カテゴリ:メディアの狂騒( 38 )
起訴相当
検察審査会の議決により、与党の元代表が政治資金規正法で起訴されることが確実のようですが、有罪になるのは難しいだろうと思います。すでに、問題とされている件については、追及側がお手上げ状態です。せめて、何か別件の攻めやすい問題があれば、そこでお茶を濁すことも出来ると思いますが、すでに徹底した取り調べが行われ、そういう事情はみつかっていないようです。そもそも、この事件自体が、「別件」だという話もあるくらいですし……。加えて、かなり詳細に、本人がいろいろなところで説明していて、そこには破綻がないように思えます。

「説明不足」と非難されているようですが、そういう非難をする人は、はじめから聞く耳をもたない人たちか、情報が入らない状況の人たちだと思います。聞く耳をもたない人たちには、いくら説明しても、納得は得られないものなので、闘うしかありません。情報が入らない状況の人たちには、機会を見つけて説明すべきだと思います。残念ながら、報道は、その機会を奪う側に立っているようであり、現実的には、その手だてはほとんどありません。

今後、裁判に様々なことが上がってくると思いますが、マスコミ報道は、断片的で、大事なことが抜けていることが多いようです。これは、記者が法廷できちんと取材をしていないからだと言われています。じっくりと法廷でのやりとりを聞いて記事を書く余裕は、大きなマスコミの記者には与えられていないからだと思います。その結果、安直な報道になりがちなのではないかと思います。裁判を通じて、真相が明らかになっても、それが、人々に伝わるかと言えば、疑問です。

ところで、起訴は、検察が行うのではなく、地方裁判所が指定する弁護士によって行われるということですが、費用はどうなっているのかと思います。追及側に決め手がかける裁判であり、決着をつけるのが簡単ではなく、無用に長引くということも考えられると思います。

一方、起訴された側は、無罪になるとしても、その期間を取り戻すことはできません。そういう意味では、起訴だけで、政治家への打撃は充分なインパクトがあります。長引かせないようにしたいと考えているのではないかと思います。

政治家としては、このような状況にまきこまれないことが大事で、正しいかどうかや、真実がどうかというレベルの問題ではないと思います。

問題の中身をみると、帳簿の記載の問題であり、土地の種目変更が伴っている点をどのように克服するのか興味深いと思います。私は、無理ではないかと思います。また、借り入れの妥当性も、いいがかりのレベルだと思います。これらは、すでに起訴されている元秘書たちについても言えることのように思えます。

取り調べの供述内容が信頼できるかどうかとか、二転三転しているということが、疑いを強めているようですが、記憶違いや、記憶がなかったという事が、罪の証にはなりません。

元代表を支援する立場にとっても、「政治とカネ」の問題を追及しようと言う立場にとっても、これは、とても、不毛なことのように思われます。
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by gskay | 2010-10-05 10:19 | メディアの狂騒
「保身」と「危機管理」
大阪地検特捜部の証拠改竄と隠蔽が大事件になっています。改竄にかかわった検事と、その上司が罪に問われていますが、マスコミを通じた情報では、上司が発覚をおそれて隠蔽を行ったという構図になっているようです。報道される構図は、必ずしも信用できるような代物ではありませんが、そのような構図を描かれてしまう点に、この上司たちの問題があったと思います。

こうした光景は、耐震偽装でも、郵便不正でもみられたものです。「政治とカネ」の問題も、その手のものかもしれません。

一旦、疑われてしまうと、余程のことがない限り、「悪」のレッテルを拭い去ることはできません。

その点で、郵便不正は特殊ですが、それが可能だったのは、調書を翻す証言が出てしまい、追及する検察側に無理が生まれてしまったからです。また、別件で有罪にして、お茶をにごすというのも無理でした。担当官庁の官僚という立場には法令に関する裁量が与えられており、法令の解釈で検察がゴリ押しすることができませんでした。そういう立場の人でなかったら、帳簿の記載のような問題で有罪にして、誤魔化していたかもしれません。

ところで、大阪地検特捜部の上司たちは、隠蔽に関する事実はないと争う構えのようです。それ自体は、妥当だと思うのですが、この問題を知ったときの対応は、失敗だったと思います。彼らは、まず、公表をしたり、さらに上層への報告をするなどの対応をしておくべきでした。

その結果、一時的には、やっかいなことになると思いますが、破局に至ることはありません。出世街道に一歩遅れをとることがあるかもしれませんが、挽回は可能です。彼らは、いかにダメージを少なくするかを考えるべきでした。そのための管理職であり、また、責任をとるのが仕事なのですから、そのように行動すべきだったと思います。

しかし、そのようにしませんでした。「保身」の意図があったかどうかはわかりませんが、危機管理を的確に行えなかったことが、以後の事態を悪化させています。早い時期に公表し、無理な裁判をしないという難しい判断をすることができたなら、その時点では、いろいろな非難を受けたと思いますが、「検察の組織ぐるみの犯罪」という最悪の事態は回避できたと思います。

この時点にいたっては、この上司たちが主張することに真実があったとしても、どうにも対処しようがないと思います。大問題にまきこまれ、構図の中に組み込まれてしまうと、それを切り抜けるのは至難のワザです。

真実や、正義、正しい解釈など、いくら主張したところで、それが通る「世間」ではありません。幸い、裁判所は、無理な構図には与しないことが多いようのなので、それに期待をかけて全力で闘うしかないのだと思いますが、大抵の場合、失われたものは回復困難です。

このような事態にならないように、きちんと危機管理をする必要があると思います。不都合な出来事に対し、小手先の「保身」をしてはならず、最悪の事態を想定しながら、有効な手をうち、ある程度の損害は覚悟することが必要だと思います。

あいにく、どんなに軽微でも損害を許さない不寛容さが、われわれの社会にはあり、つい、誤魔化してしまいたいという欲望が生まれがちですが、それに負けないことが大切だと思います。

事件が明らかになったとき、「危機管理」を強く主張する人物に対し、事勿れの「保身」をめざす人が、「そんなに融通がきかないのは…」と文句を言うことがあります。しかし、もっと融通がきかないのは、「世間」であり、それに惑わされて事勿れの「保身」に拘泥してしまう自分自身こそ、「融通がきかない」人間になってしまっているということに気付かなくては、「危機管理」は無理です。

