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違法な採用?
大分県の教員採用の汚職は、汚職については徹底的な処分をするべきだと思います。しかし、採用された教員の処遇は別だと思います。

公務員採用は試験を行い、合格者を候補者として名簿に載せ、その名簿から最終的な採用が行われるのが通例だと思います。しかも、教員の場合、教員免許が必要なので、さらに一段階加わっています。「能力」については、解雇しなくてはいけない程のものなのか慎重に考えた方がいいと思います。

「解雇」根拠は何? 大分・不正採用教員 : 教員汚職 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


どこまで…見通し立たず

 教員採用試験を巡る汚職事件に絡み、16日、不正な手段で合格した教員全員の採用取り消しを決定した大分県教委。なぜ不正の全貌(ぜんぼう)が明らかにならない段階で、「過去に例を見ない」(文部科学省)という厳しい措置を打ち出したのか。その背景を探り、今後の課題を検証した。(社会部 村井正美、田中史生、大分支局 吉田均)

■「可能な限り」
 「どこまで確認が可能かはこれから調査する。可能なところまでさかのぼる」

 16日午前、記者会見に臨んだ大分県教委の小矢(こや)文則教育長はそう述べ、過去の教員採用試験についても調査したうえで、不正が判明すれば事実上の解雇となる採用取り消しをする方針を明らかにした。

 今回の事件を巡る捜査で不正採用が確認されているのは2007年度と08年度の小学校教員採用試験。

 収賄側の同県教委義務教育課参事・江藤勝由被告(52)(収賄罪で起訴)のパソコンには、両年度の受験生の得点一覧表とそのデータを改ざんした記録が残っており、不正合格者は両年度で40人近くに上る可能性がある。同県教委ではこのパソコンの記録を入手できれば、少なくとも両年度の不正合格者は特定できるとみている。

 ただ、同県の教員採用試験を巡っては、20年ほど前から県議が県教委幹部に採用の口利きをしていたと証言する元県議もいるなど、どこまでさかのぼって調査できるのか見通しは全く立っていない。

 同県教委が合格圏内にありながら不合格になった受験者は採用すると発表したことを巡っても、同県教委には、さっそく匿名の数人から「どのような基準で調査して採用されるのか」などという電話が寄せられたが、明確な回答はできなかったという。

(略)

 公務員の採用取り消しは奈良県中和広域消防組合の04年の採用試験で、不正合格した19人のうち自主退職の1人を除く18人を取り消したケースなどがあるだけ。

 「判断材料が乏しいのに県教委は公正な対応ができるか」。同市立小学校の男性教諭(47)はそう語り、教師の間に不安が広がっている現実を打ち明けた。

 文科省は、同県教委の決定を認める方針で、採用が取り消しになった教師が異議を申し立てた場合などに備え、法的な検討を進めることにしている。

法曹界に疑問の声も
「一律に合格取り消し」できるのか——

 公立校の教職員を含む地方公務員はいったん採用されれば、地方公務員法によって身分が保障され、解雇するには〈1〉綱紀違反や違法行為に対する懲戒免職〈2〉公務員としての適格性などを欠く場合の分限免職——の手続きを踏む必要がある。

 しかし今回の事件では、教員採用試験に合格した受験者本人の「不正の認識」が現時点でははっきりしないため、免職の手続きを取ることは困難。大分県教委は、採用試験の成績がそもそも基準に達していなかったとして、給与の返還は求めないものの、採用前にさかのぼって一律に合格を取り消すことにした。

 同県教委が根拠としているのが、地公法15条の「職員の任用は受験成績や能力に基づいて行う」との規定。地公法を所管する総務省も「受験成績の改ざんによる採用は、能力に基づいていないので違法な採用」との見解を示している。

 ただ、法曹界の中には、この判断を疑問視する声もある。

 あるベテラン民事裁判官は、地公法が「懲戒、分限の理由がなければ意に反して免職されない」との身分保障規定を明文化していることを挙げたうえで、「合格ラインに達しなかったからといって一律に取り消すのは難しいのではないか」と指摘。労働紛争に詳しい岩本充史弁護士も「不正な採用だから直ちに適格性を欠くとは言えず、懲戒免職も本人が不正を認識していたケースに限られるのではないか」と語った。

 県教委が採用の取り消しに踏み切った場合、その対象者は県に対し、教員としての地位の確認を求める裁判を起こすこともできる。日本労働弁護団の菊池紘弁護士は「県教委の組織的不正が原因なのだから、不正のつけを受験者だけに負わせるのはおかしい。取り消しが容認されるのは大幅に得点がかさ上げされるなど、極めて不公正なケースに限られるはず」と話した。
(2008年7月17日 読売新聞)


「全員」という極端な表現をしている一方で、「どこまで可能か」を、これから調査するということです。徹底的にやるという覚悟を示す目的の発言だと思います。実際の処分は、調査の限界によって、限られたものになるのだと思います。

記事が懸念するように、明確な基準を示すことから、すでに困難です。さらに、ここには、恣意性が入り込む余地もあります。きちんとけじめをつけず、長期間取り組むことになってしまうと、それが新たな問題の背景になりかねません。

仮に基準を作ることができても、問題となる事実を確定する作業が容易ではないと思われます。特定するために必要な資料が揃っているとは限りません。また、その資料の証拠としての妥当性を吟味してからでなければ、処分に用いることは出来ないでしょう。

そもそも、厳正な採用をできなかった団体が、そのことは棚にあげて対処しようとしているので、この組織の実力からして疑問です。徹底的に行うという宣言とは裏腹に、実際の調査や処分は、限られたものになることを念頭に置いているのかもしれません。

実際問題としては、今年度の採用については、対応できるかもしれないと思います。試用期間であると思われ、また、有効な候補の名簿があり、まだ採用されていない合格者もいると思うので、実施は難しくはないと思います。必要であれば、追加合格を出せば良いと思います。

しかし、昨年度以前のものは、試用期間をすぎているし、名簿の有効期限も過ぎているので、処分についても、不合格とされた人の採用についても難しいと思います。

この記事で取り上げられた採用取り消しや解雇への法的、制度的な問題点は重要で、手続きは難しいと思います。懲戒などは、その教師の今後の人生に影響するという点を軽視することも許されないと思います。違法行為を根拠にするなら、本人の違法行為を証明しなくてはいけないので、厄介です。また、連座は適用すべきではないと思います。

