カテゴリ:安全と安心( 45 )
設計能力
使った材料費だけで品質は決まりません。構造については、与えられた材料で、最高の強さが達成されるような設計が必要です。また、材料を使えば使う程、強い建物ができるということもないようです。極大を追求することには意味があると思いますが、過剰となって強度が低下することは避けなくてはなりません。

本来の「経済設計」は、与えられた条件で極大化された強度を目指したもので、工夫し続ける構造設計者の向上心に支えられていたと思います。しかし、そうでない設計の方が多いのかもしれません。ノウハウや設計のための作業時間などの制約がある以上、仕方がないことではあります。そのために、品質そのものではなく、使った材料の量や、値段という代替の指標が横行することになってしまったと想像します。

強度という品質を見抜くのは、事実上困難だったと思います。建築確認さえ、強度不足を見抜くことはできませんでした。再計算も怪しいものです。「一目みればわかる」という超能力があればいいのですが、そんな能力が備わった人間はいないと思います。

達人でも、いつもと違うからおかしいと疑うだけで、一目で品質を見極めることはできません。「一目みておかしい」と思った人は、普段から性能が極大化されていない物件しか見ていないということだろうと思います。

いずれにせよ、購入者には、この物件の瑕疵を見抜く事は不可能だったと思います。私のように、「検査」で適法が確認されていれば満足で、内覧の時も気になる不具合が少ししかないという無頓着な購入者もいます。一方で、重要事項説明や内覧には、専門家の同行を依頼して入念にチェックする慎重な購入者もいます。しかし、どのみち、どうしようもなかったと思います。

構造計算の確認は、再計算が唯一の判定方法のようです。これは、時間がかかります。そして、その再計算も担当者の能力次第です。構造については、担当した専門家のいいなりで、反論できる専門家でない限り、仕方がないとはじめから諦めてかかった方がいいのかもしれません。

引用した記事は、とばっちりをくったケースといえますが、反論に成功しました。さすがです。今後、こうした設計能力の再評価が進むのではないかと思います。少なくとも広く知られるきっかけになりました。同時に、ほとんどの設計は、「何をやっているんだ?」ということになると思います。

熊本県、中山建築士に謝罪 精査せず「耐震性に懸念」


 熊本県は30日、建築物の耐震性を精査しないまま熊本市の中山明英1級建築士(53)が構造計算した物件を「耐震性に懸念がある」と公表したとして、中山建築士に謝罪した。熊本県の担当者は「危機管理の欠如や情報管理の認識の甘さがあった」と話した。
 中山建築士は「謝罪は評価するが、誰がどのように検査して耐震強度不足の疑いという結果が出たのかが明らかになっていない」と指摘した。
 熊本県は2月8日、県内の物件について耐震不足の疑いがあると発表。うち3物件が、中山建築士が構造計算したことを公表した。
(共同通信) - 6月30日12時42分更新

ところで、強度をあらわすときに、「損傷」とか「倒壊」という言葉が使われています。曖昧な言葉です。このうち「倒壊」にあてはまる状態の幅は広すぎるようです。「倒壊」といっても、グシャっとなる状態を指すとは限りません。

その倒壊のパターンを、設計である程度コントロールしたり予測したりできるようです。「経済設計」と両立するのかどうかわかりませんが、その「倒壊」のシュミレーションにより、「安全な倒壊」をする建物の設計が可能だと思います。頑丈であることには限界があるため、「安全な倒壊」という発想の設計も評価されるべきだと思います。
[PR]
by gskay | 2006-07-02 01:41 | 安全と安心
エレベーター事故/追及の矛先が狂っている
他人事ではない悼ましい事件だと思います。

現場の安全や安心の確保や御家族のケアなど急場の対応がぬかりなく行われていることを望みます。また、事故の原因究明は、適切に急いで行って欲しいと思います。

事故の原因究明に関し、また、メディアの狂騒が始まってしまったように思われます。

問題は、エレベーターの管理や整備が適切であったのかという点だと思います。マンションを管理する区公社に責任があるとともに、エレベーター管理をしていた会社の責任が問うのが最重要だと思います。

