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自治体の怠慢?
さすがに放置できなくなったようですが、本来、自治体の業務としているなら、技術的な判断を要する業務であるだけに、相当部分まで自治体の現場の専門家に任せる仕組みにすればよかったと思います。後から問題が出てきても、耐震偽装の騒動のようにならないように、充分な配慮をした取り締まりと対応を考えれば良かったこと。

耐震偽装の騒動で、能力不足と責任回避から辻褄のあわない対応をし、その延長でこのような大きな失政をしてしまったのだと思います。

自治体のせいにはできないことです。

国交省が方針 「怠慢自治体」指導強化 建築確認遅れ(産経新聞) - Yahoo!ニュース


10月11日8時0分配信 産経新聞

 耐震偽装問題を契機に検査を厳格化した改正建築基準法(6月施行)をめぐり、全国住宅着工戸数が大幅に落ち込んでいる問題で、国土交通省は10日、施行後の都道府県別建築確認件数を分析した結果、改善に消極的な自治体への指導を強化する方針を固めた。着工遅れには、煩雑な建築確認事務を自治体が嫌い、建築申請を受けつけないなどの怠慢で事務が滞っているとの指摘もある。国交省は怠慢な自治体をあぶり出し、今月中にもアドバイザーを派遣するなど対策を講じる考え。

 建築基準法では、建築主が、自治体か民間の確認検査機関に建築確認申請を出す決まりだ。改正後は「適合性判定機関」などの二重チェックが義務づけられたほか、申請書類が大量になり、自治体の負担は重くなった。

 建築確認件数に関して国交省は改正前、年度別の全国合計件数しか把握していなかった。しかし、改正後の影響の問題化を受け、建築確認事務の実態をつかむため、自治体と民間確認検査機関による確認件数の集計を、都道府県別や月別でも始めた。

 それによると、自治体と民間をあわせ、7月は全国計3万6355件で前年同月比39・3%減、8月が4万6071件で24・3%減と判明した。このうち、自治体分は7月38・6%減と8月32・9%減で、民間分の7月39・7%減と8月20・0%減に比べて状況の改善が進んでいなかった。

 同省は全国平均減少率などとも照合し、各自治体の取り組み状況を分析。「劣っている」とされる自治体に新設の建築基準法アドバイザーを派遣し、施行の円滑化に向けて指導を行う方針だ。

自治体には、「だったら、とりあえず建築確認を出してしまえ!」という判断も可能です。どっちみち、技術的な限界から、確実などということはありえないのですから。よくわからないが、とりあえずやってみる。問題を指摘されなければ、よし。これは、問題の元建築士の発想と変わらないレベルですが、このような対応をしても、多分、平気です。

取り締まりらしい取り締まりはありません。また、問題をみつけて何とかしようとしてしまうイーホームズは、すでに退場させてあるので大丈夫です。また、要は、一番最初に見つからなければいいというのは、耐震偽装の教訓に他ならないのですから……。

しかし、それではまずいので、国土交通省に、「本気で抗議する」というのが、もっともふさわしいやり方ではないかと思います。ただ、技術的には、都道府県レベルでも、国土交通省やその関連機関の文書をひな形にして、コピー・アンド・ペーストしか出来ないというのも、耐震偽装に関連して出された文書から明らかになっています。

技術的に議論で太刀打ちできないとなると、国と地方公共団体との関係を問う議論になります。地方公共団体は、国の出先機関ではなくなっています。このあたりに対する国土交通省の認識は、少し鈍いような気がします。おそらく、補助金などを握っているという点から強気になれるのではないかと思います。

抵抗しても損するだけかもしれません。だったら、建築主事をおく市では、地域経済の活性化のために、積極的に建築確認を出すという裏技も、今なら可能です。

何しろ、GDPを押し下げる効果があるほどの、完璧な失政。

多少大胆でも、しっかりと筋が通る形であれば、批判よりも歓迎がまさる可能性さえあります。

このような対応は、民間検査機関には許されないことだと思いますが、何しろ、耐震偽装においても、特定行政庁に対しては、国からもマスコミからも「世論とやら」からも、民間検査機関に向けられたような厳しい批判はおこらなかったので、大丈夫。

ところで、国土交通省は、焦っていると思います。大臣が連立する政党から出ていることもあってか、政府全体の対応は遠慮がちです。

しかし、GDPを下げるという事態に至っては、経済産業省はもとより、税収のそろばんをはじく財務省もだまっていないと思います。仕事に困った人が増えてしまうと、厚生労働省の負担が増えます。自治体を管轄する総務省も。

耐震偽装の初期の対応を間違えてしまったために、不適切な建築基準法の改正が行われましたが、いまや、耐震偽装をはなれ、この不適切な建築基準法は、一人歩きをして猛威を振るっています。

