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反省
私も含め、人は、自分の損得を他人の損得と比較しないと気が済まないようです。公的資金のことといい、税金のことといい、安物買いのことといい、詐欺のことといい。「他人が得をしているのではないか」、「他人より自分が損をしているのではないか」と疑り、「他人より自分が得をしているに違いない」、「他人の方が損をしているに違いない」と自分を慰める自分がいます。

一方で、不安が、怒りや怨みの言動の引き金に。理性的であろうとすればする程、裏切られます。「自分の立場がはっきりしないという不安」、「未来がみえないという不安」、「思っていたことと違うという不安」、「理不尽だと感じる不安」、「知らないことへの不安」、そして「危険への不安」。漠然とした不安から具体的な不安まで、様々な不安が湧いて来て、苛つきます。ふいに思いもよらない不安に襲われたときに怒りがこみあげ、鎮めたつもりでも怨みが残ってしまう。解決しない限り、エネルギーがたまっていく。不安の原因を直視することで、克服できるのかもしれません。しかし、これが難しい。理性的にみせようとして、ますます不安の泥沼にはまっていきます。誰かに原因をなすりつけたところで解決にはなりません。忘れられないから、不安として残り、怒りや怨みになっていきます。

さらには、本当はよく知らないのに、言葉尻をとらえ、自分の頭の中だけで考えて、思い違いをしてしまう自分。しかも、それを他人に押し付けたい。専門用語に過剰に反応し、言葉に溺れ、暴走し、その暴走を止められない。全体よりも部分にこだわり、問題を単純化しすぎて矮小化してしまう。先入観や思い込みを、事実より尊重する。無批判に、発表や報道の内容を信じるくせに、自分が実際に見ているものや経験しているものを信じない。そして、自分が知らない思いもよらないことを語る人のことを不快に思って、真意を確かめもせず、無視したり、攻撃してしまう。

ズッシリと重いものを抱えて、5週間になりました。様々な気持ちを消し去るのは難しく、酷いといわれるコメントも私の自己反省の材料です。

無関心であった時は、楽でした。そこに戻れるわけではないし、戻りたいとも思いません。

今は、この事態を乗り越えていけると信じたいと思っています。そう信じ続ける力が自分に備わって欲しいと願っています。

コメント欄の閉鎖やこのブログ自体の存続を心配して頂いています。対応は、考えていますが、もう少し、このままにして置きたいと思います。
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by gskay | 2005-12-22 16:48 | 反省とまとめ
区からの説明会(3)
まず、担当の方から、以前と説明と異なる対応になったことについて、お詫びと事情説明がありました。問題の拡大にあわせ、国の対応がそれにあわせて変化してきたという背景が説明されました。該当の物件数が増え、売り主をめぐる環境も変化しました。さらに、他の自治体との平等性の確保と、区が受ける補助金の条件についての説明がありました。

これで、瑕疵担保責任の枠組みから外れることが、ほぼ確定しました。

そして、具体的な内容。

諸々の説明の後で、詳しい経緯への質問がありました。

これまで、区が目指して来たことがいかに不可能になっていったのかという話を聞く事ができました。と同時に、いかに平等とか公平というものの確保に腐心してきたのかがわかりました。

今回も、マスコミのカメラのもとでの会でしたが、荒れませんでした。

区の担当者からのお詫びや説明については、感謝こそあれ、非難や不満の声はありませんでした。これまでも、今も、誠実で筋が通っていると思います。「民民」にこだわるという区の発想に共感していたこともあり、残念だと言う空気はありました。しかし、前提が変化してしまった以上、対応が変化するのは仕方がないことです。現実問題としては、極めて高度な対応です。異例の手厚さを当事者としてありがたいと思います。

区の説明によれば、国の対策は、もはや「制度」ということです。いろいろと欠点を挙げればきりがありません。是非の問題や位置づけの問題にも疑問は残ります。知事の苦言は、もっともなことだと思います。当事者としても戸惑っています。売り主の責任追及についても、不安は残ります。

しかし、走り始めました。

本格的な捜査の手が入ったというニュースをきき、様々な意味で後戻りができない地点を通過したと思います。

これで、瑕疵担保責任の不履行がはっきりしたように思います。法的な責任追及の問題は、次の段階に入ったように思います。

まだ、解体から建て直しについては、具体的なものはありません。知事の言う通り、仮住まいの前提は、建て直しです。建て直しにむけた作業の重要性がますます増したといえると思います。

なお、転居先の耐震安全性についての質問がありました。具体的な回答はありませんでしたが、区には自信があるようです。とりあえず、何のための転居かわからないという事態は避けられるようです。
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by gskay | 2005-12-21 08:28 | 公的対応
他省庁の動き
国土交通省が手をこまねいている間に、



購入者が直接検査契約 耐震強度偽装で経産省案



購入者には、こういう手段は、全くなかったように思います。また、品質保証や保険についても、売り主や建築主が利用できるものしかなく、購入者が利用できるものはあったでしょうか?