採用システムに問題があったという点に戻って考えると、この事件は教育委員会の問題であり、不正を行って採用を混乱させたのは、教育委員会の担当者です。誤って不合格となったとされる人たちへの対応は検討に値すると思いますが、教育委員会の過ちを、誤って採用されたとされる教師に押し付けるような方針には疑問を感じます。

加えて、能力を評価することも困難です。少なくとも免許を持っていることは確かです。また、試用期間が過ぎた人たちは、経験が加わっているし、研修などを受講しているので、能力は向上していると思われます。採用されなかった人たちで代替えができるとは思えません。

この方針が貫かれた場合、現場への影響は甚大であり、無用な混乱をおこす可能性があると思います。また、制度的にも逸脱があるように思います。

結局、やる気があるということを示すために、極端な表現をしただけである可能性が高いように思われます。だとしたら、無責任な発言で、対応に問題があるように思います。

耐震偽装発覚直後の、国のドタバタとした対応を思い出します。
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by gskay | 2008-07-17 22:19 | 政治と役所と業界
リコールの手続き
三菱自動車の欠陥隠しの裁判の中で、リコールに関連する虚偽報告の事件では、一審の判決は無罪でした。横浜簡裁では、国土交通省の担当者からの報告要求の妥当性が問題となり、担当者の要求が法律に基づく要件を満たしていないということで、門前払いの判決でした。

これについては、かつて、「揺れるマンション」顛末記 : 行政の裁量の限界、および「揺れるマンション」顛末記 : リコールというエントリで考えたことがありますが、リコール行政の当局の手続きも杜撰であったことが問題です。

なお、問題となるデータが隠匿されていたことは、一審でも認められていたことです。

仮に故意の隠蔽ではなかったとしても、摩耗や整備不良が原因だという結論は、結果として間違っていました。その間違った結論にいたる判断を問題にするのは不毛な議論になりかねませんが、きちんとデータを揃えなかったり、都合の良いデータだけをもちいたことは、科学的な判断や技術的な判断の基本的な態度の問題としても批判されるべきだと思います。また、結論にあたって、除外できない問題については保留にして、判断から排除すべきではありませんでした。

そういう判断の中身の問題はともかくとして、隠蔽という「罪」について、それを明らかにするための裁判のはずでした。ところが、その隠蔽以前に、前提となる行政の手続きに杜撰なところがあって、その報告についての公的な位置付けが曖昧になってしまっているという複雑な事情の裁判になってしまいました。

ふそう元会長らに逆転有罪=「事実に反する内容認識」−三菱自虚偽報告・東京高裁(時事通信) - Yahoo!ニュース


7月15日10時 13 分配信 時事通信

 横浜市で母子3人が死傷した事故に絡み、国土交通省に虚偽報告したとして、道路運送車両法違反罪に問われた元三菱ふそうトラック・バス会長宇佐美隆(67)、元三菱自動車常務花輪亮男(67)両被告ら3人と法人としての同社の控訴審判決が15日、東京高裁であり、永井敏雄裁判長は1審無罪判決を破棄、3人と同社にいずれも求刑通り罰金20万円を言い渡した。
 宇佐美被告ら3人は上告する方針。
 永井裁判長は同罪の成立に必要な国交相からの報告要求について、同省のリコール対策室長らに権限が委ねられていたと認定。「電話、口頭での要求も許され、車両法に基づく報告要求は明白」とした。
 報告内容についても虚偽だったと判断。宇佐美被告が設計上の問題ではないと説明できるよう、2002年1月の会議の席上で整備不良などの有無を調べるように指示していたと指摘した。その上で、内容が事実に反することを十分に認識していたとして、虚偽報告の故意を認めた。 


当局の杜撰な手続きについてどのように評価するかが、焦点の一つになっている裁判です。

「リコール対策室長らに権限」という点は、その通りだと思うのですが、その権限の行使の仕方が適切だったかどうかが、まず問題になっています。一審では、それが適切ではなかったため、被告の罪を問う事ができないという判断でした。二審は、行政の要求に不十分なところがあったとしても、「明白」という観点から、罪を問えると判断し、すでに虚偽であると認定された報告についての罪を問う事にしました。

どちらの判決にも納得できるところがあると思います。行政の手続きの杜撰ささえなければ、一審の無罪はなかったはずで、行政の当局の反省が必要だと思います。一方、行政の手続きの妥当性よりも、車両法という法律が定めている趣旨を優先するなら、当局からの要求は「明白」であるとみなすこともできます。自動車製造の会社であるので、法律や手続きを熟知していなくてはならず、言われる前から適切に対処することが当然とみなされてもいいようにも思います。

ただし、この「明白」ということ自体も、何を「明白」とし、何を「明白でない」と判断するべきなのか曖昧です。否定しようがない行政手続きが行われてはいなかったことで、「報告」の位置付けが曖昧になってしまっている以上、そこに対する配慮があってもいいように思います。

当局の要求や、「報告」の位置付けが、当局にとって都合が良いように「後だし」で恣意的な扱えるようなものにしてはいけません。しかし、だからと言って、法の趣旨にさからうようなことを見逃してもいいのかと言う問題もあります。これは、難しい問題で、そのための判断の基準がないために、一審と二審が異なる判断になったのだと思います。

その点で、最高裁への上告での判断が気になります。たとえ行政の手続きに問題があったとしても、罪は罪といえるかどうかを最高裁が判断することになるのだと思います。それが、今後の判断の前提になります。

また、もし「要求」が適切であったなら、正当な報告がなされていた可能性があるとすると、当局の責任も追及すべきところではないかと思います。しかし、それは、そういう規定がない以上,どうしようもないことなのだろうと思います。

ところで、当局と自動車製造会社を対立するものとして考えている限り、このようないい加減なことが生じてしまう事情を理解するのは難しいように思います。このような杜撰さなことが生じてしまう背景には、実は、当局と自動車製造会社に「馴れ合い」があるのではないかと思います。裁判では、当局と自動車製造会社の主張や立場は対立するもののように見えます。しかし、実際は、「馴れ合い」になっていたからこそ、行政もいい加減な手続きをしてしまったし、自動車会社も不適切な報告をしたのではないかと思います。

これは、裁判の行方とは関係のないことですが、あってはならないことが起きてしまった背景のひとつであり、後始末までも混乱させています。同様の構図は、あちらこちらにあるのではないかと思います。
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by gskay | 2008-07-16 10:12 | 政治と役所と業界
規制再強化
タクシー規制の再強化の方向性については、安全の確保や、運転手の労働の問題に直接介入するのなら意味があると思います。しかし、国土交通省の再強化の方向は、経営に関するもので、安全の確保や運転手の待遇の向上には間接的にしか影響しません。

