カテゴリ:揺れる システム( 87 )
監理の手柄
市川の超高層マンションでは、検査機関の検査の有効性が示された形になりました。しかし、本来、これは、監理が指摘すべき問題で、監理が空洞化しているのではないかという批判もありました。

東麻布の超高層マンションでは、監理が問題を指摘したようです。

東麻布・超高層マンションの鉄筋施工ミス、内勤の監理者が発見|ケンプラッツ


2007/12/18

 竹中工務店が鉄筋の一部を取り違えて施工した超高層賃貸マンション(東京都港区東麻布)で、鉄筋取り違えは同社の工事監理担当者が最初に見つけた。建設現場で監理に立ち会っていた施工管理の担当者に伝えて、対処を促した。同社がこのほど明らかにした。

 このマンションでは、鉄筋加工会社が地下1階基礎梁用の鉄筋を誤って8階と9階の梁用に加工し、現場作業所に納入した。竹中工務店の施工管理担当者はこの取り違えを、納入時の鉄筋の検査と配筋検査で見落とした。取り違えを発見したのは、工事監理を担当する内勤の社員だった。

 同社は12月3日、鉄筋を取り違えた8階と9階の再施工に着工した。補修でなく解体・再施工を選択した理由を、同社広報部は「補修によって梁に当初の設計と同等の強度を持たせようとすれば、梁断面が大きくなり、設計通りの居室を確保できない恐れがあったからだ」と説明している。

設計、施工、監理と、それぞれの責任が果たされなくてはなりません。検査機関は、その枠組みからみれば、外の存在です。

監理といっても、これまでは、施工の問題を指摘することは難しかったかもしれません。むしろ、いかに、問題を表面化させないかが努力の目標だったのかもしれません。

しかし、今は、問題を放置することが重大な問題につながるということが明らかになっています。このため、監理としての本来の業務が期待されるようになっているのかもしれません。

検査機関の役割を増やすことよりも、監理がきちんと責務を果たすことの方が、建築の健全化には役に立つと思います。そのための環境を整えるべきだと思います。

公的な取り締まりや、検査機関の役割の強化は、建築にとっては、二次的なものにすぎないと思います。そこに、力を注ぎすぎては、現場が空洞化してしまうでしょう。

今回の監理の位置付けは、厳密に言うと、設計、施工、監理の役割分担とは、少しニュアンスが異なる監理かもしれません。しかし、今回、監理が監理としての任務を果たしたことは、これまでのことを考えると、「手柄」だと思います。

当然のことといえば、当然なのですが……。
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by gskay | 2007-12-21 13:54 | 揺れる システム
監理の不在
11月9日のエントリに対する 三介 さんのコメントに関連して。

先日から伝えられている市川の超高層マンションの問題は、検査機関が行う検査の有効性の証という角度から伝えられているように思います。そこには、施工と監理が独立して建築に責任を負うという視点がかけていると思います。

建築のプロセスでは、設計を完璧に反映させることが、様々な事情で不可能になります。設計通りに作ることが不可能になったからと言って、そこで、建築を止めてしまうわけには行きません。

施工者が、適切に克服してくれれば、それはそれで済む話かも知れませんが、法的な仕組みとして施行と監理が独立して建築に関与しています。負うべき責任は、異なるものです。

しかし、どうも伝えられる話の範囲では、建築主と施工、それに監理が一体として捉えられていて、その対極として公的な検査があるかのように位置付けられているように思います。

監理に問題を指摘する能力が伴わず、また、施工とは独立した責任を監理が負うという方向性も無いのであれば、監理は中身のない存在です。だとするなら、全てを検査に譲って、監理という制度はシステムから退場させてもいいのかもしれません。

ところで、設計は、あくまで設計です。それは、建築工事の実際のプロセスの中で、変更が余儀なくされます。想定された通りの地盤ではないかもしれないし、手配の都合で建材を変更しなくてはならないかもしれない。また、コンクリートはいつも理想通りに固まるわけでもなく、柱や壁も設計通りにピタリときまるわけではない。

設計通りにいかないという現実に対応するために、施工だけでなく監理が建築に関与しているのではないかと思います。

本当に設計通りに建築ができるのなら、検査だけでいいのかもしれません。しかし、毎日毎日、どのステップでも、疑義が生じたり、変更が生じるもの。それを克服するのが独立した監理の仕事を作った意味なのではないかと思います。検査機関による中間検査や竣工検査とは、性格が異なると思います。

