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政治資金の返還
12月8日という少し古いニュースです。


Yahoo!ニュース - 共同通信 - 森派が660万円を返還 ヒューザーなどからの献金
「国会で事実の解明が進み、政府が国民の生活保護に努力している。返還することで被害者救済に役立ててもらいたい」



不思議なニュースだと思います。関係する企業から、どのように政治資金が流れていたかというニュースが目立つ中、異彩を放っていると思います。

適正に処理された政治資金であるとのこと。つまり、受け取ったという事実は消えません。

返還したところで、手切れにはできないでしょう。こんなことでは、「悪徳業者からの政治献金」というダーティーなイメージを払拭することはできないのではないでしょうか。

そうすると、別のメッセージが込められているような気がします。

「返還することで被害者救済」と謳っています。そうすると森派は、「ヒューザーなど」を、「被害者救済の窓口」と理解しているということなのでしょうか?

追記 うちにもヒューザーの一時金が振り込まれました。
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by gskay | 2005-12-13 11:15 | 政治と役所と業界
総会成立
単なる住民の集まりではなく、今回は、管理組合の第一回総会として行われました。報道陣のカメラの中で行われました。

管理会社からの会計の報告は、退屈でした。ここで、目を皿にする気合いがある人なら、こういう事件に巻き込まれないのかもしれません。しかし、私はだめ。途中で、眠くなってしまいました。

つらい会計報告が終わり、理事会から今後の方針が提示されました。

何とも不思議な管理組合です。最初の課題が「円滑な退去」です。

転居先の住居の割り振りについて、単純な抽選にするか、係による割り振りにするかという採決がありました。各家庭の事情に配慮した方がいいということで、係による割り振りに決まりました。決まったというより、再確認されたということですが。

瑣末なことかもしれませんが、「行政の支援」と「行政の対策、対応」という言葉が定義されました。「支援」という言葉を使うことによって、責任の所在が曖昧になったり、問題がすり替わってしまうことを懸念するとのことでした。「対策」とか「対応」という言葉を原則的に使うという方針が示されました。

費用の肩代わりや立替払い、弁済などであれば、「支援」という言葉を受入れやすかったかも知れません。しかし、それを大きく踏み出した対応が示され、私たちにとっても、困惑の種となっています。

各自の所有権の取り扱いについての申し合わせも確認されました。

会の後半では、異例なことだと思いますが、区の担当者が、休日の夜であるにもかかかわらず、国の枠組みの説明のために来てくれました。これまでも、非公式な住民の集会にも来てくれています。休日でも時間外でも来てくれるということには、頭が下がります。

国のスキームについては、最終的には、自治体が実施することになっているとのこと。国のスキームを受け、区の対応を再検討しているという内容が説明されました。再検討される中身は、財政的な問題や位置づけのようです。

具体的なスケジュールは、再検討の後になるようです。国のスキームが発表されたものの、そのスキームは具体的なものではなく、実際に実施する自治体での検討が必要になり、時間を取られているとのことです。

大きな遅れは避けたいところですが、多少の遅れは覚悟しておく方がいいと、個人的には思います。明言はさけているものの、これまで通りのスケジュールですすめるような努力が水面下では行われているようです。

ところで、国のスキームは、それぞれの自治体ごとの事情が考慮されていないとのこと。細部を調整しなければならないそうです。しかし、それをどこまでやっていいのかさえわからない状況のようです。

また、既存の制度を特例として活用するだけである点も、扱いを難しくしているようです。自治体の負担を強いる一方で、自主性を縛るという制度を、押し付けられてしまったようです。この制度が、どれだけ活用されて来たのかわかりませんが、話を聞く限り、不人気になっても仕方がないかと思う制度です。

確保された住宅についての説明もありました。公的住宅であり、同じ広さの住宅をまとめて確保することは困難という事でした。区の担当者は、この公的住宅の割り振りが不公平になってしまうということを心配しておられました。

しかし、そこまでの心配には及ばないでしょう。このマンションについて、広さを優先したい人もいれば、利便性を優先したい人もあり、期待は様々であると思われます。区の担当者が心配する程、同じものにこだわる必要はないと思われます。割り振りで、ある程度の希望が反映されるということで充分だと思われます。
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by gskay | 2005-12-12 09:52 | マンション暮らし
女性の集まり
住民の集会が行われると、男性の出席の方が多いようです。