しかし、現状は、製造したシンドラーという会社の追及になってしまっています。確かに、その会社の態度は共感できないところがあります。しかし、不合理であるかといわれると、そうではないと思います。

資料の提出など、捜査当局や国土交通省、都などが共有できておらず、個別に会社に請求しているようです。事態を重く見るなら、むしろ、当局同士が協力し、情報を共有しても良いように思います。当局同士の協力ができていれば問題とならないような気がするのですが……。

エレベーターは、メンテナンスが良好であるという前提で、整備のもとで運用されているはずです。だとすれば、メンテナンスが不適切であることが直接の原因である可能性が第一ではないでしょうか。

次に、無理な設計や、製造の不良などを検証すべきだと思います。もし、無理な設計や製造の不良があれば、問題は他に波及するので、高度な対応が要求されます。部品の老朽化など、新たな問題箇所があれば、しかるべき対応が必要です。しかし、今のところ、そういう情報はありません。

ブレーキに関し、保守管理が適切であったのかどうかを疑わせるような内容が報じられており、まずそこを追及するのが筋だと思います。

もし、メンテナンスが行き届いていないなら、それは、設計などの問題なのか、管理会社の問題なのかを追及する必要が出ると思います。

シンドラーに対する不信は、強いていえば、「不具合が多発していたらしい」、「値段が安い」というのが根拠のようです。しかし、不具合については、他との比較がなされていないのでナンセンスだし、値段については、何の指標にもなりません。

問題がメディアの餌食になってしまって、また、グチャグチャです。メディアは肝心なことを軽視していると思います。

直接には、エレベーター管理会社が何をしたのかを明らかにしなくてはならないと思います。「異常なし」と報告していたというではありませんか。能力をふくめてチェックするべきです。

もしかしたら、異常にメンテナンスが難しい機種なのかも知れません。だとしたら、メンテナンス能力を向上させて安全を確保しなくてはなりません。

シンドラーを悪者に仕立てる方向があるように思います。その陰で、肝心の追及の矛先を忘れていると思います。

少なくとも、今のエレベーター管理会社と、昨年度の会社、それに一昨年度まで担当していたシンドラー、そして管理をしている区の公社が何をしていたのかが明らかにされなくてはならないと思います。

報道では、このエレベーターについてシンドラーが管理している時代に報告書が提出されているとのこと。その内容が知りたいところです。

区公社の担当は、専門過ぎてわからなかったといわれていますが、内容次第では、管理を担当していた公社がしかるべき措置を行っていなかったというのが最大の原因ということになる可能性があると思います。

「シンドラーの態度がけしからん」とか、「値段がおかしい」という間接的なことを追及したところで、肝心の問題は解明されません。それでは、亡くなった方が浮かばれないと思います。
[PR]
by gskay | 2006-06-10 17:00 | 安全と安心
被害程度と危険
用語が難しいと思います。災害の被害については、『災害に係る住家の被害認定基準運用指針』が内閣府から平成13年に出ていて、地震や浸水の「全壊」と「半壊」を定義しています。これに基づいて、「り災証明」が発行され、記載された被害状況が、義援金の支給や被災者生活再建支援法の適用、支援金支給の判断材料となるなど、支援策にも関連するそうです。

地震被災後には、「応急危険度判定」という調査も行われ、これは、当座、建物内に入ることが安全かどうかを判定するものだそうで、「赤(危険)」、「黄(要注意)」、「緑(調査済み)」の表示がされるそうです。これは、「全壊」、「半壊」というり災調査とは判定基準が異なり、落下物による危険や、隣接建物の影響なども含まれるとのことです。

応急危険度判定では、「赤」でも、被害認定では一部損壊にとどまり、半壊とも認定されないことがあるようで、被災後の補償等でトラブルになることがあるという話があります。「赤」でも、危険を取り除く事ができればいいわけです。しかし、り災後の補償などを考えると、納得いかないこともあろうかと想像します。

こうした事情は、役所や保険会社はともかく、一般の人が熟知しているかどうかは疑問です。

ところで、「倒壊」は、建物が「壊れる」状態なのだそうです。柱や梁、壁が「損傷」する状態が出現し、進んで、柱や梁、壁が「壊れる」とのこと。「倒壊」はさらに悪くなった状況だそうです。

「損傷」と「壊れる」の違いは、鉄筋が伸びきるような状況が「壊れる」だそうで、亀裂が入るくらいは、「損傷」だそうです。その違いは、素人でも一目瞭然なのでしょうか?