本来は、耐震偽装の初期には、安全に対するパニックをいかに沈静化するかということが必要でした。災害と違法建築を取り違えた対応が、災害への対応も任務としているはずの省庁とは思えないほど稚拙でした。

また、冷静に、関係者の責任関係を整理するべきでした。費用もかかり、金融機関などの強力も必要なので、他省庁や自治体の協力を受けながら検討すべきでした。

何にこだわったのか、それができなかったために、このような失政につながってしまったのだと思います。

せめて、もう少しましな法律になっていれば良かったのに……。それほどまでに、官僚のレベルが落ちてしまっているのだとしたら、恐ろしい事態です。

経済に深刻な影響を与えている今回の建築基準法を改正は、将来、様々な教科書に取り上げられることになるような興味深いケースを提供してくれていると思います。

この改正のきっかけは、耐震偽装だったかもしれませんが、もはや、「もとはといえば……」などと言っていられる状況ではありません。耐震偽装の詳細は忘れられても、この建築基準法の改正の影響については、歴史的な出来事として残るのではないかと思います。
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by gskay | 2007-10-11 13:39 | 揺れる システム
負担や苦痛と責任
無駄なものは、いくら積み重ねても無駄です。無意味なものは無意味で、無効なものは無効です。無理なものは、無理。

「審査が緩やかだった」ということについては、そういう側面もあるかもしれませんが、それよりも既存の方式の限界をこえていて、抜本的に見直さなくてはいけないはずでした。

しかし、結局、既存の方式にしがみつき、負担を増やして頑張ることになってしまいました。見当違いな負担と苦痛を強いられています。

スポーツのトレーニングでは、適切で効果的なトレーニングを取り入れることが必要です。なのに、うまく行かなかったからと、同じトレーニングを増やしただけでは、次もダメです。単なる自己満足で、むしろ、故障の原因になります。せいぜい、お仕置きの意味しかありません。

苦痛の先に、希望があればいいのですが、ダメなものはダメでしょう。

むしろ、無駄な苦痛を取り除く工夫こそ必要です。

改正建築基準法:自民党の国土交通部会、国交相に申し入れ - 毎日jp(毎日新聞)


 耐震データ偽造事件を受けた建築基準法の厳格化の影響で新設住宅着工戸数が大幅に落ち込んでいる問題で、自民党の国土交通部会は4日、事態の早急な改善を求め、冬柴鉄三国土交通相に申し入れ書を提出した。

 改正建築基準法の審査基準の解釈が自治体や確認検査機関、建築士などの間で解釈が分かれていたり、細かな変更でも審査をやり直すため審査料が増え、手続きが必要以上に滞るなど、問題点が指摘されている。このため、関係者間の情報共有や習熟者による研修会、申請手数料や計画変更の取り扱いを現場の実情に沿った対応に改めるよう求めた。

 これに対し、冬柴国交相は対応の円滑化を図る考えを示したが、「審査が緩やかだったために耐震偽装事件は起きたのであり、(改正で)責任を明確にした」と述べ、改正法の条件緩和には難色を示した。【辻本貴洋】

毎日新聞 2007年10月4日 20時44分

引用の記事では、審査の緩やかさが問題だったとしていますが、問題は、方式の陳腐化にあります。陳腐になった方式を積み重ねても解決にはつながりません。単に負担が増え、無駄なコストを上昇させるだけです。

この無駄なコストを、「安かろう悪かろう」への反省にこじつけて、無理矢理肯定しようという意見もあるようですが、それは間違いです。

また、責任は、明確になっていません。これは、大臣の勘違いです。

負担を増やしただけで、責任は明らかになっていません。むしろ、責任を明記せず、関与する関係者を増やしただけです。より責任が不明確になったことが明確になっています。

結果として、問題が発生しなければ、責任問題も発生しないでしょう。そうであれば、責任が曖昧であることは問題にならずにすみます。しかし、このやり方に、それは期待できません。

責任については、司法の判断が法律の曖昧さを少しづつ埋めているのが現状です。

負担や苦痛が増えると、何となく頑張っているように感じて、好意的な評価をしてしまいがちです。また、それに口をはさむことが、はばかられることもあります。しかし、目標を見失った無責任な体制が惰性で続いてるだけということがしばしばです。
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by gskay | 2007-10-10 20:58 | 揺れる システム
中央官庁による告発
社会保険庁の不始末問題は、自治体の職員の着服事件に発展(変質?)しているようですが、厚生労働大臣の強硬な姿勢が注目されているようです。

社会保険庁および厚生労働省のだらしないところが明らかになった事件ですが、いくら社会保険庁および厚生労働省がだらしないからといって、自治体職員の問題を看過することはできないと思います。

