刑事訴追のための能力の不足(2)
医学は、臨床の学問であり、その学問的な裏付けがあるから、医療に正当性があるのだと思います。臨床の学問であるため、常により正確なものへと書き換えられています。しかも、コンピューター・インターネットによる情報化により、最新の知見を簡単に手に入れることができます。

医療では、医学書に書かれているような指針をルールであるかのように捉えて守ることよりも、より有効で適切な手段をとることが優先されるべきです。

医療においても必ず守らなくてはいけないルールはあります。たとえば、酸素ボンベの色は決まっているし、レギュレーターなどの管は、専用のものしか接続できないようになっています。

この守らなければ行けないルールは、船が衝突しそうになったときに、どのような回避行動をとるべきかというルールと同じようなものです。

これに対し、医学書に書かれている指針は、その当時の知見を著者の考えを交えて紹介しているだけであり、ルールではありません。

検察は、「医学的準則」という難解な言葉を用いてはいるものの、医学や医療の本来のあり方を曲解しているように思います。次席検事とういうのは、その検察庁のスポークスマンを担当しているということです。この考えが、検察全体の考えなのか、この次席検事の個人的な見解なのかわかりません。また、記事にした記者の考えも加わっているかもしれません。


産科医の無罪確定へ=帝王切開死、検察が控訴断念−「今後は慎重に捜査」・福島(時事通信) - Yahoo!ニュース



8月29日15時15分配信 時事通信

 福島県立大野病院で2004年、帝王切開手術を受けた女性=当時(29)=が大量出血して死亡した事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた執刀医加藤克彦被告(40)を無罪とした福島地裁判決について、福島地検は29日、控訴の断念を決めた。控訴期限の9月3日が過ぎれば、無罪が確定する。
 公判では、癒着した胎盤を子宮から剥離(はくり)した際に大量出血を予見できたのかと、剥離を中止し子宮摘出に移る義務があったのかが主な争点だった。
 地裁は20日の判決で、子宮摘出に移るべきだとした検察側主張について「医学的準則だったとは認められない」とし、被告に剥離措置を中止する注意義務はなかったと認定。検察側立証は医学書の記述などにとどまり、主張を裏付ける臨床例を提示していないと指摘していた。
 同地検の村上満男次席検事は「違反者に刑罰を科す(医師の)注意義務をどうとらえるかで、裁判所は検察と異なっていた。裁判所は臨床、検察は医学書に基づいており、判決のような考え方もある」とし、控訴しても裁判所の判断を覆すことは困難とした。
 加藤被告の逮捕、起訴について「法律と証拠に基づいてやった。判断としては間違っていない」としたが、「今後はより慎重、適切な捜査をしたい」と述べた。 