残念ながら、世間が融通がきかないためか、事勿れの人のほうが、上に立ちやすい傾向にありますが、それは、組織や社会を弱くしていると思います。
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by gskay | 2010-10-04 07:19 | メディアの狂騒
庶民的
大阪府知事が、平日の日中に公用車でジムに出かけたとされる問題については、帰りにタクシーを使ったところが、筋が通らないと思いますが、他に問題らしい問題はないように思うのですが……。

引用の記事では、最後に取り上げられた発言に同感です。

橋下知事「中抜けではない」 ジム問題釈明(産経新聞) - Yahoo!ニュース

7月19日15時55分配信 産経新聞

 橋下徹知事は19日未明の府議会総務常任委員会で、14日午後に同委員会などが開かれている最中、公用車でフィットネスジムに向かったことについて、自身のスケジュール表を持ち出して説明。「知事職に就いてからプライベートな時間がとれない。警護対象であり1人では外に出られず、あの日のあの時間帯しか空き時間がなかった」と釈明した。委員会で共産府議の質問に答えた。

 知事は「あの日は午後は休ませてもらうということで外に出た。中抜けという感覚はない」と説明。府議は「府民がみたら納得しないだろう。日程がつまっているのはわれわれだって同じだ」と切り返した。

 一方で自民府議が、橋下知事がジムから府庁へ戻る際にタクシーを使ったことを取り上げ、「知事に何かあったら行政が停滞する。公用車を使ったほうがいい」と、公用車使用を擁護する一幕もあった。

知事になると、警護があるために、つい遠慮して、家族との外食もままならないという話をききました。日中に、ジムに行ったのは、そうした警護スタッフへの「遠慮」の延長で、気遣いなのではないかと思います。また、帰りのタクシーも同様の感覚で、遠慮と気遣いによって、「タクシーで帰れるから大丈夫」というレベルの発想をしたのではないかと、勝手に想像しています。

強いて問題として挙げるなら、「庁内執務」と公表されていた点で、これは、知事のスケジュールの公表の担当者の失態だと思います。

ところで、健康管理は重要です。知事のような役目についている場合、エクササイズなどを課業としてもいいのではないかと思います。

「中抜け」という批判については、批判の方に問題があると思います。

知事は、地方公務員ですが、特別職です。地方公務員法は、一般職のための法律で、「法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない」となっています。一般職の勤務時間の規定も、職務専念義務も、兼業禁止も、適用されません。その分、オンもオフもなく、四六時中、「知事」でいなくてはいけないため、自ずと様々な制限を受け入れなくてはいけないようですが……。

この騒動をめぐる知事への批判はとるに足らないものばかりだと感じていますが、知事には庶民的な発想が染み付いていて、その発想が、知事を勤める上での束縛を息苦しく感じさせているのかもしれないと思いました。

さて、この知事は、弁護士出身で、テレビ出演で知名度を上げてきた人物です。耐震偽装に関しても、当時、コメントしています。私は、立場が異なるので、そのコメントの通りにすることがベストだとは思えませんでしたが、根本的な発想には共感できると思っていました。

「公的支援」に批判的で、「住民が自力で何とかするべきで、ダメでも自己破産で免責される……」という内容のコメントがありました。これは、自己破産の部分ばかりがとりあげられたためか、住民を切り捨てても構わないという発言なのではないかととられました。しかし、その「切り捨て」という解釈は少し違うと思います。

私も、「支援」という発想には抵抗がありました。「支援」という名目で、一方的に公的な機関の責任を有耶無耶にすることに疑問を感じていました。

知事の当時のコメントは、民事の問題として、所有者が自律的に問題に取り組むべきだという原則にそったものではないかと思います。その民事の問題の相手となる当事者には、国も自治体も含まれています。「外」から「支援」を行う立場ではありません。

民事の紛争として決着をつけるのが望ましく、その過程では、公的な機関の責任が明らかになるかもしれません。逆に、住民側が不利になることもあるかも知れません。仮に住民が力つきて破れることになっても、破産の手続きによって免責されるので、出直しは可能な仕組みです。

それを前向きにとらえて取り組んでもいいのではないかというのが、当時のコメントの真意ではないかと思います。加えて、特例の「貸し付け」の構想を発言しています。一方的な「支援」という発想とは異なるものの、住民を「切り捨て」るような発想ではなかったのではないかと思います。

また、自己破産に対する一般的な社会の評価と、弁護士としての原則的な理解とに、ずれがあるように思います。この部分については、一般的な庶民の感覚とはいえません。しかし、今から考えると、耐震偽装の初期の騒動は、自己破産を庶民の法的な武器として一般的なものにするチャンスであったのかもしれません。自己破産への不当な壁の高さを取り除くことができたかもしれません。

事件に固有な、基準の妥当性や、手続きの正当性、安全や安心への配慮が念頭にあったとは思えないものの、曖昧な形で中途半端に打ち出された「公的支援」の一方的な発想より、公平なのではないかと思います。ただし、表現に問題があって、そうした発想が理解される以前に、拒否反応が出ていたように思います。

知事のコメントの通りではないものの、結局、住民は所有者として自律的に取り組むことが可能になり、それぞれの物件でそれぞれの対応が行われています。苦労はあるものの、自己破産を進めなければ切り抜けられないような状況には、ほとんどなっていないと思います。これには、適切な公的な対応のおかげもあると思いますが、その対応は、当初の一方的な「支援」とは、大きく位置付けや形を変えたものになっているように思います。

そのあたりのことは、今や、メディアに一向にのらないので、世間ではほとんど知られていないことではないかと思います。きちんとした整理や評価も、まだだと思います。
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by gskay | 2008-07-20 02:50 | メディアの狂騒
書き込みによる世論誘導
官僚による世論誘導は、国民の理解が得られなければ、最終的には何もできないということの裏返しです。

建前としては表立って堂々とはやれないようです。もし、公然とやってしまうと、みんなが反発してしまうかもしれないから、こっそりとやらなくてはいけないのだと思います。公平であるとか、中立であるといった建前とは、別の次元の話だと思います。

ところで、元々、マスコミへの情報の操作などが行われてきました。そこに、ネット上のコンテンツが加わっただけの話だと思います。

「国交省でウィキペディア書き込み世論誘導?」IT‐インターネットニュース:イザ!


