カテゴリ:反省とまとめ( 15 )
反省
私も含め、人は、自分の損得を他人の損得と比較しないと気が済まないようです。公的資金のことといい、税金のことといい、安物買いのことといい、詐欺のことといい。「他人が得をしているのではないか」、「他人より自分が損をしているのではないか」と疑り、「他人より自分が得をしているに違いない」、「他人の方が損をしているに違いない」と自分を慰める自分がいます。

一方で、不安が、怒りや怨みの言動の引き金に。理性的であろうとすればする程、裏切られます。「自分の立場がはっきりしないという不安」、「未来がみえないという不安」、「思っていたことと違うという不安」、「理不尽だと感じる不安」、「知らないことへの不安」、そして「危険への不安」。漠然とした不安から具体的な不安まで、様々な不安が湧いて来て、苛つきます。ふいに思いもよらない不安に襲われたときに怒りがこみあげ、鎮めたつもりでも怨みが残ってしまう。解決しない限り、エネルギーがたまっていく。不安の原因を直視することで、克服できるのかもしれません。しかし、これが難しい。理性的にみせようとして、ますます不安の泥沼にはまっていきます。誰かに原因をなすりつけたところで解決にはなりません。忘れられないから、不安として残り、怒りや怨みになっていきます。

さらには、本当はよく知らないのに、言葉尻をとらえ、自分の頭の中だけで考えて、思い違いをしてしまう自分。しかも、それを他人に押し付けたい。専門用語に過剰に反応し、言葉に溺れ、暴走し、その暴走を止められない。全体よりも部分にこだわり、問題を単純化しすぎて矮小化してしまう。先入観や思い込みを、事実より尊重する。無批判に、発表や報道の内容を信じるくせに、自分が実際に見ているものや経験しているものを信じない。そして、自分が知らない思いもよらないことを語る人のことを不快に思って、真意を確かめもせず、無視したり、攻撃してしまう。

ズッシリと重いものを抱えて、5週間になりました。様々な気持ちを消し去るのは難しく、酷いといわれるコメントも私の自己反省の材料です。

無関心であった時は、楽でした。そこに戻れるわけではないし、戻りたいとも思いません。

今は、この事態を乗り越えていけると信じたいと思っています。そう信じ続ける力が自分に備わって欲しいと願っています。

コメント欄の閉鎖やこのブログ自体の存続を心配して頂いています。対応は、考えていますが、もう少し、このままにして置きたいと思います。
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by gskay | 2005-12-22 16:48 | 反省とまとめ
いきさつ
リクエストに応えて。

購入のきっかけ
インターネットで物件検索し、路線と駅からの距離と広さを基準にリストアップしました。
それ以前にも、数社から定期的にパンフレットが送られるように登録をしていました。リストの中から、すでに出来上がっているマンション、建築中のマンション(近くにモデルルームがある)もまわりました。その後、ヒューザーに辿り着きました。売り出したばかりの物件。現地にも行きました。基礎の工事をしていたように記憶しています。その後、約1週間検討し、契約へ。予算的には、予定より高いものになりました。

もっと安くて狭くて良かったのですが、手頃なサイズ(60くらいを考えていた)で、欲しいマンションはありませんでした。その後、広さは、広い方に修正。値段も上方に修正。80から90だと、ミストサウナなど、要らないものがつく。使わない設備を増やすのは、あまり好きではありません。その他、近場では、デザイナーマンションというのがありました。シンプルな物件は、ありませんでした。(今から考えれば、こういうのを買って、設備を取り除いてもらえば良かったんだ。でも、それって変。)

ヒューザーの印象は、そっけない会社。担当の営業さんは、それまでにあった営業の人に比べ、のんびりしている印象。本社のモデルルームへ。他のもっと早く出来上がる物件を勧められるが、そちらには興味はありませんでした。また、よその億ションでもいいのではともいわれました。確かにそれも選択肢。でも、このあたりには、そんなものはありませんでした。立地が、自分の都合にあっていて、今のマンションは、特別な存在でした。何もついていないのも、良かったし。