監理が形骸化していることが問題ですが、これは、監理を徹底することによって克服されなくてはいけないと思います。

超高層マンションの問題は、監理が機能していなかった可能性もありますが、すでに、問題に対処し、適格な対応をしていた可能性があるところに、中間検査が割り込んできている可能性もあると思います。

そうした肝心のところがわからないので、検査機関の手柄とは断定できないと思います。

設計とは異なる仕様になっていても、すでに問題が解決している可能性があります。それを大げさに騒いでいるという可能性もあると思います。性能は、適法性が確保され、損なわれていないかもしれません。

今回のケースについては、性能の実際の値や手続きの妥当性を検証する必要があると思います。本当に違法性や不法性があるのか、そして、性能の欠陥があるのかという観点からみなくてはいけません。

設計図と違うことは確かのようですが、大騒ぎをしなければならないほど、鉄筋の数が少なくなったと単純に決めつけることはできないと思います。単に、適切な変更が必要な状況と位置付ければすむ問題に過剰反応している可能性もあります。

とはいうものの、やはり、監理。実務においても、権威においても、形骸化しているように感じられます。それに、検査の肥大化が拍車をかけているように思います。書類通りの工事をすることだけが大切なのではなく、現実に即してもっとも適切な工事をすることこそが大切なので、監理がもっと充実することを期待します。

追記)市川の高層マンションは、配筋の記録が実態と異なっていたようです。これ自体が不法行為だと思います。それが、どのような違法と位置付けられ、どのように処罰されなくてはいけないかということも興味深いことです。
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by gskay | 2007-11-13 04:44 | 揺れる システム
実測値
11月8日のエントリへの マンション さんのコメントに関連して。

中日新聞:新築マンション耐震強度不足は4%程度 国交省が抽出調査、下方修正:社会(CHUNICHI Web)


2007年10月27日 夕刊

 新築マンションをめぐり「一割に耐震強度不足の恐れがある」とされた国土交通省の抽出調査結果が、実際には最大でも4%程度にとどまることが分かった。現地で実測するなどした各自治体の裏付け調査で判明した。強度不足の新築マンションは単純計算で全国に約六百件と推計されていたが、大幅に下方修正される見込み。国交省は、各自治体の報告がまとまり次第、最終結果を公表する。

 抽出調査は、姉歯秀次・元一級建築士による耐震強度偽装事件を受け、新築マンションの耐震強度や偽装の実態を把握するのが目的。

 二〇〇〇−〇五年に建築確認された中層マンション約六千件から、無作為抽出した三百八十九件の耐震強度を試算した。

 その結果、今年三月の中間発表では、建築基準法が定めた最低強度を下回るマンションが、約一割の四十件に上った。

 これを受け、各自治体が現地調査などを実施したところ、▽建物の荷重の実測値が設計時の荷重より軽い▽現場の地盤が設計時の想定より強固▽構造計算書になかった耐震スリット(耐震壁と柱のすき間)が実際には施工されていた−などの理由で、耐震強度の実測値が計算値を上回っているケースが相次いだ。

 強度不足とされた四十件のうち実測値も強度不足だったのは、大分(基準の66%)、静岡(同68%)、新潟(同85%)の三県にある三件だけ。

 二十四件は、基準以上の強度があったといい、裏付け調査中の残る十三件が仮にすべてが強度不足でも、強度不足の建物は最大十六件(約4%)にとどまる見通しになった。

 強度不足が確定した三件も、国の建て替え基準(同50%未満)は上回っており、改修補強中。三件のうち大分県のケースは施工ミスが原因で、構造計算は問題なかった。静岡県のケースは、別の構造計算書が一部混入した単発的なミスという。一方、新潟県のケースは、耐震強度偽装問題で構造計算書の偽造を指摘された富山市の田村水落設計が構造計算を担当していた。

 同設計が関与した二百二十八件の建物すべてを対象にした調査では、十一件の強度不足を確認。国や富山県が一級建築士免許と事務所登録を取り消している。

「下方修正」は、単なる騒ぎの沈静化ではなく、また、中間発表も、大げさすぎたということではないと思います。

実測値というのが曲者ですが、設計のための図書に問題があっても、性能が確認されていれば、少なくとも出来上がっている建物については、違法を問題にしないということだと思います。実際の性能を問題にしている点で評価できると思います。

ただ、計算値と実測値が異なるということは、計算値で問題がなくても実測値に問題がある可能性も……。設計は正しくても、施工の欠陥は、この調査ではふるい分け段階で対象になっていないところが、問題ではあります。世の中の欠陥住宅や、欠陥建築は、おおかたは、施工の問題ですから。