加えて、法律による規制に先立って、通達によって規制を行うという方法が妥当であるなら、わざわざ法律で規制する必要さえないのではないかと思います。

この規制再強化問題は、何重にも重要な問題を含んでいるように思います。

本来、「規制緩和」では、「御上のお気持ち次第」の不明朗で行き当たりばったりで恣意的な規制や、経営を過剰に保護するような規制は、「緩和」というより、「解消」されなくてはならなかったと思います。それは、公平な競争を阻害するからです。しかし、その大切な部分が、ないがしろにされているように思います。

タクシー増車規制拡大 全国の8割「特別監視地域」(フジサンケイ ビジネスアイ) - Yahoo!ニュース


タクシー増車規制拡大 全国の8割「特別監視地域」

7月12日8時26分配信 フジサンケイ ビジネスアイ

 国土交通省は11日、全国のタクシー営業区域の約80%にあたる537区域を、既存業者の増車を規制する「特別監視地域」に、うちの109地域は新規参入についても規制を強化する「特定特別監視地域」に指定した。指定期間は3年間。これまで特別監視地域は67区域、特定特別監視地域は6区域だったが、そのエリアを大幅に拡大し、指定要件も緩和した。

 国交省は2009年の通常国会に営業台数の制限を柱とした道路運送法改正案を提出する予定で、今回の措置には改正法施行前の“かけこみ増車”を防ぐ狙いがある。しかし、行政通達の変更という簡単な手法で行う規制強化の前倒しに対しては批判の声も根強い。

 タクシーの営業区域は全国で644。特別監視地域の指定を受けると増車時の監査が強化され、違反業者には車両使用の停止といった処分が科される。指定要件にはこれまで「1日1車当たりの実車キロが前年度と比べ減少」といった項目があったが、今回新たに「実車キロが規制緩和前の13年度と比べ減少」などの要件が加わり、指定が容易になった。

 特定特別監視地域は、特別監視地域のうち競争過剰による運転手の労働悪化を招く懸念が大きな地域。今回、都市の人口規模を「30万人以上」から「10万人以上」に引き下げるなど指定要件を緩和した。

 また、今年1月に増車や参入を一切禁止する「緊急調整地域」に指定された仙台市について、「法改正前のかけこみ増車を防ぐため」(冬柴鉄三国交相)、指定期間を今年8月末から11年1月まで延長した。

 国交省は02年にタクシー事業参入の規制を緩和したが、優良業者にとっての参入チャンスをますます狭める動きに対しては、「規制緩和に逆行している」との厳しい批判が向けられている。

タクシー規制の再強化に関する多くの記事の中で、引用の記事は、手続きに対する疑問を投げかけている点に特徴があるように思いました。

通達の意義と、法律の意義を見直す必要があると思います。少なくともこの法律改正は法律案として提出されてもいないのに、あたかも可決しているかのような通達です。むしろ、通達の方が、既成事実として法律改正の前提になりかねないように思われます。これは、「法の支配」の原則にも、国会の立法機関としての地位にも反するのではないかと思うのですが……。「裁量」が入り込む余地が多く、この規制は、「御上のお気持ち次第」の規制のように思われます。

また、業者の経営に介入するという規制は、規制の責任も経営の責任も曖昧にしてしまいます。規制が成功したのか失敗したのかは、経営という要素が加わるために、はっきりとわからなくなってしまいます。また、経営の責任が曖昧になる結果、経営の問題として解決されなくては行けない問題が、解決されないままとなるばかりか、別のところに転嫁されてしまいます。タクシー業界の問題では、その歪みが、運転手という労働者に転嫁されることになると思います。

「規制緩和」の弊害として「格差問題」がとりあげられますが、「格差社会」に対するアプローチでは、業者の経営に対する規制緩和と、労働に関わる規制緩和とは区別して考えるべきだと、私は考えています。

労働に関する規制緩和の弊害についての議論は、私は納得できると感じています。社会保障の問題からみても、消費の面からみても、公権力による規制や介入は有効であると考えています。

しかし、既存の業者を保護するような「規制」については、経営の失敗を有耶無耶にするだけで、「格差問題」の解決にはならないばかりか、新たな泥沼にはまることになると思います。このタクシー規制の再強化は、運転手の待遇の改善に直接関わるものではありません。そして、安全の問題とも別です。

こうした点が、ゴチャゴチャです。少なくともこの規制強化については、「格差社会」への対策という理由は、都合の良い口実やすり替えで、あくまで、直接的には経営の保護です。このように経営の責任を曖昧にするような方向で規制するのは、私には、適切だとは思えません。労働の問題、あるいは安全の問題として、もっと有効で直接的な「規制」や「介入」を試みるべきです。

そして、その結果として生じる運転手の待遇改善や安全のための経費については、それを受け入れて経営するべきです。そこを誤摩化してはいけないと思います。

低成長であるからこそ、経営は責任を持って行われなくてはいけません。高度な経済成長をしている時なら、経営は何をやっても余程のことが無い限り失敗しないので、責任を意識しなくても何とかなったと思います。しかし、低成長では、競争の結果として、経営の失敗は明白になります。

その明白になった失敗の責任を、経営が負わず、労働者に転嫁してきたのが、今の格差社会の元凶だと、私は考えています。それに加えて労働に関わる規制緩和が、経営にとって都合が良かったために、経営の責任が表面化せずにすんできました。それでも、どうにもならなくなり、「規制」の再強化によって、経営を再び保護しようとしているように思います。

それが、公平で妥当であるかどうかという点では、問題が多いように思います。加えて、「格差問題」には、間接的な効果しかありません。漫然とした経営が許されてしまう素地を公的に作らなくてはならない理由は、私にはよくわかりません。

ところで、「規制緩和」の弊害を取り除くために、一部の「規制再強化」は避けられないと思います。しかし、その「再強化」は、やり方を誤ると、官僚に対する「規制緩和」になってしまうことが心配です。このタクシー規制の再強化はその一つではないかと思います。

規制強化に進むとしても、官僚の「裁量」や「無謬性」については、後からの検証が可能な仕組みが必要であり、規制の権限を野放しにしてはいけないと思います。官僚の規制の失敗は、大きな悪影響を残します。これについては、経営の失敗以上の責任を問うべきだと思います。もし、そのような仕組みが確立していれば、無闇に経営に介入するような規制はとりにくくなると思います。
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by gskay | 2008-07-15 07:51 | 政治と役所と業界
政治改革と行政改革
与党の公務員改革は、これまでのように「大きな進歩だが、中途半端」ということになりかねないと思います。それは、失望を生むのみでなく、将来に問題を先送りすることになり、破局につながりかねないと危惧しています。

