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利益水増しの摘発
会計に関する粉飾は、解釈の問題をはらみ複雑になるのかと考えていました。解釈に幅ができるために、デタラメに見えるような会計が行われていたりする一方で、取り締まり側は、いくらでも「言いがかり」をつけることができると思い、捜査のあり方を心配しました。

しかし、その「言いがかり」への危惧は、この件に関しては不要であるような気がします。以下に引用した記事から、別の意図のようなものを納得できました。
木村建設、粉飾決算認める…利益数億円水増し(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060419-00000101-yom-soci)


 耐震強度偽装事件で、姉歯秀次・元1級建築士(48)が構造計算書を偽造した物件の半分以上を施工していた「木村建設」(熊本県八代市)が破産申し立て後、破産管財人の弁護士に対し、利益を数億円水増ししていた粉飾決算を認めていたことが18日わかった。

 未完成の建物工事の代金計上を偽るなどして、利益を水増ししていた粉飾の手口も明かしたという。

 木村建設の粉飾決算については、警視庁などの合同捜査本部が建設業法違反の疑いがあるとして、木村盛好社長(74)らから事情聴取するなど、月内の立件を目指して捜査を進めている。

 同社側は粉飾決算の結果、法人税を納めすぎたとして、税の還付を求める手続きを進めている。還付が実現すれば、債権者への配当に充てるという。

 関係者によると、木村建設幹部が破産管財人に対して粉飾決算を認めたのは、合同捜査本部が昨年12月に行った家宅捜索後。

 同社の決算報告書によると、2003年6月期の経常利益は約2500万円、税引き後利益は約1100万円。04年同期はそれぞれ約2億5900万円、約4800万円、05年同期は約2億6100万円、約6700万円で、大幅な伸びを示していた。しかし同社幹部は、これらの決算は利益を大幅に水増ししたものだったことを明らかにした。
(読売新聞) - 4月19日3時8分更新

水増しの経緯が明らかになり、それがいかに解釈しても許容範囲を超えているということであれば、当然、粉飾を咎められるべきだと思います。

それはそうと、「粉飾決算の結果、法人税を納めすぎたとして、税の還付を求める手続きを進めている」という点がポイントだと思います。単純な摘発ではないことがわかり、事態を了解しました。

木村建設の破綻については複雑なことが多く、破産管財人が活躍している様子が伝わって来ます。
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by gskay | 2006-04-19 10:04 | 真相 構図 処分
別件(2)
巨悪の核心に迫るであろうという「見込みや期待」がある場合、別件での捜査が歓迎されがちです。しかし、そうした「見込みや期待」があるということは、まだ、ゴールは遠いということでもあると思います。これは、この事件に限ったことではありません。

いくら、「見込みや期待」があっても、めざすゴールが遠い以上、描いた巨悪に関する仮説が間違っている可能性を否定せず、冷静に事態を分析する必要があると思います。悪を放置していいとは思いませんが、巨悪にこだわりすぎてはいけないのかもしれません。同時に、巨悪にこだわるあまり、「別件」と位置付けられた問題を、先入観をもって考えてはならないと思います。

別件をとりあげるということについては、そのこと自体が「悪い事は悪い!」のであり、それ以上の意味をいたずらに持たせることには疑問です。「核心に繋がる糸口」であるという位置づけを、過剰に評価してはならず、問題自身の重大性を過小評価してはいけないと思います。

ところで、解釈が分かれるような問題まで、「別件」として取り上げざるを得ない状況への危惧があります。この事件に対する捜査については、歓迎ムードばかりとはいえなくなりつつあるような気がします。

「言った、言わない」とか、「認識の有無」というのは、本人が自白しない限り、不毛なものになりそうです。また、「解釈の相違」は、「神学論争」のまま、時間だけを刻んでいくことになりかねません。そうした障害を乗り越えても、巨悪の核心があるかどうか微妙です。

一方、単に悪人を表面的に懲らしめ、退治しただけで、満足するわけにはいきません。深く問題を掘り下げてもいないのに、見せかけのお仕置きだけで幕が引かれ、安直な形で誤摩化されるのは御免です。肝心の問題がぼかされてしまうことを恐れます。

さらに強いて問題点を加えるなら、曖昧さが多い問題を「別件」として取り上げることが常套手段として許されるなら、今後、捜査の権限の乱用への歯止めの心配も必要になるかもしれません。

