<   2006年 01月 ( 30 )   > この月の画像一覧
コメンテーター
無責任なコメンテーターの存在が報道番組のあり方をゆがめていると思います。あたかも、多角的に論じているように画面には映ります。しかし、そのコメンテーターの無責任な存在が、真実を遠ざけているように思います。

傾聴に値するコメントも、少なからず含まれています。しかし、ほとんどが、充分な勉強を伴わないその場しのぎのコメントで、先入観や予断、偏見を披露しているに過ぎないような気がします。短い時間に短いコメントを求められるせいか、分析が不十分。そして、非論理的であるにもかかわらず、極端に単純化され、断定的です。

残念ながら、まともなことを言おうとしている人ほど、冗長な発言になり、あたかも準備不足で無能であるかのようにみえてしまう。さらに、自分の理性に誠実にものごとを追究しようとすれば、断定的な発言からは遠ざかり、複雑な理屈で、わかりにくいコメントが多くなってしまいます。

真剣に論じようとすればするほど、時間もかかり、面白くない。時には、落ち着きがなく、自信がなさそうに見えて、見るに忍びなく、むしろ、馬鹿にされてしまう。あるいは、素直ではないとか屁理屈だと反感を持たれる。しかし、そんな中から、発展的なまともなコメントが出て来るのだと思います。

その一方で、受け手の理性ではなく、心理や感情に訴える断定的な短いコメントが、よいコメントとして好まれているような気がします。単なる感情や直感によるコメントにすぎなくても、受け手の先入観や予断、偏見に訴えかけ、共感を得るようにすればいい。あやふやな感じをなくすためには、なるべく極端な表現で単純化し、断定的に表現すれば、深く考えるまでもなく受入れやすい。しかも、自信たっぷりに発言できれば、信頼感が増す。

大抵の受け手は、わかったような気になり、面白いと感じることでしょう。しかも、受け手の先入観や予断、偏見を肯定すれば、視聴者の声を反映しているかのように見せかけることができ、支持も得られるのでしょう。複雑な論理を遠ざけられ、自分の思い込みを肯定される受け手にとっては、心地よいものだと思います。

しかし、それで、受け手の理解が深まっている訳ではありません。楽しんだだけです。にもかかわらず、理解が深まったと勘違いする。

こうした無責任なコメントと、恣意的な編集画像の相乗効果によって、先入観や予断、偏見の再生産が行われてしまっているような気がします。再生産により、抑制がなくなり、方向を誤り、真実を遠ざける。その再生産は、ある日、関心がなくなって取り上げられなくなる日まで続いて、無反省に消滅する。

誤りも含まれているかもしれないが、そんな事はお構いなし。時間が経てば、みな忘れるし、問題になったら、そのコメンテーターを叩いたり、真相をにぎる悪者に騙されていたといえばいいだけのこと。それで、もう一度、番組を盛り上げることができるし……。

ワイドショー以上になれない報道番組ばかりになっている原因として、コメンテーターの存在が大きいと思います。映像の恣意的な編集と並んで、報道番組の問題点ではないかと思います。

コメンテーターの存在自体は否定しません。しかし、いつの間にか、使い方を間違え、中途半端なエンターテイメントになってしまいました。真のエンターテイナーでもなく、ジャーナリストでもなく、スペシャリストでもない存在です。そうした存在を使い続ける番組作りは、そろそろ限界のような気がします。

お笑いであれば、非論理的で単純で断定的なコメントに、価値があります。意表をつけば、「ボケ」として笑いのもととなります。さらにツッコミによるわかりやすい否定により、笑いに拍車をかけます。そこに繰り広げられる変な理屈は、笑いとして肯定されます。面白ければ、いいのです。そのためには、わかりやすい必要があります。

報道番組でのコメントも、これと同じレベルで捉えられているような気がします。そして、わかりやすさの延長に真実があるという錯覚があるような気がします。あるいは、真実よりも、わかりやすさに価値があると思われているような気がします。