男性は仕事があって出席が難しそうなものですが、事態が事態であり、万難を排して出席しているようです。事態の推移を把握しておきたいし、意見も言いたい。

一方、女性は、夫婦で出席という形もありますが、その家庭から男性が出席できないので参加というのが多い気がします。

こういう時は、夫、妻の順番のようです。そして、集会での発言も男性優位であるような気がします。

こうした状況の是非はともかく、住民の集会とあわせて、女性の会が行われています。とにかく、やれることは何でもやっておきたい時期ですから、とても重要なことだと思います。様々な役を引き受けてくれています。おかげで、連絡網をはじめ、著しく充実して来ました。

しかし、女性の会は、住民集会に比べ、遥かに運営が難しいようです。今日の女性の役割は、あまりにも多様です。このため、メンバーが集まることさえ、ほとんど不可能になっています。

主婦としての役割や母としての役割の女性もいれば、仕事についている女性もいます。

主婦としての役割や母としての役割の女性に夕方や夜に集まれというのは、子供をほったらかしにしたり、家事へのしわよせという犠牲をともないます。

では、昼間に集まれといっても、仕事のついている女性には、無理。特に、男性に比べ、不安定な状態で仕事に就いている女性にとっては、リスクが大きい。また、夕方から夜も様々な仕事がある。

女性がみんなで集まれる時間をみつけることは、とても難しいことです。

それでも、女性の会の役割は大切だと思います。実際、短期間に、効果をあげているのですから。しかし、今後の運営には、注意が必要だと思います。

まず、それぞれが多様な役割を担っているということを、お互いに認め合えるかどうかが鍵のような気がします。

みな、この事態に対処するためのやる気は充分だと思います。その思いを空回りさせないようにするのが、リーダーの任務のようです。メンバーの個性が発揮され、事態の解決に大きく寄与することを期待しています。
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by gskay | 2005-12-11 13:58 | マンション暮らし
建築確認は、錦の御旗か?
建築確認は、適法であることを確認する審査であって、建築許可ではないとされています。この部分が、私にとって、わかりにくいところです。基準に違反すれば、確認はされないはずなので、許可のような気がするのですが、認めるだけだということです。いずれにせよ、基準に適法の建物の建設は、建築主と設計と施工の責任であり、その維持は所有者の責任です。

この点は、直前のエントリの 麒麟の王 さんのコメントの背景にある重要なポイントだと思っています。

この点をもって、誤った建築確認であっても、確認者が100%の責任を負わなくてはいけないとは思えません。むしろ、ミスしても、おとがめはないのかも。あくまで、「認可」なのですから。

建築主と、設計と施工の責任は当然に問われます。また、所有者も、この違反を改善しなくてはならない義務を負っています。

しかし、そうは言っても、建築確認は、事実上、とても大きな権威をもっているのではないかと思っています。そして、無謬であるという前提を持っていたのではないかと思います。今回は、建築確認の誤りがなければ、被害がでなかったケースです。

一方で、違反建築の取り締まりがあります。この取り締まりは、違反建築の撲滅に役立つはずです。今回も、その取り締まりが行われています。しかし、この取り締まりは、誤った建築確認を見つけることは想定しているのでしょうか?施工段階の違反などが、対象だったのではないでしょうか?設計については、確認段階でチェックできると考えられていたのではないでしょうか?

でも、そうではなかった訳です。

今後、公の建築確認とは別に、充分なチェックをして行かなくてはならなくなったような気がします。そうしないと、たとえ、建築確認が出ていても、それが、いつ違反として取り締まられるかわからないからです。

そういうことを、私は少しも考えることなく購入しました。きっと、銀行もそういうことを少しも考えずに住宅ローンを貸したと思います。

ご指摘の通り、現行の法律では、誤った建築確認の問題は、錦の御旗にはなりません。そこへの配慮がないからです。

さて、私も、今回の異例の「支援」策が、こんなに早く手厚く出たことには疑問でした。また、行政の責任は、一方的な「支援」に求められるのではなく、「賠償」や「弁償」、あるいは「弁済」や「肩代わり」であるべきだというのが、これまでのエントリの主旨でした。しかし、そこばかり書いて、建築主や施工、設計の責任を強調しなかったのは、不適切でした。自明だと思われたので、書いてこなかっただけです。バランスを欠いていたと反省します。