正しい方法で、正しいゴールに辿り着くのは容易ではないからこそ、期待と注目が集まるのだと思います。今、とても大事な地点にさしかかっていると思います。ここで、無茶をすれば、捜査の正義への不信を生むことが心配されます。かと言って、弱気になったり、不十分なまま放置したり、安直に悪者を懲らしめて誤摩化そうものなら、能力に疑問符が付けられかねません。

とはいうものの、よく考えてみると、「見込みや期待」は、報道の中でのみのこと。捜査の本意がどこにあるのか、報道からはわかりません。今回取り上げられている問題が核心に繋がる糸口であるというイメージは、報道によって膨らんでしまっているにすぎません。

取り上げられていることの一つ一つが、それぞれ、とても重大なことのように思われます。核心に踏み込むための糸口としてでなく、そのこと自体を掘り下げていく意義のあることだと思います。扱い次第では、安直なお仕置きにとどまらない意義を持つと思います。決して、誤摩化しではないレベルに到達できると思います。

ただ、報道を見る限り、そういう位置づけでは済まされないようですが……。

私は、報道によって描かれる「捜査のあり方」には、不安と恐れを感じます。巨悪を想定することで、曖昧であっても断定的に進めることを許す流れや、進めざるを得ない流れを、報道が作り出しているような気がします。これは、あまりエスカレートして欲しくない構図です。幸い、捜査の実際の動きがそこまで大胆で軽率ではないようなので安心します。

捜査の正義や信頼に関わります。悪を見逃さず徹底的に追及することへの信頼と同じように、捜査の方針や方法の適切さへの信頼も忘れてはいけないと思います。

単に、悪をこらしめれば良いのではなく、正しく懲らしめなくてはなりません。そして、捜査の誤りは、くれぐれも防がなくてはなりません。それには、捜査自体のあり方も重要ですが、見守る報道の態度も重要だと思います。
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by gskay | 2006-04-18 20:27 | 真相 構図 処分
別件
警察による関係者の事情聴取ということで、久しぶりに話題になりました。捜査の進展という位置付けのようです。しかし、本来の問題からは遠いという感想です。

私にとって一番身近なヒューザーについては、宅地建物取引業法違反プラス詐欺だそうです。これは、私には、直接的な関係はない問題です。

問題となっているのは、偽装を知りながら物件の引き渡しを行ったという件で、偽装があったことを伝えていない点が問題のようです。せめて、強度の数値が出るまで、引き渡しを止めていれば、巻き込まれる人が減っていたのにと思うと残念です。

とはいうものの、問題の藤沢の物件の引き渡しについては、「偽装」を伝えなかったということは問題ですが、「強度が低いこと」を伝えなかったということを問題にはできないような気がします。

この時点では、偽装で耐震強度が下がっているのか、上がっているのか確定していなかったはずです。偽装が行われ、数値が低く入力されている以上、強度は低いだろうと想像し、覚悟しておくことはできると思いますが、あの時点では強度の低下は確定していませんでした。

議論の中でのふざけた発言は許し難い発言ですが、それも、数値が出る前のこと。

いずれにせよ、最初の物件で数値がはっきりしたのは、11月17日。続けて、一連の物件について11月21日に数値が出て、発表されています。

数値の再計算の都合で、発表までのタイムラグがあったと、私は理解しています。また、ふざけた発言も、問題となっている引き渡しも、このタイムラグの仕業だと思います。

このタイムラグは、全くと言っていい程、想定されていなかったと思われます。ヒューザーに限らず、どこもかしこも対応がデタラメです。

もし、10月末の時点で、偽装イコール強度不足を意味するということなら、私たちにも教えて欲しかった。どっちみち、対応らしい対応がないまま、11月17日を迎えるなら、10月末の時点で、偽装について知らされていても良かったと思います。少しは、対策を講じられたかもしれません。(少なくとも、余計な買い物や出費は避けられた)

また、結局、発表の後も、対応らしい対応がない宙ぶらりんの時間を過ごしました。タイムラグは、単に再計算のためのタイムラグとなり、この期間に対応らしい対応は検討されていなかったのだと思います。

だったら、数値が出る以前でも、さっさと偽装を知らされていても良かったと思います。宙ぶらりんであることには変わりませんが、無駄な出費は避けられました。

あるいは、数値がわかっていても、対応がまだなら、対応を考えてから、満を持して発表してくれてもよかったのに。混乱に翻弄されました。

ここに、腹が立ちます。「知らせるかどうか」や、「対応するかどうか」についての判断には、同じか、それ以上の責任を負うべき人がいるのではないでしょうか?問題の引き渡しの件もその流れで考えるべきなのではないかと不愉快に感じています。

