カテゴリ:安全と安心( 45 )
震災/法令違反/耐震/危険/退去勧告/近隣
震災を引き合いに出し、公的な対応の必要性を主張するのは、感心しません。

激甚災害によって被るのは、単に財産的な問題だけではありません。

生命の危機に実際に直面します。

不便な避難生活を強いられます。

そのどちらも、私たちのマンションにはないことです。私たちが巻き込まれたのは、法令違反事件です。私たちは、この事件によって、生命の危険にはさらされていません。地震の時、その可能性が高いかもしれないというだけです。私たちは、避難生活を経験することもないでしょう。「退去」と「避難」は、異なります。

マンションの再建も、インフラの復興からはじめなければならない災害とは、全く異なります。

地震保険についての言及も聞きました。しかし、これは、地震ではありません。もし保険について主張するなら、「違法建築確認および検査」に対する保険の創設を主張してはいかがでしょう。いまや、誰もが「違法建築確認および検査」がリスクであることを認めると思います。ただ、そんなものが必要な行政手続きってのは、いかがなものでしょう。

私たちが背負ってしまったのは、災害被害ではなく、違法建築です。たまたま、耐震性に問題があったからといって、震災被害と比較しても意味はありません。私たちは、まだ、地震に見舞われていないし、耐震以外の基準の違反であったとしても、同じように処分される問題ですから。

そもそも、この事件は、前代未聞の事件です。前例だけで考えるのは困難です。既存の法令で処理するにも限界があります。これは日本人にとってはじめての経験です。過去の事例との比較に終始する限り、好転はないと思います。批判や非難を甘受しながら、当事者は、今後の前例になるという覚悟をもって事態に切り開いかなくてはいけないと思います。(私はその自覚が足りないのかも……。叱られながら、次のステップへと進みます)

以上、GSX さんのコメントへのコメントの追補です。

その他のコメントへのコメントです。

「理想論」を、「現実的でない」と否定することには抵抗があります。加えて現実的でないとする根拠の「現実」にこそ、リアリティーがないような気がします。始めから理想論を慮外において、放棄してもいけないような気がします。ただ、仰せの通り、現実的な対応の方を気を引き締めて行わなければいけないと反省しています。横浜の対応は、拙速ではないかと思う事がしばしばでしたが、報道されている耐震検査への対応は「理想論」的でいいと思います。

zap さんの言う通り、危険の実態の理解や、その評価が適切ではないような気がします。センセーショナルな報道が先行し、必要以上の過激な評価になっているような気がします。私も冷静さを失って、過激になりすぎました。所詮、机上の空論であり、私の場合は、個人の心理的恐怖にすぎません。

「自主的な退去勧告」の位置づけには、温度差があるようです。物件毎に差があります。今のところ、世の中は、最も、過激な対応をしている自治体の判断に眼を奪われています。このマンションについては、最初に区から説明され、釘をさされた内容を反芻する必要があるようです。少なくとも、ここでは、今の暮らしを制限する意図はないように思われます。退去・解体への道筋を円滑に歩むだけでなく、生活と両立させることが課題です。そこは、災害時の「避難」との違いかもしれません。否が応でも、生活が制限されてしまう「避難」と、「退去」を、同列には論じられません。

この事件に巻き込まれるまで、退去勧告がでると、もっと激烈な変化があると思っていましたが、当事者になってみると、全く違っていました。

今までの暮らしはそのままです。そこに、こなさなければいけないことが増えました。説明会に集会、通知の読破、情報の分析、住民間の調整、そして自分の引越準備。仕事をしばしばキャンセルです。一般住民である私でも大変ですから、役員の人たちは……。

「退去勧告を受けた住民」ということに、先入観があるようです。実際に経験していることとは、異なるイメージが勝手に広がっていて、その凝り固まった先入観で語られているような気がします。マスコミでも、ネットでも。(そもそも、今まで、誰がこれを経験して来たというのだ!決めつけられたイメージに違和感を感じるから、このブログを懲りずに続けているわけだけど。)