ところで、建築確認が煩瑣になったことは、将来、大臣認定の仕組みで、仕様をコンピューターで参照しながら設計したり、検査したりする道につなげることができます。大臣認定などの制度を活用することで、設計も検査も容易にすることができます。そのように建築確認された物件については、設計上の違法はありえないことになります。

建築基準法の改正は、「切り貼り」対策ではないはず(?)で、前のエントリで批判した担当の企画調整官は、こうした点からの道筋こそ明らかにして欲しかったと思います。(記事にはライターの考えも入るので、複雑ですが)

施工での欠陥や、欠陥とはいえないものの変更が生じることは、別の問題として残ります。それは、中間検査や竣工検査の対象です。設計との差異が見られた場合、それを違法として扱うべきかどうかという問題については、「実測値」が許容範囲内であれば適法という評価になるものと思います。そして、そうでないと「欠陥」であり、違法。

特別な設計や、ユニークな試みを目指さないのなら、この仕組みは、大幅に作業効率を改善することができます。負担も減ることになると思います。ただし、オリジナリティーや創造性、先進性とは無縁であることは、充分に承知しておくべきです。

一方で、ユニークな建物では、性能に関して、いちいち証明しなくてはなりません。そのために建築確認の作業が時間がかかったり、費用がかかったりすることになるかもしれません。これについては、充分に納得できるような質の高い検査で対応するべきではないかと思います。それでも、違法な設計が建築確認を通過してしまう可能性がありますが、その時も、建物に対しては実測値で処分を検討すべきです。

冷静に考えれば、実測値が一番重要で、設計の数値を妄信することはできません。全ての実測値を明らかにするのが一番良いのですが、とりあえず、設計段階の計算値で代用するというのも合理的な判断です。そして、生じた疑義については、実測値で決着されるべきです。

そう考えると、「うちの物件は、どうだったのか?」という疑問がわいてきます。

さあ?

やはり、拙速だったのかもしれません。計算値というものが、設定次第で変わってしまうことと、それが、完成後の実測値になるとさらに変わるということが、あの時点では配慮されていなかったように思います。これについては、私たちに生じた負担や被害と直接関係することなので、混乱していたということだけで、有耶無耶のままで片付けて欲しくありません。

どのようなプロセスでどのような判断があったのかということを、たとえ刑事や民事での責任の追究を目的としなくても、事例として解明しておくことが、今後の、国のシステムや方向性を考える上で重要です。
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by gskay | 2007-11-12 02:18 | 揺れる システム
切り貼り
耐震偽装に関連しては、参考人質疑でのイーホームズの藤田社長の発言の時以来の怒りです。映像や文字を通してしか接していない事柄については、あまり感情を揺さぶられることがないように心がけているつもりです。しかし、この記事には衝撃を受けました。

国会で藤田社長の主張は、当初、私には許しがたいと感じられましたが、後に共感できるようになりました。後から考えて、主張の仕方や取り上げかたに問題があったように思います

同じように、これも、私の理解が及ばなかったということであって欲しいと願っています。

【改正建築基準法】追跡!建材・設備の大臣認定書問題(最終回)|プロの評価とトレンドがわかる建材・設備ガイド


【改正建築基準法】追跡!建材・設備の大臣認定書問題(最終回)
2007/11/05

改正建築基準法の施行以来、現場の混乱を招いていた大臣認定書問題。国土交通省は10月30日、大臣認定書の添付については、施行規則の改正によってほぼ全面的に撤回すると発表した。国交省は、いったい何がしたかったのか。連載の最終回として、9月上旬に実施した改正法担当官への直接取材のやり取りを伝える。(池谷和浩=フリーライター)

リンクした記事には、建築基準法改正にともない、「大臣認定書の写し」を添付しなくてはいけなくなった経緯が書かれています。担当の企画専門官の説明は、「切り貼り」。

一連の耐震偽装の手口が、切り貼りだったということを根拠にしているようです。大臣認定という制度そのものの問題も指摘されていますが、そんなことより、この建築基準法改正が、「切り貼り」を防ぐための施策だったとは!