今後、総務省や財務省からもアイディアが出てくるような気がします。
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by gskay | 2005-12-20 13:27 | 揺れる システム
瑕疵担保責任
いよいよ、これから先は、実際の行動の段階に入ります。観念の中の話や、会議室や集会での話ではなくなります。そして、お金も動きはじめます。

国のスキームは、瑕疵担保責任で対応すべき物件も、そうでない物件にも対応できます。しかし、瑕疵担保責任がある物件については、適用は慎重でなくてはならないと思います。自治体による買い上げにより、売り主への瑕疵担保責任の請求が消滅する可能性があるからです。

「品確法」以前の物件については、国のスキームは、極めて有効だと思います。しかし、「品確法」に該当している物件では、まず、瑕疵担保責任の枠組みで対応すべきです。「品確法」に該当する物件は、売り主が倒れてしまった場合に限って、国のスキームを考えるようにすべきだと思います。

売り主への裁判が行われないことへの疑問をききますが、今回に限っていえば、裁判で売り主に認めさせなくてはいけないことは、もうすでに明らかになっています。今更、争う必要はありません。

通常の欠陥マンションの裁判は、欠陥があるかどうかというところを、買い手が証明するところから始まります。今回は、すでに瑕疵は明らかであり、瑕疵の証明は必要ありません。だから、裁判の問題ではありません。

また、瑕疵担保責任は、他の債務よりも優先順位が低位です。下手な裁判でもして、売り主が倒れた場合、会社の資産は、まず金融機関などの債権者が先に持って行ってしまいます。こちらに取り分はありません。

結局、今のところ、売り主を訴えたところで、何も得るものはありません。

瑕疵を買い手が証明しなくてはいけない点や、瑕疵担保責任の優先度が低いことなど、法令は、かなり買い手に厳しい仕組みになっています。

しかし、私は、民民の瑕疵担保責任の枠組みでの、肩代わりや立替払いに、今でも、こだわっています。

肩代わりや立替払いについて第三者と売り主が契約する。
瑕疵担保責任の負担については、第三者が負担しておく。
その負担に対し、その第三者は、他の債権者と同等かそれ以上の請求権を得るようにする。

そんな方法が、法律的に可能なのかどうかはわかりませんが、契約によって瑕疵担保責任の位置をあげる事ができると思います。

一旦は、その第三者に相当する役として、区が候補として上がっていました。しかし、国のスキームの登場以降は、難しくなっているのではないかと想像しています。

この肩代わりや立替払いの第三者は、なにも、行政に限定する必要はないように思います。金融機関などが、この第三者になってもいいのではないかと感じています。住宅ローンを提供している銀行なども、念頭に置いていいと思っています。

いずれにせよ、瑕疵担保責任がある物件に関しては、瑕疵担保責任を果たすことから売り主を解放するような方向の対応は、良くないと思います。
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by gskay | 2005-12-19 13:39 | 損害と回復
それだけ?
この1週間で、一番びっくりだったのは、NHKスペシャルでの、この構造計算で、減らされてしまった鉄筋やコンクリートの値段の試算。1軒あたりにすると、たった、それだけという額でした。

この週は、宿泊した友達の件で、コメント欄で叱られ、国の「支援」がさらに変更と、ストレスを感じることが多かったような気がします。

宿泊については、リスクの評価の問題を提起できればいいと思いました。しかし、結局、私の態度がけしからんという話に落ち着いてしましました。リスクのことをコメントするのは少数だったことには、反省しました。意図が伝わっていないと思いますが、それは、私の表現力や分析力、説得力のなさが原因でしょう。ただ、「退去勧告」の意味については、区からの説明と、コメントをくれた多くの方々の捉え方にはギャップがあるように思いました。