「倒壊」でも、必ず、グシャっとなってしまうわけではないようです。そうなってしまうこともあるのかもしれませんが……。

「全壊」、「半壊」についていえば、一つの階が倒壊すると「全壊」と認定されるそうです。

私は、「倒壊」のイメージが掴みにくいと感じています。アドバイスをくれる人によっていろいろです。

連休中に、あまりうれしくない会話がありました。

「ここで大地震があったら、本当に『倒壊』するのか?」プラス「確かめてみたくない?」

その場合の危険回避に最大限の努力しているつもりなので、不愉快でした。

「確かめてみたくありません」

「倒壊」という言葉と、「可能性」とか「おそれ」という言葉に関連した発言なのかと想像します。必ず「倒壊」するわけではないし、「倒壊」にも様々な程度があるという不確かな状況だということを言いたいのかもしれません。線引きが曖昧であるばかりか、論理の逆を辿ることが許されるかどうがわからない論理で判断されているという批判もあります。さらに、既存不適格の物件もあるということを指摘しているつもりかもしれません。そうしたことは、再三、考えて来ました。

しかし、もはや、「本当に『倒壊』するか?」という問いかけには、関心がありません。

まず、大地震なんて起きて欲しくありません。さらに、たとえ大地震があっても建物に被害があって欲しくありません。だから、今さら、確かめてみたいとは思いません。

技術的な限界を前提に、「可能性」が許容範囲を超えている以上、それに「断固とした対応」をするというのが今回の一連の措置であると理解しています。今後、その時々の判断で、必要な余力やしきいの値は変わるかもしれません。今回の判断は不適切であったということになるかもしれません。それは、科学技術の限界によるものであるので仕方がないことだと思います。限界を承知した上で、この点は、信頼したいと思います。

災害が起こってもいない段階で、被害が出てもいないのに、曖昧な基準であるにもかかわらず、「断固とした対応」に踏み切ることが、「本当に『倒壊』するか?」ということを確かめることより重要だと位置付けての措置だと思います。そのことを、真摯に受け止めたいと思います。

ところが、最近は、耐震の問題より、偽造の問題ばかりになり、それも腰砕けになり、なぜ、ここまで厳しく対応しているのかが不明確になっているように思います。元社長の「地震が来れば」発言の取り上げ方も、矮小化されていると思います。

この事件がおこる前に戻ってしまったような気がします。だとすると、他人事として、「本当に『倒壊』するのか?」と確かめたくなる人の気持ちは、理解できないわけではありません。しかし、災害による現実の悲劇を繰り返し見たいとは誰も思わないように思います。そこが、原点だと思います。
[PR]
by gskay | 2006-05-08 23:59 | 安全と安心
「絶対」
仕事の関係で毎年、業務の安全のための再教育訓練を受けなくてはいけません。その時に気になったこと:

安心と不安 信頼と不信 理解と誤解 安全と危険 ……。

これらの物差しは、相互関係はあるものの、それぞれ別のものです。

また、その尺度は、相対的なものです。

ところが、絶対の安心、絶対の信頼、絶対の理解、絶対の安全を求めたいという気持ちが強くあるように思います。そして、不可避の危険や誤解、不信や不安から目をそらし、無視しようとする。その上、それぞれの物差しを冷静に評価せず、ごちゃ混ぜにしてしまう。

それが、安全に対するパニックを生む土壌のように思われます。

一方で、「絶対の」などというのは、不可能な境地であり、科学や技術の辿り着く境地ではないという見方もあります。そのことを意識しすぎると、今度は逆方向にすすみ、否定がはびこる。