わからないということを理解したり、不確かであるという事実を理解することの意義をないがしろにしたままであるような気がします。わかりやすい社会は、心地よい社会なのかもしれませんが……。
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by gskay | 2006-01-21 17:10 | メディアの狂騒
テレビがないと、やっぱり不便でした。
テレビなし生活は、1週間も持ちませんでした。

「朝の天気予報がないと、着ていく服が決められない」と家内が言い出しました。

「駅まで行ったら、電車が止まっていて、いつもの運行情報を視ていれば、違う路線に乗れた」と私が言いました。

かなり、マイナーな不平です。

しかし、これをきっかけに、あれこれと話をした結果、「だって、うちはNHKの受信料をもう払ってるし」という理由にならない決め文句により、あっさり決意を翻し、テレビの復活となりました。

天気予報も、運行情報も、調べればいいだけですが、テレビには適いません。毎日、同じ時間に、いつもの形式で流される情報の偉大さを思い知りました。ラジオでもいいというのは、もっともですが、ラジオを聴く習慣はなく、これまで、時報替わりに朝のテレビをつけているという自分の習慣に気付きました。

実は、BSしか受信できない場所に住んだことがあります。その時も、テレビはほとんど見なくなり、ビデオで映画を時々みるだけで過ごしたことがあります。その時の状況を念頭に、軽く考えていました。しかし、東京の生活は、甘くはありませんでした。

さっそくテレビを買いに行きました。丁度夕方のニュースの時間。小嶋社長が、壁中のテレビに映っていました。明らかに先入観や予断をもって編集し、放送していると感じましたが、問題の設定が陳腐過ぎて、あまり気になりませんでした。キャスターやコメンテーターの発言も、大したレベルの発言ではないと思いました。

しかし、直後にコマーシャルが流れ、そのコマーシャルに対し、得体のしれない不愉快な気持ちを感じました。

テレビは、週末に配達されます。電子レンジも一緒です。

テレビについてあれこれ考えた後であるので、これからは、批判的にテレビに接していくことになると思います。
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by gskay | 2006-01-20 20:22 | 仮住まい
引越
引っ越しました。日曜日に、仮住まいに移動しました。

仮住まいは、電話やネットの準備が済んでいないので、その日は、ブログの更新が出来ませんでした。今も、まだです。

仮住まいは、面積が3分の2になりました。しかも、エアコンはすでにあるし、キッチンは電化で、これまでの器具は使えません。

引越というより、家財をいろいろなところに分ける作業のような感じになりました。仮住まいは、その分配をうける家のうちの一軒。ベッドの行き先が引越先です。

特殊な作業の都合や、発送の都合で引っ越し作業が完全に済むには、もう少しかかりますが、山場は越えました。

引っ越してみると、仮住まいは、単純に狭くなっただけでなく、寸法の取り方が微妙に違っていることがわかりました。これまで、隙間なくピタっとはまっていたものが、うまく納まりません。URの長年の研究による絶妙の設計なのだと思います。

水道は、下げると出て、上げると止まる古いタイプなので、止めようと思って全開にして焦ります。

冷蔵庫に関しては、設置スペースが狭く、不格好になりました。15年前には、こんな冷蔵庫は、外国製や業務用しかなく、一般的ではなかったのかも知れません。

窓は大きくなり、カーテンは全滅です。しかし、幸い、引取先が見つかりました。

さて、実際の引越作業は、理事会が指定した引越業者にお願いしました。理事会の条件に適ったのは2社で、そのうち1社を選ぶようにということでした。様々な便宜を図ってくれています。事情を察してくれているようで、いろいろと気を回してくれます。

指定された会社による見積もりを受けるようにという理事会からの知らせが年末にありました。そこで、見積もり依頼の電話。1社は年末年始の休暇に入っていたようで、電話がつながりません。電話がつながった1社に決定。

IUCという会社です。知らない会社でしたが、コマーシャルとかしているのかなぁ? HP(http://www.iuc.co.jp/)はありました。家庭の引越より、オフィスなどの引越の方が得意な会社なのかなと勝手に考えています。

