大臣の辞任
事故米・汚染米の事件に関連して、農水大臣が辞任したのは、大臣が己の立場をわきまえていなかったことへの報いだと思います。国民の代表という立場をそっちのけにして、官僚の代弁者になっていました。

何も問題がないときには、極端なことを言えば、誰でも大臣がつとまります。なぜなら、きりもりをしている官僚は、基本的には優秀な人たちだからです。しかし、何かが起こった時、真価が問われます。

異論はあるかもしれませんが、耐震偽装の時の北側国交大臣については、官僚が進めようとした方針に異議を唱えたとされています。所属政党によって偏見をもって見られることもあると思いますが、自らの外遊中になされた官僚の無責任な判断を、一喝して覆したとされています。

もしそれがなかったら、今や参議院議員をつとめている当時の佐藤次官は、今回の事件の農水次官のようになっていたかもしれません。技監も、住宅局長も落選したとはいえ、公職の選挙に挑戦するという立場にあります。

結局、己の立場をわきまえた大臣によって、国交省の官僚は重大な誤りを犯さずにすんだのではないかと思います。

これに対し、今回の農水大臣は、官僚の代弁以外の役割を果たすことができませんでした。

転売や検査での見逃しは、この大臣の責任ではないものの、大臣は、適切に対応しつつ、あらためて責任を背負う必要があります。しかし、この大臣は、その対応について、首相からの評価を得られなかったばかりか、事件発生の責任や、対応への責任を背負って辞任するというよりも、不適格であるから辞任するという意味合いの辞任になってしまいました。

これまで、大臣には、官僚の代弁者という意識が強かったと思います。省庁再編を行った橋本元首相でさえ、首相としては、そういう立場から発言しています。

しかし、小泉政権のころから、大臣の立場がようやく変わって来たのではないかと思います。辞任する農水大臣は、それを理解していなかったのだろうと思います。

政権末期とはいえ、福田首相が、思いがけず、画期的な決断をしているように思います。

今後、大臣と官僚と国会の関係が、さらに整理され、本来の形が実現することを期待しています。
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by gskay | 2008-09-20 03:10 | 政治と役所と業界