よく住民への非難の材料として出される近隣との関係については、「ドライな交渉」とだけ、記しておきます。一般論としては、非難の材料として上等なものだと思います。私自身、当初、最も注意を払っていたポイントでした。

さて、麒麟の王 さん。そして、他の皆さん。ブログがあったら、是非、教えて下さい。TBをお願いします(ブログはじめて4週間、TBの意味が分かって来た)。意見や立場に違いはあっても、問題を共有できるといいと思います。たとえ、結論が一致しなくても、立場を納得できなくても、問題を共有していけることをありがたいと思います。

最後にひとこと:うちの物件は、瑕疵担保責任の枠組みで解決するのが原則である物件でした。しかし、そうでない古い物件が増えて来ています。責任の重みのかかり方が微妙に変化して来ました。
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by gskay | 2005-12-15 18:58 | 安全と安心
放置されている危険なマンション
「安全」を心配しているのですか?それとも、公金の使い道ですか?

どちらも、心配すべき事です。だから、もう一歩踏み込んで考えてみて下さい。

発覚したのは、「偽造」かもしれません。背景は、確認制度の杜撰さかもしれません。そこに「思惑」をもって踏み込んだ輩がいるのかもしれません。そして、所有者の責任も問われるべきでしょう。

しかし、それだけであれば、個別の事件に過ぎません。国会の証人喚問くらいで充分です。

今回は、そこにとどまってはいけません。

なぜなら、明らかになったのは、「根本的に我が国の建物の安全が損なわれてしまっている」ということだからです。

発覚せずに、放置されているもの。
施工の欠陥を、放置されているもの。
昔の基準のまま、放置されているもの。

まず、こうした放置された建物を再点検しなくてはなりません。そして、危ない順に並べて、ひとつひとつ片付けて行かなくてはなりません。

それが「安全」であり、その決意を示さなくてはいけません。その決意こそ、「公金」として現れるべきです。

うちを、「欠陥マンション」として扱うなら、そう扱って欲しい。「危険なマンション」として扱うなら、そう扱って欲しい。

しかし、ここは、「偽造計算マンション」。(「欠陥マンション」ではないんですね)責任がはっきりしているから、「公金」が支出されようとしています。表向きの口実とはうらはらに、「危険」は二の次になってしまっている。

危険だと心配してくれるのはありがたいと思います。

しかし、ここがどれだけ危ないか、他と比べてどうであるのかを、私たちはどれだけ知っているのでしょうか?

私たちは、踊らされています。本当の危険から目を背けています。この一連のマンションだけを問題にすることによって、問題を矮小化し、抜本的な対策をせずに済まそうとしています。

本当の危険は、放置されているところにあります。

現実に目を向けて下さい。そこら中に放置されている危険なマンション。その放置されている危ないマンションにも暮らしがあります。その周辺にも暮らしがあります。その危険さと、うちの危険さを、真剣に比較して下さい。

そして何をすべきかを考えて下さい。

発覚してから、かれこれ4週間。対応の二転三転にも慣れて来ました。

そして、混乱に身を任せることに少し飽きて来ました。

醒めた眼で部屋をみれば、何も変わってはいない。外に眼をむければ、何とかしなくてはいけない建物がいくらでも。

それが、現実です。

うちはまだまし。危険が発覚していますから。対応もはじまっているみたいだし。それに、まだ、3ヶ月。そして、ヒューザーある限り、瑕疵担保責任の枠組みが使えるし。(あてにはならないけどね)

しかし、5年もの長きにわたり、気付かずに放置されていた物件はどうなのでしょう?その5年の「危険」な生活は何だったのでしょう?

あるいは、欠陥をわかっていながら、取り上げてもらえない物件はどうなのでしょう?公金が支払われる訳ではないから、問題外ですか?

そもそも、無数とも思われる危険が発覚していない物件は?