専門の業者に依頼しようと思っていたものまで運ぶことができました。優秀です。本当に特殊な作業が必要なものだけ残りました。

さて、引越屋さんに言わせると、うちの荷物は、極めて少ないそうです。実際、他の住民に聞くと、段ボール箱の数については、うちの3倍はあるようです。しかも、家内がばっちりと荷造りしていて、あっと言う間に搬出は終わりました。

そうこうするうちに、理事会の役員さんが、引越の様子を見に来てくれました。すでに搬出が終わっていたので、びっくりされました。どこの家にも、自分の所有ではあるものの、運ぶ事ができない設備がたくさんあるという話で雑談が盛り上がりました。これについては、解体前までに何とかならないかと検討しているそうですが、難しいようです。

キッチン、レンジにオーブンに食洗器、洗面所、浴室、浴室乾燥、床暖房、ドア、ドアフォンシステム、火災報知器などなど。専門家の友人に訊いてみましたが、外す費用や保存の費用が高く、新品を用意する方が安価だそうです。もったいないなと思います。欲しいという奇特な人が出ればいいと願っています。

移動距離は、徒歩10分強。しっかり昼休みをとって、搬入。これも、あっと言う間に終わりました。その後、自分たちで荷解きをし、暗くなるまでには一段落。夜は、住民集会がありました。その集会の時点で、9軒が退去済みとのこと。つまり、うちは、9番目の退去です。

土日の集中を避けるようにという通達がありましたが、ふたを開けてみれば、この日曜日に引っ越したのはうちだけでした。前日の土曜日は、集中していたそうです。月曜日からの仕事を考えて、土曜日を選ぶようです。

土曜日は悪天候で大変だったそうです。幸い、日曜日は好天でした。しかも、うち一軒だけだったので、一層、スムーズだったと思います。日曜日だけあって、道路も空いていました。

荷物が少なかったせいかもしれませんが、引越屋さんの作業は丁寧で、コミュニケーションも良好でした。作業してくれた人たちは、どの人も熟練している印象でした。こちらが気付いていないところまで、気を使ってくれました。

その日のうちに、別の目的地に行く家財の配送が行われたそうです。一部は、これから別送になります。

今も、作業の立ち会いのために、部屋に行かねばなりません。そのたびにものが減って行きます。
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by gskay | 2006-01-19 17:05 | 仮住まい
登場人物の整理
=ヒューザー関連=
『小嶋社長/ヒューザー』
広いマンションを安く供給することを商売としてはじめて実現した人。広くて安いマンションというコンセプトに気付かなかったら、目立たない不動産屋さんのおじさんとしての生活をしていただろうと思う。ちょっと、無理したかも?

安く供給する為に、コストを見直すという当然の努力をしたのは正しい。しかし、そこに不正が入り込む余地があり、偽造計算の温床を作ってしまった。多分、偽造計算によるコストカットは、1棟あたり、最高に高く見積もっても1億円にならない。分譲したら、1戸あたり、300万円をはるかに下回る。おそらく、そのコストカットで、彼が手にした利益はごくわずかに過ぎないが、それに足をすくわれ、事業をたたまざるを得なくなる。「建築確認の無謬性」という錯覚に翻弄された人物のひとり。

偽造への関与がいわれているが、闇の中。その闇に、この人は関係ないかもしれないが、とにかく疑われている。そもそも、その闇自体が空っぽかもしれないが……。

経営を適切に行い、さっさと瑕疵担保責任を果たしていれば、きっと立場は違っていたと思う。今後、ヒューザーは住民への補償のためにのみ存続することになった。この社長が残れるかどうかはわからない。今後は、政界の闇に関わる人物や刑事訴追のターゲットということで世間の注目を浴びるのではないかと思うが、そこは、私にはあまり価値はない。