また、与党では、衆議院の選挙制度を中選挙区にもどすことを目指す勢力が無視できないように思います。これは、これまでに実現して来た政治改革、選挙制度改革を逆行させるものだと思います。

それに対し、引用した小沢代表の発言は、与党の立場よりも大幅に踏み込んだものであり、私は好感をもちました。

統治機構改革案を披露=政権交代へ決意アピール−民主・小沢氏(時事通信) - Yahoo!ニュース


7月13日14時3分配信 時事通信

 民主党の小沢一郎代表は13日午前、都内で開いた「小沢一郎政治塾」で、自身が思い描く統治機構の改革案を披露した。次期衆院選に向けて「政権構想の一端」(周辺)を示すことで、政権交代への決意をアピールする狙いがありそうだ。
 小沢氏は「自公政権は官僚の言いなりだ。政治家が政策決定に責任を持たなければいけない」と強調。政権を取った場合は、官僚をコントロールするため、与党の国会議員約200人を政府の役職に就ける考えを表明。同時に「政府・与党は一体だから政策調査会はいらない」とし、党の政策調査会は廃止すると明言した。 


小沢氏「政府に登用する議員の大幅増を」 官僚の根回し廃止も(産経新聞) - Yahoo!ニュース


7月13日13時55分配信 産経新聞


 民主党の小沢一郎代表は13日午前、都内で開いた「小沢一郎政治塾」の会合で講演し、政府と与党の機能の一体化を柱とした、同党が政権を獲得した場合の行政改革構想を明らかにした。

 小沢氏は「大きな変化の時は、官僚の積み上げで適切な決定はできない」と政治主導への転換の必要性を強調した上で、「英国はブレア首相の時に200人ぐらいの政治家が政府部内のポストについたといわれる。政策決定の責任者は政治家が行う仕組みになっているわけで、当然のことだ」と述べ、副大臣、政務官などとして政府に登用する議員を大幅に増やす考えを示した。さらに「自分らで政権を持っているのだから、党に政務調査会はいらない」と政策決定機関を政府に一本化する方針を示すとともに、官僚の国会答弁や、官僚による与野党議員への根回しを廃止する考えを明らかにした。
 また、首相公選制に関しては「天皇陛下が存在する中で、首相公選制というのはあり得ない。(大統領制ではなく)議院内閣制だからリーダーシップを発揮できないというのは議論は間違いで、国民と政治家の資質にかかっている」と否定的な見方を示した。


耐震偽装では、民主党は、問題を解決するより、混乱させる方向であったと感じているので、私はネガティブな印象を持っています。政治的な問題として、議論もなく有耶無耶にならないようにと取り上げてくれたことには感謝するものの、取り上げた中身は良くはなかったと思います。

ところで、政治や行政のことを考えると、与党の公務員改革は中途半端だし、中選挙区復活をめざす姿勢は、選挙というものを通じて議院内閣制や二院制を考える時、逆行であると感じていました。

小沢代表は、小選挙区や比例代表という選挙制度を、きちんと理解している政治家ではないかと思います。今の選挙制度に移行する時にも、大きな役割を果たしています。

現在の選挙制度は、中選挙区における金権政治の権化のようにいわれる田中角栄が問題視し、改めようと考えた制度だと私はきいています。田中角栄は、中選挙区の闘い方を熟知していたからこそ、勝つために「金権」化するとともに、その仕組みが適当ではないと感じていたからこそ、小選挙区と比例代表という選挙制度を構想したのではないかと思います。

中選挙区は、金のかかる選挙を避ける事ができません。同じ政党の候補同士の闘いが金権や利権による政治の温床になります。その一方で、政策本位で多数を獲得するという努力はおざなりになってしまいます。

小選挙区であれば、政策を基準とした多数獲得のための競争になります。一方、比例代表であれば、支持に比例した代表を選出することができます。その組み合わせが中途半端であるものの、現在の選挙制度は、昔の中選挙区や、全国区にくらべれば、はるかに良いと思います。

引用の記事から、選挙制度の改革に続いて、議院内閣制の強化が行われるのだと感じました。

私は、首相公選よりも議院内閣制を強化するべきだと思っています。これなら、憲法を改正する必要もありません。そして、議院内閣制をとる限り、時にねじれる二院があることには大きな意味があると思っています。一方で、憲法を改正してでも首相公選にするというのなら、我が国には、二院は必要ないだろうと思っています。

私は、選挙制度が中途半端であることと、官僚に権限をありすぎて議院内閣制が弱いという実情をのぞけば、我が国の制度は、良く出来た制度だと思っています。しかし、あいにく、行政改革や省庁再編は、これまで、中途半端な成果しか挙げてこられなかったように思います。

それは、議院内閣制をとるにもかかわらず、政治改革と、行政改革や公務員改革を別のものであるかのように議論して来たからではないかと思います。

その点で、小沢代表に期待が出来るのではないかと感じました。ただし、この方針は、みんなに受け入れられるとは思えません。

官僚にとっては、内閣を飛び越えて議員に接触し根回しをすることができたことが、都合が良かったはずです。中選挙区の金権、利権型の政治家にとっても、ギブ・アンド・テイクがあったと思います。それが、根刮ぎなくなってしまいます。そこに、陰に陽に抵抗がおこることになると思います。

政策の中身というより、政治をどのように進めるかという枠組みの話であり、どのようなメリットがあるのか、なかなか実感できませんが、小沢代表の理屈に、きちんと耳を傾けるべきではないかと感じました。もし小沢政権が実現したなら、公務員改革と、政治改革が一気にはかどることになると思います。これまで,二つの別の改革だと思われていたものが、融合することで、しかるべき方向に進みだすのではないかと期待します。

ところで、国会議員の数を減らすべきだという議論がありますが、それは、問題がある国会議員がいるということが問題なのであって、そうした人が選ばれないようにするべきだという問題がすり替えられてしまっているのではないかと思います。

きちんと政府の仕事をするためには、国会議員の数を減らしてはいけないと思います。

そして、数より質が問題です。

将来的には、衆議院は、小選挙区を中心とし、内閣を組織する与党の議員が政府部内で働くという役割が強化されることを期待します。一方、参議院は、比例代表を中心とすることで少数意見を尊重し、政党間の調整するためのより政治的な議院になるべきだと思います。
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by gskay | 2008-07-14 12:28 | 政治と役所と業界
公務員改革は、官僚バッシングではない
我が国の行政制度は、制度疲労に陥っています。もともとの理念が忘れ去られ、形骸化しているばかりか、問題を振りまくようになってしまっています。