≪暫定税率維持狙い≫

 ガソリン税をめぐる与野党の攻防が激化する中、ネット上で書き込みや閲覧等ができるオンライン百科事典『ウィキペディア』に、「世論誘導のため国土交通省関係者が書き込みを行っている」との憶測が霞が関でささやかれている。「ウィキペディア」と言えば、かつて「ミスター年金」こと民主党の長妻昭衆院議員の項目に、厚生労働省内のパソコンから誹謗(ひぼう)中傷が書き込まれたことが発覚しているが、果たして本当なのか。

 霞が関・某官庁のキャリア官僚が指摘するのは、道路特定財源制度の項目の中にある「暫定税率維持側の主張」欄。

 国交省内の様子について、「ロビーは連日全国津々浦々から駆けつけた自治体関係者等の陳情団の熱気であふれかえっており、道路局には全国の自治体等から要望書や署名簿が続々と送られてきて足の踏み場もなくなる勢いであるとの声がある」などと、関係者にしか分からない内容が克明に描かれている。

 もちろん、「暫定税率廃止側の意見」欄には、「道路特定財源を国交省道路局官僚のレクリエーション費用に流用していたこと等が発覚するなど、社保庁と同様に不適切で無駄な支出が多く、そのような中で暫定税率を維持することには納税者である国民の理解が得られない」と同省官僚を非難する書き込みもある。

 しかし、省内の様子だけが妙に生々しく描写されているため、内部“犯行”説が浮上しているというわけだ。

 実際、中央省庁では2006年4月、「消えた年金」問題で政府を追及する長妻議員の項目に、厚生労働省内のパソコンから「行政官を酷使して自らの金稼ぎにつなげているとの指摘もある」と書き込まれた“前科”もある。

 そこで国交省を直撃すると、「07年1月から、省内のパソコンからウィキペディアへの書き込みはできないようにしているので、省内から書き込みがされたということはないでしょう」(情報安全・調査課)と全否定する。

 長妻氏の一件以来、ほとんどの省庁が、ウィキペディアへの書き込みができないように省内パソコンのシステム設定を変更するなどの対処をしているというのだ。確かに、ウィキペディアの書き込み元を探索するソフトで調べてみても、同省内から書き込みを行った形跡はみられない。

 どうやら憶測の域はでないようだが、別の霞が関官僚は「今は省内から書き込む奴はいないと思う。書き込むなら発信元が分からないようにネットカフェなどからだろう」というだけに、まだまだ憶測は飛びかいそうな気配だ。

官庁やマスコミが、公平であるとか、中立であるという発想は、責任を負わないで済む仕組みの背景として役立っているように思います。その舞台装置として、官僚は世論誘導を公然とは行わないという姿勢をとり、マスコミも独立しているという姿勢をとっています。

マスコミだけが情報の通り道であったなら、それで良かったと思いますが、ネットが影響力を増しつつあります。まだまだ絶大な影響力というわけではありませんが、マスコミへに比べ、コントロールが厄介な点が多いように思われ、おそれられているようです。

実際のところは、ブログにしても、現場の情報や独自の情報は少なく、マスコミの報道などを材料にして、批判的に取り上げているというものがほとんどです。この状況が続くなら、情報操作として有効な対策は、都合のいい内容を書き込むことではなく、知らせないことです。

おそらく、世論誘導などと大げさに取り上げられていますが、一人一人の官僚の個人レベルの行為であり、組織的な関与は薄いと思われます。

このブログのコメント欄の「炎上」を経験していた時、書き込みをいろいろと分析をしてみて、腹が立つこともありました。書き込まれた経緯などがバレてしまうと、世論誘導については、逆効果になります。まだ、当時は、それが意識されていなかったのではないかと思います。

世論誘導のつもりで、ネットに細工をしたり、書き込みをすることが、組織的に行われていることもあると思いますが、官僚が直接書き込む場合、まず、そうではないと思います。簡単に足がついてしまうようなマネはしないと思います。

また、逆に考えると、そんな書き込みをしてしまうような官僚は、ネットやシステムに関する知識に劣っている可能性があり、あまり感心はできないと思います。そうした知識の問題だけでなく、自分は天下や国家を考えて書き込みをしているつもりかもしれませんが、役所での悩み事を匿名でバラしているにすぎず、そのような姿勢は厳しく問われるべきではないかと思います。

結局、官僚個人による匿名の書き込みなど、大した問題ではないと思います。それに比べて、従来からのマスコミ経由の世論誘導に加え、組織的にこっそりとネット上の世論誘導操作が行われている可能性の方が問題です。また、問題になりそうな肝心な情報が隠されている可能性もあります。

ところで、もし、官僚が個人として意見や知見を披露したいと考えるのなら、そのような場所はたくさんあります。論文にしたり、出版したり……。学術の場や、政治の場、もちろんメディアにも。そこで堂々と発表し、議論すればいいだけなのに、こっそりとやろうとするから、怪しまれてしまうのだと思います。

書き込みをするような官僚は、個人として、自信がなかったり、責任が持てないと感じていたりするのかもしれません。信念や志に関わるような問題なのかもしれません。それはそれで、気の毒なことだと思います。
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by gskay | 2008-02-10 15:23 | メディアの狂騒
「偽」
「今年の漢字」というのは、清水寺のイベントというより、財団法人 日本漢字能力検定協会 のイベントだそうで、投票によって決まるのだそうです。選ばれた理由や、その漢字の意味については、 漢検ホームページ 「今年の漢字」は「偽」 にあります。

清水寺は、奈良の興福寺や薬師寺の法相宗の流れの北法相宗の寺だそうです。玄奘三蔵にさかのぼる唯識を主として学ぶ宗派だそうです。

FujiSankei Business i. 総合/今年の漢字は「偽」…揮毫の清水寺貫主「悲憤に堪えない」


FujiSankei Business i. 2007/12/13  


 1年の世相を漢字1文字で表す2007年「今年の漢字」が12日、「偽」に決また。清水寺(京都市東山区)の「奥の院」で、森清範貫主(かんす)が、特注の和紙に揮毫(きごう)した。食品をはじめ政界やスポーツ界などさまざまな分野で偽装が相次いだ年を反映した。

 発表は13回目。日本漢字能力検定協会(京都市)の公募で、過去3番目となる9万816通の応募があった。

 「偽」には投票の約18%が集中。身近な土産物や老舗料亭、年金記録、英会話学校、相撲などスポーツ選手にまで次々と「偽」が発覚し、「何を信じたら良いのか、分からなくなった1年」との声が寄せられたという。

 2位は「食」、3位が「嘘」。4位以下には「疑」「謝」「変」などが続いた。

 森貫主は「こういう字が選ばれるのは恥ずかしい。驚きどころか悲憤に堪えない。己の利ばかりを望んでいることが原因。神仏や親が見ていると思い、自分の心を律してほしい」と呼び掛けた。