所有者である住民が、売り主の瑕疵担保責任の請求をするのが第一であるという点は、たびたび強調して来た通りであり、それを枠組みの中心に据えて行くべきだという考えはかわっていません。でも、これは、ヒューザーが消滅すると成り立たなくなってしまうので、最悪のシナリオは、常に念頭に置かなくてはならないとは思っています。

ところで、もっとびしびしと違法建築を取り締まれと勇ましいことを言いました。そうあって欲しいと思いますが、準備不足で無理だろうと思います。

それから、せこい心配なのですが、住宅ローン減税って、住んでいないとダメなんですよね?
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by gskay | 2005-12-10 21:21 | 揺れる システム
コメントへのコメント

コメントをみていて、今まであまり重視していなかったヒステリックな反応のディテールが、急に気になりはじめました。

「都営は狭いから引っ越したくない」発言は、擁護の余地がないと思います。話題として取り上げたくもありません。

売り主が用意して来た物件に対して注文をつけるのは当然です。おおいに交渉すべきと考えます。しかし、本来、第三者である行政が、公営住宅の規則を逸脱してまで用意したものに対して許されるコメントではないと思います。

それに、行政は、転居先として確保された住宅に強制連行しようとしているわけではないと思います。選択肢をひとつ増やしてくれているだけだと思います。抵抗や不満を表明する筋合いのものではありません。(でも、ひょっとして、安全かも?と思ってしまいます。確信はありませんが)

「70点」発言の意図は、知りません。また、その70点という点数をどのように評価したらよいのかもわかりません。この場合、合格点は、60点以上なのかしら? 自動車運転免許は、90点でしたっけ?80点以上が「優」で、70点以上が「良」の70点?

そもそも、採点の基準や、測定の物差しがはっきりしていないので、論ずるに足らない発言だと思います。一見、数値化されて意味がありそうですが、全く主観的な表現にすぎません。しかも、曖昧。何がいいたいのかわからないという点で、「問題」な発言だと思います。中身に立ち入って考えようと言う意欲が湧きません。

「あなたが私のお父さんだったら」発言は、理解不能です。きっと、そういう心理状態だったのだろうと思います。よく、話を聞いて癒してあげたい気持ちになります。

「区民税返せ」発言は、私の場合、まだ転入したてなので、払ってないかも?

そもそも、所得税や、住民税は、ひとりひとりの所得に応じた税負担であり、今回の事件によって生じた負担分の控除くらいは考えてもいいと思いますが、期待はしていません。いずれにせよ、「返せ」というのはおかしいと思います。

それより、不動産の取得や所有に対する税の方が心配です。やっぱり、購入した時には「価値がある」と評価されているので、払わなければいけないのでしょうね。「建物の価値はゼロ」といわれている現状を考えると複雑です。解体の時点まで、きっと払うのだろうと思いますが、割り切れません。

建築確認済みの太鼓判がついていたんだけど……。

構造はダメだけど、その他の設備は価値があるし、3ヶ月は使えたのだから、税金は払わなくてはいけないと思う事にしようと思います。でも、その設備も建物の道連れに解体される運命だから、価値はゼロ。トイレや風呂やキッチンに床暖房……。共有部分なら、エレベーターなど。どれひとつ引越に持っていけるものではないから、やっぱり価値はゼロか。

そういえば、退去勧告はいただきましたが、建築確認済みの太鼓判がどう処理されているのか知りません。

よくコメントされる「命」と「金」のどちらが大事かという問題ですが、その二つを比べたくありません。強いて、どちらが大事かときかれれば、「命」です。しかし、安全の確保自体が困難である実情を考えると、「命」優先が現実的なものといえないのではないかと考えています。あらゆる建物の安全への不信を感じていて、「はやく退去を」というアドバイスに素直に従えない心境で、引越の支度をしています。

では、「金」への執着がないかといえば、すごくあります。これだけの事態に巻き込まれ、本当に「迷惑」。本業に差し支える程、翻弄されています。短期的には、売り主の瑕疵担保責任には泣き寝入りの上、住民による再建をめざしていますが、長期的には、取れるものは取ってやるというファイトが湧いています。怨念とか、怒りとかいうネガティブな動機です。