確かに、この制度の中核にいる官僚は、これまでのやり方を反省しなくてはいけません。しかし、それが、官僚バッシングで終わってはいけません。

現在、公務員制度改革を進めるための道具立てが少しづつ整いつつあるように思います。しかし、この改革に取り組む姿勢や、その改革を見守る姿勢にも問題があるように思います。

改革がスタートするかしないかの段階で、すでに改革が形骸化してしまっているように思います。

これは、改革の対象になっている官僚の抵抗によって骨抜きになったということとは違うと思います。改革に取り組む側の姿勢が一面的にすぎることと、改革のゴールが不明確であるため、改革が始まるか始まらないかという段階から、改革の側にも、悪しき「官僚主義」がはびこっているのではないかと思います。


<公務員改革>推進本部が発足 事務局人事固まらず(毎日新聞) - Yahoo!ニュース


7月11日22時41分配信 毎日新聞

 政府の国家公務員制度改革推進本部(本部長・福田康夫首相)が11日発足し、東京・虎ノ門のビルで事務局開きが行われた。国家公務員制度改革基本法に基づいて各府省の幹部人事を一元化することになる内閣人事局の運用方法など、改革の制度設計を担当する。

 「公務員一人一人が、自分の仕事に誇りと責任を持って励むことができる体制作りに力を合わせてほしい」。首相はこの日、事務局長に就任した立花宏・日本経団連前専務理事らに訓示した。

 推進本部の看板の設置には、首相のほか渡辺喜美行革担当相、町村信孝官房長官らも出席した。基本法をめぐっては、町村、渡辺両氏の確執が取りざたされ、成立までに紆余(うよ)曲折を経た経緯があったが、3人は和やかな雰囲気で、木製の看板を入り口に立てかけた。

 同本部は、キャリア制度の廃止に伴って設置される「総合職」「一般職」「専門職」の各定員や、官僚が政治家と接触する際の基準の作成など、基本法の具体的な制度設計を行う。本部に設置される省庁幹部、労組代表、学識経験者からなる「労使関係制度検討委員会」は、国家公務員の労働基本権拡大について協議する。

 50〜60人規模を予定している事務局は、事務局長人事やメンバーの公募のあり方などで閣内の調整に手間取ったこともあり、次長以下の人事が固まっていない。推進本部の初会合も来週にずれ込むなど、やや不安を残す船出となった。【塙和也】


ところで、現在の行政には、「裁量」の余地がありすぎます。これは、明治あるいはそれ以前の仕組みが残っているのだと思います。本来、政治の場で決着すべき事柄まで、行政の官僚に委ねられてしまっている点をまず解消すべきです。

また、「無謬」という前提があるため、誤りを認め、正すことができず、根本的な反省もおざなりになっています。目標と前提がごちゃごちゃになっていることがしばしばで、問題に直面しても、危機を感じるべきポイントがずれてしまっているように思います。なぜか、問題を解決するという方向には進まず、「あやまりはない」というこじつけが目指されます。同時に、取り締まりのしくみも、反省のしくみもいい加減です。

そうした問題に加えて、官僚となる人材が、今や、最優秀とはいえないことが問題です。登用された時点では、最優秀な人材が選ばれているかもしれませんが、高学歴化した現在、様々な点で見劣りしています。長寿国である日本で、そのような人材の集め方や養成の方法が適切とは思えません。もっと、歳を重ね、学歴を高めたり、社会経験をした人材を用いてもいいはずです。

しばしば、天下りが問題として取り上げられますが、それは枝葉です。行政の裁量が大きいために、天下りを受け入れるメリットがあります。そういう裁量を何とかしなくてはいけません。これは、政治によって調整されるべきです。

また、天下りは、せっかくの人材を放出してしまうことであり、大きな損失です。その損失を感じることができないという鈍さがあります。優秀な人材を放出しても平気でいられるのは、無謬という前提があるからではないかと思います。取り締まりや監視をしっかりとすることで、緊張感をもたせるべきです。あいにく、今のマスコミはその立場を全うすることはできないようです。

批判があるにもかかわらず天下る人たちも、実は大変です。長寿をよりよく過ごすためのあせりがあります。ただの再就職以上の意味が付加されて、人生設計の大切な要素になってしまっています。天下りに頼らざるを得ないという現実は、特権という側面よりも、長寿社会への対応を考えている国の当局の担当者でさえ、実は、自分の足下がおぼつかない状況であることが深刻です。

官僚組織を弱体化させたり、待遇を悪くすることを、公務員制度改革のゴールにしてはいけません。もっと強力な組織を構築するために、しっかりと取り組んで欲しいと思います。公務員改革は、我が国の社会の問題点が凝縮されています。
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by gskay | 2008-07-12 13:07 | 政治と役所と業界
タクシー再規制
タクシーへの規制は、安全の問題と考えることができないわけではないと思います。また、地域の交通機関の確保と言う意味合いを強調することができると思います。

しかし、経営の問題や労使の問題に再規制によって介入しようと言う方向性は適切ではないと思います。

asahi.com(朝日新聞社):タクシー再規制 国交省「供給過剰解消のため」強調 - 経済を読む - ビジネス


 国土交通省は3日、タクシーの新規参入や増車に歯止めをかける方針を正式に表明した。02年の規制緩和から6年。「行き過ぎた緩和」が乗務員の収入減などを招いたとして、再び台数規制への道に戻る。ただ今後、しわ寄せが利用者にいく恐れがある。

 「非常に心強く感じている」。3日に開かれた交通政策審議会(国交相の諮問機関)のタクシー問題作業部会。国交省が規制強化方針を説明すると、委員を務める業界団体幹部はこう評価した。

 02年の新規参入や増車の自由化で、法人タクシーは01年の20万6千台から06年の22万2千台に急増した。国交省は作業部会で、多くの地域で供給過剰を招き、「乗務員の労働条件悪化などの問題を招いた」と指摘。「供給過剰の解消や防止に強力に取り組む必要がある」と「再規制」の必要性を強調した。

 その対策として打ち出したのが、悪質業者を排除するために新規参入や増車時の事前審査を強化することや、違反業者に対する「減車命令」を制度化することだ。台数が増えすぎた地域については、事前審査を特に厳格化。各社が協調して減車できるよう独占禁止法の適用を除外するよう調整することも盛り込んだ。需給調整は全国一律ではなく、地域の実情に応じて行うこととした。