でも、否定でさえも、「絶対」への過剰反応であることには変わりません。「絶対」が手に入らないからと言って、現実のあり方や対応を否定する理由とはなりません。

「絶対」というものは、無知と無関心と無作為の中に引きこもり現実に対して目を背けているなら、求めるにせよ、否定するにせよ、大きな価値を見出せるものかもしれません。しかし、そんな幻想を見つめている限り、現実を見る目はくもり、自他に対しては不寛容になってしまいます。

それでも、あまり困らないかもしれませんが……。

現実は、「絶対」というものを意識しようがしまいが、構わずに物事が進行して行きます。だからこそ、実際の経験を反省し教訓を学ばなくてはなりません。「絶対」を信仰したり、理想にするのは構いません。しかし、それと現実との間には、溝があることを忘れてはならないと思います。いつも、現実に戻って見なくてはなりません。なるべく細かく、なるべく詳しく、なるべく多角的に。

また、自分に対してさえ、「絶対」を求めるのは難しいと感じています。他人に対して、「絶対」を求めるのは、なお難しいと思います。そのことを受入れた上で、考えることも大切だと思います。

厳しい基準やマニュアルは、遵守されなくてはなりません。しかし、残念ですが、「絶対」をもたらす魔法ではありません。不備もあるし、遵守しない輩も出ます。時には、無意味な規制や過剰な規制もあります。常に基準やマニュアルを見直すだけでなく、問題発生時の対応を含め、次善の策を何重にも考えておくことも大切だと思います。

絶対の安心、絶対の信頼、絶対の理解、絶対の安全の「絶対の」を見つける事が不可能であるということに対し、現実的な対応が必要です。そのことを忘れていると、「裏切られた」とパニックになるか、「当てにならない」と否定するかの両極端にとどまっているだけになってしまうと思います。

ところで、自分たちが、「絶対」によって呪縛されているのか、それとも「絶対」に対して執着しているのか解りません。ただ、本来の物差しを捨てさせた上で、「絶対」を軸に物事を議論させたり、判断させたりするのは、極端な「思い込み」をつくるには便利な方法のような気がします。問題の中身や限界を見抜かれないようにするには、適切な方法かもしれません。
[PR]
by gskay | 2006-02-28 13:36 | 安全と安心
神経質
もっと早く、こういうコメントを欲しかったと思います。できれば、耐震安全に対するパニックが起こる前に。

うちのマンションでは、マスコミが煽る危険に関する報道には中身がないと早い時期から見破っていました。また、役所も、冷静な対応を呼びかけていました。

耐震計算偽造:強度基準数値はガイドライン−−1級建築士・野崎さんが講演 /福岡


 ◇「神経質にならないで」
 福岡マンション管理組合連合会(杉本典夫理事長)の第20回通常総会が19日、約200人が出席して中央区のホテルで開かれ、マンション修繕コンサルタントの1級建築士、野崎隆さん(56)が耐震データ偽造問題について講演。「1以上で安全」とされる耐震強度基準について「地震力の強さや方向など、さまざまな仮定から計算された数字。一つのガイドラインに過ぎない」と指摘した。
 そのうえで「震度5強で倒壊の恐れがある」とされた「0・5以下」の姉歯秀次・元1級建築士の偽造物件についても「あれだけ鉄筋が入っていれば倒壊するとは考えにくい」との見方を示し、「数値にあまり神経質になる必要はない」と呼び掛けた。【上野央絵】
〔福岡都市圏版〕

2月20日朝刊
(毎日新聞) - 2月20日13時1分更新

(お、また毎日だ)

おそらく、パニックの間も、こういうコメントはあったのだと思います。でも、マスコミには、取り上げられなかったのだと思います。

私は、当初は、周囲への影響も考えて心配しましたが、事情がある程度わかってくると、かなりの部分が取り越し苦労であったり、杞憂であったりするということがわかりました。

そして、世間を見回すと、地震に関しては、もっと心配しなくてはいけない事情があることがわかりました。特に、既存不適格による危険な建物の放置という実情を知ると、むしろ、うちのマンション以外の危険な物件への心配が湧いてきました。