自己責任論に関しては、瑕疵担保責任をまともに果たせない売り主を選んだことにかかってきていると思います。しかし、建築確認についてまで、自己責任を負わねばならないとは、全然思っていませんでした。構造を確認してから購入すべきだったという叱咤の声を頂戴しますが、その前に構造を確認してから建築確認を出して欲しかった。

違反建築に対する処分は、法令に示されている通りであり、文句はありません。対応についての規定に、不十分な部分もありますが、それは深刻ではないと思います。しかし、建築確認の誤りへの対処が想定されていないのは大問題だと思います。そこに翻弄されていると思います。

建築確認制度は、「建築許可」ではないとされているのに、事実上の建築許可になっているように思います。とても、重要視されていると思います。にもかかわらず、その取り扱いへの配慮が充分ではありません。

今後、今の法令で直ちに対処する方法としては、びしびしと違法建築を取り締まるということくらいしかないと思います。その上で、誤った確認の責任を、確認を行った機関に取らせて行くのが手っ取り早いと思います。あるいは、取り締まりの強化により、建築確認の重要性を否定してしまうという方向性もあるかと思われます。

周囲への配慮についてのコメントも頂きますが、こちらも、すでに対応や交渉が始まっています。うちの場合、かなりドライなやりとりが行われていると聞いています。
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by gskay | 2005-12-10 17:31 | 反省とまとめ
退去の準備
徐々に、退去にむけた具体的な話が進んでいます。

私たちの退去は、自主退去です。災害の避難とは異なるもので、実際の取り扱いについては、明確な取り決めはないようです。明確な取り決めがないために、「支援」の是非の問題のような、ややこしい議論が必要になったのだと思います。

賃貸マンションからの退去については、貸し主の責任で行われるようです。今後、貸し主は売り主や建築に関与した業者、建築確認および検査に責任をもつものに対し、費用を請求するのかと思います。権利関係でいえば、そちらの方が複雑かもしれませんが、「商行為」であるために、こじれることなく進んでいると聞いています。

しかし、うちの場合、居住用の分譲マンションであり、住民は、自分のことについては、自分で責任を取らなくてはなりません。売り主の瑕疵担保責任を請求できるといっても、それを獲得するには、住民自身の努力による確保が必要です。その他、諸々の賠償についても同様です。

「早く裁判をしろ」という意見を頂きます。裁判は、重要な手段ですが、唯一の手段ではありません。また、仮にこちらに有利な判断が下されたとしても、最終的には、自分たちの力で、賠償を回収して歩かなければいけないことになります。裁判所が、賠償を確保してくれるわけではありません。裁判所は、正当性を判断してくれるだけです。

日本の裁判は、とても時間をかけ、慎重に行われます。急場をしのぐ手段にはなりにくいと思われます。逆にいえば、そういう法律的なレベルの取り組みは、多少、後回しになってもいいのかもしれません。

当事者同士が納得し、こじれさえしなければ、それが一番よい解決方法です。そうした作業が進んでいます。くわしく書くのは、無理ですが。

現在、退去に関しては、各家庭の状況を確認し、希望等を調整する段階にきています。限られた住戸に対し、適切な割り振りが必要です。その調整を、係になった住民が行っています。厄介な仕事を引き受けてくれている方に感謝しています。

退去先の確定の後は、引越の日程も調整しなくてはなりません。みな仕事があるので、土日を希望する家庭が多いと思います。しかし、1日に引越ができるのは、せいぜい、3から4家庭に限られると思います。その調整も深刻だと思います。

うちは、身軽です。家財も、ミニマムです。だから、調整は深刻な問題ではありません。

ただ、今の部屋は、収納が多い部屋なので、ここに来る前に、タンスを処分しちゃったのは失敗だったかな。

こんな事態は、全く考えていませんでした。
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by gskay | 2005-12-09 08:47 | 公的対応
支援と賠償/「今回だけ」か?
施工の不良などの原因でできてしまった「欠陥マンション」は多数あると言われています。売り主がうたった性能がないものや、建築基準法に違反するマンションなど。これは、重大な瑕疵で、売り主が瑕疵担保責任において対応すべき問題です。