 揮毫された漢字は、清水寺本堂で31日まで一般公開される。

瑜伽行唯識を深く学び、修行をきわめてこられた猊下にとって、「偽」といい、「嘘」とい、「疑」といい、引用の記事には書ききれないほどの思いがあることと思います。「偽」が次々と明らかになったという表面的な現象だけが、猊下の悲嘆の対象ではないだろうと思います。

-「偽」の反対にあるはずの真実や正義はどこにあるのか?- ということまで、瑜伽行唯識の行者として思いをめぐらせておられることと思います。

我々の多くは、報道や公的機関による発表を鵜呑みにしています。基準や規則については、その根拠や限界を疑う事は稀です。

しかし、そのような公の権威も、完璧ではないばかりか、期待に反して、陳腐化し、それを覆い隠すかのような虚構の上になりたっている状況です。これは、明らかになっているような表面的な「偽」よりも、深刻な事態です。

その虚構による権威を維持するためなのか、是非もなく、センセーショナルに「偽」をこらしめ、権威への疑いを拒否する風潮が生まれています。

「偽」が生まれ、明らかになり、それを過激に取り上げるのは、「偽」の悪質さだけによるものではなく、その裏にある権威さえも揺れているからです。権威は、「偽」の反対にあるはずの真実や正義から離れてしまっています。

そもそも、「偽」の反対にある真実や正義も、仮のものにすぎません。絶対の真実や正義をめざし、追求するという姿勢は評価できます。しかし、様々な問題の背景や前提にあるのは、絶対の真実や正義ではありません。問題の背景や前提にあるのは,所詮、仮の真実や正義にすぎません。

その仮の真実や正義に固執し、かえって、世の中が不安になってしまっていることも、きっと、猊下は嘆いておられることと思います。

「偽」の悪質さに加え、仮の基準や規則に拘泥し、過剰に反応して、自分の首をしめてしまう愚かさへの戒めも説いておられることと思います。

さらに、「偽」を取り上げる事自体が、意図しているかどうかは別として、新たな「偽」につながりかねないという悪循環の危険性にも警鐘をならしておられることと思います。

これは、おそらく、今に限った話ではなく、仏教の経や論で取り上げられるだけでもなく、いつの時代のどんな社会にもある話であり、古今のすぐれた人たちが心を痛めてきたことなのではないかと思います。
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by gskay | 2007-12-13 14:50 | メディアの狂騒
ひとくくり
「偽装企業」ということで、ひとくくりにしていいのか疑問です。世間の風潮をなぞるだけの安易な分析による記事だと思います。

復活、破綻…「偽装企業」それぞれの明暗(産経新聞) - Yahoo!ニュース

11月25日22時28分配信 産経新聞

 「偽装」が相次いで発覚する中、問題となった企業の“発覚後”で明暗が分かれている。「白い恋人」の石屋製菓などがV字回復の兆しをみせる一方で、再建を果たせず破産の道をたどる会社や、赤福、船場吉兆のように製造・営業再開のめどすら立たないところもある。それら企業の大半は、隠蔽(いんぺい)の温床となりやすい同族やワンマン経営で、発覚後の責任転嫁の姿勢が問題の根を深くしているケースが少なくない。真摯(しんし)な反省と、閉鎖的な体質からの脱却が鍵を握っているようだ。

■回復組

 「二度と消費者を裏切らない」。石屋製菓の土産菓子「白い恋人」の製造が再開した今月15日、島田俊平社長は目に涙を浮かべ決意を語った。

 同社は賞味期限改竄(かいざん)が発覚してわずか10日後に創業家一族が取締役から退任し、北洋銀行の常務だった島田社長を招聘(しょうへい)。約10億円を投じ、賞味期限の表示を箱への印字から個別包装に改めた。一気に“膿を出し切る”真摯な姿勢は信頼回復につながり、22日の販売再開初日に店頭に並んだ約8万5000箱は、ほぼ売り切れた。

 平成12年6月、戦後最大級の約1万3000人の食中毒被害を出した雪印乳業。元工場長ら2人が有罪判決を受け、法人としての雪印乳業も罰金刑を受けた。

 主力の乳飲料部門の売却など解体に近い出直しを迫られたことを受け、消費者団体から社外取締役を招き、倫理委員会を設置するなどの“血の入れ替え”を断行。今年3月期決算で7年ぶりの配当が決まった。

■転落

 「うちも悪いが喜んで買う消費者も悪い」「みんな本当は同じことをやっている」。食肉偽装を20年以上前から行っていたミートホープの田中稔元社長は今年6月、こう言い放った。発言は強い批判を招き、田中元社長ら4人が逮捕される刑事事件にも発展した。

 売れ残った赤福餅(もち)を再利用していた赤福は、発覚当初の会見で「売れ残りは焼却していた」と釈明。それが6日後に一転して偽装を認めた。それでも「現場主導だった」という主張は変えず、不正開始当時の社長が会見したのは発覚の約20日後。真相の小出し、偽装の上乗せは不信感を強め、その後も営業禁止処分は解けず、製造再開のめどは立っていない。

 今年1月、消費期限切れ牛乳を使用したシュークリームの製造が発覚した不二家も、約2カ月前に事実を把握しながら「雪印の二の舞になる」と隠蔽したことが消費者の心象を悪くした。ダメージは根深く、9月期の中間連結決算では営業損益が71億円の赤字となった。

■真摯な姿勢

 17年11月に発覚した姉歯秀次元建築士による耐震偽装事件ははっきり明暗を分けた。

 解体が決まったマンションについて、居住者からの買い取りに消極的だった開発会社ヒューザーは、破産と社長の逮捕に追い込まれた。一方、不動産会社シノケンは、事件への関与はなかったが、「責任を感じている」として、約2カ月間で補償などに約30億円を投入。当初は赤字に転落したが、その後はホテル事業に乗り出すまで業績が回復している。

 山崎昌子・日本消費者連盟関西グループ世話人は「偽装が発覚した企業が再生するには、真摯な自覚が重要。従業員に責任を押しつけたり責任感のない会見をしたりすればすぐに分かり、消費者の不信に拍車をかける。率直な謝罪と、身の丈にあった営業規模が大切」と話している。

引用の記事の前半は、食品関係の事件を取り上げています。表示の偽装と、材料の取り扱いの問題がありますが、扱いがゴチャゴチャです。あまり感心できる記事ではないと思います。