ヒューザーの価格は確かに安かったと思います。この物件が、他の売り主から高く出ていても、買ったと思います。結局、他に物件はなかったように思います。

重要事項説明は宅建主任、営業さんとうち。

構造についてチェックしようとは、全然、思いませんでした(失格?)。建築確認関係の話を聞かされましたが、その時、「イーホームズ」という名前は出て来たように思いますが、記憶には残りませんでした。このころ、建築確認の無謬性を疑っていませんでした。

違法を覚悟して買って下さいとは、言われていません。

耐震性能に関しては、普通のマンションは、基準ギリギリで作られるものが多く、耐震性能を特徴にする物件は、それが付加価値とのこと。学校や病院が地震に強いと言う話を聞きました。

この時点まで、耐震性能が高いことを売り物にしてる物件にも興味がありましたが、悩むのをやめました。実際に強い地震が来た場合を考えました。高度な耐震性能をうたっていても、確実な耐震技術はないようだし、大きな地震に見舞われた建物のその後の性能はわからず、結局、建て直しになるかもと考えました。阪神大震災後の動向についての知識はなく、漠然とした発想です。

そこで、大きな地震があったら、建て直すべきだと考えるようになりました。建て直しになると、阪神大震災の時のように新たな負担になるのだろうと考えました。そうすると、二重ローンに耐えられる価格というのが妥当ではないかという発想に。

瑕疵担保責任については、ちゃんと説明されたと思います。誰かに売ると、ヒューザーの売り主としての瑕疵担保責任は消えると言うことも、説明されました。

重要事項説明で、今回の事件に関係がありそうな部分を、むりやり記憶から呼び起こすと、こんな感じです。地震についての議論は、相当しています。ただし、耐震についての概念だけ。構造はみませんでした。

違法であるとは、少しも考えませんでした。

その他、近隣との関係等を話しました。町内会についても議論し、お祭りがどうかというような内容の話にまで及びました。

その後、しばらく経ってから、間取りを変更したり、オプションの注文等をしました。ほぼ、希望通りのスペックです。

入居まで引っかかっていたのは、直床、直天井であったということ。遮音性の心配です。実家の古いマンションもそうであったので、大丈夫だろうとは思いました。結局、入居してからも、不都合はありません。遮音性と、直床、直天井とは、別の問題であるというのを、少し後に知りました。

配管などが将来問題になるのではないかという心配もしました。ただ、実家のことを考えると、考え過ぎかと思いました。

さらに、時間がたって、間取りの変更をもう一度しています。これは、木村建設に直接注文しています。

その後、もろもろの手続きをへて、入居しました。ローンは、提携ローンです。

・ところで、大手から買えば、安心だったか?

大手だからといって安心というのは、今回の発覚のパターンに限っていえば、幻想だろうと思います。

対応に関しては、確かに、会社の体力はあるかもしれないが、ヒューザーの偽造マンションと同じ割合で、瑕疵のあるマンションをかかえたら、大手もだめでは?

また、今回は、瑕疵が明らかにされてしまっているので、そこに議論の余地はありません。しかし、通常の欠陥マンションのように、瑕疵を証明しなくてはならないとなると、簡単ではありません。その点も、大手だろうが新興であろうが同じではないかと思います。

一軒だけの欠陥マンションであれば、ヒューザーだって対応できたと思います。認めさせるには努力がいるでしょうが。

・追加の負担は?

確かに、痛いが、元が安いので、被害は小さく、あきらめがつきます。もともと、地震の時に二重ローンとなる覚悟があったので、何とかなると思っています。

・広くて安いマンションについては?

広さの快適さを知ってしまった今、広い方がいいと思っています。広くて安いマンションを作り、後から、オプションで設備をつけたり、間取りをどんどん変更してしまうというのは、いい考えだと思います。このような違法性がなければ、ひとにすすめます。

・今後、このマンションではなく、別のマンションを買うか?