 また、運賃については、競争が過度になっている地域があると説明。国交省が認可する上限運賃より10%以上安い運賃は、事前審査を強化するとした。

 作業部会での検討を経て、国交省は来年の通常国会に、こうした施策を盛り込んだ道路運送法改正案を提案する方針だ。

 ただ、台数規制が復活すれば、業者間の競争が緩む恐れがある。作業部会では利用者を代表して参加する委員が、台数の増加で待ち時間が減ったり、運賃やサービス面で競争が起きたりしたとし、「規制緩和には利点があった」と述べた。「良質な新規参入を閉ざすことは、業界や市場全体にとっても良くない」との声も上がった。

 それでも、国交省は「過当競争で悪化した乗務員の待遇改善のため、多くの地域で運賃が値上げされるなど現行制度は必ずしも十分利用者に利益をもたらしてはいない」と理解を求める考えだ。

 乗務員の待遇改善を目指すのであれば、台数の需給調整の前に、賃金体系を見直すべきだとの指摘もある。労働組合を代表する委員らは、「(それぞれの売り上げに応じて給与額が決まる)歩合制中心の給与体系が、需要減少のしわ寄せを乗務員に押しつけている」と訴えた。

 国交省も作業部会で、人件費が急減する中でも事業者の収支率が減っていない実態を示した。ただ、今回の方針では「事業所外労働が中心のタクシー事業では、歩合制にも一定の合理性がある」とし、原則として労使の問題とした。

 作業部会は昨年、東京都内のタクシー運賃値上げをめぐり、乗務員の賃金低下を理由に認めようとした国交省に対し、政府内で反対が起きたのをきっかけに、業界全体の問題を整理するため設置された。運賃がコストの積み上げで決まるため「事業者の経営努力を促さない」と大田経済財政相らから批判を受けた運賃査定方法については、引き続き検討するという。(大平要)


この引用の記事に加えて、「全国一律ではなく、地域の実情に応じて」という部分を詳しく報じている記事がありました。

NIKKEI NET(日経ネット):国交省、タクシー台数削減へ 供給過剰地域の判断に新制度


国交省、タクシー台数削減へ 供給過剰地域の判断に新制度

 国土交通省は3日、タクシーの供給過剰地域を判断する新しい制度を設け、タクシーの台数を削減する措置を盛り込んだ中間整理案を同省の作業部会に提示した。年内をメドに結論を得て、来年の通常国会に国交省が道路運送法の改正案を提出する方針。特定業種への再規制は規制緩和の流れに逆行するため、批判の声も出てきそうだ。

 今の「緊急調整地域」制度に替わる新しい地域指定制度は、新規参入や増車の禁止などの措置をより発動しやすくしたのが特徴。運転手の労働条件などで厳しい要件を設け新規参入や増車を抑制する。国交省が直接、規制を命じるのでなく、地域の関係者も加えた「総合的計画」を作って、地域のタクシー台数を削減するよう促す。

 中間整理案は全国を(1)仙台市など供給過剰が深刻な地域(2)供給過剰とみられる地域(3)運転手の営業収入が増えた愛知県豊橋市など問題ない地域ーーの3つに分けて対応すると指摘した。

今では、タクシー業界は、成長産業ではなく、戦略的に政策的に取り組んで育成し定着させなくてはいけないようなものでもないと思います。ただ、環境のことを考えて、マイカーを削減するというような方向なら、公的な権限が発動される意義はあるかもしれないと思いますが、そうではないようです。

経営の問題や、需要と供給の問題を、公的な権限が肩代わりしようとしているように思います。これは、経営の失敗などに対し、公的な機関が責任をとるわけではないので、無責任な制度だと思います。

民間の事業については、経営が失敗した場合、経営者や投資家が責任をとれば充分です。需要があり、供給が可能なら、新たな経営者や投資家が参入するだけのことだと思います。そして、事業としてはなりたたないが、ニーズが高いのなら、公的な事業として提供したり、補助金を出せば済む事です。

記事の中でとりあげられている労使の問題や、労働者の待遇の問題は、全く別の問題として公的な介入をしてもいいと思います。しかし、経営には介入してはなりません。また、これは労働行政の問題です。交通行政ではありません。

二つ目の記事では、「地域」が強調されています。これは、国土交通省に責任が及ばないようにする仕組みになると思います。単に責任が及ばないだけでなく、地域において、恣意的で杜撰な「総合的計画」を生みかねません。

ここが曲者です。地域という限定された空間であるがゆえに、様々なことが、不適切であっても、閉鎖的に決められてしまう仕組みを提供する事になりかねません。せめて、地方議会の権限にするなどの工夫が必要だと思います。

いずれにせよ、うまくいかない事業の責任をとる気がないのに、公的な権限が経営に介入するような仕組みは、よくないと思います。経営責任が、行政の「裁量」によって曖昧になってしまい、問題があっても解決が遅れます。さらに、「無謬性」の神話がある限り、失敗が誤摩化されたり、隠蔽されたりするという事例が増えるだけだと思います。
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by gskay | 2008-07-05 11:32 | 政治と役所と業界
「居酒屋タクシー」問題批判
官僚たちが夜中まで役所で働いていなければいけないことが異常なのだと思います。タクシーの中で出されたビールよりも、異常な働き方を問題にするべきだと思います。