今回の問題のマンションも欠陥マンションに他なりません。

まずは、売り主の瑕疵担保責任が追求されるべきところです。しかし、売り主が、その責任を認めているにもかかわらず、それを果たすところで、躓いてしまった。この躓きさえなければ、住民への公的「支援」の必要性など発生しなかったはずです。

これまで、欠陥マンション住民に対し、行政は冷淡でした。「民民」の問題で片付けてきたからです。

しかし、今回は、そこに「官」の「建築確認」が絡んでいます。公的な建築確認の違法性という特殊な事情があります。これが、異例の早さで公的支援が決まった理由だとされています。それが理由だとすると、支援ではなく、弁償であり、賠償の一部ということではないでしょうか?

今回は、違法な建築確認のもとに「適法」な建物とみなされて建てられてしまった欠陥マンションの問題です。違法な建築確認によって生じた損害は、この建築確認の違法性に責任を持つものによって賠償されなくてはなりません。

それでも、住民がまず請求すべきは、瑕疵担保責任。その上で、売り主が、建築確認の違法性に責任を持つものに賠償を請求するというのが妥当な気がします。

今回の公的支援は、異例で、問題が多いと感じる人が多く居ます。その原因は、「今回だけ」ということへの説明が不適切という点ではないでしょうか?

賠償の一部であるというなら、その位置づけを明確にすべきです。それなら、「今回だけ」でもいいでしょう。

しかし、支援と言うなら、瑕疵担保責任の追求に躓いている全ての欠陥マンションを対象とすべきではないでしょうか。

瑕疵担保責任の追及に躓いている全ての欠陥マンションへの支援と、責任者への責任追及が必要であるという点に目をつぶったままのような気がします。
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by gskay | 2005-12-09 08:45 | 公的対応
五十歩百歩
今回の問題への対応で、都知事の当初の対応は、法令の範囲内で適切であったと思います。また、国の方針にあわせて変更している点についても、妥当であると思います。

地方分権を進める上で、しっかりと発言していくことは大切だと思います。

関係ないことですが、都の仕組みと、国の仕組みは大きく異なります。

都には、国のようなキャリア制度はありません。入都すると、普通の主事からスタートして、テストによって、主任になり、係長になり、課長へと昇進して行きます。国のキャリア制度に比べていいところもあれば、悪いところもあるようです。

人材の登用や勉強の動機付けという意味ではプラスです。しかし、試験勉強に頑張りすぎる人が出てしまうと言う難点があります。

国のように若いときからリーダーとして育てるのと、都のように試験でふるいわけながらリーダーを選び育てるという方法のどちらがいいか決めるのは難しいと思います。

私は、都の仕組みに親しみがわきます。

都の仕組みは、高学歴化や今後の定年延長などに対応しやすいのではないかと考えているからです。国の仕組みは、22歳に新卒として採用された時点で、ある程度定まってしまいます。定年の延長にも配慮していないから、天下りが人事の仕組みとして重要になってしまうのではないかと考えています。都にも、天下りはありますから漠然とした印象ですが。

ところで、都でも、「官から民へ」の流れが進んでいます。

民間に委託することで、コストがはっきりしたかもしれませんが、必ずしも、効率化したり、柔軟で現実的になったという印象はありません。

民間に委託されても、最終的な決断は、役所の会議です。その会議を行う役所の担当者が、現場を知らなくなってきたという印象があります。

民間委託以前より、工夫や改善が難しくなりました。硬直化し非現実的になっているような気がします。民間委託によって、期待された効果があったかどうか疑問に思っているところです。

民間委託にあたっては、現場のことを把握することができる役所の担当者が必須であろうと思います。委託の受け皿になる民間団体の能力が問われることが多いようですが、問題は役所の中にもあると思います。

都知事は、今回の事件について、国の管理の杜撰さを指摘しているそうです。
五十歩百歩にならないように、頑張ってほしいと思います。

追記
1日放っておいたら、コメントがすごいことになっていて驚きました。いろいろな立場のいろいろな考えの方がいるようです。これまで、たまに、エントリの本文に関連するコメントについてこたえてきましたが、当分は、処理能力が不十分で、そんな余裕はなさそうです。私がしっかりしないと、エントリの本文という表紙がついたスレッドになってしまうことがわかりました。最低限、不適切な表現の含まれるコメントは削除すべきかもしれませんが、そこまで、なかなか目が届きません。おいおい手がけますが、自覚が有る方は、自分で削除して下さい。
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by gskay | 2005-12-08 17:43 | 政治と役所と業界
国と自治体と住民と
今のところ、国のスキームにそった通知はありません。