買いません。少なくとも、現在の制度では買いません。

信頼できる人から買おうが、信頼できる会社から買おうが同じこと。そんなものは、違法建築を避ける方法にはなりません。

ヒューザーの役員、社員まで巻き込まれていることを考えると、信頼なんて何の意味もないと思います。

たとえ、親しい信頼できる友達からのすすめでも、パスです。
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by gskay | 2005-12-16 17:48 | 反省とまとめ
コメントへのコメント

コメントをみていて、今まであまり重視していなかったヒステリックな反応のディテールが、急に気になりはじめました。

「都営は狭いから引っ越したくない」発言は、擁護の余地がないと思います。話題として取り上げたくもありません。

売り主が用意して来た物件に対して注文をつけるのは当然です。おおいに交渉すべきと考えます。しかし、本来、第三者である行政が、公営住宅の規則を逸脱してまで用意したものに対して許されるコメントではないと思います。

それに、行政は、転居先として確保された住宅に強制連行しようとしているわけではないと思います。選択肢をひとつ増やしてくれているだけだと思います。抵抗や不満を表明する筋合いのものではありません。(でも、ひょっとして、安全かも?と思ってしまいます。確信はありませんが)

「70点」発言の意図は、知りません。また、その70点という点数をどのように評価したらよいのかもわかりません。この場合、合格点は、60点以上なのかしら? 自動車運転免許は、90点でしたっけ?80点以上が「優」で、70点以上が「良」の70点?

そもそも、採点の基準や、測定の物差しがはっきりしていないので、論ずるに足らない発言だと思います。一見、数値化されて意味がありそうですが、全く主観的な表現にすぎません。しかも、曖昧。何がいいたいのかわからないという点で、「問題」な発言だと思います。中身に立ち入って考えようと言う意欲が湧きません。

「あなたが私のお父さんだったら」発言は、理解不能です。きっと、そういう心理状態だったのだろうと思います。よく、話を聞いて癒してあげたい気持ちになります。

「区民税返せ」発言は、私の場合、まだ転入したてなので、払ってないかも?

そもそも、所得税や、住民税は、ひとりひとりの所得に応じた税負担であり、今回の事件によって生じた負担分の控除くらいは考えてもいいと思いますが、期待はしていません。いずれにせよ、「返せ」というのはおかしいと思います。

それより、不動産の取得や所有に対する税の方が心配です。やっぱり、購入した時には「価値がある」と評価されているので、払わなければいけないのでしょうね。「建物の価値はゼロ」といわれている現状を考えると複雑です。解体の時点まで、きっと払うのだろうと思いますが、割り切れません。

建築確認済みの太鼓判がついていたんだけど……。

構造はダメだけど、その他の設備は価値があるし、3ヶ月は使えたのだから、税金は払わなくてはいけないと思う事にしようと思います。でも、その設備も建物の道連れに解体される運命だから、価値はゼロ。トイレや風呂やキッチンに床暖房……。共有部分なら、エレベーターなど。どれひとつ引越に持っていけるものではないから、やっぱり価値はゼロか。

そういえば、退去勧告はいただきましたが、建築確認済みの太鼓判がどう処理されているのか知りません。

よくコメントされる「命」と「金」のどちらが大事かという問題ですが、その二つを比べたくありません。強いて、どちらが大事かときかれれば、「命」です。しかし、安全の確保自体が困難である実情を考えると、「命」優先が現実的なものといえないのではないかと考えています。あらゆる建物の安全への不信を感じていて、「はやく退去を」というアドバイスに素直に従えない心境で、引越の支度をしています。

では、「金」への執着がないかといえば、すごくあります。これだけの事態に巻き込まれ、本当に「迷惑」。本業に差し支える程、翻弄されています。短期的には、売り主の瑕疵担保責任には泣き寝入りの上、住民による再建をめざしていますが、長期的には、取れるものは取ってやるというファイトが湧いています。怨念とか、怒りとかいうネガティブな動機です。