表示の問題の場合、材料や生産・製造方法を偽った場合と、日付を付け替えた場合があります。材料や生産・製造方法の偽りについての問答は不要かと思われます。しかし、日付については、安全性や品質の確保を目的としているので、きちんと、メーカーが保障できるのであれば、事情によっては許されるものも含まれているような気がします。

消費期限や賞味期限については、製品の品質の変化や劣化をきちんと検討した上での判断であれば、付け替えも妥当としてもよいケースが含まれているように思います。また、製造日をいつとみなすかということも、入れ替えたり、包装をかえたりした日を製造日だと言い張ることもできるわけで、単純ではないだろうと思います。

一般的には、字面から受けるイメージだけで、消費者は判断します。そういう意味では、期限や日付の定義が、曖昧だったり、紛らわしいことが問題を複雑にしています。これを期に、新たな表示方法を検討するというのも良い方法かもしれませんが、ますます複雑になるだけならやめて欲しいと願います。

また、農林水産省の立場と、厚生労働省の立場も異なり、ここに経済産業省まで加わったりすることも、複雑さの原因なので、国としてきちんとした方針を出し、取り締まりの仕組みも確立しなくてはいけません。

一方、材料の取り扱いの問題は、食品加工業者としての高度で技術的な問題です。材料の品質管理は、消費者にむけて表示される期限を守ることと同一視することはできません。業者は、技術力によって製品の品質を確保しなくてはいけません。引用の記事にある雪印の食中毒は、品質管理に失敗したケースです。技術力の問題であったと思います。

しかし、不二家については、問題の扱いが適切であったのかどうか、私は疑問に思っています。きちんと品質は管理されていて、安全は確保されていたのではないかと思います。ただし、事件発覚後の対応は別です。危機管理の点で失敗です。たとえ、問題がなかったとしても、騒動に巻き込まれた場合には、それをうまく切り抜けなくてはいけません。

さて、耐震偽装。

引用の記事では、「不動産会社シノケンは、事件への関与はなかったが……」という表現が、ヒューザーの関与があったかのように取られかねない表現だと思いますが、そういう意図はないのかもしれません。

ヒューザーとシノケンには、業務内容から大きな違いがありました。ヒューザーは所有者が居住することが前提の分譲マンションの会社でした。しかし、シノケンは、賃貸目的の投資用分譲マンションの会社でした。問題の処理のされ方が全く異なっていました。

シノケンの場合、マンション住民は賃貸で入居しているため、適当な補償によって退去を促すことが簡単でした。マンションオーナーへの補償の問題についても、居住する所有者への補償の問題とは意味合いが異なっていました。そうした事情を抜きにして、所有者が居住することを前提としたマンションを販売していたヒューザーの対応と比較するのは適当ではないと思います。

あたかも、問題を整理するかのような姿勢で書かれているように見える記事ですが、あまり感心できない出来映えだと思います。
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by gskay | 2007-11-27 14:01 | メディアの狂騒
構っていられない
入手できた範囲で、控訴審に関連して詳しく伝えていると思われたのは、東京新聞です。東京新聞では、独自のフォローが続いているようです。ユニークな記事だと思いました。


姉歯被告 二審も実刑 耐震偽装『損失、影響は甚大』


2007年11月7日 夕刊
 耐震強度偽装事件で、建築基準法違反や議院証言法違反(偽証)などの罪に問われた元一級建築士姉歯秀次被告(50)の控訴審判決で、東京高裁は七日、「マンションを購入した者に対する経済的損失、精神的苦痛などの影響は甚大」として、懲役五年の実刑、罰金百八十万円とした一審東京地裁判決を支持、姉歯被告の控訴を棄却した。

ここまでは、他のメディアと大差はないように思われます。

 原田国男裁判長は「偽装物件の住民に多大な損失を与えることが十分に予測できた。社会に大きな混乱と不安を招き、いまだその影響は引き続いている」と指摘。「結婚生活を夢見てマンションを購入したが、精神的に落ち込み、結婚にすら踏み切れなくなった」などと住民の悲痛な叫びを読み上げた。

この点は、その通りだと思います。

 弁護側は、構造計算書を偽造した建築基準法違反の罪は認めたが、偽証については「記憶が戻っていなかった。故意にうそをついたわけではない」と主張。

ここは、争点のひとつだったと思います。

 「社会的に処罰感情が強い偽造は、罰金刑しかないので罪の重い議院証言法違反で埋め合わせようとした」と実刑は不当と訴えたが、判決は「耐震偽装と偽証は密接に関連している。偽装問題の重要性を同法違反の量刑で重視しなければ、本質を見失う」と指摘した。

争点に対応する形で、量刑の根拠が示されています。問題は、偽装による違法建築が登場したことだけではなく、その後始末のプロセスを混乱させたことにあります。そのあたりが曖昧だと感じる部分ではあります。

 判決によると、姉歯被告は二〇〇三年二月から〇五年二月にかけ、マンション四棟とホテル二棟の計六棟の構造計算書を偽造し、耐震強度を偽装した建物を建てた。〇五年十二月の衆院国土交通委員会では最初に耐震偽装した建物や、木村建設(熊本県、破産)の元東京支店長からの圧力が理由だったと偽証。また、元建築デザイナーに一級建築士の名義を貸した。

ここは、引用から省略しようかと思いましたが、衆院国土交通委員会のどういう会議の席での偽証であったかを明記するべきだったのではないかと思います。その点を指摘したくて引用することにしました。


判決にも微動だにせず
 「四十年以上働いて築いた財産のほぼすべてを、最後の生活の場に選んだ偽装マンションにつぎ込み、不安にさいなまれている」「新居での結婚生活を夢見ていたのに、婚約者との結婚にも踏み切れなくなった」…。判決では、姉歯被告によって人生が狂わされた被害者らの苦渋の思いが次々と読み上げられていった。

この点は、そうだと思います。後半への伏線としても、なかなか工夫された構成だと思います。

 グレーのスーツに紺色のネクタイをしめた姉歯秀次被告は、被告人席に座り、じっと目線を下に落としたまま。「耐震偽装は殺人と変わらない」と住民の声を引用した裁判長の言葉にも、口を結び、微動だにせず判決を聞き続けた。

「殺人」ということに関しては、一般の声としてはわからないものではありません。でも、問題は、やはり重大な違法性をかかえた「違法建築」そのものだと私は考えています。実際のところ、反省がないと被告を非難する際に引用される「震度5で倒れなかった」という事実を考えると、法の根拠の方もあやしいと思います。しかし、重大な違法について司法が断固とした態度をとることには異存はありません。国会の調査の混乱と関連づけると、論旨が感情的ではなく、論理的になったのではないかと思います。