政治家との癒着を批判されるが、法の隙間の問題を、政治家に頼まなくて誰に頼むのか?資金も、どうやら政治資金として適法なものらしく、文句を言われる筋合いなのか疑問。

広くて安いマンションというコンセプトは、彼と切り離して世の中に広まってほしいと思う。

『うちのマンションに住んでいるヒューザー役員』
瑕疵担保責任を負いながら果たせない会社の役員と、瑕疵担保責任を請求する住民という相反する立場を一度に経験している希有な人物。個人的には、挨拶と、軽いジョークくらいしか話したことはないが、かなり冴えた人。その上、この貴重な体験。一番、この事態から多くを学んでいる人だと思う。

会社での立場など、詳しい事は知らない。変な責任を負わされず、何とかこの事態を乗り切れば、多分、この業界の大立て者になると思う。私に金銭的な余裕があれば、この人に投資したい。

=マンション関係=
『理事会・役員』
理性的でリーダーシップがあり楽天的な理事長を代表に、論理的で冷静な専門家から情熱的な実業家まで選りすぐり。そのまま会社を作ったらいいのではないかという組織。この人たちの能力や努力にはかなわない。私は、能力不足で出る幕はなさそう。一住民として、足を引っ張らないようにしているつもり。

『うちのマンションの住民』
みなルックスが良い。健康そうな体つきで、表情もはつらつとしている。ふるまいも発言も、冷静で余裕がある感じ。こんな状況にもかかわらず、雑談をすると、必ず、ジョークが出て、笑いで締めとなる。

=官公庁関係=
『区』
民間検査機関の見落としが原因とはいえ、このマンションを世に出した責任の一端を担う。そういう意味では、住民と対立する関係という一面がある。しかし、区には、違法建築の取り締まりという任務もある。今回は、取り締まりの任務に忠実に行動が行われている。はじめは、瑕疵担保責任の立替払いということでプランがスタートし、今は、国のスキームに沿って対策が行われている。その対策の主体。今後、解体、建て直しという道を歩む上で、ずっと、お世話にならなくてはならない。私にとっては、仮住まいの大家さん。

『都』
今は、少し遠いところにいる。必ずしも、自治体の足並が揃わない中、バランスが取れた見解を示していると思う。やりすぎてもいないし、足りなくもないと思う。

『国』
行政は、法令の隙間には対応できないし、誤った手続きの問題に対する責任を明言するわけにもいかないしと、態度が煮え切れていないようだが、法令の範囲内で最大限の提案をしてくれている。ただ、支援という位置づけについては、将来的に賠償へと変わっていく可能性のある問題で、とても微妙な関係にある。今後、国会で、様々な議決が行われ、態度が変化して来るような気がする。

『イーホームズ』
ここが、見落としをしなければ、問題は起きなかったと思う。しかし、ここだけでない事はよくわかった。イーホームズに責任を取らせればおしまいに出来る問題ではなさそうだ。

イーホームズは、公表に至る過程でパンドラの箱を開けてしまった。その箱を閉めないように努力しているような気がする。すべてが丸見えになった時の悲劇だけをパンドラの箱に残して、ふたを閉めてしまうという選択肢もあるはずだが、イーホームズの社長はそれをさせないように努力している。すべてが丸見えになると、大変なことになるかもしれないが、私は、今は、イーホームズのやり方を評価している。これまでの判断や主張の全てを妥当であるとは思わないが、問題意識は正しいと思う。

ただ、できれば、もっと大局的にみて、建築確認や検査の問題点について提言して欲しいと思う。その弱点に苦しめられているからこそ、よくわかる部分があると思う。ヒューザーとの責任論争より、将来のシステムの構築に力を注いで欲しい。

親類がイーホームズを高く評価していた。きっと、他に比べ、優れた部分が多かったのだと思う。しかし、それでも、随分と杜撰。ということは……。

いずれにせよ、この問題について立場も意見も違うし、責任を追及させてもらうつもりだが、内心、応援しています。将来、システムの再構築や管理に才能を発揮してくれるような気がしている。