国の経済統計に影響するほどの失政を生んだ問題意識と、その解決のために打ち出された施策が、このレベルだったということに愕然としました。

記事がふれた「確実に採用しないなら大臣認定書の写しは渡さない」というような企業の悪知恵は、けしからんことではありますが、枝葉のことです。また、PDFについては、コンピューター化のほんの一部にすぎず、本質的な意義ではないと思います。

いかに、図書に矛盾や不整合がないかという点や、論理的な飛躍や空白がないかという点が確認されなくては行けない点です。また、根拠となる数値や性能を、より一次資料に近い資料にさかのぼって検討できるシステムが求められています。コンピューター化は、設計作業については作業記録を残しておくことも容易になります。

最終的には、保存の都合などもあり、紙を用いなくてはならないのかもしれません。

しかし、設計の適切さの確認作業にしても、根拠となる資料の確認にしても、コンピューター化した方がいいと思います。資料の照合作業などは、紙の上で行うよりも、電子的な資料でデータベースやリンクをたどる方がはるかに楽で、おそらく、正確です。

やはり、官僚のみなさんは、いざとなったら破棄できるものが一番安心できるというわけでしょうか?

もちろん、コンピューターで構築されたシステムを出し抜こうとたくらむ輩はいるかもしれません。しかし、それは、紙では、もっと簡単に出来てしまうことです。

こんなレベルの人が、システムの設計の中心にいたのかと思うと……。

構造計算の大臣認定プログラムの作成が遅れてしまったという点については、高い仕様を要求しているために、遅れたのかも知れません。そう、信じたいと思います。

何年も前から、友人が、建築確認関係の書類がコンピューター化できないのはおかしいと言っていました。そんなものかと思って、聞き流していました。そのうち、できるだろうと。

また、イーホームズの藤田社長は、建築確認や検査のシステムのコンピューター化を構想していた人物だったと思います。

そうした人々の問題意識や現状認識、そして構想こそが必要なのかもしれません。

とりあえず、たまたま、この記事が、一部の極端な側面を取り上げたにすぎないと考えたいと思います。「切り貼り」問題の先には、しっかりとしたコンピューターシステムの構想があるのだと。この記事の主題の都合で、たまたま、そこに言及していないだけだと。
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by gskay | 2007-11-09 00:02 | 揺れる システム
「円滑化」? 「緩和」?
混乱の元凶となってしまった建築基準法の改正。その建築基準法について、一部「緩和」が行われるとか。

10月初旬の段階の大臣のコメントには、「円滑化」という言葉が用いられ、「緩和」には、難色が示されていました。

しかし、ここで、「緩和」が打ち出されました。

円滑に進められない理由として、関係者への周知が足らず、とりわけ自治体の対応が遅れていたことをあげ、措置を講ずるという方針が国土交通省では立てられていたようです。しかし、国土交通省が法律施行の準備を怠ったったために、現場が対応できるはずがないというのが実態だと私は思うのですが……。

遅れた準備という実態は脇におき、申請後の変更のような部分の一部「緩和」が対策として打ち出されました。

ここで、「緩和」という言葉を用いているところが曲者です。

昨今、「緩和」にはネガティブなイメージがあります。不正の温床になったといイメージが刷り込まれています。また、「緩和」によって責任は「民」にうつり、「官」は「我関せず」でいられるというイメージが伴います。

ー「厳格」すぎるという声があるから「緩和」したが、「緩和」した以上、「官」には責任はない ー

厳格すぎるから混乱しているのではなく、準備不足で混乱しているのではないでしょうか?また、そもそも、建築基準法を遵守する上での責任関係も、改正によって明確にはなってはおらず、曖昧なままに放置されています。

そうした問題点がうやむやになってしまうような巧みな言葉が選ばれていると感じました。

時をあわせるかのように、建材メーカーの耐火性能が不正に取得されていることが明らかにされています。建築基準法の改正によって煩雑になった手続きの一部は、とても脆弱な前提の上に成り立っていた無駄なものであったことになります。

とりあえず、これで規模の小さい建物については、状況が改善されるかもしれません。ただ、大規模な建築については、肝心の準備が整うまでは影響を受けたままということになるのではないかと思います。

ところで、規模の小さい住宅でも、着工できずに土地を更地のままにしておくことは、借り入れに対する金利負担などを考えると損害になります。着工が遅れることによって生じる損害に対しては、一戸建ての業者などにとっては、少なからぬ「緩和」にはなるのではないかと思います。しかし、大規模な建物を前提とした業者や関係者にとっては、なかなか厳しい状況が続くのではないかと思います。
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by gskay | 2007-10-31 12:30 | 揺れる システム
手続き違反への対応
新たに発覚した耐震偽装では、耐震性能よりも書類の改ざんが問題のようです。これは、定められた手続きに違反しているという点で適法ではありません。耐震性能が低くなくても、建築士は処分されることになるようです。