12月中は、誤解や無理解から来る安全に対するヒステリーに振り回されていた気がします。根本的には、現在も、知識不足はそのままで、世の中の議論が深まっているとは思えません。このまま風化し、安全な街は作られずじまいになりそうです。スキャンダルとして、様々な風評と、その影響だけを残して……。

ところで、退去を決めたのは、行政による措置によるもので、危険に対する自分の判断によるものではありません。災害や危険が切迫しているという状況を示すものはなく、耐震性能が足りない「違法」な建築物であるという点が、退去しなくてはいけなくなった理由です。私は、危険を理由に自主的に退去しようとは考えず、違法を理由に行政主導により退去しました。

もちろん、中には、自らの判断で早期に退去した人もいます。それぞれの判断は異なり、それは、それで正しい判断だと思います。

所有者として、住民として、低い耐震性能という「違法」を許容する訳にはいかず、法令にそって対処しなくてはなりませんでした。そして、現在、国のスキームにのりながら、その「違法」によって生まれた損害を取り戻すべく行動しているところです。そのために、様々な責任を追及しています。

もし、早い時期に引用のような発想が勢力を持っていたなら、建物については、補修を中心とした対応になっていたのではないかと思います。もし、そうであれば、ヒューザーの破綻も必要なかったかもしれません。

「もし」ですから、今さらです。

しかし、今後のことを考えると、地味ですが、とても重大な主張であると思います。

混乱している横浜の物件への対応において、引用したような知恵の活用を考慮してみてもよいのかもしれません。補修により少しでも耐震性能を上げておくというのは、経済的で現実的です。そして、充分かもしれません。

退去が済んだ私たちにとっても、建て直しの先行きは不透明です。もしかしたら、居残っている横浜の物件の人たちの方が、結果的には、適切な行動なのかもしれないという疑問さえ湧いて来ます。こちらも、今さらですが……。
[PR]
by gskay | 2006-02-20 18:02 | 安全と安心
鵜呑みは危険
自治体によっては、スタッフの研修のレベルから見直しを行おうとしています。逆にいえば、そんなレベルも確保されてはいないわけです。

今回、「非姉歯」として問題になっている件については、構造設計の担当者が猛抗議をしているようです。その猛抗議に対し、「責任逃れ」であるとか、「往生際が悪い」などいう非難が寄せられているようですが、もう少し待って、冷静に判断した方が良いのではないかと思います。

なぜなら、自治体の再検査の能力も、判断の能力も、大して当てには出来ないからです。間違っているのは、再計算の方かも知れません。

そんな自治体の発表を鵜呑みにはできません。

ところで、詳細があまり報道されていない熊本の件が気になります。Qu/Qunが0.5を切っているというではないですか!しかも、偽装なしに。

しかし、

「1以上」の再計算結果提出=「強度不足」指摘の建築士−熊本


木村建設(熊本県八代市、破産)が熊本県内で施工した6物件について耐震強度不足が指摘された問題で、うち3件の構造計算をした熊本市の建築士は10日、新たに計算し直した同市九品寺のマンションの構造計算書を市建築指導課に提出した。
 計算書によると、強度は基準値(1.0以上)をクリアする1.0から1.25。「強度不足」指摘の根拠となった県建築士事務所協会の計算では、最低値が0.43だった。 
(時事通信) - 2月10日13時1分更新 


また、

熊本・耐震問題 建築士ら偽装否定 県聴取に「計算方法が違う」


 熊本県内で木村建設(同県八代市、破産)が施工したマンションなど六件の耐震強度不足が指摘された問題で、同県と八代市は九日、建築確認をした計四物件について、構造計算をした建築士や設計者を呼んで聞き取り調査をした。県側の指摘に対し、全員が偽装や強度不足を否定。県は十七日をめどに聴取内容を精査し、対応を決める方針。