国の「支援」には、もともと、位置づけややり方に違和感を感じていました。最初の発想にこだわり続けると、今後も対応は、私たちにとっても難しい問題として残されて行くような気がします。あるいは、今後の別の物件への対応にも足かせになる苦しい前例になってしまうような気がします。

自治体レベルでは、国との間に差があるような気がします。自治体同士も、バラバラです。ただ、神奈川での対応と、東京での対応は、一見すると正反対のようですが、いずれも問題の核心に対してストレートにアプローチしているように思います。何を重視するのかという違いがあるだけだと思います。

素早い行動を取った側から、全マンションの安全性を評価していこうという壮大な方針を打ち出された事を、非現実的だと笑うことはできないでしょう。それほど、重要な事態だと思います。

一方で、慎重な立場をとっていた側からは、実際の問題として、このマンションの退去後の仮住まいまで用意して終了ではなく、時期を区切って建て直し等の計画を明確にする必要が有るという主張。これも正しいと思います。それが、個人の負担も社会の負担も軽くするからです。同時に示されている、民民の関係への節度をこえた公的介入に対する疑念も、当然だと思います。

それに比べると、国の対応は、場当たり的で、解決にはつながりにくいように思われます。「支援」の是非の問題にも、いろいろな意見があるようですが、当事者としても受入れるのが難しい対応だと思いました。

ところで、減らされてしまった鉄筋やコンクリートの値段が試算され、衝撃を受けました。

1軒あたりになおすと、たったそれだけという印象です。この部屋のために支出した諸費用や、消費税よりも安いのではないかと思われます。

実は、安全は、誠実であれば、大して高いものではなかったのですね。ショックです。

たった、それっぽっちの額だったなんて。

また、この額では、ヒューザーの「安くて広い」の「安さ」の理由にはならないとも思いました。その額では、「破格」の値段とやらは実現できないでしょう。

NHKが、ほんの少しだけ「ガラス張り」にしてくれただけで、マンション価格の常識がガラガラと崩れてしまったような気がします。

もうひとつショックなことがあります。私が誰か、このマンションでばれてしまいました。こっそり、個人的な意見を、好き勝手に書くブログから、また一歩離れてしまいました。

ひどい意見を、いっぱい書いているので、肩身がせまいかも……。
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by gskay | 2005-12-18 20:27 | 真相 構図 処分
取材
最初の頃とは違うタイプのマスコミの記者さんたちと話をする機会があります。

以前の突撃取材のようなインタビューにも、急いでいない時には応えていたのですが、ことごとくボツみたいです。取材をされていて感じたのは、おそらく、始めから欲しい絵やコメントが決まっているのだろうということです。

意図に沿ったものしか使われないようです。また、少なくとも、受け手に受入れられる素材でないとダメということだと思います。マスコミは、その辺を、考えて編集しているのだと思います。その結果、受入れやすい分、かなりテキトーなことを伝えても、ほとんどの受け手にとっては、マスコミは「真実を伝えている」と思えるようになっているような気がします。

受け手の了解可能という点が重要だなと思うようになってきました。一方的な発信では、ダメなんですね。

最近の取材は、かなり上品です。意図や目的が、明確で、話をして楽しい時間を過ごす事ができます。しかし、やはり、付き合っているうちに、「真実」から乖離していくので、むなしくなります。受け手がいることが前提の立場であるから仕方がないことだと思います。受け手に受入れてもらわないと、無駄骨でしょうから。

しかし、それに付き合うのは、かなり忍耐が必要です。

企画が練れれば練れる程、本質や核心をえぐり出し、誰も知らないような発見をするのかと思っていましたが、なかなかそうならないようです。むしろ、企画が練れれば練れる程、その企画にあわせたディテールが必要となるようです。取材は、瑣末なディテールの整える作業にになり、新しい発見から遠ざかるような気がします。
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by gskay | 2005-12-17 15:15 | メディアの狂騒
いきさつ
リクエストに応えて。

購入のきっかけ
インターネットで物件検索し、路線と駅からの距離と広さを基準にリストアップしました。
それ以前にも、数社から定期的にパンフレットが送られるように登録をしていました。リストの中から、すでに出来上がっているマンション、建築中のマンション(近くにモデルルームがある)もまわりました。その後、ヒューザーに辿り着きました。売り出したばかりの物件。現地にも行きました。基礎の工事をしていたように記憶しています。その後、約1週間検討し、契約へ。予算的には、予定より高いものになりました。