=建築業者=
『木村建設』
逃げ足が早かった。債権の行使について検討中。

『設計会社』
会社名を書くと、物件がわかってしまうので書かない事にする(もう、みんなわかっているだろうが)。ここも、違法な設計をしてしまった張本人であり、責任を追及して行きます。

=その他=
『私』
行きがかり上、とある放送局の番組の取材を受けています。そのうち、テレビに出るかも。

『とある放送局の取材のひと』
「自分」の意見や見方を、「自分の意見や見方だ」と表明し、前面に出せばいいのに。とても、誠実で、面白い人たちです。あまり、この人たちの意見で番組ができているとはいえないようだが、これから頑張って欲しい。放送が、意図や思惑をもって何かに偏るのは感心できないが、「自分」というものを出すのは、誠実なことだと思う。「自分」の視点で、何かを探り当てたることこそ、ジャーナリストの役割。「自分」を消してしまっては、右から左へ情報をつなぐ道具であるか、中立不偏であるふりをする嘘つきの仕業になってしまうのでは?

あまり、「自分」の具体的な方針を教えてはくれないけど、編集の結果は、楽しみにしています。うちにはテレビはないけどね。

追記 06.01.19
修正しました。一文を削除しました。削除した部分は、他のマンション会社に対する良くない印象に与えるような内容で、不適切であると反省したからです。

なお、今後は、文法や誤字の問題などの小さな修正は、明記しませんが、大きな修正については、追記しておくことにします。
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by gskay | 2006-01-18 15:37 | 反省とまとめ
小嶋社長への追及
結局、瑕疵担保責任を果たす事ができていないダメな売り主という側面には、証人喚問での追及の関心は及ばなかったように思います。また、そもそも売り主、建築主が果たすべき役割や責任についても議論は深まらなかったように思います。法令の不備という問題の核心にも何も触れられていません。

小嶋社長については、新しい物件の建て直しや買い戻しで瑕疵担保責任を果たし、古い物件についても賠償を行うことが出来ていれば、今更、国会に引きずり出される事はなかったかも知れません。自力で解決していれば、公的資金を使うかどうかという議論もなく、もっと早く収束していたかも知れません。

また、もし、売り主や建築主としての責任の取り方や処罰の仕組みが明確であれば、彼が行くべき場所は、国会ではなく、拘置所や裁判所であったかも知れません。あるいは、仕組み次第では、まったく責任を問われずにすんだのかも知れません。

いずれにせよ、彼の経営の失敗によって、住民への対策が混乱し、会社も規模を縮小しなくてはならなくなり、社会に大きな影響を与えているという点が、目下の現実的な問題です。

彼なりには、頑張ったのかも知れませんが、結果的には、ダメな経営者でした。

早い時期から、責任を果たすことが困難であることを、彼はわかっていたのかもしれません。公表前には、売り主、建築主として、イーホームズとやりあい、懇意の政治家と国土交通省に駆け込み、ごねて対応を迫った。公表直後には、興奮気味に駆けずり回り、注目を集めた。でも、何も解決しませんでした。

そもそも、彼は、商品管理ができていませんでした。「危険」というレッテルがはられることになる違法な不良品を世に送り出してしまいました。そして、その不良品への対策も果たせていません。挙げ句、会社の営業ができなくなるところまで追い込み、社員を退職させるしかなくなってしまいました。

後は、破綻?もし、会社が生き延びるとしても、被害者補償のためにのみ。

広くて安いマンションという理想や、建築業界の高コスト体質への挑戦という旗印まで、道連れにして、ダメにしてしまったような気がします。

彼が標榜していたものの中で、評価するべき良いものまで否定してしまったような気がします。国会が、冷静にそこまで取り上げ、分析ができれば、将来にとって有益であったであろうと思うと残念です。

今後、広くて安いマンションを手に入れるのは、もう難しいのかもしれません。そして、これからも、高コスト体質で現場が圧迫され続けるのかもしれません。

ところで、証人喚問は、関与した建築主たちの中で、「なぜ、彼だけなのか?」ということは明らかにされていたのでしょうか?

