トレーサビリティ
農水省は、トレーサビリティ普及にむけた活動を行っています。牛肉を中心にはじまり、様々な品目に及んでいるようですが、もっぱら食品が対象のようです。

汚染により工業用の材料にしか使えないはずの米が、農水省から卸され、それが業者の手によって食品に化け、しかも様々な偽装表示をされて販売されていた事件は、トレーサビリティのシステムへの取り組みに問題がなかったどうかを点検する機会になると思います。

食品に限らず、目の前にある商品がどのように作られて販売されるようになったのかを追跡するシステムは、今のところは、研究開発途上ということになっているようです。しかし、情報ネットワークは充実しており、基盤となる技術の問題よりも、どのような規格が良いかということが壁になっているのではないかと思います。

規格を決定する作業は、民間任せで急速に進むこともあれば、そうでないこともあります。

関係する専門家同士が、共通の基礎的な知識を共有しているような領域では、民間任せの取り組みがいいように思います。例えば、建築や医療は、専門家が高等教育によって養成されており、技官をふくめ進歩にとりのこされがちな官僚が取り組むよりも、民間の専門家が自律的に取り組む方が良いように思われます。

これに対し、農水省が監督している農業や水産業、林業などは、高等教育による共通の基盤をもつ専門家もいるものの、様々な背景や考え方をもった人たちが従事しています。これに流通や加工、製造も加わえると、関係者が協力して取り組む上での共通基盤を見いだすのは困難です。これは、経産省の管轄に属する分野でも同様ではないかと思います。

このような様々な人たちが関わる領域では、専門家同士の自律的な取り組みよりも、公的な権限による取り組みの方が適当ではないかと思います。これは、利害にも関わる問題であり、「政治的」な取り組みが必要ではないかと思います。今の官僚は、小手先の制度改正には積極的ですが、抜本的な取り組みは及び腰のように思われます。そして、利権の確保は得意でも、利害の調整は苦手のように思われます。そのような点からも、きちんと国会で考えるべき問題として取り上げるべきだと思います。

ところで、「消費者庁」構想に、私は懐疑的です。経済の骨格が内需にシフトしようとすることに、水をさしかねいと懸念しています。消費を保護ずるのではなく、消費を規制してしまうおそれを感じています。

ただし、消費者の利益を口実に、縦割り行政を一元化することには賛成です。消費そのものに介入しようとするのではなく、製造や流通の過程の透明性を高めることが、現状を打開するために必要です。

幸い、情報技術のインフラは、かなり整備されています。そのインフラを活用する方向に進んで欲しいと思います。

今回の「事故米」の事件では、工業用にしか使えない米が、農水省から業者に卸されました。卸されるプロセスに何があったのかは知りません。ただ、農水省は、利用に制限がある特別な配慮が必要な米だと知っていながら、追跡を怠りました。同時に、業者も追跡をかわすためであるかのような複雑な仕組みを構築していました。

工業用の材料、農産物、食品という区分の隙間をつく形で行われた不正で、今日の行政制度の弱点を表しているように思います。省庁の垣根や、品目の区分をこえた一元的なトレーサビリティのシステムを構築する必要があると思います。

それはそうと、なぜ、汚染されているような米を輸入しているのかということも話題になっているようですが、工業用の材料としての輸入であれば、経済性からみた妥当性がないわけではないのでしょう。その取り扱いは大問題ですが……。

一方、世界的な穀物確保の競争が遠からず起こるとされています。それに備え、日本は、海外に米を提供するための準備をしておかなくてはいけないと思います。一歩間違えると、米が海外に流出し、国内には残らないというような状況も起こりかねません。

様々なことを考えなくてはいけない問題ですが、問題意識も取り組みも、適当ではないと感じます。
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by gskay | 2008-09-17 01:19 | 安全と安心