いい加減な制度を設計した中央官庁には反省が必要ですが、そのことと、地方自治体を監督することは別の問題です。監督という権限まで、いい加減にしてはいけません。ここで、しっかりとして欲しいと思います。

このあたりの事情については、耐震偽装では、うやむやになりました。民間検査機関について行われた処分に比べると、耐震偽装を初期に許した特定行政庁の処分については均衡を失しているように思われます。

「官から民へ」に対する批判に対応するような形になっていますが、おかげで、例の見逃しが「官」ではじまったということは誤摩化されてしまいました。もし、耐震偽装でも、特定行政庁の責任を厳しく問題にしていたなら、「『官から民へ』への弊害だった」などという妄想は、少しはおさえられたかもしれません。

ただ、似たような背景をもっているようにも見えますが、保険金の問題と、耐震偽装では大きく異なる点があります。耐震偽装の処分は、行政上の処分の範囲にとどまります。耐震偽装における処分については、行政の範囲内で行っているために、このような処分にとどまったと考えることもできるのではないかと思います。

しかし、保険金の方は、当然、刑事上の処分を司法に委ねなくては行けない問題です。

ところで、問題になっている業務は、いずれも、国が定めた業務を地方に押し付けている業務です。このうち、民間への移行が多少でも進んでいた業務では、少なくとも民間については、厳しい処分を行うことができました。監督や取り締まりの機能が、多くの問題を抱えているとはいえ、機能したのだと思います。

しかし、全く民間への移行を進めていなかった業務については、監督の機能さえ、様々な抵抗にぶつかっています。加えて、民間への移行を部分的に進めてきた業務では、民間にひきかえ、自治体に対する監督や取り締まりが不十分ということも明らかになりました。

本当に、公務員が担当しなくてはいけない仕事なのでしょうか?また、地方自治体の業務として適切な業務なのでしょうか?

監督や取り締まりの都合の上でも、いたずらに、地方自治体の業務として放置すべき業務ではないように思われます。

これは、国が作る制度の実施方法や、地方自治体のあり方を問うことにもつながる重要な問題だと思います。

もちろん、問題そのもの、つまり、着服や記録の問題や、耐震偽装や建築確認制度そのものと問題も大切ですが、根本にある問題のひとつとして、国と地方の役割の問題を解決する必要があると思います。

これは、「官僚の裁量」という不気味な権限に通ずる部分もあり、重大だと思います。
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by gskay | 2007-10-08 11:58 | 揺れる システム
特定行政庁と地方議会
さすがに、「お互いに」要領をえたのか、改正による混乱を克服して、着工戸数が増えているという話もあります。しかし、それは、一戸建てや低層の建物。規模が大きいマンションは、いまだに低調だということです。

改正に対応できない申請者のお粗末さを非難する意見もあります。そんなことだから、まともな建物が建たないのだと……。そんな業者や建築士は淘汰されてしまえ?

私は、申請者の問題ではないと考えています。

ところで、民間の検査機関が弱気になって、申請に前向きに対応できないことは仕方がないと思います。しかし、特定行政庁が対応できないのは、許しがたいことだと思います。

民間検査機関では、民間の企業であるだけに、円滑で迅速な対応や、様々な付加的なサービスが期待できますが、機関側が無理だと判断したなら、受け付けない自由があると思います。経営上の理由で、リスクを負わないということが許されると思います。

それに対し、特定行政庁は、たとえギリギリまで時間を使おうときちんと処理しなくてはいけないのではないかと思います。

民間検査機関の場合、株主などの監視があるように、特定行政庁の場合、議会による監視があると思います。議会は、この状況をどのように考えているのでしょうか?

地方議会の議員は、その地方の業者が追い込まれている状況や、住宅の購入者や建築主の不満に耳を傾ける機会があると思います。その不満を議会に反映させることは難しいのでしょうか?

ところで、国が定めた業務ではありますが、特定行政庁という地方公共団体の事務であり、不都合は、地方公共団体がかぶらなければ行けない問題ではないかと思います。不利益を補償する必要があり、その主体は、地方自治体なのではないかと思います。

国と地方の間の責任分担が曖昧です。そのことを、それぞれの自治体はきちんと認識し、しかるべき立場を見いださなくてはいけないと思います。これには、業務にあたっている現場の担当者以上に、議員が敏感でなくてはいけないと思います。
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by gskay | 2007-09-30 13:44 | 揺れる システム
建築基準法改正の目的?
建築基準法の改正が建築業界を混乱させているようです。我が国の経済における建築の比重を考えると、この影響は甚大なものになるようです。実際の災害がおこってしまうことに比べれば、この程度の影響を問題視すべきではないのかもしれませんが……。