自己責任論に関しては、瑕疵担保責任をまともに果たせない売り主を選んだことにかかってきていると思います。しかし、建築確認についてまで、自己責任を負わねばならないとは、全然思っていませんでした。構造を確認してから購入すべきだったという叱咤の声を頂戴しますが、その前に構造を確認してから建築確認を出して欲しかった。

違反建築に対する処分は、法令に示されている通りであり、文句はありません。対応についての規定に、不十分な部分もありますが、それは深刻ではないと思います。しかし、建築確認の誤りへの対処が想定されていないのは大問題だと思います。そこに翻弄されていると思います。

建築確認制度は、「建築許可」ではないとされているのに、事実上の建築許可になっているように思います。とても、重要視されていると思います。にもかかわらず、その取り扱いへの配慮が充分ではありません。

今後、今の法令で直ちに対処する方法としては、びしびしと違法建築を取り締まるということくらいしかないと思います。その上で、誤った確認の責任を、確認を行った機関に取らせて行くのが手っ取り早いと思います。あるいは、取り締まりの強化により、建築確認の重要性を否定してしまうという方向性もあるかと思われます。

周囲への配慮についてのコメントも頂きますが、こちらも、すでに対応や交渉が始まっています。うちの場合、かなりドライなやりとりが行われていると聞いています。
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by gskay | 2005-12-10 17:31 | 反省とまとめ
退去勧告へのみちのり
11月17日
区とヒューザーから、連絡をうける。計算結果がでていないので、グレーであった。
翌日から、職場で人気者になる。

11月20日
このブログをたてる。はじめての住民の集会があり、住民のレベルの高さにびっくりする。と、同時に、ヒューザーの人がいたことにもっとびっくりする。そして、気の毒に思う。

11月21日
強度の計算結果公表。ヒューザーからの説明会。ヒューザーが瑕疵担保責任を果たせばいいとしか思わなかった。

11月22日
木村建設不渡り。いまだ、事件のからくりに気付かず。今から考えると、騙しやすかっただろうと思って、ブルー。

11月23日
区からの説明会。何も具体的なスケジュールはなかったが、法令の不備についての説明がよくわかったので、勉強になって面白かった。
「建築確認が誤ると言う事態が想定されていない事(合法的な「違法」建築マンションの出現)」、「建築基準法では退去する住民には何も支援できない」と言う2点が浮き彫りになる。
住民の集会では、建て替えが総意となり、ヒューザーの提案と合致。てっきり、後は、実務レベルの話になるのかと思った。

その後、世の中は、「的外れな悪者探し」や「気の毒な住民」、「身勝手な住民」という報道に踊らされる。このブログは、数少ない非「ヒューザー陰謀説」ブログとして、世の中の注目をあびることなく、ヒューザーの発言の意味等を考察して、鬱憤をまぎらわす。

その中で、金融の関わりが無視できないことと、建築確認は間違えないと言う前提が信用の源になっているということに気付く。

11月28日
ヒューザーから「106%」の提案。違法マンションの物件数が増加し、建て替え対応が不可能になったとの通告。ヒューザーとの溝ができる。安全に対する漠然とした不安と開き直りから、「ヒューザー物件から引っ越しません宣言」を出す。これが、きっかけで、ブログが注目を浴びるようになる。

11月29日
国会参考人招致。皆が小嶋社長の品行の悪さを批判する中、イーホームズに怒る。偽造した本人やヒューザーにも感じなかった怒りがこみ上げて来る。建築基準法によって安全な建物しか建たないという前提を、全否定される。マンションを失う事より、世の中の建物の安全が信用できなくなったことに衝撃を受ける。その上、プロとして心がまえがなっていないと、八つ当たりをする。それでなくても、当直で、疲労がたまっていたので、爆発。検査というウイークポイントを攻撃する「思惑」も直視せよというコメントを頂く。