もっと安くて狭くて良かったのですが、手頃なサイズ(60くらいを考えていた)で、欲しいマンションはありませんでした。その後、広さは、広い方に修正。値段も上方に修正。80から90だと、ミストサウナなど、要らないものがつく。使わない設備を増やすのは、あまり好きではありません。その他、近場では、デザイナーマンションというのがありました。シンプルな物件は、ありませんでした。(今から考えれば、こういうのを買って、設備を取り除いてもらえば良かったんだ。でも、それって変。)

ヒューザーの印象は、そっけない会社。担当の営業さんは、それまでにあった営業の人に比べ、のんびりしている印象。本社のモデルルームへ。他のもっと早く出来上がる物件を勧められるが、そちらには興味はありませんでした。また、よその億ションでもいいのではともいわれました。確かにそれも選択肢。でも、このあたりには、そんなものはありませんでした。立地が、自分の都合にあっていて、今のマンションは、特別な存在でした。何もついていないのも、良かったし。

ヒューザーの価格は確かに安かったと思います。この物件が、他の売り主から高く出ていても、買ったと思います。結局、他に物件はなかったように思います。

重要事項説明は宅建主任、営業さんとうち。

構造についてチェックしようとは、全然、思いませんでした(失格?)。建築確認関係の話を聞かされましたが、その時、「イーホームズ」という名前は出て来たように思いますが、記憶には残りませんでした。このころ、建築確認の無謬性を疑っていませんでした。

違法を覚悟して買って下さいとは、言われていません。

耐震性能に関しては、普通のマンションは、基準ギリギリで作られるものが多く、耐震性能を特徴にする物件は、それが付加価値とのこと。学校や病院が地震に強いと言う話を聞きました。

この時点まで、耐震性能が高いことを売り物にしてる物件にも興味がありましたが、悩むのをやめました。実際に強い地震が来た場合を考えました。高度な耐震性能をうたっていても、確実な耐震技術はないようだし、大きな地震に見舞われた建物のその後の性能はわからず、結局、建て直しになるかもと考えました。阪神大震災後の動向についての知識はなく、漠然とした発想です。

そこで、大きな地震があったら、建て直すべきだと考えるようになりました。建て直しになると、阪神大震災の時のように新たな負担になるのだろうと考えました。そうすると、二重ローンに耐えられる価格というのが妥当ではないかという発想に。

瑕疵担保責任については、ちゃんと説明されたと思います。誰かに売ると、ヒューザーの売り主としての瑕疵担保責任は消えると言うことも、説明されました。

重要事項説明で、今回の事件に関係がありそうな部分を、むりやり記憶から呼び起こすと、こんな感じです。地震についての議論は、相当しています。ただし、耐震についての概念だけ。構造はみませんでした。

違法であるとは、少しも考えませんでした。

その他、近隣との関係等を話しました。町内会についても議論し、お祭りがどうかというような内容の話にまで及びました。

その後、しばらく経ってから、間取りを変更したり、オプションの注文等をしました。ほぼ、希望通りのスペックです。

入居まで引っかかっていたのは、直床、直天井であったということ。遮音性の心配です。実家の古いマンションもそうであったので、大丈夫だろうとは思いました。結局、入居してからも、不都合はありません。遮音性と、直床、直天井とは、別の問題であるというのを、少し後に知りました。

配管などが将来問題になるのではないかという心配もしました。ただ、実家のことを考えると、考え過ぎかと思いました。

さらに、時間がたって、間取りの変更をもう一度しています。これは、木村建設に直接注文しています。

その後、もろもろの手続きをへて、入居しました。ローンは、提携ローンです。

・ところで、大手から買えば、安心だったか?

大手だからといって安心というのは、今回の発覚のパターンに限っていえば、幻想だろうと思います。

対応に関しては、確かに、会社の体力はあるかもしれないが、ヒューザーの偽造マンションと同じ割合で、瑕疵のあるマンションをかかえたら、大手もだめでは?

また、今回は、瑕疵が明らかにされてしまっているので、そこに議論の余地はありません。しかし、通常の欠陥マンションのように、瑕疵を証明しなくてはならないとなると、簡単ではありません。その点も、大手だろうが新興であろうが同じではないかと思います。

一軒だけの欠陥マンションであれば、ヒューザーだって対応できたと思います。認めさせるには努力がいるでしょうが。

・追加の負担は?

確かに、痛いが、元が安いので、被害は小さく、あきらめがつきます。もともと、地震の時に二重ローンとなる覚悟があったので、何とかなると思っています。

・広くて安いマンションについては?