私は、前のエントリに関し、少なくとも3つの間違いを犯しました。

まず、行政より「自主的な退去勧告」を頂戴しているにもかかわらず、友人が来るのを止めなかった。(かならずしも、「危険」であるからという理由で止めようとは思わない)

次に、自覚がないと叱られるようなことを白状した。

そして、最後に、麒麟の王 さんや、ふたたび さんにもわからないひとりよがりな日本語を使った。

地震がまだ来ていないからこそ、危ない順に並べませんか?悪者がかかわった順番とか、国が責任を感じる順番とかではなくて。
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by gskay | 2005-12-14 21:11 | 安全と安心
泊まってく?
最初で最後ということで、遊びに来てくれる友達がいます。気が紛れます。

でも、泊まってはいかないみたい。

お客様が泊まりたいと言っても平気なように、布団セットを用意しています。しかし、こういう事態になってしまったため、まだ、その布団が利用されたことはありませんでした。

先週末ついに、うちの部屋に泊まって行った人がいます。

感想は、まだ聞いていません。

あと何人が遊びに来てくれるやら。その中に、泊まって行く人はいるのかしら。

「円滑な退去」とやらは、いつになるのでしょう。今週末には、具体的なものになると聞いていました。しかし、ここへ来て、国が定めた退去の期限が「12月中旬」が「12月一杯」に変更になったという発言。12月中旬までに退去完了と言う当初の案は放棄され、12月一杯になってしまったようです。

うすうす、そう感じてはいました。

神奈川県下での退去が進む一方、都内が一向に進まないと報道されています。国が把握し、報道に伝えられる内容と、現場の実際の出来事にズレがあるように思います。あたかも、都や区、都内住民の「国のスキーム」への対応が悪いかのように報じられていると思います。(実際、遅いけど)

では、本当に、神奈川県下の退去は「国のスキーム」で進んでいるのでしょうか?これまでの退去は、事件発覚後の早い時期に出された自治体独自の指示による退去や、「自壊」のおそれによる退去、あるいは本当に自主的な退去です。神奈川県下も、「国のスキーム」への対応は、都内と同じように進んではいないのではないかと思われます。

うちにも、すでに自主的に退去を済ませた人がいます。済ませたなりに中途半端な状態に置かれているようです。公的な枠組みから外れての退去であり、公的な「円滑な退去」を待って残っている住民以上に先のみえない状況に置かれているようです。

宙ぶらりんの状態が続きます。具体的な話を、「12月中旬」が終わる前に聞きたいものです。

「最初で最後」の訪問をまだしていない友達は、あと、何人いるのかな。長引くようだと、昔の友達や遠くの友達まで、総動員しなくてはならなくなりそうです。

ところで、次々と問題の物件が増えているとの報道。「住宅品質確保促進法」以前の物件も含まれています。

この場合、売り主の10年の瑕疵担保責任にかからないのではないかと思われます。これらの住民は、売り主に瑕疵担保責任を請求するのではなく、不法行為に対する賠償を求めることになると思います。

瑕疵担保責任がからんでややこしくなっている私たちとは立場が違いますが、とてもややこしいと思います。

彼らは、すでに5年以上も住んでいます。その間、知らずに住んでいたわけで、そのことをどう評価したらいいのでしょうか?やはり、「精神的苦痛」は重要?しかし、少なくとも5年は、地震にあわず、快適な生活を享受できている点をどうとらえるのか。また、5年の経年による減価も考えなくてはなりません。

今までの時間を、どのように評価したらよいのでしょうか?

引っ越してきてからの時間が短い私たちとは異なる悩みをかかえることになったのですね。

<後から追加>2006.01.04
当時は、長期戦になり、危険への緊張感は日常に埋没しつつありました。そもそも、どういう問題だったのか、どういう危険なのか、この時期、強く疑問に感じていました。

この事件の「危険」の正体は? その程度は?

それは、日常を否定するべきインパクトを持つ危険なのか?