「裁判所は臨床、検察は医学書に基づいており、判決のような考え方もある」という発言は、医学が臨床の学問だということを忘れたトンチンカンな発言です。

医学書がどのように書かれるかということや、医療の意思決定がどのように行われるかを考えると、全く内容のない、意味がない釈明です。


大野病院医療事故:県、懲戒処分見直しも 地検が控訴断念、医師の無罪確定へ /福島(毎日新聞) - Yahoo!ニュース



 無罪確定へ。大熊町の県立大野病院で04年に起きた医療死亡事故の裁判は29日、福島地検が控訴断念を明らかにし、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた加藤克彦医師(40)の無罪が確定することになった。県は、加藤医師の懲戒処分の見直しを検討している。【松本惇、西嶋正法、今井美津子、石川淳一】
 福島地検の村上満男次席検事は「事実関係はおおむね検察官の主張通り認定している」とした上で、「判決は刑罰を科す基準となる医学的準則を、ほとんどの者が従っていると言える一般性を有しなければならないとした。裁判所の要求も考え方としてあり得る」と述べた。加藤医師の起訴については「被告が持っていた医学書に(検察側主張に沿う)記載があり、産婦人科医の鑑定もあったので、違法とは思わない」と正当性を主張した。県警の佐々木賢・刑事総務課長は「法と証拠に基づき必要な捜査をした。医療行為の捜査は今後も慎重、適切に行いたい」と話した。
 一方、加藤医師の弁護団は「当然の結論。産科を中心に医療現場全般に与えた悪影響が収束することを期待する」とし、日本産科婦人科学会は「今後も母児ともに救命できる医療の確立を目指し、最大限の努力を続ける」との談話を発表した。
 また、県病院局の茂田士郎・病院事業管理者は「医療事故の再発防止に全力を尽くしたい」とコメント。加藤医師を減給1カ月(10分の1)とした05年6月の処分について、同局の林博行次長は「判決を吟味し、(加藤医師の過失を認めた)県事故調査委員会の報告書を含め、懲戒処分取り消しも視野に検討したい」と話した。
 保岡興治法相は会見で「医療事故の調査は、専門家らで構成する第三者委員会がリスクなどに専門的判断を下し、刑事司法はそれを尊重し対応する仕組みが必要」と語った。

8月30日朝刊

事実認定に関しては、ほとんど争われていないので、検察の手柄はないと思います。

「刑罰を科す基準となる医学的準則」というものが、どのように形成されるのかが問題になっています。「被告が持っていた医学書に(検察側主張に沿う)記載」というのが検察の根拠ですが、その記載通りに医療を行った場合とそうでない場合を比較する資料が必要です。根拠とした医学書にはルールが記載されているわけではないので、その記載に反したことが問題だとは断定できません。その記載に沿わない主張もあるような内容の場合、医学書に記載されているからといって、直ちに根拠にはならないと思います。

起訴の正当性に関しては、検察が批判されるべき点が多いと思います。ただ、能力不足による見込み違いによるもので、違法とはいえないと思います。

この能力不足は、情報化によって医学のあり方が大きく変化したことに気付いていないことによるように思います。現在、データは、論文や統計で容易に入手でき、それがエビデンスとなって医療の中身を決めています。

警察も検察も、マスコミも、医者がどのように勉強しているかということを、全く知ろうとしていないのではないかと感じました。古い時代の発想で無理矢理解釈しようとしていると感じました。一般の人に大きな影響があると思います。これは、とても、重大な問題ではないかと思います。

コンピューターによって情報の集積や分析が容易に行えるようになって情報の量も質も変わりました。加えて、インターネットによって誰もが容易にアクセスできるようになっています。医学はその恩恵を強く受けています。文献ということに限って言えば、この裁判のために必要な資料は、気が利いた医学生なら、半日もかからず揃えられると思います。

ちなみに、文献はみんな英語です。いまや、ドイツ人もフランス人もロシア人も英語で仕事をしています。そこには、国境も言葉の壁もありません。そう考えると、日本語で済んでしまう仕組みは限界がきているのかもしれません。想像ですが、検察が優先したという医学書は、日本語の医学書であったのではないかと思います。英語くらい読めなきゃ、いまどき、プロの仕事に関わることはできないと思うのですが……。

もちろん、医学や医療には、文献にならない知識や、言葉であらわすことができない技術があったりするので、文献などの資料が判断の全てではありません。しかし、文献にかぎって考えれば、「医学書」の記載を持ち出して、「臨床」を根拠にした判決との立場の違いを釈明しようとした検察の姿勢からは、医学が臨床の学問であることを忘れていることが伺えます。また、専門知識の不足と言う能力不足以前に、情報についての能力が不足しているように思います。

日本は、インターネットや情報について後進国だと思います。日常生活や専門領域では、かなり浸透しているように思いますが、日本という「国」の屋台骨となる役所では、警察や検察に限らず、取り組みが絶望的に遅れていて、20年以上前の発想にしがみついているようにに思います。
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by gskay | 2008-08-31 01:29 | 安全と安心