広さの快適さを知ってしまった今、広い方がいいと思っています。広くて安いマンションを作り、後から、オプションで設備をつけたり、間取りをどんどん変更してしまうというのは、いい考えだと思います。このような違法性がなければ、ひとにすすめます。

・今後、このマンションではなく、別のマンションを買うか?

買いません。少なくとも、現在の制度では買いません。

信頼できる人から買おうが、信頼できる会社から買おうが同じこと。そんなものは、違法建築を避ける方法にはなりません。

ヒューザーの役員、社員まで巻き込まれていることを考えると、信頼なんて何の意味もないと思います。

たとえ、親しい信頼できる友達からのすすめでも、パスです。
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by gskay | 2005-12-16 17:48 | 反省とまとめ
震災/法令違反/耐震/危険/退去勧告/近隣
震災を引き合いに出し、公的な対応の必要性を主張するのは、感心しません。

激甚災害によって被るのは、単に財産的な問題だけではありません。

生命の危機に実際に直面します。

不便な避難生活を強いられます。

そのどちらも、私たちのマンションにはないことです。私たちが巻き込まれたのは、法令違反事件です。私たちは、この事件によって、生命の危険にはさらされていません。地震の時、その可能性が高いかもしれないというだけです。私たちは、避難生活を経験することもないでしょう。「退去」と「避難」は、異なります。

マンションの再建も、インフラの復興からはじめなければならない災害とは、全く異なります。

地震保険についての言及も聞きました。しかし、これは、地震ではありません。もし保険について主張するなら、「違法建築確認および検査」に対する保険の創設を主張してはいかがでしょう。いまや、誰もが「違法建築確認および検査」がリスクであることを認めると思います。ただ、そんなものが必要な行政手続きってのは、いかがなものでしょう。

私たちが背負ってしまったのは、災害被害ではなく、違法建築です。たまたま、耐震性に問題があったからといって、震災被害と比較しても意味はありません。私たちは、まだ、地震に見舞われていないし、耐震以外の基準の違反であったとしても、同じように処分される問題ですから。

そもそも、この事件は、前代未聞の事件です。前例だけで考えるのは困難です。既存の法令で処理するにも限界があります。これは日本人にとってはじめての経験です。過去の事例との比較に終始する限り、好転はないと思います。批判や非難を甘受しながら、当事者は、今後の前例になるという覚悟をもって事態に切り開いかなくてはいけないと思います。(私はその自覚が足りないのかも……。叱られながら、次のステップへと進みます)

以上、GSX さんのコメントへのコメントの追補です。

その他のコメントへのコメントです。

「理想論」を、「現実的でない」と否定することには抵抗があります。加えて現実的でないとする根拠の「現実」にこそ、リアリティーがないような気がします。始めから理想論を慮外において、放棄してもいけないような気がします。ただ、仰せの通り、現実的な対応の方を気を引き締めて行わなければいけないと反省しています。横浜の対応は、拙速ではないかと思う事がしばしばでしたが、報道されている耐震検査への対応は「理想論」的でいいと思います。

zap さんの言う通り、危険の実態の理解や、その評価が適切ではないような気がします。センセーショナルな報道が先行し、必要以上の過激な評価になっているような気がします。私も冷静さを失って、過激になりすぎました。所詮、机上の空論であり、私の場合は、個人の心理的恐怖にすぎません。

「自主的な退去勧告」の位置づけには、温度差があるようです。物件毎に差があります。今のところ、世の中は、最も、過激な対応をしている自治体の判断に眼を奪われています。このマンションについては、最初に区から説明され、釘をさされた内容を反芻する必要があるようです。少なくとも、ここでは、今の暮らしを制限する意図はないように思われます。退去・解体への道筋を円滑に歩むだけでなく、生活と両立させることが課題です。そこは、災害時の「避難」との違いかもしれません。否が応でも、生活が制限されてしまう「避難」と、「退去」を、同列には論じられません。

この事件に巻き込まれるまで、退去勧告がでると、もっと激烈な変化があると思っていましたが、当事者になってみると、全く違っていました。

今までの暮らしはそのままです。そこに、こなさなければいけないことが増えました。説明会に集会、通知の読破、情報の分析、住民間の調整、そして自分の引越準備。仕事をしばしばキャンセルです。一般住民である私でも大変ですから、役員の人たちは……。