今回は、書類の改ざんは意図的であったと本人が認めています。最初に発覚した耐震偽装の元建築士を除けば、これまでの耐震偽装は、北海道の2級建築士も、アパグループの偽装に関わっていた建築士も、偽装は認めていません。書類の不備や、耐震性能の低下は、見解の相違であると主張しています。

2級建築士の場合、従事する資格があるかどうかが問われるようですが、1級建築士の補助として業務を手伝っただけだと位置付ければ、資格の有無を問わなくても良さそうな気がします。ただ、そのあたりは、名義貸しの問題になるようで、1級建築士が最終的な責任をとればいいというだけではすまされず、設計の業務は1級建築士でないと従事できないということになるようです。実際問題としては、何が補助の業務で何が設計に固有な業務なのかは、線引きが難しいと思いますが。

さて、耐震性能の低下の問題は、大変難しい問題です。再計算に再計算を重ね、慎重に判断されなくてはなりません。最初の耐震偽装において、この判断が慎重であったかは微妙です。また、閾となった数値についても異論があるようで、なぜ、あの時、あのような判断になったのかは、充分に検討しておかなくてはいけなかったことだと思います。

この計算には様々な変動しうる要素がからんでいます。そのため、計算のしかたで結果が異なってしまいます。この異なる結果をどのように合理的に評価すべきかということが問題です。

計算が下手だと、いくら強い建物を設計しても、基準をクリアできません。一方、計算を上手に行えば、高い耐震性能を証明することができます。おそらく、許された範囲で最高の数値を、様々な組み合わせの中から算出するのが、腕の見せ所なのだと思います。

その腕の見せ所で、書類の改ざんという手続き違反が行われました。しかも故意に。そこが問題になっています。

直ちに、建物の耐震性能が問題になっているわけではありません。実際、再計算によって、適法な耐震性能が確認されている物件もあるようです。また、耐震性能が低下しているとされる物件でも対応可能な程度の軽微なものもあるようです。

しかし、公共施設では、使用を中止するような反応が起こっています。この対応については、少し冷静に考えてみる必要があるように思います。使用中止には損害がともないます。その損害をどのように補償するかも問題です。

起きてしまった災害の使用中止と同じように取り扱うわけには行かないと思います。あくまで、担当者による判断による使用中止です。

また、今のところ、特定行政庁が使用の中止を命令すべき程の深刻さはないようです。だとすると、あくまで所有者として自主的に使用の見合わせを判断したにすぎないことになります。

もし、耐震性能の安全が確認されたとして、単純に使用を再開すればいいだけの問題なのでしょうか?

これは、「手続きには問題があるが、性能には問題がない」という物件に対応できるようなシステムがないための混乱です。

建築士を処断することとは別に、物件をいかに取り扱うべきかという視点が欠けています。

一旦は「適法」とされ、完成し使用されている物件への対応方法が、いまだに整備されていません。また、既存不適格が放置同然であることに比べ、この手続き違反への対応は、バランスが欠けています。

最初の耐震偽装から2年になろうとしています。しかし、こうした問題に関しては、何も学べてはいないのかもしれません。
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by gskay | 2007-10-23 13:45 | 揺れる システム
検査システムの将来
建築基準法改正にともなう様々な準備が整わないまま、施行を迎え、今日に至っています。私は、準備が間に合わないのは、能力的な問題だと思っていました。しかし、意図的である可能性もあると考えるようになりました。

建築確認は滞ったままですが、その一方で、「新たな耐震偽装」では、「住宅性能評価」制度が問題を明らかにしました。「住宅性能評価」制度の有効性を印象づけるような出来事です。

建築確認などの検査業務と、住宅性能評価は重複した部分があります。その目的や詳細については、決して同じではないと思います。しかし、現実問題として、重複しています。

もし、住宅性能評価が、建築確認などの検査業務よりも優れているならば、住宅性能評価を、建築確認などの検査業務の代替えと位置づけることが可能かもしれません。

現在、建築確認は滞っていますが、もし、住宅性能評価に建築確認の代替えを認めれば、滞っている建築確認をスキップすることができます。

完全に建築確認をスキップすることはできないでしょう。都市計画などの周囲との関係の規制をクリアしているかどうかについては、建築確認でチェックしなくてはいけないからです。しかし、個別の建物の性能については、住宅性能評価によって代替えできるように思います。住宅性能評価の仕組みは、補償の制度と一体化している点も、前向きに評価すべきかもしれません。