国と自治体の間に開きがあるとのことです。

自治体間にも差があるようです。

自治体間に差があるように、マンション間にも差があります。報道されているように、マンション間の連携が始まっています。しかし、それぞれの事情は異なっていて、目標も異なっています。

最終的には、実際の対応は、バラエティーにとんだものになりそうです。

ところで、うちのマンションでは、マンションの入口の花が無くなりました。管理組合の会計の見直しの一環です。

管理人のおじさんは、とてもよくしてくれます。もうすぐ、さようならです。

追記
ヒューザーから来た書類が、便せんの裏に印刷されたものだった。
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by gskay | 2005-12-07 22:36 | 公的対応
朝三暮四
国のスキームが出て、そのスキームを批判しました。

民と民の間の問題に、行政の責任が関与しているケースであるという点は、すでに国交相も認めたところです。

その問題に対し、区は、あくまで、民民の関係で説明ができるような、対策を提案して来ました。既存の法令の精神を尊重しているように思われます。そこには、あえて、「建築確認」の問題は、含まれていませんでした。建築確認の違法性への対応は、今の法令では処理できません。だから、区は、処理できる範囲の問題のみに限定してきたのだと思われます。この姿勢は、評価したいと思います。そして、当面の「支援」の根拠として、民民の関係の肩代わりという立場は妥当だと思います。

ところが、その後に出された国のスキームの方は、民民の関係をあいまいにする方向にあると思われます。また、行政の強制力で私有財産を処分しようとしているにもかかわらず、その結果生じる不利益に目をつぶれと言っているような気がします。

現実問題として、建物が放置されては危険と言う主張は、理解できます。理解できるから、退去の方針を決めました。そして、その危険な建物の処分には、建物の所有者としてかかわりたいと思います。

国は、行政が買い取ることで、行政と住民が一緒になって瑕疵担保責任を請求して行けると言う前提を立てています。

しかし、この前提を了解することができません。

そもそも、国と住民とは、利害は一致していません。

住民は、行政の権限で行われた誤った建築確認の責任を追求し、その誤った建築確認によって生じてしまった不利益の賠償を求める立場にあります。

「建築物の価値」をゼロにした責任は、行政にあります。

建築確認のもと、合法的な手続きが踏まれた建築から合法的な様々な契約が発生しました。その建築確認が正しければ、何の問題もない価値を生み出しました。しかし、今回、建築確認の違法性が明らかになった途端、生まれてしまった価値には、何の配慮もなく、一方的に「価値がない」と宣言されました。

今回、建築確認が正しいことを前提として生まれて来た価値を否定する理由は、不適切な建築確認です。正しいものとして自ら出してしまった建築確認を自ら否定するのですから、その誤った建築確認によって生じ、その否定によって失われようとする価値に対する責任を引き受けるべきです。

失われようとする価値を補償するのが責任です。

その責任を明らかにせず、あいまいなまま、一方的に「建築物に価値がない」と宣言すること自体がおかしいと、私は考えています。また、このように、「建築確認」を問題にするとき、公的資金が支出される根拠は、「支援」ではなく、「賠償」の一部であるべきだと考えています。少なくとも、「賠償」の一部してして、今後、相殺されることを前提とするべきです。

行政には、その賠償責任に対して誠実に対応することを希望します。「建築確認」問題として捉える時、「支援」という言葉が適切かどうか疑問を感じています。

国は、「支援」する立場と、「賠償」すべき立場をすり替えているように思われます。

国は、「住民と一体になって、事態を乗り越えていきたい」と言っていますが、それは、「支援」する立場としては可能かもしれません。しかし、「賠償」すべき立場としては、無理な話です。

国に重くうけとめてもらいたいのは、「賠償」すべき立場の方です。

支援という「朝四」に、目をくらまされているような気がします。
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by gskay | 2005-12-07 16:06 | 公的対応