「退去勧告を受けた住民」ということに、先入観があるようです。実際に経験していることとは、異なるイメージが勝手に広がっていて、その凝り固まった先入観で語られているような気がします。マスコミでも、ネットでも。(そもそも、今まで、誰がこれを経験して来たというのだ!決めつけられたイメージに違和感を感じるから、このブログを懲りずに続けているわけだけど。)

よく住民への非難の材料として出される近隣との関係については、「ドライな交渉」とだけ、記しておきます。一般論としては、非難の材料として上等なものだと思います。私自身、当初、最も注意を払っていたポイントでした。

さて、麒麟の王 さん。そして、他の皆さん。ブログがあったら、是非、教えて下さい。TBをお願いします(ブログはじめて4週間、TBの意味が分かって来た)。意見や立場に違いはあっても、問題を共有できるといいと思います。たとえ、結論が一致しなくても、立場を納得できなくても、問題を共有していけることをありがたいと思います。

最後にひとこと:うちの物件は、瑕疵担保責任の枠組みで解決するのが原則である物件でした。しかし、そうでない古い物件が増えて来ています。責任の重みのかかり方が微妙に変化して来ました。
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by gskay | 2005-12-15 18:58 | 安全と安心
放置されている危険なマンション
「安全」を心配しているのですか?それとも、公金の使い道ですか?

どちらも、心配すべき事です。だから、もう一歩踏み込んで考えてみて下さい。

発覚したのは、「偽造」かもしれません。背景は、確認制度の杜撰さかもしれません。そこに「思惑」をもって踏み込んだ輩がいるのかもしれません。そして、所有者の責任も問われるべきでしょう。

しかし、それだけであれば、個別の事件に過ぎません。国会の証人喚問くらいで充分です。

今回は、そこにとどまってはいけません。

なぜなら、明らかになったのは、「根本的に我が国の建物の安全が損なわれてしまっている」ということだからです。

発覚せずに、放置されているもの。
施工の欠陥を、放置されているもの。
昔の基準のまま、放置されているもの。

まず、こうした放置された建物を再点検しなくてはなりません。そして、危ない順に並べて、ひとつひとつ片付けて行かなくてはなりません。

それが「安全」であり、その決意を示さなくてはいけません。その決意こそ、「公金」として現れるべきです。

うちを、「欠陥マンション」として扱うなら、そう扱って欲しい。「危険なマンション」として扱うなら、そう扱って欲しい。

しかし、ここは、「偽造計算マンション」。(「欠陥マンション」ではないんですね)責任がはっきりしているから、「公金」が支出されようとしています。表向きの口実とはうらはらに、「危険」は二の次になってしまっている。

危険だと心配してくれるのはありがたいと思います。

しかし、ここがどれだけ危ないか、他と比べてどうであるのかを、私たちはどれだけ知っているのでしょうか?

私たちは、踊らされています。本当の危険から目を背けています。この一連のマンションだけを問題にすることによって、問題を矮小化し、抜本的な対策をせずに済まそうとしています。

本当の危険は、放置されているところにあります。

現実に目を向けて下さい。そこら中に放置されている危険なマンション。その放置されている危ないマンションにも暮らしがあります。その周辺にも暮らしがあります。その危険さと、うちの危険さを、真剣に比較して下さい。

そして何をすべきかを考えて下さい。

発覚してから、かれこれ4週間。対応の二転三転にも慣れて来ました。

そして、混乱に身を任せることに少し飽きて来ました。

醒めた眼で部屋をみれば、何も変わってはいない。外に眼をむければ、何とかしなくてはいけない建物がいくらでも。

それが、現実です。

うちはまだまし。危険が発覚していますから。対応もはじまっているみたいだし。それに、まだ、3ヶ月。そして、ヒューザーある限り、瑕疵担保責任の枠組みが使えるし。(あてにはならないけどね)

しかし、5年もの長きにわたり、気付かずに放置されていた物件はどうなのでしょう?その5年の「危険」な生活は何だったのでしょう?

あるいは、欠陥をわかっていながら、取り上げてもらえない物件はどうなのでしょう?公金が支払われる訳ではないから、問題外ですか?

そもそも、無数とも思われる危険が発覚していない物件は?