住宅性能評価によって、費用などの負担は増えるかもしれませんが、あてにならないばかりか、適法と判断されても何も意味がない建築確認よりは良いかもしれません。

改正された建築基準法が要求しているような建築確認は、非現実的であるばかりか、意義も少ないと思います。厳格にすると称して、煩雑さと無駄な重複を要求しています。これは、マスプロダクションの小規模の建物にとっては、あまり問題にはならないようです。しかし、マンションのような規模の大きい建物や、名大工による御屋敷などは、この建築確認に従っている限り、苦しい状況に追い込まれるでしょう。

そこで、別ルートとしての「住宅性能評価」の活用です。

これまでは、建築確認と住宅性能評価は、同じ物件に対する重複する仕組みにすぎず、無駄と考えられてきました。しかし、これを、並列した別のルートにしてしまえば、それぞれの役割に意味が出てきます。

あえて、建築確認を煩雑にしつつ、肝心の責任の曖昧さを放置しているのは、金銭的な後ろ盾をもつ住宅性能評価への移行を念頭においてのことかもしれません。

既製の型通りの建物は、建築確認。オーダーメードは、住宅性能評価。

そういう仕組みで分かれていくのではないかと思います。

これなら、名大工も生き残れるし、建築確認では評価ができない先端的な建物も建てることができます。

こうした方向性を作るために、建築基準法改正が、混乱をおり込んで考えられていたとしたら、悲しいことです。多くの関係者に様々な不利益をばらまいてしまいました。高等戦術は、犠牲が小さくないと納得は得られないものです。

最初から、「複線」にすると言っていれば、状況は全く異なるものになっていたのではないかと思います。少なくとも、経済への影響は、ずっと少なくて済んだはずです。一つの制度にこだわりすぎたのかもしれません。
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by gskay | 2007-10-18 01:00 | 揺れる システム
耐震偽装と改革の関係についてのデタラメ
耐震偽装事件やその後の混乱を考える時、前後関係が無視されがちです。前後関係を無視して、因果関係をこじつけたり、後知恵のルールを無理矢理あてはめることが当たり前になっていて、誤解や偏見だらけです。

どうも、私たちは、事実の順番よりも、発覚した順番にとらわれて、物事を考えてしまうようです。少ない情報だけを元にした暫定的な分析の不十分さや誤りから抜け出すことは難しく、思い込みにこだわり続けて、後から判明した事実を適切に組み込んで解釈することが妨げられてしまうようです。

また、断片からの理解は、断片という不完全なものであるため、無関係なものが挿入され易く、直接関係がない不満や不信の都合の良いはけ口にされててしまうことがあるようです。

それが硬直化し、修正不能になると、その事件そのものの実像を見失うだけでなく、不満や不信にもきちんと対処できなくなってしまいます。

例えば、耐震偽装事件に関連した根強い批判のパターンのひとつに、小泉改革の規制緩和との関係があります。

実際は、耐震偽装は、小泉政権よりも小泉改革よりも前にすでに発生していました。また、建築確認の民間解放も、小泉政権の前でした。

そもそも、耐震偽装の最初の見落としは、民間検査機関ではありませんでした。特定行政庁である自治体の建築主事によるものです。

また、やり玉にあがった代表的な民間検査機関であるイーホームズで問題となった件数が多かった理由は、規模が大きな検査機関で取り扱いの総件数が多かったからです。イーホームズは、ERIが業務停止になっている間に業績を伸ばしました。最初の耐震偽装事件の元建築士の物件も、ERIの業務停止にともなって、イーホームズに提出されるようになったにすぎません。

「イーホームズが甘いから」と元建築士が説明したことが、広く取り上げられました。これを、そのまま字句通りに理解してはいけません。これは、イーホームズをさしているのではなく、全建築確認をさしていたと考えるべきです。

さて、意図的かどうかは別として、目をそむけられ続けている事実があります。

民間解放によって、耐震偽装を指摘できる民間検査機関が登場したという肝心な事実です。イーホームズという民間検査機関が登場することによって、これがはじめて指摘されました。

耐震偽装は、小泉改革の負の部分で、民間解放の失敗だとされています。しかし、実際は、民間への積極的な解放により、やっと、問題を指摘できる検査機関が登場したというのが真相であり、もし、民間検査機関を育成しなければ、今でも、見落としが続いていた可能性があることに注意しなくてはいけません。