考えようによっては、建物がなければ、災害があっても建物への被害はありません。建物を建てさえしなければ、建築の過程での不正も起こりません。災害での建物への被害を減らし、建築の過程での不正を減らすには、とても効果的な法改正です。

しかし、これは、間違いです。失政というのは、こういうことを言うのだと思います。

内容をみれば、申請や審査を「厳格」にするという建前は、煩雑さや重複にすり替えられてしまいました。

コンピューター化への取り組みは、ほとんど考慮されていないのではないかと思われます。

新しく開発された先端技術の導入についても、全く前向きではありません。

ひょっとしたら、新しい建物を建てさせないという画期的な目的をもった政策なのかもしれません。スクラップ・アンド・ビルドに依存した仕組みを抜本的に見直した大胆な方針なのかもしれません。

新しい建物を建てることを困難にしてしまえば、既存の建物を壊して建て直すことはできません。新築できない以上、無理矢理にでも古い建物を長く使わなくてはならなくなります。これで、建物の寿命を一気に延ばすことができます。また、建築関係者の数も減らし、経済が建築に依存する程度を減らすことができます。

そのような目的だったとしたら、本当に大胆です。

すこし、エコかな?

性能が劣ることについては、「既存不適格」ということで放っておけばよいことです。下手に性能をチェックして低い性能が確認されてしまうと大変なことになることは、耐震偽装を通じて、みんなが知っていることです。

既得権益が縮小しない方向に進むのが普通だと思っていました。しかし、これは、既得権益を根刮ぎ破壊してしまうような政策です。

失政でないとしたら、革命的なすごい政策だと思います。
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by gskay | 2007-09-29 23:37 | 揺れる システム
戦後レジームの弊害としての耐震偽装
官僚の裁量が放置されていても、問題さえ発生しなければ、こんなことを気に懸ける必要はなかったと思います。もっとも、私などが気付くような表面的な問題の有無にかかわらず、政治家の一部や学者の一部からは、とっくの昔に問題が指摘されていたことですが……。

官僚機構には格別に優秀な人材が結集しています。何もなければ、その根拠はともかく、信頼し、依存し続けることができたかもしれません。今は、それが出来なくなっていると思います。

ところで、耐震偽装をひきおこすことになった建築のシステムをさかのぼると、現在の制度の原点は、田中角栄の議員立法にさかのぼるようです。建築技術者としての田中角栄が手がけた法律体系ということもできそうです。建築基準法をはじめとした建築関係の法律は、その後、度重なる改正を経て、今日にいたります。一連の改正には、耐震偽装の元凶になった変更も含まれています。

もし、若き日の田中角栄が健在であったら、こんなにいびつな制度にはならなかったのではないかと思います。田中角栄自身は、官僚に相当な部分までを任せていても、完全に官僚任せにすることはなかったように思われます。単に、他人任せにできない性格だっただけかもしれませんが……。

田中角栄本人でなくても、第二、第三の田中角栄が現れていれば、少なくとも、建築の制度については、政治家主導で変えていくことができたと思います。きちんと修正できる政治家がいてくれれば、それが可能な余地はあったと思います。

しかし、歴史の流れはそうはなりませんでした。きちんと制度を構想することができ、かつ官僚を掌握することができる政治家が続かなかったのか、結局、制度は官僚の主導になりました。そして、官僚主導のシステムに、政治家が添え物として便乗しているというシステムになってしまいました。これが、田中型の利権のシステムとして認識されるシステムではないかと思います。

田中角栄は、政治家主導を実践してみせはしたものの、官僚の無制限の裁量という問題には、踏み込んだわけではありません。おそらく、彼の個人の才能が、官僚の無制限の裁量さえも超越していたのだと思います。

あいにく、以後の政治家は、田中角栄のような才能を持ち合わせてはおらず、中途半端な形で利権に関わるようになり、官僚の言いなりになりながら、利権を複雑で肥大化したものにしてしまいました。

表面的には、利権のシステムを「戦後レジーム」とみなすことができると思います。しかし、この利権に潜む不公正さとは別の問題として、システムが陳腐になって、耐震偽装に象徴されるような機能不全をおこしているということを見過ごしてはなりません。

田中角栄が構想した建築のシステムは、復興期の日本の建築を、性能的に向上させようという趣旨が含まれていたと思われます。しかし、いつの間にか、全く異なった統制の仕組みに変質してしまいました。その統制の根幹は、さも、技術的、科学的な合理性を持ち合わせているかのようにみえますが、実際は、技術の進歩から取り残された官僚の場当たり的で恣意的な裁量にすぎなかったというのが、耐震偽装に象徴される建築のシステムの問題点です。

耐震性能の評価方法については、国土交通省が科学的には的確とは言いがたい方針を出してしまっていたようです。辻褄あわせに困ることがいっぱいです。偽装の温床になったコンピューターソフトの問題については、大臣認定というものの意義をみごとに貶めてしまいました。いずれも、きちんと技術を理解した上で判断すべきところを、おろそかにしていると思います。