 判決は「木村建設の元東京支店長に責任を押しつけようとしたことが直接の偽装の動機で、一級建築士が最初の偽装を失念することなどあり得ない」と断罪。それでも、姉歯被告は最後まで無表情を続けた。

この部分は、偽証についての断罪だと思います。耐震偽装そのものの裁判についての報道だと思って読むとわからなくなると思うポイントです。

これ以降が、この記事のすごいところだと思います。


住民『生きるので精いっぱい』
 「許したわけではないが、生きていくのに精いっぱいなんです」。国の支援で、再開発事業による初の建て替えが決まった「グランドステージ(GS)茅場町」(東京都中央区)の管理組合の女性理事(49)は「姉歯被告に構っていられない」と打ち明ける。

私も、そう思っています。ちなみに、「国の支援」はもちろん、自治体や地域の支援を忘れるわけにはいかないと思います。

 偽装が発覚したのはちょうど二年前。マンション再建に奔走した。東京・銀座で経営していた料理店は売り上げが激減し、閉店に。睡眠薬を手放せない夜はいまも続く。マンション住民が抱える負債は平均五千万円を超える。
この段落の前半については、とても残念です。それだけのクオリティーの店でした。そういう店でも、経営者がこういう事態にまきこまれると、ダメになってしまうというのは衝撃でした。自分自身に振り返ってみて、たしかに業績が低下しました。他の人はどうでしょう?

さりげなく、負債については、「安物」という風評にクギがさされているように思います。

 「購入した私たちにも責任はあるが、確認検査を民間に託した国の責任はどうなったのか。信じられる国であってほしい」。マンションは隣接する事務機器販売会社の子会社ビルと一体化した再開発ビルとして建て替えられる。二〇一〇年十一月の入居予定だ。

所有者としての責任には正面から取り組んできました。だからこそ、関係者の責任にも言及できるのだと思います。

後半の再開発については、私は、優れた方向性だと思っています。被害の回復というより、公共性が前面に出た対応へと発展しています。自治体と地域の後押しのおかげです。

 半年前、同じ区内に新たな料理店をオープン。「無我夢中で走ってきたけど、今は、住民全員がペットの名前まで言える関係になった。都会では隣の人すら知らないのにね」と表情が和らいだ。

私は、業績がふるわなかったことで、新たな道に踏み出すことになりました。業績がふるわなかったことは、悔しいことですが、新しい方向性を見いだすきっかけにはなっています。

コミュニティーについては、昔の長屋のような感じ。それが、仮住まいでバラバラになって暮らしています。

 同様に国の支援で建て替えが決まったGS住吉(江東区)の男性会社員(44)は「判決は関係ない。くよくよしている時間はない。早く建て直してマンションに戻りたい」と力を込める。
 耐震偽装に続いて、消費期限表示などの「食品偽装」も相次ぐ。「感覚がまひし、罪の意識を感じていないのでは」とやり切れない思いだ。マンションは〇九年三月に完成する予定。「住民とはしょうゆを貸し借りできる仲になった。事件を機に、かけがえのない人たちと出会えた」

住吉は、ヒューザーにしては規模が大きな物件です。規模が大きいということが調整などの障害になっているかもしれませんが、多くの人が集まるという点では、力にもなるのではないかと思います。

 愛知県半田市のビジネスホテル「センターワンホテル半田」は今年四月、約一年五カ月ぶりに営業を再開した。公的支援は導入されず、約七億円の工事費はすべて自己負担となった。
 中川三郎社長は、建築確認を出した愛知県などを相手に損害賠償を求めて提訴している。
 「事件の真相がはっきりしないまま控訴審が終わった。姉歯被告の個人犯罪にしてしまったが、最終的にお墨付きを与えた行政の責任はどうなるのか。事件はまだまだ終わってはいない」

この社長は、裁判で損害を取り戻すべく奮闘しているようです。耐震偽装がなぜ生じ、それがどのような重大性があると位置付けられ、どのように処理されるべきかというシステムが、全くデタラメであったことについては、元建築士の刑事裁判は触れていません。それは、この社長が、損害の回復をめざした裁判の中で明らかにしていくことになるのだと期待します。


上告、今後考える
 姉歯秀次被告の話 判決については何も申し上げられない。上告するかどうかはこれから考える。被害者の方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。


長い記事でしたが、記事や内容に対するコメントを加えながら引用しました。少し、同じような文が重複しているのが気になりますが、取材元への気配りも必要なのだろうと感じました。

前半では、被害者となった住民の苦しみが訴えられています。しかし、そこで時間が止まってしまっている訳ではありません。後半で、その後の住民に光をあてて記事を構成しているところに敬服します。

また、ホテルの社長が取り組んでいる裁判の意味を改めて考えさせられる記事だと思います。

後半の住民からのコメントは、自分の実感にあっていると思います。前半に取り上げられた苦しみの方が、一般の読者には受け入れやすいかもしれません。しかし、元建築士に対し、「構っていられない」ということに共感します。目を背けているわけではなく、彼との関係は、その程度のものだったというのが実態です。

彼への処罰は、国がすること。彼に憎悪をぶつけ、責め続けることでは、私たちは救われません。事態を乗り切ることが優先です。

また、被害者である住民を引き合いにだして、社会的な処罰感情を肯定することには抵抗があります。そこに、私たちの感情が集中しているということは、断じてありません。もっと本質的なことや、気付かずに放置されている落とし穴や、意図的に歪曲されていることへと、問題意識をもっていかなくはなりません。
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by gskay | 2007-11-08 03:27 | メディアの狂騒
控訴棄却報道
耐震偽装関連の刑事裁判では、偽装を行った元建築士が唯一控訴しています。この控訴審は、偽装に対する裁判というよりは、国会の証人喚問における偽証についての裁判です。偽装については認めていて、争われていません。

速報の段階ではありますが、多くのメディアは、責任逃れのためのウソが、国会での調査を妨げた罪についての裁判であることを明らかにしています。現時点で、私が見た限りでは、読売新聞だけが、偽装を主軸に報じています。