むしろ、小泉改革や民間開放が成し遂げた快挙であったと位置づけるべきではないかと思います。

小泉改革や、規制緩和、民間開放を批判するとき、耐震偽装を引き合いに出すことは、「デタラメ」です。

しかし、多くの人にとって、無理な関連付けの方が常識になっています。これは、残念なことです。

そんなデタラメにこだわらず、小泉改革や、規制緩和、民間解放の弊害は、その弊害そのものとして取り組むことが大切です。

(考えようによっては、放っておけばごまかして済むものを、表沙汰にしたというバカ正直な対応が、改革や民間解放の弊害と考えることができるのかも知れませんが……)

さて、新たな耐震偽装が発覚しましたが、これまでの常識にしばられたままです。抜け出ることは難しいことだと感じます。

また、新たな事実の微妙な前後関係や、その取り上げ方の曖昧さによって、誤解や偏見が、真相とは全く異なる方向で発展する危険を感じています。

この修正不能な方向性が、思わぬ不幸や狂気、絶望や破局へとつながるものでないことを願っています。
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by gskay | 2007-10-17 06:43 | 揺れる システム
三歩すすんで、二歩さがる
建築基準法が、耐震偽装を契機に改正されましたが、その弊害ばかりが目立っています。しかし、耐震偽装の有無にかかわらず、耐震偽装以前の体制が良かったとは言えず、旧態に戻った方がいいという考えは妥当ではないでしょう。かと言って、改正後の法律に固執するのも愚策といわざるをえません。

ところで、改正前は、供給サイドばかりに都合が良い偏ったシステムであると批判されていました。改正後に、それが改善されたかといえば、あまり高い評価はできないように思います。

ただ、改正前から、「住宅性能評価」という制度がありました。これは、品質の評価や欠陥に対する補償の面から買い手にもメリットがある制度だと期待されていました。しかし、業界にとっては負担であるし、建築確認制度がきちんと機能しているという前提にたてば、二度手間にすぎません。買い手に負担が転嫁されることにも抵抗感があったものと思われます。強いていうなら、高いレベルの品質を保証するという制度らしいのですが、あまり利用が進んでいませんでした。

ヒューザーは、この制度を利用していませんでした。このことも含め、補償が滞るという懸念が広がり、ヒューザーは破産に追い込まれることになりました。

一方で、ヒューザーの物件ではありませんが、この制度の認定を受けていたにもかかわらず耐震強度に問題がある物件が発覚しています。「評価」としての審査の能力には疑問符がつく制度でもありました。

補償制度と考えれば妥当な制度かもしれませんが、建築確認制度との併存や、検査の能力の限界からみると、中途半端な制度でした。

耐震偽装は、イーホームズが問題として取り上げたことから発覚しましたが、それがなければ、「違法建築」などというものを指摘する能力さえないのが実情でした。違法や欠陥が明らかにできないのなら、補償制度は機能しません。明らかにすることが難しいことでないなら、そもそも、欠陥も違法も生まれてきません。自己矛盾の制度です。

このため、補償制度にかこつけた集金のシステムとしてしか見なされていなかったのではないかと思います。補償制度を用意してはいたものの、まさか、それを活用することは想定していなかったのではないかとさえ思える中途半端な制度でした。

どうやら、この制度の定着や活用が、混乱収拾の到達点になるのかと思います。

最初の耐震偽装では、「住宅性能評価」による補償制度はともかく、その背景にある審査は無力であることが明らかになりました。しかし、今回の耐震偽装では、建築確認は無力のままでも、「住宅性能評価」の方は、それなりに改善していると評価できるような成果と位置づけることができます。

だったら、建築確認と重複した制度ではなく、「住宅性能評価」に一本化してしまえばいいのではないかという方向に進めたいのかもしれません。

「住宅性能評価」の理念自体は、買い手の側からみても評価すべきだと思います。ただ、その実力がともなっていなかったことが、広く受け入れられなかった原因だと思います。その実力を、今回、証明したということになります。

問題を発見した「住宅性能評価機関」が公表されていない点など、気にかかるところはたくさんあります。微妙な問題があるのかもしれません。本来は、より高い性能を評価するのが目的ですが、今回は、違法を発見してしまいました。その違法は、建築確認で見落とされたものであり、その機関との関係が問題になります。