私は、前のエントリに関し、少なくとも3つの間違いを犯しました。

まず、行政より「自主的な退去勧告」を頂戴しているにもかかわらず、友人が来るのを止めなかった。(かならずしも、「危険」であるからという理由で止めようとは思わない)

次に、自覚がないと叱られるようなことを白状した。

そして、最後に、麒麟の王 さんや、ふたたび さんにもわからないひとりよがりな日本語を使った。

地震がまだ来ていないからこそ、危ない順に並べませんか?悪者がかかわった順番とか、国が責任を感じる順番とかではなくて。
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by gskay | 2005-12-14 21:11 | 安全と安心
泊まってく?
最初で最後ということで、遊びに来てくれる友達がいます。気が紛れます。

でも、泊まってはいかないみたい。

お客様が泊まりたいと言っても平気なように、布団セットを用意しています。しかし、こういう事態になってしまったため、まだ、その布団が利用されたことはありませんでした。

先週末ついに、うちの部屋に泊まって行った人がいます。

感想は、まだ聞いていません。

あと何人が遊びに来てくれるやら。その中に、泊まって行く人はいるのかしら。

「円滑な退去」とやらは、いつになるのでしょう。今週末には、具体的なものになると聞いていました。しかし、ここへ来て、国が定めた退去の期限が「12月中旬」が「12月一杯」に変更になったという発言。12月中旬までに退去完了と言う当初の案は放棄され、12月一杯になってしまったようです。

うすうす、そう感じてはいました。

神奈川県下での退去が進む一方、都内が一向に進まないと報道されています。国が把握し、報道に伝えられる内容と、現場の実際の出来事にズレがあるように思います。あたかも、都や区、都内住民の「国のスキーム」への対応が悪いかのように報じられていると思います。(実際、遅いけど)

では、本当に、神奈川県下の退去は「国のスキーム」で進んでいるのでしょうか?これまでの退去は、事件発覚後の早い時期に出された自治体独自の指示による退去や、「自壊」のおそれによる退去、あるいは本当に自主的な退去です。神奈川県下も、「国のスキーム」への対応は、都内と同じように進んではいないのではないかと思われます。

うちにも、すでに自主的に退去を済ませた人がいます。済ませたなりに中途半端な状態に置かれているようです。公的な枠組みから外れての退去であり、公的な「円滑な退去」を待って残っている住民以上に先のみえない状況に置かれているようです。

宙ぶらりんの状態が続きます。具体的な話を、「12月中旬」が終わる前に聞きたいものです。

「最初で最後」の訪問をまだしていない友達は、あと、何人いるのかな。長引くようだと、昔の友達や遠くの友達まで、総動員しなくてはならなくなりそうです。

ところで、次々と問題の物件が増えているとの報道。「住宅品質確保促進法」以前の物件も含まれています。

この場合、売り主の10年の瑕疵担保責任にかからないのではないかと思われます。これらの住民は、売り主に瑕疵担保責任を請求するのではなく、不法行為に対する賠償を求めることになると思います。

瑕疵担保責任がからんでややこしくなっている私たちとは立場が違いますが、とてもややこしいと思います。

彼らは、すでに5年以上も住んでいます。その間、知らずに住んでいたわけで、そのことをどう評価したらいいのでしょうか?やはり、「精神的苦痛」は重要?しかし、少なくとも5年は、地震にあわず、快適な生活を享受できている点をどうとらえるのか。また、5年の経年による減価も考えなくてはなりません。

今までの時間を、どのように評価したらよいのでしょうか?

引っ越してきてからの時間が短い私たちとは異なる悩みをかかえることになったのですね。

<後から追加>2006.01.04
当時は、長期戦になり、危険への緊張感は日常に埋没しつつありました。そもそも、どういう問題だったのか、どういう危険なのか、この時期、強く疑問に感じていました。

この事件の「危険」の正体は? その程度は?

それは、日常を否定するべきインパクトを持つ危険なのか?

わかってくると、そうではないということに気付きます。しかし、コメントをくれた多くの人は、そうは捉えていなかったようです。これは、マスコミのせいです。リスクをセンセーショナルにかき立てたせいだと思います。そして、ほとんどの人が、無批判にそれを受入れたせいです。

本当に、「危険」を重視するのであれば、既存不適格に真っ先に対処しなくてはいけません。それに比べて、本当に危険かどうかもわからないのに、何を自分は騒いでいるのだろう? そう、思っていました。

「危険」と「違法」が混同されている捉えられている実態に、あらためて眼を向けなくてはいけないと考えていました。
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by gskay | 2005-12-14 14:57 | 安全と安心