わかってくると、そうではないということに気付きます。しかし、コメントをくれた多くの人は、そうは捉えていなかったようです。これは、マスコミのせいです。リスクをセンセーショナルにかき立てたせいだと思います。そして、ほとんどの人が、無批判にそれを受入れたせいです。

本当に、「危険」を重視するのであれば、既存不適格に真っ先に対処しなくてはいけません。それに比べて、本当に危険かどうかもわからないのに、何を自分は騒いでいるのだろう? そう、思っていました。

「危険」と「違法」が混同されている捉えられている実態に、あらためて眼を向けなくてはいけないと考えていました。
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by gskay | 2005-12-14 14:57 | 安全と安心
地震に強い国へ
不適当な建築確認による耐震基準違反は、建築確認の効力を問う問題になりそうです。

建築確認の体制未整備が、事件発生の元凶だと思っています。そこにつけこまれる隙があったり、ミスがまかり通る隙があったのだと思います。そこを整備するのは当然です。

建築確認以降に発生する権利関係の調整も未整備です。特に建築確認が誤っている場合。そこにも対策が組まれることになると思います。

しかし、この事件に端を発した建築確認の効力の問題は、枝葉だと思います。

そもそも、耐震基準は、手続きのためにある制度ではなく、安全の確保のためにあるからです。

「安全」確保の対策は、建築確認などにより危険な建物を建てさせないことだけでなく、すでに建てられてしまった基準違反の建物への対策も必要です。

これから建てられるものについては、建築確認は、より適切で徹底的なものにするべきだと思います。できれば、一戸建ても対象にすべきだと思います。設計の確認または完成時の検査に合格しなければ、使用したり、売買できないようにしなくてはならないと思います。悪徳欠陥住宅屋も撲滅できます。

しかし、これから建てられる建物への対策だけでは、広がる不安に対応できません。既存の「違反」の建物についても、対策が必要です。今回は、地震が来てしまったのと同じような規模の整理が必要であるように思います。

今、対応しておけば、不安を取り除くだけでなく、被害を財産だけにとどめ、生命が損なわれるのを防ぐことができます。

不適当な建築確認については、この事件の解決が先例になるでしょう。

しかし、対応困難なパターンがたくさんあります。

建築確認どおりに建築されなかった欠陥建築
建築確認を必要としないことをいいことに建てられた欠陥一戸建て
それに、既存不適格

そこに速やかに対応しなければならないと思います。少なくとも、対応する方向性を、今回の事件への対応に平行して見出さなくてはいけないと思います。

建築業界は、冷え込むどころか、忙しくなると思います。

今回の事件で、耐震基準の重要性が再確認されたと思われます。今とりくめば、地震に強い国を実現できると思います。
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by gskay | 2005-12-01 17:47 | 安全と安心
危険を省みない勇気
今、気になっているのは、どれくらい危険かということです。

住民集会の後、隣の部屋の人と帰宅する最中のエピソードです。

隣の人が、赤信号で横断しようとしました。

「え、赤信号で渡っちゃうの?危ないよ!」
「平気だよ、もっと危ないマンションにこれから帰るんだから!」

???

実際のところ、どっちが危ないのだろう?
この危険は、自動車事故、列車事故、飛行機事故と比べてどうなのだろう?
もっと危ない建物はないのだろうか?
宝くじに当たる確率と比べたら?

そういう比較をしている人がいたら、是非、教えて下さい。

自分の安全だけを考えればいいのであれば、そういう比較があれば、納得できるかも?そんな例えで説明してくれれば、報道も、区役所もわかりやすい説明になるのに。(でも、そんなことしたら、パニックになるか……。)
でも、一戸建てと違って、倒壊すると、周りに迷惑をかけてしまうのが、気がかりです。

追記 我が家では、「新築解体パーティー」と称して、宴会を催しました。その話を、隣の人にしたら、「うちは、招待状に『ヘルメット持参で!』と書き添えているよ」とのことでした。
ここの住民たちは、職場で注目され、話題を提供しています。自虐的なネタで、盛り上がっている不心得者も居ますが、そうでもしないと、やってられません。
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by gskay | 2005-11-24 16:59 | 安全と安心