そんな杜撰なシステムであっても、とても強い縛りのあるシステムになっています。杜撰さが明らかになればなるほど、縛りが強い制度になってしまっているように思われます。性能向上をめざすという建前があるために、誰もが遵守せざるをえませんが、その中身の的確さも議論の余地があり、手続きについても疑問が残るシステムになってしまっています。そして、とりわけ曖昧なのが、その縛りの主体の責任です。

官僚主導によって判断された内容は、官僚によって判断されたゆえに、正しいものだと認識されて来ました。官僚が無謬であるという前提が不可侵なら、それに従うことができました。しかし、官僚が無謬などというのは幻想です。実際、建築については、杜撰なシステムしか構築されていませんでした。

これが明らかになったとしても、責任を率直に認めることができないのが、官僚のシステムです。そもそもの権力の根拠が曖昧であるため、けっして間違うことが許されません。間違ったらそこでおしまいだからです。それゆえに、単に法令を遵守していた関係者に、無理のある責任を押し付けたり、歪曲したり、隠蔽したりすることが必要になるのではないかと想像しています。

今、官僚が、自らの失策を認めて責任を取る方法は、権限を本来の国民の代表に譲ることです。しかし、それは自己否定でもあります。このため、その発想がなく、権限に執着し、あたかも無謬を装い続け、誤摩化し続けています。

耐震偽装をおかした元建築士を通して関係者のモラルや、業界の風土の問題がクローズアップされました。しかし、官僚制度の問題点は、それほど大きくは取り上げられなかったのではないかと思います。見事なまでに。

また、しばしば、政治の責任が追及されますが、国民の代表である政治家には、直接の責任はないように思います。あくまで、官僚システムが問題です。ただ、そのような官僚システムを放置した責任はあると思います。この点については、政治家の自覚次第です。国民の代表としての権限で、しっかりとしたシステムを再構築して欲しいと願っています。その再構築の作業が、「戦後レジームからの脱却」だと思います。

敗戦後に憲法が制定されたいきさつとか、憲法9条の問題も、大切な問題かもしれません。しかし、その前の問題として、「主権在民」も確立されていなければ、国権の最高機関である国会の権限も確立していないという問題があります。この問題に対しては、官僚システムの一人歩きを止めることが、まず必要です。

「戦後レジームからの脱却」は、国民の代表が、耐震偽装をはじめとする今日の様々な問題の温床になっている官僚の裁量を取り上げるところからはじまると思います。国民の代表もまともな解決策を見つけることはできないかもしれませんが、国民の批判をもろに受ける政治家の責任が明らかなだけ、今よりも良いと思います。

また、官僚の裁量にメスを入れることで、利権のあり方も変わると思います。表面に現れる利権と、いたちごっこを続けても意味はありません。利権が問題となる根には、国民にとって直接の存在とはいえない官僚の裁量に基づくシステムがあるために、利権が不公正であるばかりか、無責任に無駄にいびつに増殖してしまうのだと思います。

もし、国民の代表が自らの責任で権益の配分を国会で決めることができるのであれば、それは、代表による決定であるという正当性が根拠になります。もしそれが不公正であるなら、次の選挙で審判することができます。

ところで、建築のシステムの問題については、若き日の田中角栄だったら、もっと別の対応を考えていただろうと思います。彼は、当時の最新の技術的な事情に精通しており、未来を構想することができた人物でした。その点で、当時の官僚を凌駕していました。

現在にあてはめるなら、我が国の官僚がもっとも苦手としながら、なぜか大量の予算を無駄に投入しているITを利用し、とっくの昔にシステムを改変し、耐震偽装などを起こさせることもなかったと思います。

けっして審査を硬直化させて、厳格になったように見せかけるようなことはしなかったと思います。官僚にとって責任を回避できて都合が良いなどということは、全く重要なことではありません。建築に関係する人に都合がよく、よりよい性能が確保できるような仕組みを構想したと思います。

自動車にも、テレビ放送にも真っ先に飛びついた田中角栄なら、さっさと紙から卒業し、申請や審査を双方向性にして、迅速で的確な制度を作っていたのではないかと想像します。

翻って、今の政治家にそれができるかと問われると、苦しいものがあります。正当な権限を持つべき存在だとは思いますが、官僚に勝っているというわけではありません。

さて、田中角栄は、官僚の裁量については、おそらく、政治家と対立するようなものだと
認識していなかったのではないかと思います。それは、彼の流れをくむ政治家の性格を決め、彼らが利権に対し「上手」にふるまう背景になったと思います。ただ、田中角栄個人は、官僚を凌駕する才能の持ち主で、官僚の裁量さえ道具とできたという特殊な条件ありました。そこが、他の政治家と異なるところです。田中角栄は、あまりに優れた才能を持っていたがゆえに、参考にはできないように思います。

