刑事訴追による代替
「あって欲しくないこと」の原因を追求し、「あってはならないこと」されることが行われていた場合には、その責任を負う人を罰することになります。

しかし、すべての「あって欲しくないこと」に、必ず「あってはならないこと」があるとは限らず、「仕方がないこと」もあります。「仕方がないこと」は、処罰の対象にはなりません。

ただし、「仕方がないこと」だったからといって、それで関係者の責任や役割が無くなるわけではありません。

特に、医療の場合、「あって欲しくないこと」に携わることになった医師には、患者や家族の動揺や憤りに誠実に対処することが必要になります。専門的な知識や情報が医師の側に偏在しているからこそ、そうした姿勢が必要です。

それが欠けると紛争になります。

この紛争は、医師と患者、あるいは医師と家族の間の個別の紛争です。警察が介入しても、患者や家族の動揺や憤りが直接的に解消されるようなものではないはずですが、不満や不信、怒りを「御上のお仕置き」に振り向けることで解消できるような気分が生まれます。

そうした気分に乗って、「仕方がないこと」だったとしても、あたかも「あってはならないこと」であったかのように立件しようという風潮があります。とりわけ医療では、医療不信を背景にそれを支持するような雰囲気があります。

たしかに、家族が求めていた情報が警察の捜査によって明らかになるというメリットはあるかもしれませんが、それは、本来、医師や医療機関によって知らされるべきもだったのではないかと思います。医師や医療機関が、患者や家族にきちんと対応しきれなかった部分を、警察の捜査が補ったにすぎません。

医師や医療機関と、患者や家族とが、個別に良好な関係を築き上げ、納得することを目指すことが必要です。時には、紛争に発展し、補償が必要になるかもしれないし、簡単に解決できず、民事訴訟にいたることもあるかもしれませんが、当事者間の努力が第一です。

そうした努力を飛び越えて刑事事件として裁き、「御上の裁き」によるお仕置きで解決と考えるのは、個別の努力も、個々の納得も否定することにつながりかねないと思います。患者や家族が求めているものを手に入れる機会を奪いかねない危険をもっていると思います。「御上」まかせにしてはならないように思います。

「あって欲しくないこと」という状況に直面した患者や家族への対応を考えると、「あってはならないこと」への厳格な対応を、全てに一律に適用して問題が解決したと考えるべきではないと思います。たとえ、「仕方がないこと」で過失がなかったとしても、もっと、医師や医療機関が誠実に対応する責任を強調し、患者や家族が苦しみから解放され、納得できるような方向を目指すべきではないかと思います。

残念ながら、医師や医療機関が、「世間」の前で萎縮し、本来の責務を果たせていないような気がします。もっと、医師や医療機関が毅然とし、本来の責務を達成する必要があると思います。

また、「あってはならないこと」への刑事訴追を、誰もが納得できるような形で徹底するための高度な体制が必要だと思います。これによって、強引な「御上の裁き」を避けることもできると思います。同時に、刑事訴追を通した「御上の裁き」による天罰は、本当に患者や家族にとって望ましい事のかどうかについて、「世間」も当局も考えてみる必要があると思います。
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by gskay | 2008-08-29 20:12 | 安全と安心