11月30日
被害の拡大にあわせ、国の対策が具体的になってくる。少し冷静になって、やるべきことを考える。法令が想定していないなら、国や自治体と我々自身がゼロから作り上げればいいという当たり前のことに気付く。あっさり、「引っ越しません宣言」撤回。ダダをこねていてはいけないと反省すると同時に、自分自身がかなり恵まれているということを今さら自覚する。

12月3日
国の方針や、他の自治体の対応が出るなか、遅れて区の説明会。この区は、あくまで、売り主の瑕疵担保責任という枠組みの中で、退去、解体までの道筋を考えている。その考え方は、「建築確認の誤り」というこの事件の本質には、あえて触れず、従来の枠組みで、行政が一歩積極的に対応するという姿勢のように思われた。この区が、まじめに違法建築に取り組もうとしていると感じた。結局、ここの住民は、一回も荒れず。

表面的な議論でなしくずしに進む公的支援への違和感を感じつつ、この区の対応に従おうという気持ちで今日を迎える。

妙に冷静というコメントを頂戴しています。典型的とか平均的と思われる住民からは、ずれていると思います。でも、もともと、みんな千差万別。ひとりも典型的だったり、平均的だったりはしません。無理矢理、ステレオタイプに押し込めようとする姿勢に批判的でした。そんな報道には違和感を感じて来ましたが、最近、お話をする人たちは、これまでと人種が違ってきています。でも、この人種が発するメッセージは、受け手には届かないのかなと思うと悲しくなります。

これから、実際の退去と、建て直しです。建て直しは、もっと複雑でしょう。そして、賠償も請求しなくてはいけません。
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by gskay | 2005-12-05 13:16 | 反省とまとめ
様々なコメントありがとうございます。
様々な分野からの卓抜したコメントに感謝します。

「地震に強い国へ」のエントリに対するコメントへのコメント

う さん、阪神大震災においては、耐震基準が守られていた建物と、そうでない建物では、被害が異なっていたと聞いています。現時点で、被害が出やすいとわかっている建物を放置しないということを、「目先の問題」として処理しなくてはならないと思います。さらに凄い地震については、どう考えていいやら?

shin さん、そうなんです。どこまで、書いていいのか難しいのです。「紛争」のさなかですから、駆け引きは大事。一応、報道に出たトピックは、OKと考えています。あるいは、報道に載せてほしいこと。それに、自分が考えたことは載せていいかなと考えています。住民には、いろいろな考えがあります。総意は、それぞれの節目に、「民主的」に決めているので、ここに書いた内容とは真逆と思われるような対応をしているかもしれません。

たくさんの方の目にふれるようになって、少し緊張しています。このブログでは、「問題になっていることは何か?」ということを問うことができればと思っています。

住民は、これから、時には、交渉を有利にするために、卑怯と思われるようなこともしなくてはならないことがあると思います。表面的には、醜悪な部分もあるかもしれません。それは、テクニックとして必要だとは思います。そういう行動を否定はしませんし、足を引っ張ろうとは思いません。

また、マスコミにとっては取り上げやすいものとそうでないものがあることがわかりました。取り上げてもらうための工夫も必要でしょう。

しかし、そうした行動が過激になりすぎて、「大事な問題」から乖離してしまうことを恐れます。

だから、問い続けます。

たなな さん、さまざまなシュミレーションが行われていて、いくつかが、具体的な作業に進みつつある段階です。それこそ、絶望的なものから、バラ色のものまで。住民が、集団として統率されていることが、幸いし、前向きです。

ななしさん、私は、自分の身の周りのことしか、とりあえず出来ません。自分が直面している問題を、片付けます。しかし、「私有財産だから……」という議論と、「安全第一」という議論にへだたりがあることが、わかって来ました。思わぬ方向に進んでいくのではないかと期待しています。

