庶民的
大阪府知事が、平日の日中に公用車でジムに出かけたとされる問題については、帰りにタクシーを使ったところが、筋が通らないと思いますが、他に問題らしい問題はないように思うのですが……。

引用の記事では、最後に取り上げられた発言に同感です。

橋下知事「中抜けではない」 ジム問題釈明(産経新聞) - Yahoo!ニュース

7月19日15時55分配信 産経新聞

 橋下徹知事は19日未明の府議会総務常任委員会で、14日午後に同委員会などが開かれている最中、公用車でフィットネスジムに向かったことについて、自身のスケジュール表を持ち出して説明。「知事職に就いてからプライベートな時間がとれない。警護対象であり1人では外に出られず、あの日のあの時間帯しか空き時間がなかった」と釈明した。委員会で共産府議の質問に答えた。

 知事は「あの日は午後は休ませてもらうということで外に出た。中抜けという感覚はない」と説明。府議は「府民がみたら納得しないだろう。日程がつまっているのはわれわれだって同じだ」と切り返した。

 一方で自民府議が、橋下知事がジムから府庁へ戻る際にタクシーを使ったことを取り上げ、「知事に何かあったら行政が停滞する。公用車を使ったほうがいい」と、公用車使用を擁護する一幕もあった。

知事になると、警護があるために、つい遠慮して、家族との外食もままならないという話をききました。日中に、ジムに行ったのは、そうした警護スタッフへの「遠慮」の延長で、気遣いなのではないかと思います。また、帰りのタクシーも同様の感覚で、遠慮と気遣いによって、「タクシーで帰れるから大丈夫」というレベルの発想をしたのではないかと、勝手に想像しています。

強いて問題として挙げるなら、「庁内執務」と公表されていた点で、これは、知事のスケジュールの公表の担当者の失態だと思います。

ところで、健康管理は重要です。知事のような役目についている場合、エクササイズなどを課業としてもいいのではないかと思います。

「中抜け」という批判については、批判の方に問題があると思います。

知事は、地方公務員ですが、特別職です。地方公務員法は、一般職のための法律で、「法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない」となっています。一般職の勤務時間の規定も、職務専念義務も、兼業禁止も、適用されません。その分、オンもオフもなく、四六時中、「知事」でいなくてはいけないため、自ずと様々な制限を受け入れなくてはいけないようですが……。

この騒動をめぐる知事への批判はとるに足らないものばかりだと感じていますが、知事には庶民的な発想が染み付いていて、その発想が、知事を勤める上での束縛を息苦しく感じさせているのかもしれないと思いました。

さて、この知事は、弁護士出身で、テレビ出演で知名度を上げてきた人物です。耐震偽装に関しても、当時、コメントしています。私は、立場が異なるので、そのコメントの通りにすることがベストだとは思えませんでしたが、根本的な発想には共感できると思っていました。

「公的支援」に批判的で、「住民が自力で何とかするべきで、ダメでも自己破産で免責される……」という内容のコメントがありました。これは、自己破産の部分ばかりがとりあげられたためか、住民を切り捨てても構わないという発言なのではないかととられました。しかし、その「切り捨て」という解釈は少し違うと思います。

私も、「支援」という発想には抵抗がありました。「支援」という名目で、一方的に公的な機関の責任を有耶無耶にすることに疑問を感じていました。

知事の当時のコメントは、民事の問題として、所有者が自律的に問題に取り組むべきだという原則にそったものではないかと思います。その民事の問題の相手となる当事者には、国も自治体も含まれています。「外」から「支援」を行う立場ではありません。

民事の紛争として決着をつけるのが望ましく、その過程では、公的な機関の責任が明らかになるかもしれません。逆に、住民側が不利になることもあるかも知れません。仮に住民が力つきて破れることになっても、破産の手続きによって免責されるので、出直しは可能な仕組みです。

それを前向きにとらえて取り組んでもいいのではないかというのが、当時のコメントの真意ではないかと思います。加えて、特例の「貸し付け」の構想を発言しています。一方的な「支援」という発想とは異なるものの、住民を「切り捨て」るような発想ではなかったのではないかと思います。

また、自己破産に対する一般的な社会の評価と、弁護士としての原則的な理解とに、ずれがあるように思います。この部分については、一般的な庶民の感覚とはいえません。しかし、今から考えると、耐震偽装の初期の騒動は、自己破産を庶民の法的な武器として一般的なものにするチャンスであったのかもしれません。自己破産への不当な壁の高さを取り除くことができたかもしれません。

事件に固有な、基準の妥当性や、手続きの正当性、安全や安心への配慮が念頭にあったとは思えないものの、曖昧な形で中途半端に打ち出された「公的支援」の一方的な発想より、公平なのではないかと思います。ただし、表現に問題があって、そうした発想が理解される以前に、拒否反応が出ていたように思います。

知事のコメントの通りではないものの、結局、住民は所有者として自律的に取り組むことが可能になり、それぞれの物件でそれぞれの対応が行われています。苦労はあるものの、自己破産を進めなければ切り抜けられないような状況には、ほとんどなっていないと思います。これには、適切な公的な対応のおかげもあると思いますが、その対応は、当初の一方的な「支援」とは、大きく位置付けや形を変えたものになっているように思います。

そのあたりのことは、今や、メディアに一向にのらないので、世間ではほとんど知られていないことではないかと思います。きちんとした整理や評価も、まだだと思います。
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by gskay | 2008-07-20 02:50 | メディアの狂騒