姉歯被告、控訴審も懲役5年を支持…東京高裁 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


 耐震強度偽装事件で、建築基準法違反や議院証言法違反(偽証)などの罪に問われた元1級建築士・姉歯秀次被告(50)の控訴審判決が7日、東京高裁であった。

 原田国男裁判長は「被告は事件の第1の責任者」と指摘した上で、姉歯被告を懲役5年、罰金180万円とした1審・東京地裁判決を支持、姉歯被告側の控訴を棄却した。

 控訴審で、弁護側は「偽装行為は姉歯被告のみで行えることではなく、被告一人を責めるのは酷だ」などと、執行猶予付きの判決を求めていた。

 しかし、判決は「安全性が確保されていないマンションなどを建築させた常習性は明らか。人生最大の買い物の一つであるマンションを購入した住民への影響は大きく、経済的な損失はもとより、甚だしい精神的な苦痛や苦悩を負わせた」とし、「1審判決の量刑はやむを得ない」と述べた。

 判決によると、姉歯被告は2003年2月〜05年2月、東京都墨田区のマンションなど6物件で構造計算書のデータを書き換え、強度が不足した建物を完成させた。また、05年12月の衆院国土交通委員会の証人喚問でウソの証言をするなどした。
(2007年11月7日11時31分 読売新聞)

国会での証言にウソがあったために、耐震偽装という問題の本質の追究が混乱しました。この裁判では、このウソに対する罰則の程度が問題になりました。

耐震偽装も、名義貸しも、すでに被告が認めていて、この裁判では争われてはいません。また、偽証についても事実は争っていません。量刑が適当であるかどうかが争点でした。

国会の証人喚問での偽証が、このような刑罰が下される大きな罪であることが報道されるべきです。建築基準法違反に無理矢理こじつけるのはおかしいと感じます。

建築基準法違反の刑罰が軽すぎるという意見もあるようですが、それとこれとは関係がないことです。そういう意味で、無理なこじつけを避けている点で、他のメディアの姿勢は、以前とは違って来ているような気がします。

追記)産經新聞は、量刑が重いからということで、議院証言法違反が主に取り上げられたという点を取り上げています。いかに重い罰を与えるかという目的だったという解釈のようです。他も、同様な解釈を加えて報じるのかもしれません。そうすると、偽証の重要性が低下してしまうような気がするのですが……。

追記2)結局、産經新聞もふくめ、おおかたのメディアは、議院証言法違反の重要性をとりあげた表現に落ち着いたようです。弁護側の主張などがごちゃ混ぜになっていてわかりにくかった表現が整理された結果のようです。この変化の過程は、おもしろい現象だったので、フォローしておけばよかったかもしれません。(2007.11.08 1:00)
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by gskay | 2007-11-07 12:44 | メディアの狂騒
失言問題
「言葉狩り」なのかもしれません。

過剰反応と思われる風潮があります。そして、寛容でないと思います。

最大限の配慮で、失言をしない工夫は必要です。しかし、失言が出てしまうことともあります。その場合は、不適切な点を注意したり、たしなめたりすれば済むことです。また、失言をしてしまった人は、その失言が抱える問題を理解したのなら、すぐに謝ればいいのではないかと思います。

ただ、それでは済まされない風潮です。この風潮が、これ以上エスカレートして欲しくないと思っています。

ところで、その言葉の元々の意味をたどると、つべこべ言うほどのものでなかったとしても、一旦、失言が問題になると、なかなか収拾がつかなくなってしまうようです。問題視する側の意識の方が、国語の先生たちを苦笑させるような話も随分とあるようです。

また、前後の脈絡や、発言が出た状況が無視されて、些細なことや戯れ言が大きな問題になっているような気がします。発言者の本意を離れ、強引な曲解がまかり通っているように思えます。

さらに、とても大事な問題が絡んでいるにもかかわらず、肝心な問題についての主張に十分に耳を傾けず、全体の展開を追うこともなく、ほんの一部を問題視しているだけではないかと思われることもあります。

そんな問題だらけの風潮だといっても、とにかく、一旦、失言問題に巻き込まれたら、アウト。大抵は、些細な一言ですが、仮に、その言葉の用い方が、含蓄があったり、機知に富んでいたり、優雅なものであったとしても、それを知ってか知らずか、問題視する人は、引き下がることはなく、執拗に食い下がます。(飽きるまで)

その結果、肝心な議論が先に進まなくなってしまいます。全体の流れを考えたとき、足踏みをすべきでない状況で足踏みをせざるを得なくなってしまうことも多々あるように思います。

時には、陥れるための策略として、失言探しをしているのかもしれないと思うことがあります。だとしたら、納得できることもあります。ただ、それが策略として成り立つためには、過剰反応と不寛容さが背景になくてはなりません。もし、失言問題が、厳重な注意など、きちんとした対処で収拾されてしまうような風潮であったら、この策は成り立ちません。

そんな策略ばかりしていると、過剰反応や不寛容さがエスカレートしてコントロール不能になってしまうのではないかと恐れます。

さて、政治家については、議論や交渉をするのが仕事なので、言葉はとても大切にしなくてはならないはずです。また、説得したり主張したりする時も言葉の力を操っているはずです。些細な失言に対しても、聞く側が寛容でない以上、さしあたっては、上手に言葉を制御して、失言問題を避けなければいけないと思います。でないと、せっかく、世の中をよくしようとして発言している主張に耳を傾けてもらえなくなってしまいます。

同時に、政治家は、政治的な闘いの中にいるので、充分な配慮をしないと、策にはまってしまいます。ターゲットになった時点で、もう遅いのかもしれませんが……。

一方、重大な問題の当事者も、失言問題には充分な配慮が必要です。失言をした側は余計な負担を背負わなくてはいけなくなってしまうばかりか、問題の焦点がぼけ、その後の展開をねじ曲げてしまうこともあります。

たとえば、ヒューザーの小嶋社長の国会の参考人質疑での暴言。異様ではあるものの、全体の流れから見れば小さいものだったのではないかと思います。中継を見ていて、参考人質疑の中にはもっと重大な内容が含まれているように思いました。しかし、その後、繰り返しメディアに取り上げられたのはあの発言で、肝心な問題の方ではありませんでした。そして、ヒューザーの破局。

事件後や事故後の組織の危機管理では、こうした失言対策はとても重要ではないかと思います。その後の事件や事故でも、決して上手ではない対応がみられます。

似た風潮として、

Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 「目標女性撃沈」海自合コンで作戦用語 内部から批判も


7月8日10時28分配信 産経新聞

 ■幹部、業界紙に投稿

 初の女性大臣、小池百合子防衛相を迎えた防衛省で、海上自衛隊潜水艦乗組員らが部外の独身女性を招いて行ったパーティーの様子を、幹部が業界紙に投書、そこで女性を「敵」や「目標」にたとえて「攻撃」し、成果を「撃沈」などと表現、海自などから「女性蔑視(べっし)ではないか」と内部批判が出ていることが7日、分かった。