自分のふところの心配より、街が危険で一杯であるという想像していなかった事実に衝撃を受けています。

「二転三転」のエントリに対するコメントへのコメント

AWさん、起きてしまった自然災害に対する援助との整合性の問題は大切なポイントです。今回は、自然災害は起きていません。正しい言葉かどうかわかりませんが、「平時」だと思います。「平時」の経済活動として考えると、仮に公的資金が投入されることがあっても、それが、一方的なものではなく、最終的には、回収できるようなものでなくてはならないと思います。

資金は、融資であるべきだと思っています。その融資は、ヒューザーが負うべき負担の分の肩代わりに限られるべきだと思います。そして、瑕疵担保責任において、ヒューザーが返済しなくてはいけないと思います。(といっても、無理な雰囲気が漂っているので、住民が自分で返すことになるのでしょう。でも、急場がしのげたのだから、よろこんで、返済していけると思います)

そういう意味で、横浜や川崎の打ち出す対策が正しいのかわかりません。また、それを手本にして、自治体の足並をそろえさせようとする国の考えかたも、好きではありません。都の対応や区の対応は、何もしていないようにも思えますが、どのような制度であるべきかをよく考えると、「すみやかな対応」や「手厚い対応」がどうあるべきかということに慎重になるのは理解できます。

住民は、理不尽な要求をするかもしれません。しかし、「冷静に要求する」ということではないと思います。「大変な緊急事態」が起こったと思っているのですから。でも、冷静に見回すと、うちの快適な部屋は快適なままです。ただし、「違法」という「瑕疵」をかかえながら。

その「瑕疵」をヒューザーが補償できれば、早期に解決したはずです。その上で、検査制度の落ち度や偽造の違法性を追求し、賠償を請求すればいいだけでした。

しかし、そこがうまくいかない。そして、本当は、「平時」なのに、「大変な緊急事態」にしか見えない不安定な状態に追い込まれている。

これまで、うちの住民は理性的だと書いて来ました。しかし、混乱や不安を、理性で処理していくことには限界があるようです。耐えられなくなった人から、やり場のない気持ちを、必ずしも適切とはいえない場所で爆発させていくのではないかと恐れています。みんなが、最後の最後まで、理性的でいろというのは無理だと思います。

もう、2週間以上、不安定なままなのですから。(だから、対策がないのに、公表なんてして欲しくなかった)

玄関をくぐるたびにマイクやカメラがないかを確認する生活だけで、精神的におかしくなる人がいても当然ではありませんか? しつこく粘って、ろくでもない質問を浴びせられる生活。

にもかかわらず、公式の発表や通達ではなく、報道によってしか情報を知り得ない状況。

普段なら、理性的で善良な人たちも、おいつめられ、精神的に破綻しつつ有ります。

その破綻が、たとえば、住民説明会などで、少しでも発散されるなら、まだましかなと思います。(そういう会には、出たくないという臆病者で、逃げて帰りたくなりますが、我慢します)

どう対応していいかわからないまま、マスコミに注視されたまま、放置された人が、機会をとらえて爆発してしまうというのは、そういうことだと思います。理性的な日常であれば決して出ないような理不尽な要求でも出したりして騒いでいないと、怒りや不安でこわれてしまいそうなのです。(いや、こわれっちゃった人もいるかも)

その部分だけを切り取って、「気の毒な住民」とか、「自分勝手な住民」とか報道するのは自由なのかもしれません。それを受け取って、受け手がいろいろ考えるのも自由だと思います。

でも、そんなことで、進むべき道がねじ曲げられて欲しくないと思っています。

爆発や理不尽な要求は、しっかりと考えるためのきっかけくらいに考えるべきだと思います。そこに本質や問題解決の糸口があるわけではないと思います。

「本当の問題」に、ひとつひとつ立ち向かっていかなくてはならないと思います。

コメントをみて、まず、お答えしておきたいと思ったことや、反省したことを書き連ねました。本業の方を、おろそかにしたくないので、不十分かもしれませんが、ご容赦下さい。
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by gskay | 2005-12-02 11:14 | 反省とまとめ