最初に発覚した物件の売り主、建築主であったから?
抱えた問題物件の数とその被害が大きいから?
分譲マンションの売り主であったから?
そして、住民のための公的な資金を必要とするようなダメな経営者であったから?

……そうであるなら、そういうことが問題になり、議論され、何かがえられたのでしょうか?

真相の究明だとしても、偽造に関わったどうかということが問題だったはずなのに、偽造を知った時から、耐震基準を満たさないということが公的に判明するまでの間の振る舞いが、刑事訴追につながるかどうかという問題になってしまいました。刑事訴追につなげようにも、あいにく、偽造があったということが、重要事項にどのように反映されればよいのかは、自明ではありません。そもそも、建築確認の誤りを想定していない仕組みしかないのですから。加えて、偽造があったにもかかわらず、耐震基準を満たしている物件はあった。

そうした事情を、どのように評価していくべきなのでしょうか?そこを、国会が扱う以上論ずるべきです。そうでないなら、司直に委ねるべきです。

私の個人的な感想としては、契約なり、引き渡しについては、止めておくか、説明しておくべきだった思います。その慎重さがなかった点も、ダメな売り主ということができます。

政治家の関与への追及も真相とはいえないように思います。法令の不備で、行政がうまく機能しない時に、政治家が腰を上げないで、一体いつ政治家が活躍すると言うのでしょうか?政治家と業者と官僚の癒着と言うステレオタイプで決めつけ、見境なく政争の道具としていいのでしょうか?

肝心な問題は、なんだったのでしょう?

仮に真相の究明と悪の追及だったとして、その「悪」の存在の可能性は高まったのでしょうか?

突破口や確証があるなら別ですが、この先、疑惑の隠蔽とかごまかしについて論じ続ける事で、一体どんな教訓が生まれるのでしょうか?何を将来に活かそうというのでしょうか?

それは、すでにあらわになっている現実の問題を後回しにする価値がある問題なのでしょうか?司直に委ねてはだめなのでしょうか?

あまり注目は高くないかも知れませんが、参院の参考人招致は、有意義なものになって欲しいと願います。
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by gskay | 2006-01-17 23:23 | 真相 構図 処分
ヒューザーのあり方
ヒューザーに対する破産申し立てについて、費用面や見通しや意義について住民集会で説明がありました。その説明を聞いて、申し立てに賛成することにしました。

私は、これまで、無駄なことはしたくないし、破産によってヒューザーが整理されてしまったら、責任を追求していく相手がいなくなってしまうのではないかと言う心配から、申し立てに疑問を持って来ました。

しかし、今回、方針を転換することにしました。

破産申し立てに賛同するといっても、全員が同じ考えから賛成している訳ではないと思います。私の場合、相変わらず、ヒューザーには生き残ってもらいたいと内心では思っています。

でも、破産申し立てに賛成する事にしました。

現状では、自然に破綻に進んでもおかしくありません。その可能性は高いように思われます。その破綻への道のりで、ヒューザーが何をしているのか、何をしようとしているのか、わからない部分が多いと感じています。これは、ずるい事をしているかどうかと言うことではありません。

風評への抵抗は、相当難しいと思われます。「広くて安いマンション」で復活というのは、このままでは、短い期間ではありえません。長い眼でみれば、「広くて安いマンション」が大きな流れになる可能性はあると思います。しかし、今はだめです。

また、自分の会社を信じて、このマンションを購入した役員や社員がいて、家族とそこで生活をしている姿を身近にみていると、騙して利益をえる会社ではないような気がします。ただ、瑕疵担保責任を果たしたり、適切な補償や賠償を行う体力はなく、また、それを可能にする能力も欠けているように思われます。

結果として、手をこまねいているだけのような気がします。

このままでは、ヒューザーが事態を乗り切る事は、困難でしょう。

このような状況のもと、破綻をさけるために、ヒューザーはしなくてはいけないことがあります。それを、しっかりと行っているかどうかを、見極めたいと思います。単に手をこまねいているだけなのかどうかを、はっきりさせたいと思います。