たとえば、同じ検査機関が、建築確認で見落とし、「住宅性能評価」で発見したとなると、その機関の建築確認業務への態度が厳しく問われることになると思います。たとえ同じ検査機関でなかったとしても、やはり、建築確認の意義を疑問視せざるをえません。

そうした微妙な問題はあるものの、建築基準法改正という「三歩前進(前進が大きすぎて誰もついていけなかったというより、実質的には足踏みだけで前進してはおらず、負担と弊害ばかりが目立ったけれど)」から「二歩」さがり、「住宅性能評価」制度の定着させようというのかもしれません。これは、かつて果たせなかった「一歩前進」です。

もともと、阪神大震災以降の問題意識の中から登場し、買い手の保護も視点にいれた制度ではあったものの、業界の反対や能力の限界から広がらなかった制度です。今なら、補償の制度としても、審査の能力についても、歓迎できるのではないかと思います。

はじめからそのつもりだったとしたら、すごい高等戦術です。しかし、巻き込まれた側はたまりません。また、一国の経済に大きな影響を与えてしまった点で、大局を見誤っています。

とりあえず、改正された建築基準法による混乱からの出口はここなのかもしれないと、前のエントリを書いたあとから考えています。改正した法律をうまく軌道に乗せるのが第一でしょうが、失敗したとしても、ここに落ち着くことは簡単だと思います。
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by gskay | 2007-10-16 13:44 | 揺れる システム
新たな耐震偽装
改正前の法律ではこんな耐震偽装がされてしまうが、改正後は大丈夫。だから、改正された建築基準法に、つべこべ言うな。

新たな耐震偽装の発覚は、建築基準法改正のキャンペーンだと思います。

この論理には、問題があります。改正された建築基準法は、施行されて日が浅いばかりか、ほとんど機能していないので、耐震偽装を防げるかどうかもわかっていません。改善の効果があるかどうかはわかりません。穴がないという保証はなく、しかも、厳格すぎる分だけ、一旦見落とされたら、二度と日の目を浴びない可能性があります。にもかかかわらず、安心しろと言われても無理があります。

ただ、着工が減っていて、新しい建物が建たないので、新たな問題の発生の絶対数は減るでしょうが……。(考えようによっては、すばらしい対策です)

また、最初の偽装発覚といい、北海道のケースといい、アパといい、今回のケースといい、氷山の一角であることは明らかです。改正前の法律は信用できないと考えるべきで、改正前の建物は、全て疑ってかかる必要があります。その前提にたって、既存の建物に対して抜本的な調査や対策をとることが必要です。これは、新築を対象とした建築基準法の改正が行われたところで、解決にはなりません。住環境の安全確保は、既存の建物への対策が当面の最大の問題ですが、放置同然です。

報道については、少し理解が進んできるように思える部分があります。建築主や施工業者、元請け設計事務所を、グルだとみなして、「構図」を描いてセンセーショナルに書き立てるという報道は卒業したようです。建築に関わる責任分担を考えると、荒唐無稽。耐震偽装でヒューザーや木村建設を猛烈に追及した愚は、繰り返されないようです。(……繰り返されないで欲しいと、私は願っています)

ところで、法律の改正で、マンションも建てにくくなりましたが、地域の名大工の手による御屋敷も建てにくくなってしまいました。(ちなみに、古民家再生にあこがれを感じてきましたが、願いの実現は難しくなったか?)

マンションのような大規模な建築は、法律上の煩瑣な手続きが負担になるため、今後、住宅市場は、一戸建てが中心になるのかもしれません。その一戸建ても、手続きへの対応を考えると、マスプロダクションのメーカーのものでないと、負担が大変です。住宅供給という産業自体が、この法律改正で変わってしまいました。

住宅供給業者は、それにあわせて業態を変えなくては行けません。いかに、マンション部門から撤退し、マスプロの一戸建てで利益をあげるかが勝負です。

そういう点で、今回、建築主になっている業者については、いろいろと考えて評価しなくてはいけません。法律がさらに改正されないとすると、これが、不採算部門を切り、成長部門に集中する体制をつくるきっかけになるかもしれません。

改正された建築基準法については、ほとんど好意的な評価を聞くことができません。その逆風の中で、とりあえず、「改正していてよかったね」という雰囲気を作るために、いろいろと工夫しているのだと思います。そんな手段で乗り切れるかどうかは、現場が答えを出してくれることです。

経済統計の数値に反映されるほどの変化が予想されているのですから、甘い見通しや姑息なごまかしは危険です。
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by gskay | 2007-10-16 01:39 | 揺れる システム