 防衛省・自衛隊関係者を主な読者層とする「朝雲新聞」と海上自衛隊を専門に扱う「海上自衛新聞」に相次いで掲載された、潜水艦の副長を務める幹部自衛官(3佐)が書いた投書は、「果敢に攻撃、カップルが10組誕生」との見出しで、5月下旬に関西で開かれた潜水艦の独身乗組員と一般独身女性との「カップリング・パーティー」の様子が潜水艦の作戦用語を使って記されている。

 主な内容は、「(乗組員の)精鋭は“敵”との接触前に綿密な情報収集と積極果敢な攻撃を方針に掲げ」「前回の“海戦”の戦況を鑑み、対抗部隊、作戦に配慮」「最初の対抗部隊が芳香を漂わせながらエリア内に進入」と“戦闘前”の様子を説明。

 さらに、「いよいよ戦闘開始」「すぐさま接敵、攻撃態勢に入る」「壮絶な海戦の結果」「撃沈、誤射、自沈との各部隊の攻撃成果が確認」と戦闘状況を生中継タッチで描写。「撃沈成功は◯組」と、カップル成立の有無などの戦闘成果についての報告とみられる表現が延々と続いている。

 海自は一連の情報漏洩(ろうえい)や、隊員の無許可渡航などで外国人女性を含むいわゆる「お見合いパーティー」への厳しい目が向けられている。それだけに、この新聞の投書を読んだ複数の海自幹部は「女性に対し失礼でありセクハラだ。常識を疑う」と、書いた幹部や掲載した新聞を批判している。

 さらに「この時期にこうしたことを自慢げに書く幹部、それを許す組織だから脇が甘いと言われるのだ」(防衛省幹部)と自衛官としての基本姿勢を問う声も強く上がっている。中には「小池防衛相が知ったらどうなるか…」と戦々恐々としている声も上がっている。

掲載されたのは、一般的な新聞や雑誌ではないと想像します。投稿への批判については、納得できる部分もあるものの、この記事を読んで違和感を感じました。

専門的な言葉を比喩的に使って表現するという手法自体は昔ながらのユーモアです。きっと、良く出来た面白い文章だったのだろうと思います。それに対し、余程のことがない限り、目くじらをたてたりするものではないと思います。目くじらをたててしまうという不寛容な「基本姿勢」も問題ではないかと思います。

全くの杞憂かもしれませんが、こんな記事がでるのは、自衛隊を特別視し、完璧で神聖な組織であるべきだという考えが根底にあるのかもしれないと思いました。防衛上の不祥事については、大問題です。しかし、自衛官の人間性を否定することにつなげてはいけないと思います。

ただの公務員と変わらないような意識になったり、サラリーマン化してしまっていけないということでしょうか?普通の人の感性は、否定されるべきなのでしょうか?

自衛官を、果たすべき職務を離れたところまで、特別な枠にはめ込もうとしているような気がします。

言論が言論を圧迫しかねない不毛な言葉狩りに加え、過去の悪夢を見ているのではないかと思われるような風潮もあるような気がします。引用の記事は、自衛隊という特別な場所にスポットをあてていたために、気にかけることができたのかと思っています。むしろ、気付かないところで進んでいることが恐ろしいと思います。
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by gskay | 2007-07-24 12:37 | メディアの狂騒
きっこ
久しぶりに読みました。耐震偽装関連で読んではいたものの、自分が見ているものや経験している出来事とは異なることが描かれていると感じていたので、読み流していました。とはいうものの、耐震偽装事件の一連の流れに対して、大きな影響力があったことは確かです。

「構図」が大々的に構築され、流布された理由のひとつに、きっこの存在の関与があったと思います。あの時、あの様にまくしたてておきながら、今回は、今さらと思う内容が書かれています。官僚の問題という点で、一貫性はあると思います。しかし、あの時、この問題の重要性に気付いていたのかいないのか、ふたをしてしまった張本人に他ならないと思います。

確かに、今回の記事は、私が見てきたことや、感じてきたことと合っていると感じています。ただ、遅すぎてタイムリーではないと思います。参議院選挙にあわせた時期であることに意義を見出しているのかもしれません。

きっこの問題意識については、官僚制度の問題点を、悪人が官僚制度に巣くっていることだと考えているようですが、それでは不十分だと思います。官僚制度の問題点は制度そのものにあると私は考えているので、悪人を断罪するだけではダメだと思っています。

政権交替したくらいでは問題は解決しないし、この時点の政権交替は、受け皿として期待される政党のレベルに問題があると考えています。いくら、現連立政権の粗があっても、受け皿の方が問題です。

野党という立場にありながら、全く問題の本質にメスを入れることができなかった政党の肩を持つのは難しいと思います。耐震偽装に巻き込まれたという立場から見る限り、それなりに頑張っている野党議員もいましたが、結局はパフォーマンス以上の意味はなかったと思います。むしろ、問題意識を誤った方向に誘導する片棒を担いでいたのではないかと感じています。

「与党と官僚や業者の癒着」は、確かに批判されるべきことです。しかし、それ以上に、野党の非力が問題です。

きっこが考えているような方向性は、現状では、現政権の構想や、二つの与党の発想に比べて、優る点はないと思いました。

素直に言えば、前国土交通事務次官の選挙をおだやかに眺める気分にはなれません。民間人だったら、全く別の立場に追い込まれて当然だったとさえ思います。しかし、制度が、そんな制度であったため、仕方がありません。

まず、そんな制度を何とかしなくてはならないと思います。そのためには、国会を中心とした政治制度の見直しをするとともに、それを支える政党のレベルを上げる必要があると思います。その上で、内閣の能力や権限を強め、官僚制度の旧弊を改めて行かなくてはならないと思います。

そうしたもっと大事なことをめざそうという意気込みが、前事務次官を公認している政党から感じられるのも確かで、私にとっては、とても悩ましい状況です。

きっこのいうような単純な問題ではないと思います。耐震偽装の初期のような誤った方向性を、また作ってしまう可能性があると思いました。

ところで、選挙スタート。言いたいことは、きっと山ほど出て来ると思います。しかし、沈黙しておくのが無難かと感じています。選挙とは直接関係ないとしても、政治についてのことや、行政、官僚についてのことも、しばらくは控えた方がいいのかなと感じています。

少し、息苦しさを感じます。
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by gskay | 2007-07-11 23:45 | メディアの狂騒