仕事がこなせなくて夜中まで役所にいなくていけないとしたら、その人の能力の問題か、仕事の配分に間違いがあります。

能力が足りないのなら、高める努力をしなくてはいけないと思います。高い能力を持つ人を登用するか、人材を養成しなくてはいけません。

仕事の配分の問題なら、人員の配置を変更したり、増員したりする必要があります。また、必要がない仕事をしているのだとしたら、その仕事をなくさなくてはいけません。

「予算編成で忙しい……」という話をききますが、こなしきれない分量が割り当てられているのではないかと想像します。

「国会のための待機で……」という場合、国会の勝手気まま(?)なスケジュールの方に問題があり、「迷惑」を多方面にかけていると反省するべきではないかと思います。

官僚の深夜帰宅がなくなったら、タクシー業界の売り上げが減るかもしれませんが、官僚が深夜帰宅しなくてはならないことの異常さを認める理由にはならないと思います。

どうしても深夜帰宅をさけられないなら、タクシーで帰宅しなくても済むような官舎を用意するべきです。

そもそも、深夜登庁や深夜帰宅が避けられないのは、緊急事態への対応を担当していたり、時差がある外国とのやりとりに従事している場合くらいに思われるのですが……。

官僚制度の今のあり方には疑問を感じていますが、官僚を目の敵にしているつもりはありません。あるべき姿は、今の形ではないと感じていて、いかに充実させるかが重要です。

無駄な仕事をなくすことや、陳腐になった制度や権限を見直すことが必要です。その上で増員が必要なら増員をすべきです。人材確保のためには、魅力がある待遇も必要です。

問題に取り組む発想が歪んでいるように思われます。一部の若手政治家や、マスコミでは、「あらさがし」と「削減」が業績と見なされるようですが、それが極端になりすぎています。問題への取り組みの原点を忘れ、逸脱しています。それは、「居酒屋タクシー」や「タクシー券の過剰な使用」で非難される公務員が、制度の原点を見失ってしまっているのと大差がないと思います。
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by gskay | 2008-07-01 23:48 | 政治と役所と業界
政府総がかり
現在の省庁の枠組みが、崩されることになることを、私は期待しています。省庁の枠組みがあるために、形骸化し陳腐になっていることがたくさんあります。それを見直すことを期待しています。

公務員改革については、国家公務員の「文化」のようなものが、結局、残されるような形で決着してしまったように思います。大きな一歩だったとは思います。改革がつぶされるよりもはるかに良かったと思います。しかし、まだまだです。

ところで、引用の記事では、「副首相」よりも、「各省庁から相当数の職員を厚労省に異動」というところに関心を持ちました。

「厚労相を「格上」副首相に 副大臣は閣僚扱い」政治も‐政局ニュース:イザ!


相次ぐ不祥事で信用が失墜した厚生労働行政を立て直すため、政府は厚生労働相を「副首相」に任命して他の閣僚よりも格上とする方針を固めた。他省庁にまたがる課題でも指導力を発揮できるようにするためだ。24日に明らかになった政府の信頼回復策素案によると、このほかに、現在2人置かれている厚生労働副大臣を閣僚扱いし、実質3人の“大臣”で厚生労働行政を分担。副首相任命は今夏にも実施される内閣改造で実現させる。さらに、各省庁から相当数の職員を厚労省に異動させ、政府総がかりで信頼回復を図る。

 厚労行政への信頼回復策は、福田康夫首相が23日の記者会見で表明した社会保障に関する「5つの安心プラン」の一つ。7月に具体策をまとめる。

 厚労相を副首相とするのは、厚労行政が多岐にわたり、厚労省だけでは対応できない課題が多いため。副首相は内閣法の法的な位置付けはないが、組閣時に大物政治家などを処遇するための“格上ポスト”として指定されることがある。今回は内閣全体ににらみを利かせ、厚労行政を強化する狙いがある。

 さらに、少子高齢化の進行で厚労省の受け持つ業務量の増大に対応するため、厚労副大臣を実質的な厚労相扱いとする。

 厚労副大臣には閣僚経験などが豊富な大物議員を起用。厚労相のサポートではなく、厚労相との担当分野を明確に分け、副大臣には担当する行政範囲について、国会答弁や予算編成など一切の責任を受け持たせる。

 副大臣にどのような担当を割り当てるかは今後調整するが、政府内では「年金記録問題担当」や「社会保険庁担当」などが浮上している。

 一方、年金問題などで政府あげての取り組みを求める声が強まっていることから、他省庁から厚労省への大規模異動を進める。これまでの他省庁との交流人事とは異なり、課長級ポストにも積極配属し組織の活性化も図る。

 さらに、広報体制の強化や、特定ポストを占めている医師や薬剤師などの免許を持つ「技官」の人事も見直す。

人事が省庁単位に分断されていることは、大きな弊害を作っていると思います。省益と揶揄されるような発想を捨てて欲しいと思います。

また、「技官」についても、現在の人事システムで、能力を維持し向上させていくことができるとは、到底思えません。

「技官」に限らず、官僚については、高学歴化をはかることと、民間、とりわけ、大学などの研究機関との人事の交流を強化することが、次に必要だと思います。

行政機構では、官僚の能力の低下は致命的です。「裁量」や「統治」といった権限の根源に関わるような問題とは別に、能力低下を防ぐ事が切実な問題です。残念ながら、現在の仕組みは、その点について、不十分だと思います。
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by gskay | 2008-06-26 12:42 | 政治と役所と業界
行政の「指導と規制」
「消費者庁」構想について、既存の省庁からの反発があるようです。私は、現在の官僚の能力に問題があるので、「消費」というような大きな問題を官僚に預けるような仕組みに疑問を感じていますが、既存の省庁にはもっと大きな疑問を感じてます。このままではいけないと考えています。

asahi.com:「消費者庁」移管の法律、PL法など二十数本 - 政治


「消費者庁」移管の法律、PL法など二十数本

2008年05月17日03時01分

 消費者行政の一元化のため、政府が「消費者庁」への移管を検討している主な法律がわかった。内閣府、経済産業省など8省庁と公正取引委員会の26本で、さらに数本の移管も検討している。事務レベルの折衝で、すでに5本の移管が固まったが、貸金業法など業界を監督する「業法」を中心に、調整は早くも難航している。

 「消費者に身近な問題を取り扱う法律は消費者庁に移管する」との福田首相の方針を受け、内閣官房は(1)消費者からの苦情・相談や被害情報などを扱う法律は移管(2)業界への許認可権限を定めた業法でも、消費者の保護ルールを定めた部分は移管ーーとの原則を設け、移管する法律を洗い出した。

 いまのところ、移管が固まったのは、内閣府が所管する消費者基本法、消費者契約法、製造物責任法(PL法)、国民生活センター法と、警察庁と内閣府が共管する無限連鎖講防止法。しかし、そのほかの法律は「ほぼゼロ回答」(内閣官房幹部)。

 6本が検討対象となった甘利経産相は16日の記者会見で、「規制と指導がバラバラだと規制する方は厳しければ厳しいほどいい。そうすると健全な事業者まで死んじゃったと(なる)」と指摘。業界を指導する権限と規制する権限との切り離しに疑問を呈した。

 消費者庁構想をとりまとめる岸田消費者行政推進担当相は、月内の決着をめざし、来週にも閣僚折衝に入る。移管する法律の素案は「これで頑張れ」と首相からお墨付きを得ており、岸田氏は「移管によるデメリットがあるなら、その立証責任は省庁側にある」と強い姿勢で臨む方針。(餌取稔也)

