公務員と贈答
社会通念上、挨拶や、お願い、お礼には、贈答がつきもののように思います。そうした行為は、民間であったなら、咎められるようなものではありません。もちろん、組織のルールとして禁止しているのであれば、そのルールには従うべきですが……。

引用の記事を読んで調子が狂いました。お願いの挨拶に行ったことと、5000円相当のお歳暮。「それだけ?」というのが最初の感想です。

しかし、問題は、額の多寡ではありません。「公務員」にかかわることだからこそ、許されないという原則が大切で、そこを重視すべきだと思います。

<大分教員採用汚職>合同新聞社幹部が娘の合格依頼(毎日新聞) - Yahoo!ニュース


 大分合同新聞社(本社・大分市)は22日、同社の事業局幹部が、大分市教委の部長を通じて、08年度の小学校教員採用試験を受験した長女の採用を県教委側に依頼していたと発表した。長女は試験の点数が水増しされて試験に合格し、合格発表の前に市教委部長から連絡を受けていたという。市教委部長は口利きをしたことなどを否定しているが、この幹部は社内調査に事実関係を認め、同社は事業局参事に降格した。

 大分合同新聞社によると、この幹部は松尾勝則事業部長(52)。同社は合わせて安部鋼一郎事業局長(68)を減給1カ月とした。

 事業部長は試験前年の06年10月、大分市内のパーティー会場で市教委部長と懇談。その際、「長女が教員を目指している」と伝えると、市教委部長は「1次試験に合格したら、声をかけてください」と応じたという。長女は07年7月の1次試験に合格したため、事業部長は07年9月の2次試験前に市教委の部長室を訪れ「よろしくお願いします」と採用を依頼し、10月の最終合格発表後の07年末に5000円相当の歳暮を市教委部長に贈った。< br />
 大分合同新聞社によると、長女は過去に3回採用試験で不合格となり、臨時講師をしていた。08年度の1次試験は自力で合格圏内に入っていたが、最終的に合格するよう2次試験の点数が60点水増しされていたという。県警もこうした事実を把握し、事業部長は社内調査に「パーティーの席で会った縁に甘えてしまった」と話したという。

 大分合同新聞社は約23万部を発行する県紙。【柳瀬成一郎】

 ▽樋口淳・同社総務部長の話 報道機関に携わる者として不適切な行動であり、県民におわびしたい。詳しい社内調査を進めている。


公務員への賄賂は、禁止されています。もし、禁止されていないなら、それは、ただのお礼や挨拶です。しかし、社会通念上の交際の常識の範囲であったとしても、公務員については、許されません。これについては、徹底した態度をとるべきだと思います。

それは、「公」というものが、そういう仕組みの上に成り立っているからです。

公職選挙法も同じような法律ではないかと思います。どちらも、些細なことでも徹底しなくてはいけないと思います。

そういう法律や、その背景にある思想が、我が国の「公」の基礎を形作っています。

我が国の権力は、金品で歓心を買うとか、暴力による威嚇などに、けっして影響されないことになっているはずです。

ところで、同様に、家柄も本来は影響しないはずです。個人の能力だけが問題になるはずです。ところが、問題になった教員採用をはじめ、家柄は、微妙なところで影響しているように思えます。おそらく、家庭環境が教育に密接に関係してしまうことは不可避だからだと思います。親から子供を引き離して教育するならともかく、我が国では教育は親の義務であるとされているため、親や家庭の影響は避けられません。

よくしつけられている人は、家庭環境が良いことが多く、採用試験でも採用されやすいのではないかと思います。そして、後付けの理由として、「あの先生の子だから」とか、「あの部長の子だから」という指摘をされたりするのだと思います。それだけなら、個人の実力の反映にすぎません。家庭の美風が、子どもの能力を高めるのは望ましいことです。結果として、特定の家柄の子弟が多くなることもあるかもしれません。

しかし、あくまで結果です。結果としてそうなってしまうという傾向を、前提と考えてはなりません。結果として、まるで家柄で選んだかのようになるかもしれませんが、断固として、家柄を考慮して選んではならないと思います。ましてや、それを隠れ蓑に、金品のやりとりをともなう不正などあってはいけません。

家柄というものには、好ましい側面もあるものの、「公」を堕落させる危険が含まれているように思います。機会の平等という観点だけでなく、「公」を堕落という観点からも、世襲的な仕組みを再点検する必要があるように思います。

ところで、教職員同士の交際でも、盆暮れや人事移動など、折々の贈答は、当然のように行われていることと思います。そうした付き合いを欠かすことは、非常識で無礼なこととされるのではないかと思います。そうした観念は、特殊なものではないように思います。

ただ、それが、エスカレートし、変質して、利害に結びつき、人事を不正に支配する慣習に変質し、額も巨大になってしまいました。これが異常であると気付かないわけがないように思います。しかし、それを誰も指摘することができなかったのは、人事上の利得以上に、「非常識で無礼」と言われないようにするためだったのではないかと思います。

引用の記事の新聞社幹部という人は、そうした異常さの外に居たにもかかわらず、巻き込まれてしまいました。この人が市教委部長を「よろしくお願いします」と訪ねたという話も、後で御歳暮を届けたことも、「公」にかかわる問題でなければ、礼儀正しさ以上のものではなく、著しく不適切なこととはいえないのではないかと感じました。

具体的に何かの便宜を図ってもらっていなくても、「お世話になりました」とお礼を言うのは、礼儀正しいことです。この新聞社幹部のした程度のことは、そのレベルではないかと思います。ただし、点数の「水増し」ということで、放置してはいけないと判断されたのではないかと考えます。それがどのような意味をもち、どの程度のことなのか、さらに、この幹部の行為と関係しているのかどうか、この記事からはわかりません。しかし、それが、関係していようといまいと、「その程度」だったとしても、私は、許してはいけないと考えています。

我が国の「公」が、金品に影響されないということを明確にする必要があると思います。公務員については、過剰なくらいに、取り締まるべきだと思います。利害の有無にかかわらず、金品のやり取りを禁止しても良いのではないかと思われます。それは、同じ職場内や、かつて世話になった上司であっても、禁止すべきだと思います。

おそらく、交際は窮屈になると思います。親戚付き合いさえも差し支えるかもしれません。だとしても、けじめをつけることが必要だと思います。そして、その分は、きちんと待遇をあげることで埋め合わせるべきだと思います。

これが民間であったら話は別だと思います。組織の規則や目的に反する事が無い限り、問題にはならないと思います。贈り物の習慣は、決して悪い事ではないと思います。とりわけ、伝統的な御稽古事などでは、習い事の内容と同じくらい、昇格の折のお礼の金品のやり取りなどのしきたりが、充実していたりします。

しかし、贈り物の習慣や意義と、「公」のあり方とは別です。

「公」においては、公平な税や、使用料などの実費以外には、やりとりがあってはならないと考えるべきだと思います。「貢ぎ物の多寡」で、処遇が変わったりすることがないということを明確にするために、徹底的に、公務員からは「贈答」を排除する必要があると思います。それは、内外を問わず、多寡を問わず、徹底すべきだと思います。

この汚職の問題は、「公」というものと、社会通念とのズレを考えるための材料が、びっしりと詰まっているように思われます。
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by gskay | 2008-07-24 10:39 | いろいろ