 強度不足が指摘された六件のうち残る二件については、建築確認をした熊本市が聴取を終え、再計算を指示している。

 県の聴取を受けたのは同県西合志町、宇土市、大津町のマンション計三件と八代市のビジネスホテル一件の構造計算などをした七事務所の計九人。昨年十二月から県側が専門機関に委託して実施した耐震強度の再計算では、いずれも建築基準法に定めた基準値(一・〇)を下回っていた。

 県は、建築士らに対し、重量の決め方や壁の強度についての考え方などを聞いた。一方、建築士らは、取材に対し「県側と計算方法が違う」などと反論、強度不足を否定した。

 三件を手掛けた熊本市の設計事務所長は報道陣に対し「構造計算はソフトや設計者の考え方で違う数値が出ることもある。技術には絶対の自信を持っている」と主張。県が一方的に発表したとして担当課に強く抗議した。

 強度が〇・四五と指摘された物件の建築士は「県側の計算は壁の強度計算に見落としがある」とし、強度〇・六八とされた建築士は「計算方法について文書で反論したい」と報道陣に語った。

 県は食い違う点を検証して強度を確定させた上で、再計算を求めるなどの対応を決める。
(西日本新聞) - 2月10日2時24分更新


もし、「再計算」が信頼できるものであったならば、こんな議論は発生しないのだろうと思います。
[PR]
by gskay | 2006-02-11 13:45 | 安全と安心
「非姉歯」
これまで、非姉歯物件には問題がなかったとされていたのに、ついに見つかってしまったようです。

でも、本当なのでしょうか?

無条件に、反射的に、悪意の偽装と決めつけ、耐震強度の不足した物件が出ていると報じられています。

しかし、発表した自治体の対応もかなり杜撰なもので、どういう事情なのか見極める必要があるような気がします。さらに、報道もしっかりと事情を理解しているのか疑わしく、受け手の方で慎重になるべきだと思います。

構造計算は、計算手順を少し変えただけでも、結果の数値が変化してしまうという代物だそうです。ソフトによっても結果が異なり、入力や計算の順番も影響するそうです。計算の実際を考慮すると、疑われている側が主張している内容にも配慮して判断する必要があるような気がします。

また、書類の不備に関する問題は、イーホームズとERIとの見解の違いにも関わるような問題ではないかと思われ、デリケートです。

いずれにせよ、無益なパニックを煽る事なく、冷静に対応して欲しいと思います。

ところで、影がうすいニュースですが、

建築確認の全物件を調査 東京都中央区

意外にも、こういう取り組みは、行われていなかったようです。「氷山の一角」なのかどうかをはっきりさせるためには、必須と思われます。
[PR]
by gskay | 2006-02-10 23:53 | 安全と安心
耐震基準を下回る建物
いずれも、昨日今日、解ったことではないと思いますが、数週間前に発表されていたら、大変なことになっていたかもしれません。安全に対するパニックとヒステリーが、おさまった今だからこそ、発表できるのかもしれません。

もし、パニックやヒステリーが、役所や病院に及んでいれば、地震が来てもいないのに、役所の機能はストップし、入院患者は行き場を失っていたかもしれません。

大阪府庁本館「震度6強で倒壊の恐れ」 耐震基準下回る

<耐震診断>受診の病院は14%だけ 厚労省が費用補助へ


冷静に、周囲を眺めれば、こんなものです。おそらく、古い建物の既存不適格が中心だと思われます。しかし、新しい基準で建てられていても、建築確認も検査もデタラメで、それに施工の怪しさが加わり、信用はできません。

適切な対応が必要であることには疑いはありません。

ただ、うちのマンションのような、パニックやヒステリーにあおられた混乱した対応ではなく、冷静な対応が図られることを期待したいと思います。
[PR]
by gskay | 2006-01-30 20:05 | 安全と安心
「改正耐震改修促進法」
「改正耐震改修促進法」が、26日に施行されたとのこと。これまでに比べて大きく取り上げられたのではないかと思います。

公共的な建物はともかく、個人の住居では、手軽にできる将来の地震に対する備えは、せいぜい家具の固定や当面の食料や水の確保くらいでした。なかなか、家を耐震にしなくてはいけないというところまで、気がまわらなかったのではないかと思います。