結局、田中角栄を除けば、たいていの政治家は、官僚の風下に立つか、官僚と対立するか、それとも何もしないかしか、選択肢がありません。田中角栄のように官僚を風上からコントロールするというのは至難の技です。

このため、田中角栄型政治は、官僚の裁量を放置し、不公正な利権のシステムとデタラメな官僚支配という負の側面を残したといわざるを得ない状況となっていると思います。「戦後レジームからの脱却」では、中途半端に放置された主権在民を確立するために、まず、官僚の裁量に大鉈をふるう必要があります。それは、この田中角栄型政治の負の側面の克服でもあると思います。
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by gskay | 2007-08-04 13:29 | 揺れる システム
大臣認定プログラムと適法性
耐震偽装の鍵は、大臣認定プログラムのデタラメな運用だと思います。元建築士がしたことは、耐震性能が足りないかも知れないという建物を残しましたが、本人が「悪意は無く、設計についての発想の問題だ!」と言い張れば、全く展開は異なっていたと思います。

元建築士については、構造設計を熟知した上で偽装に手を染めた訳ではないと、私は考えています。まともに計算する能力はないが、プログラムを使う事で、何となく形になったものを出す事が出来たというレベルで、辻褄があわないところを、いい加減な数値で誤摩化していたというのが真相だと、私は思っています。

彼のしたこと全てが、耐震性能の不足に直結しているわけではありません。過剰性能もあるようです。単に能力に問題があっただけだと思います。

能力がなくても仕事ができてしまう仕組みを、現在の構造設計や大臣認定プログラムは孕んでいます。

彼は、あたかも構造設計の達人であるかのようにふるまい、ふるまい続けました。ふるまい続けることができたばかりか、多くの人が、そんな彼の話をまじめに聞いて取り上げています。そのくらい、構造設計や大臣認定プログラムは、肝心なところが隠されたブラックボックスの中にあるのだと思います。

構造設計やプログラムに詳しい人からみれば、実にバカバカしいことのようです。

少なくとも、大臣認定プログラムは、不正な数値を入れて計算できないように設計されるべきです。しかし、汎用性を高め利便性を高めると称して、不正な数値の入力が可能になっているとのこと。これは、日本と異なる基準の国の建物を設計する上で便利なのだそうです。専門家が問題視しているポイントです。

日本の建築基準への「適法性」を確保するためのプログラムだという前提が置き去りにされています。その問題には、誰も気付かなかったのでしょうか?

もし、そのような不正な手続きで認定プログラムを使うことができるとしたら、認定プログラム以外の方法と何ら変わらず、しかるべき審査が必要なはずでした。しかし、「認定」があるばかりに、その審査の対象外。適法性を保証するプログラムであるがために、その結果はすでに適法とみなされたようです。

プログラムの違いや、計算手法の違いで結果は異なるものの、このプログラムを使っている限り、「適法」なはずでした。実際は、不正な数値を入力できたけれど……。その不正な数値を入力できる所まで、適法だと考えるべきだったのかもしれません。不正な数値の入力も、「設計の発想」と言い張れば、言い張れるような仕組みだったのです。

元建築士は、「きちんと見ていればわかる」と主張していますが、元建築士は、構造計算に疎いばかりか、建築確認のプロセスや大臣認定プログラムの仕組みにも疎かったのだろうと思います。にもかかわらず、この件も、イーホームズをはじめとする検査側の主張より、元建築士の主張が広く受け入れられているように思います。

私も、大臣認定プログラムという制度設計のずさんさを知るまで、検査機関の怠慢が問題ではないかと考えていました。しかし、検査の担当者に責任をなすり付けることで解決するような、そんな浅薄な問題ではないようです。

なぜ、「適法」と判断する事ができるのかということを真剣に問わなくてはいけないと思います。それは、逆に「違法」を指摘する根拠にもなるように思われます。そこが、全く論じられずに、ここまで来てしまったようです。

大臣認定プログラムと検査の関係がいい加減で、どのような根拠で「適法」という確認がなされるのかということが曖昧です。その「適法」の効力がどのようなものであるのかも曖昧なままです。また、発覚した問題に対しても、しっかりとした検証なしでいい加減な対応が行われ混乱してしまいました。

その曖昧さやいい加減さの根幹には、官僚の裁量があり、「御上のお気持ちひとつ」という仕組みがあるのではないかと思います。

もし、その「御上」の対応が適切であったなら、悪影響は最小限に抑えられたと思います。そうであれば、それ自体は、歓迎すべき事かもしれません。

ただ、この耐震偽装での「御上」の対応が適切であったのかどうかはわかりません。悪いとも言えないし、もちろん良いとも言えません。なぜなら、そこも検証していないのですから。