今回は、ヒューザーが、本気で生き残って行く気があるのかどうかを見極めるための破産申し立てであると位置付けて、賛成することにしました。手続きの中で、そこが明らかになると思います。もし、本気で生き残る気があり、そのための方策が妥当なものであるとすれば、破産は成り立たないものと思います。

ヒューザーには、精一杯の努力で、破産が成り立たないということを明らかにして欲しいと思っています。

それが、できないなら、整理するのが当然です。

破産させるためだけに申し立てを行うなら、益は少ないと思います。しかし、可能性は少ないとはいえ、破産が認められないような法的な判断もありえるのではないかと考えています。そこを、明らかにすることが出来るのではないかと思っています。手続きを進める上での議論も重要になってくると思います。

このことを真剣に考えるようになったのは、他のマンションの決議に伴い、うちでも検討しなくてはいけなくなったからというのが主な理由です。うちが、申し立てに参加しようがしまいが関係なく、流れは変わらないとは思いますが……。

加えて、個人的には、担当してくれたヒューザーの営業さんが、ヒューザーマネージメントから名前をかえたジャスティーホームを退社したというメールをもらった時から、ヒューザーのあり方の意味や、破産申し立ての意義について別の角度からも考えるようになりました。

この週末の結論です。

今、うちのマンションのヒューザーの役員さん、社員さんは、一層、気の毒な状況になってしまいました。板挟みに苦しんでいる事と思います。
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by gskay | 2006-01-16 09:44 | 損害と回復
ヒューザーは破綻させなくてはいけない?
ヒューザーの破産申し立てを後押しするような雰囲気がありますが、私は、相変わらず、慎重な立場です。ここまで遅くなった以上、今さら、そのような行動をとるのは、中途半端ではないかと思います。

もし、ヒューザーが破綻してしまえば、住民の退去やマンションの解体の費用は、本来的に住民自身の負担になります。ヒューザーが存続すれば、ヒューザーへの立て替え払いとして請求するなり、損害賠償として請求するなりという方法が残されます。自分で立て替え払いをするにせよ、公的な資金により立て替え払いにするにせよ、いずれ、回収が可能になることを期待することができます。たしかにその可能性は低いかも知れませんが、その可能性を、この時期に、ゼロにするのはどうかと思います。

また、ヒューザーが無くなったとしても、住民が公的な資金を受けるハードルが低くなるわけでもありません。業者が破綻したから、公的な対応が必要ということが承認されるのであれば、逃げることを前提に悪事を企む業者を作ってしまいかねません。

また、目先のことを考えれば、資産をおさえた方がいいのかも知れませんが、瑕疵担保責任については優先順位が低いままで、不利です。

いずれにせよ、今更、将来の回収の可能性を潰していいのか疑問です。

瑕疵担保責任を果たす事ができなかった業者と住民との間の、民民の関係のこじれに、公的な対応が行われている中、本当に破産を申し立てるべきなのか、私には疑問のままです。すでに公的な対応の枠組みの中にいる以上、一層慎重になるべきだと思います。
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by gskay | 2006-01-14 23:57 | 損害と回復
住民の参考人招致
国会に働きかける機会としては、これまで、自民党のワーキングチームのヒアリングがあったと聞いています。わざわざ、マンションまで来てくれたそうです。しかし、今まで、住民が、国会で発言する機会はありませんでした。

参院国交委も参考人招致へ 耐震偽装、19日に

参院国交委では、さらに一段階踏み込むことを期待します。

当事者となった住民は、誰も経験した事がない経験をしています。どのような問題があり、どのような対応が必要であるのか未知です。知ったかぶりで対応するのではなく、現実的に対応を検討していく機会だと思います。

