこともできます。自動車製造の会社であるので、法律や手続きを熟知していなくてはならず、言われる前から適切に対処することが当然とみなされてもいいようにも思います。

ただし、この「明白」ということ自体も、何を「明白」とし、何を「明白でない」と判断するべきなのか曖昧です。否定しようがない行政手続きが行われてはいなかったことで、「報告」の位置付けが曖昧になってしまっている以上、そこに対する配慮があってもいいように思います。

当局の要求や、「報告」の位置付けが、当局にとって都合が良いように「後だし」で恣意的な扱えるようなものにしてはいけません。しかし、だからと言って、法の趣旨にさからうようなことを見逃してもいいのかと言う問題もあります。これは、難しい問題で、そのための判断の基準がないために、一審と二審が異なる判断になったのだと思います。

その点で、最高裁への上告での判断が気になります。たとえ行政の手続きに問題があったとしても、罪は罪といえるかどうかを最高裁が判断することになるのだと思います。それが、今後の判断の前提になります。

また、もし「要求」が適切であったなら、正当な報告がなされていた可能性があるとすると、当局の責任も追及すべきところではないかと思います。しかし、それは、そういう規定がない以上,どうしようもないことなのだろうと思います。

ところで、当局と自動車製造会社を対立するものとして考えている限り、このようないい加減なことが生じてしまう事情を理解するのは難しいように思います。このような杜撰さなことが生じてしまう背景には、実は、当局と自動車製造会社に「馴れ合い」があるのではないかと思います。裁判では、当局と自動車製造会社の主張や立場は対立するもののように見えます。しかし、実際は、「馴れ合い」になっていたからこそ、行政もいい加減な手続きをしてしまったし、自動車会社も不適切な報告をしたのではないかと思います。

これは、裁判の行方とは関係のないことですが、あってはならないことが起きてしまった背景のひとつであり、後始末までも混乱させています。同様の構図は、あちらこちらにあるのではないかと思います。
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by gskay | 2008-07-16 10:12 | 政治と役所と業界