聞けば、建築確認申請の現場は、法改正によって混乱しているとのこと。肝心の大臣認定プログラムについても、何だかわからない状況です。

そうだろうなと思います。きちんと検証せずに、小手先の対応をしているのですから。むしろ、きちんと検証することに背をむけているのではないかとさえ感じられます。
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by gskay | 2007-07-13 00:41 | 揺れる システム
価格
価格が購入の動機ではないものの、「安い」と吹き込まれていたので、安いものを買ったのだと信じていました。

それでも、周りのマンションの価格をみて、何となく腑におちないと考えていましたが、自分で詳しく調べていませんでした。

今さらかもしれませんが、次のような記事がありました。

価格でマンションの質は見抜けない〜ヒューザー物件は「安物買いの銭失い」だったのか? (マンションに住んで幸せになろう):NBonline(日経ビジネス オンライン)

意外でした。同じ地域の同じような規模のマンションに限定したことで、明らかになった事実だと思います。

価格がどうかという話はともかく、この記事が主張するように、価格で品質を測るのは無意味のようで、品質を確かめる手段など、買い手にはないという実情が重要だと思います。
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by gskay | 2007-04-03 16:40 | 揺れる システム
耐震偽装が騒動となるきっかけ
昨日のエントリで取り上げた福岡県篠栗町の分譲マンションの方が、姉歯元建築士の耐震偽装事件よりも早く問題になっていました。そればかりか、姉歯元建築士の建物の場合、指摘されてはじめてわかる程度の不都合しか無く、住民や所有者には寝耳に水だったのに対し、篠栗町の分譲マンションでは、いろいろと不都合があったようで、より深刻だったのではないかと思います。しかし、世間の注目は、姉歯元建築士の耐震偽装のようには高まらず、放置されてしまいました。

設計業者と施工業者の責任のなすり付け合いや、住民にとっては誠実とは感じられない売り主の対応に翻弄されていたのではないかと想像します。施工を主に問題視していたのかもしれません。また、民民の問題としてしか考えておらず、建築確認や検査は、眼中になかったのではないかと思います。

詳しいことはわかりませんが、違法な性能しか持たない建物が、建築確認や検査をパスして適法な手続きのもとに建てられ、分譲されてしまったという点では、姉歯元建築士の耐震偽装と変わらないのではないかと思います。ただ、施工の問題が、姉歯元建築士のケースに比べ比重が多いのかもしれません。設計レベルであれば、図面の上でチェックができますが、施工の問題について明らかにすることは、難しいのではないかと思います。

福岡県篠栗町の分譲マンションの場合も、第一次耐震偽装騒動に劣らぬ重大な事件であったと思います。しかし、問題が複合的で、単純ではなく、論点も争点も多岐にわたる点や、住民が立ち上がることで、はじめて問題が明るみに出たという経緯は、耐震偽装騒動とは大きく異なるところではないかと思います。

一方、姉歯元建築士の耐震偽装は、検査機関の指摘によって表面化しました。また、問題は、施工ではなく、単純に設計の問題であると認識されました。単純な問題として整理されていた上に、検査機関が関与したことで、耐震偽装があのような騒動に発展したのではないかと思います。

耐震偽装発覚の詳細な経緯には、いろいろなエピソードがあるようですが、それはともかく、最初に問題に対して立ち上がったのが、検査機関であったということを、あらためて評価すべきではないかと思います。しかも、「独立系」を旗印にする検査機関でした。

篠栗町の分譲マンションとは異なり、第一次耐震偽装では、建物を使用する分には、不都合らしい不都合がなかったので、おそらく、検査機関が動かなければ、放置されていたのではないかと思います。住民も所有者も、気付かなかったのではないかと思います。

ところが、検査機関が問題に気付き、動き出した。

検査機関が問題に気付いて動き出したということが、耐震偽装が重大事件に発展するきっかけになったと思います。

結局のところ、耐震偽装については、どの特定行政庁の建築主事も、見逃していました。他の民間検査機関も同様です。そして、業界最大手の機関にいたっては、告発があったのに、問題として取り上げるという判断を下せなかったと伝えられています。

これに比べ、イーホームズは、偽装を見逃したかもしれないが、問題に気付き、重大性も理解でき、実際の行動に移したという点で評価すべき点が多いと、今更ながら思います。

それにひきかえ、特定行政庁や他の検査機関、とりわけ最大手の機関は……。

福岡県篠栗町の分譲マンションの建築確認や検査をどこが行ったのかは知りませんが、特定行政庁も検査を行った機関も問題を指摘できず、住民に実際の不都合が出てから問題が明らかになっています。このケースで、特定行政庁や検査機関が動いていれば、展開は大きく変わっており、その後の耐震偽装騒動にも影響を与えていたのではないかと想像します。