引用の記事は、経産相の記者会見での発言が取り上げられている点に注目しました。「規制と指導がバラバラ」であることに問題があるとしている点に疑問を感じます。

今は、「規制と指導、そして取り締まりまでが一体化」していることが問題です。

一体化し、不分離であるために、「官僚の裁量」の行き過ぎがまかり通り、「御代官様のお気持ち次第」になってしまっています。

「規制なら規制」、「指導なら指導」、そして「取り締まりなら取り締まり」を、きちんと実施しなくては行けないはずです。ところが、一体化しているため、規制の不備や、指導の不備、取り締まりの不備が全く反省されないどころか、「事なかれ主義」によって、問題を直視しなかったり、目を背けてきました。これをいつまでも続けてはいけないと思います。

「一体化」の弊害は、「事なかれ主義」だけではありません。「裁量」によって、どうにでもできるとなると、それが表に出にくい特殊な「力」となり、そこに利益を期待する人が群がります。そして、その見返りが、「天下り」だったりするわけです。「天下り」は、表向きは「再就職」ですが、この「裁量」を背景とした「賄賂」です。「一体化」による「裁量」の問題を片付けずに、「天下り」だけを規制したところで意味がありません。

また、「規制緩和」というキャッチフレーズについて、「基準」を緩和することが「規制緩和」だという誤解も少なからずあるように思いますが、緩和されるべき「規制」とは、「裁量」による規制のことではないかと思います。明文化されておらず、「お気持ち次第」で不公正です。そのような恣意的な「規制」は取り除かれなくてはなりません。

「消費者庁」構想が、そのような「裁量」の存在を問題として想定しているかどうかわかりませんが、公務員制度改革と並んで、とても重要な取り組みだと思います。公務員制度改革は、表面にあらわれる仕組みについての取り組みであり、「消費者庁」構想は、業務の中身についての取り組みと位置付けることができるように思います。

郵政よりも、道路よりも、社会保障よりも、官僚システムの陳腐化の核心にせまる取り組みだと思います。抵抗は大きく、閣僚一人一人も微妙な立場のようですが、不人気な内閣にしては、とても頑張っていると思います。ただ、一歩間違えると、逆効果になりかねないので心配です。
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by gskay | 2008-05-18 07:02 | 政治と役所と業界
一院制?
私は、衆参のねじれによる政権運営の困難さを理由に一院制を考えることには反対です。

政権を運営することを念頭にしている政治家や、政権にぶらさがっていこうと考えている政治家にとっては、安定した政権運営は魅力かもしれません。しかし、政治的なプロセスがないのなら、官僚制と変わりません。

安定多数になったかと思えば、ねじれができたりと、民主政治はダイナミックであるべきです。全ての人が同じことを考えているわけではないから、政治が必要なのであり、それを的確に問題として取り上げる必要があります。簡単に思ったようにならないのが当然だと思います。不安定を前提としたルールの中で、結果的に安定した状況を作るのが政治家としての腕の見せ所です。政治を安定を前提とした枠組みに閉じ込めてはいけません。

一院制検討の議連発足=自民:時事ドットコム


2008/05/16-13:14
 衆参両院の「ねじれ」打開策として、一院制移行を検討する自民党有志の議員連盟が16日発足し、党本部で初会合を開いた。代表世話人に就任した衛藤征士郎元防衛庁長官は、与党が次期衆院選で、法案の再可決が可能となる3分の2の勢力を失うのは確実と指摘した上で、「(民主党が)参院で政局中心の国会運営をすればたちまち行き詰まる。責任政党として何をすべきか考える必要がある」と訴えた。

一院制でも、ダイナミックな政治は可能かもしれませんが、選挙制度が重要です。議院内閣制である我が国では、国会、とりわけ衆議院と内閣が一致することにより、巨大な権限を持っています。無闇にルールをいじってしまうと、「大政翼賛」の悪夢を再現することになりかねません。

特に、小選挙区を前提とした場合、少数意見を代表する候補のチャンスは乏しくなります。候補たちは大政党に群がり、政党が官僚組織になってしまうことになると思います。また、政権党に有利な仕組みを作る事も不可能ではないため、選挙を適切に実施しないと、「大政翼賛」や、言論や政治活動の弾圧につながりかねません。逆にいえば、小選挙区を前提とした一院制議会による議院内閣制を実現したいなら、選挙制度の研究が第一に必要です。

一方、比例や大選挙区に比重を置いた議会を作ると、連立が前提の議院内閣制になります。これは安定した政権にはなりにくくなります。また、大選挙区の場合、政党内政党である「派閥」が、衆議院中選挙区時代のように選挙のための団体として力を取り戻すことになり、選挙や政治に金がかかる国に逆戻りです。派閥が小政党として分立し、それが連立するという形になるかもしれませんが……。

ところで、衆議院の中選挙区の復活を狙っている政治家は少なくないようですが、小選挙区を導入した時の問題意識を忘れているように思います。政党内政党である派閥同士の駆け引きの熾烈さが、様々な弊害を生んでいたことを思い出すべきだと思います。

一院制の実現のためには、憲法改正が必要です。このため、簡単には進まないと思いますが、そこまでやるのなら、大胆な変化も期待できます。

一院制を目指すのであれば、議院内閣制という枠組みにもこだわる必要はないように思います。首相公選を同時に進めることもできると思います。また、地方分権を一気に進め、中央政府の権限や規模を小さくすることを平行して行うこともできると思います。

その場合、新たな政治手法を開発して対応する必要が出てくると思います。おそらく、そこまでは考えが及んでいないのではないかと想像します。

ところで、現在においても、政治家やマスコミでさえ、制度を理解し活用しているとは言い難いと思われます。大きな見直しは現行の制度を徹底的に活用してからでもいいような気もします。

私は、現行の仕組みは、不徹底ではあるものの、優れた制度だと思っています。特に不徹底と感じる点は、参議院の選挙区選挙です。実質的に小選挙区になっている選挙区が少なくありません。これは、少数意見を反映させる議院としては不適当だと考えています。

参議院は、比例代表のみにした方が、議院の性格が明確になると思います。なるべく、政党の支持率に比例した勢力分布になるようにすることに意味があると思います。

今の参議院の機能は、衆議院と参議院の選挙制度が大して違わなかったころとは大違いです。「良識の府」というようなキャッチフレーズは、同じような選挙制度が行われていたころの古い観念にすぎないと思います。現在の制度で参議院が果たすべき役割を再確認するとともに、仕組みの徹底のため、参議院の選挙制度を再考することが、まず、必要だと思います。

一院制をめざす議論は結構ではあるものの、もう少し、今の制度のことをよく考えてみるべきだと思います。
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by gskay | 2008-05-17 02:04 | 政治と役所と業界