たくさんの震災の事例を見聞きし、必要性はわかっていても、耐震改修という費用のかかる備えに踏み切るのは簡単ではありません。ところが今回、地震への備えに対する人々の意識が大きく変化したと思います。なかなか上げることができなかった重い腰を上げてみようかと言う動機ができたように思います。今後、そこに拡げていけるかどうかがポイントだと思います。

実際の危険性を、正しく理解したかどうかは別として、とりあえず、前向きに地震対策が図られていくと信じたいと思います。

しかし、すぐに耐震化を完成させることはできません。「2015年までに90%に」という目標です。ということは、とても息の長い取り組みになると思います。

今回の耐震への不安は、パニックに近いものがあったと思います。充分に冷静に分析し、正しい共通理解が進んでいるとは必ずしもいえないと思います。一時の感情に流され、いつの間にか忘れてしまうのではないかと心配です。

いかに、この意識の高まりを持続し、行動につなげるかがポイントです。そのためには、もっと正しい理解が必要ではないかと思います。

大きな事件の影で、少し飽きられてしまったような気がします。不毛な悪者さがしで、肝心なことがないがしろになりつつあるような気がします。原点にもどって、大きな目標を再確認する必要があるのだと思います。

耐震にという大きな目標の前では、私のマンションで起きていることは、二次的なものに過ぎないのではないかと思えてきます。(だからといって、ないがしろにされてしまうと困りますが……)
[PR]
by gskay | 2006-01-27 23:49 | 安全と安心
「補強工事で対応したい」
小嶋社長の妄想でも、くだらない言い訳でもないと思います。しかし、今さら、難しいと思います。

耐震偽造 小嶋社長「補強工事で対応したい」と住民に説明


(略)
耐震強度の数値について「基本的に0.1以上あればいいと聞いている」「0.3以上あれば何も問題ないとアドバイスする専門家もいる」と主張。「人命最優先という観点からすれば、なぜ耐震強度が0.5以下なら強制的に取り壊しなのか全く理解できない」と持論を展開し、補強工事で対応したいとの考えを述べた。
(略)
(毎日新聞) - 1月23日17時20分更新 (長くなるので、一部引用です)

個人的には、既存不適格の古い物件に対して行われているような耐震補強でもいいのではないかと、当初は私も思っていました。完全に1.0をクリアできなくても、耐震補強によって少しでも強度を得られば、倒壊の「確率」や「可能性」を軽減することができます。

実際、多くの既存不適格物件では、予算や技術の制約により、完全に基準をクリアできてはいなくても、部分的な補強によって、耐震性を改善しているケースがあるとききました。補強をやらないより、やった方がはるかに良いそうです。

自分としては、技術的に可能で、かつ、許されるなら、それでもいいと思いました。「0.1」を容認するような発言は、建築に関わる人物の発言としては不適切だと思いますが、小嶋社長が、「理解できない」と言っていることに、私は共感します。この部分の議論をないがしろにしたために、多くの報道の内容は、各物件の安全性に対するパニックをあおるだけのものになってしまいました。「偽造という問題」は、各物件を解体し建て直せば解決するかもしれませんが、「安全確保」については、問題に上がった物件だけを何とかしてもだめです。

でも、具体的な行動が始まってしまった以上、小嶋社長もヒューザーもそして住民も、その行動に対する責任を果たすことを目標とすべきだろうと思います。もちろん、何か問題が発生した場合や、この行動を中止するに値する画期的なアイディアがあれば、引き返さなくてはいけないと思います。

ところで、現在議論されている数値の0.5は、旧耐震の基準に相当するという話を説明されたような気がします。その理解が正しいなら、0.5に線を引いた妥当性があるような気がしますが、詳しくは、検討していません。

また、もし、ヒューザーが速やかに補強の方法を提示できるなら、検討の余地もあろうと思います。しかし、少なくとも自分たちで探した範囲では、うちのマンションについて基準を満たすための妥当な方法を発見する事ができませんでした。
[PR]
by gskay | 2006-01-24 16:33 | 安全と安心