あらためて、イーホームズを評価したいと思います。実際の不都合が生じる前に、検査機関が問題を指摘したという画期的なはじめての事例になっていると思います。

そうは言っても、このようなこじれ方になっていることを納得するわけにはいきません。もっと視野を拡げて、明らかにしていくべきことがたくさんあるように思います。
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by gskay | 2007-02-27 14:43 | 揺れる システム
耐震偽装騒動以前
これは、耐震偽装以前から問題になっていたケースについての報道ではないかと思います。


Yahoo!ニュース - 西日本新聞 - 篠栗建て替え訴訟 マンションの耐震強度半分 福岡地裁鑑定人調査


篠栗建て替え訴訟 マンションの耐震強度半分 福岡地裁鑑定人調査

2月23日10時8分配信 西日本新聞

 福岡県篠栗町の分譲マンション(11階建て)の管理組合が、設計ミスで建物の強度が確保されていないとして、福岡市の販売会社など3社に建て直しを求めている訴訟(請求総額約10億8000万円)で、福岡地裁が任命した鑑定人(一級建築士)が調べた結果、強度が建築基準法施行令で定める半分程度しかないことが22日、分かった。

 組合側が記者会見して明らかにしたもので、震度6強の横揺れに対する強度を示す保有水平耐力は、施行令基準値(1、0)の半分の0、5しかなく、販売会社側の「基準値を満たしている」とする主張を覆す内容になったという。

 国土交通省は一昨年11月、強度が1‐0、5の物件を補修対象、0、5未満のものは解体対象とする指標を提示した。今後の訴訟では、建て直しか一部補修か、基準値を満たすための手段が争点となりそうだ。


=2007/02/23付 西日本新聞朝刊=



耐震計算偽造:篠栗町・マンション建て替え訴訟 鑑定で原告主張を裏付け /福岡:MSN毎日インタラクティブ


耐震計算偽造:篠栗町・マンション建て替え訴訟 鑑定で原告主張を裏付け /福岡

 ◇「構造計算、不適切」

 篠栗町の分譲マンション「エイルヴィラツインコートシティ門松駅前イーストサイド」の管理組合が、販売主の作州商事(福岡市)などに建て替え費用支払いなどを求めた訴訟で22日、福岡地裁(須田啓之裁判長)による構造計算の鑑定結果が明らかになった。

 住民側の弁護士によると、鑑定は裁判所が福岡市の一級建築士を選任して実施。耐震強度は「基準値1・0」に対し、住民側が主張する「0・85」より低い「0・5」だった。建築申請時の構造計算については「建物の加重が極端に少なく、適切な計算とは言い難い」と指摘した。住民側は「設計や施工のミスが裏付けられた。鑑定結果を基に補修案を検討していく」としている。

〔福岡都市圏版〕

毎日新聞 2007年2月23日


この件の耐震性能の不足の原因は、構造計算の「ミス」なのだそうです。「偽装」とは、違うらしい……。

さらに施工の問題が加わっているということのようです。

業者の間で、設計ミスか、施工ミスかというレベルで責任のなすり付け合いをしているケースとして、耐震偽装騒動以前から問題になっていたケースだったと記憶しています。

マンションごと建て替え事件(幸田雅弘)をみると、その経緯がわかります。

ここでは、建築確認制度の問題は取り上げていないようです。また、連帯責任のあり方を問うという方針でもないようです。どちらも、やりにくい裁判なので、それは目指さないのだと思います。

この「0.5」のインパクトをどのように受け止めて対処すべきか難しいと思います。設計だけで、0.5以下なら、うちと同じ扱い?処分があったり、対処が行われたりするのでしょうか?といっても、特定行政庁などの判断は、それぞれの物件毎に異なるので、直ちに退去、使用禁止ということも、もはや、無いだろうとは思いますが……。

ややこしいのは、設計段階で0.85で、施工の問題が加わって0.5という場合。誰が、どのような責任を負うのか、複雑すぎます。とりあえず、売り主の瑕疵担保責任はともかくとして、不法行為はあるものの、設計や施工がどのような割合で責任を負うべきか単純に割り出すことは困難でしょう。

耐震偽装が騒動に発展したのは、単純だったからなのかもしれません。

この篠栗のケースが適切に対処されていたり、少なくとも大きな問題だとして取り上げられていれば、第一次耐震偽装騒動は、大した騒動にならなかったかも知れないと思います。また、発覚直前まで、姉歯元建築士がおろかな行為を続けることも無かったのかも知れません。
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by gskay | 2007-02-26 16:39 | 揺れる システム