考えてみれば、「被害の実態」と言っても、実際の地震の被害が出ているわけではありません。物が壊れたわけでも、人が傷ついたわけでもありません。

これは、地震の被害に対する予防のための取り組みの中で起こって来たトラブルです。法令違反であり、その法令が災害時の安全にかかわるということで、大掛かりな退去と物件の解体という私有財産の処分に進む事になりました。とはいうものの、その法令自体に大きな隙間があり、問題を大きくして来ました。

そのような「被害」の本当の中身は、誰もまだ知らないと思います。当事者でさえ、個別の経験をしているにすぎません。そうした経験を集約し、将来に活かせる形にしていく役目が必要で、参院がその役目を果たしてくれるのかもしれないと期待しています。

予防を行おうと思えば、断固とした態度が必要です。地震が起こる前に、地震への徹底的な対策を行うためには、相当の覚悟が必要です。対策には、犠牲が伴います。経費も計り知れないものになると思います。全く技術がないのなら、運を天に任せるしかないのでしょうが、今は、技術があります。それを活かすための犠牲も出費も惜しまないという覚悟が問われているのだと思います。

既存の仕組みを準用することでしか対応ができない行政の対応には満足はできませんでした。とはいうものの、誰も経験していない事だからと、あえて行政の指示に従っていくという方針をとってきたつもりです。それが、きちんとした制度として立法府によって対策されることを期待します。

衆院で行われているような事件の発端を明らかにしていくという営みも大切だと思います。しかし、これまで必ずしも芳しい成果が上がって来たとはいえないように思われます。司直の捜査も、警察庁長官に法令の不備を嘆かせる程、困難になっています。

その一方で、後始末の方は、別の視点から行われる必要があると思います。その努力が、参院という場で眼に見える形になってきたのだと考えたいと思います。

様々な問題に後始末をつけなくてはいけません。安全に対するパニック。対応もないのに出てしまった使用禁止命令。見通しのはっきりしない行政の対応。建築確認の位置づけ。無責任な業界の体制。買い手の努力の余地が欠けた分譲システム。曖昧な形の公費負担。諸々の風評。住民バッシング。……。将来のために、様々な問題を議論し、根本的に正していく必要があると思います。そのために、犠牲や被害を直視しなくてはなりません。

ところで、蛇足ながら、広くて安くて快適なマンションをもっと増やせるような工夫も必要だと思います。その快適さは、諦めるべきものではないということも住民が語ることができます。取り組むべき価値があります。今回の事件が、狭くて高くて快適でないマンションに対する追い風になるようなことになったら、別の意味で不幸なことだと思います。
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by gskay | 2006-01-13 23:54 | 政治と役所と業界
大家さん
仮住まいは、URの賃貸住宅ですが、URから直接借りて住む訳ではありません。区がURより一括して借り上げ、そこを私たちが借りて住みます。

社宅等の目的で、一括で借り上げることがあるそうです。それと同じような扱いになっているようです。

つまり、大家さんは、区です。

一括での借り上げでは、家賃の割引があるそうです。それは、大きなメリットです。

しかし、結構、面倒なこともあります。例えば、部屋の不具合は、大家さんである区に報告し、区がURに伝えて対応するのだそうです。ということで、転居までに、仮住まいの不具合は直らないそうです。

連絡も、時々、混乱します。区、URだけでなく、転居先の管理会社が絡み、複雑です。どこに何を連絡すればいいのか困ることがあります。

もとのマンションは、解体になるとはいえ、引越のための養生が施されています。家財の保護のためでしょうか?建物の方は、エレベーターの扉の窓にひびが入っています。普通なら、大問題でしょうが、今回は、放置でしょう。ちょっと、不憫です。
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by gskay | 2006-01-12 18:36 | 仮住まい
びっくり
年始は、ここで働いていました。

<山谷越冬施設>天井の石こうボード落下 入所者3人軽傷

ひょっとして、私は、疫病神?

私が関係する建物は、危険な建物ばかり?

私は、運がいいのか、悪いのか?

うーん。
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by gskay | 2006-01-11 14:18 | いろいろ