そこまで、踏み込んでくれると、私にとって、直接的な問題になります。

いずれにせよ、これだけで、一連の問題の真相の解明にはなっていないどころか、この「別件」でさえ、検討が不十分であると思います。また、違法性についての扱いも微妙だと思います。違法性については、総研の奈良の件も同様だと思います。

本人たちが、認めるなら別ですが、これで、しかるべき処分ができるのか心配です。発表されていない重要なポイントがあると思う事にします。

一方、木村建設については、会計の粉飾とのこと。 偽装や施工の欠陥ではありません。この事件との関係は了解不能です。

「会計」には、解釈や見解の相違のようなものが出やすい性質があるような気がします。ここしばらく、世の中が「粉飾」という言葉に敏感になっています。この「粉飾」の容疑が「言いがかり」でないと信じたいところです。会計は、デタラメにしやすいのと同じように、いくらでも「言いがかり」をつけられるもののような気がします。

また、元建築士は、名義貸し。これも、この問題とは別です。こちらは、刑罰が思いという事で、納得できないわけではありません。しかし、偽装を立件できないのを、物件の解体による証拠固めが不十分だからと報道では説明されていますが、図面や書類の問題ではなかったのかしら?

どれ一つとして、真相にせまっておらず、捜査が進展しているといえるのかどうか心配です。

また、みんなが、「言いがかり」の容疑や「別件」による捜査というものを常套手段として考え、慣れつつあるのも気がかりです。
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by gskay | 2006-04-17 13:18 | 真相 構図 処分
住宅ローンについての相談
銀行に行って来ました。住民の集会等のおりに、各自しっかり対応するようにと言われていたにもかかわらず、ついグズグズしていました。

幸い、経済的ピンチはなく、支払いも滞ってはいませんが、相談に行く必要はあると思っていました。ただ、銀行毎に対応が、イロイロで、先行して対策を講じている銀行もあれば、ゆっくりしているところもあるようでした。どうやら、うちの銀行は、ゆっくりしている方らしいと思っていたところ、電話がかかって来ました。

ローンをお願いしている銀行では、支払いに問題にない人にも、説明と相談の機会を作るようにしているとのことです。「このままの支払いでいいかも」と思っている場合でも、直接、担当の人と話をする機会を作りたいということでした。

こちらの仕事場に出向いてくれるということでしたが、こちらが銀行に出向くことにしました。銀行のカウンターの向こう側にはじめて行きました。営業時間終了後の銀行というのもはじめてです。

話の内容は、銀行としての対応策の説明でした。住民にとって、仮住まいによって増加した分の負担を軽減するための提案を聞きました。

何も変更せずに、そのまま支払いを続けてもいいそうですが、金利を減らす措置が提案されました。

仮住まいに移る事で新たに生じた家賃負担のうち、3分の2は公的な家賃補助によって工面されています。残りの3分の1に相当する分を念頭に、金利を下げつつ、月々の支払いを軽減するという考えの対策とのことでした。

向こう3年間、金利を軽減できるそうです。それに伴い、この期間の支払いを、元金プラス利子、利子のみ、支払い猶予の三つから選ぶとともに、借入期間をそのままにするか、延長するかという選択肢を組み合わせるというものでした。

元金プラス利子の場合、現在のローンの毎月の返済額から家賃負担などの負担増加に相当する分を引いた金額になるそうです。金利軽減のおかげで、利子の額が減りますが、元金の返済が多少遅れます。ただ、金利軽減の効果が大きい印象をうけました。一応、この路線で、期間の変更もなしで考えています。

これで、当面の負担増を乗り切りつつ、ローン返済も続けられそうです。

ちなみに、毎月の返済額をそのままにして、元金を多く返すというムシのよい考えはダメだそうです。返済額を見直す必要がないなら、金利の軽減は受けられないそうです。

他の選択肢としては、向こう3年間は、金利だけにするというものがあります。この場合、元金が減らない分、トータルの支払いは増えるようです。また、支払いそのものの猶予を受けることも出来るそうですが、元金がそのままで、猶予期間の利子もつくそうです。私は、そうした条件を検討する必要はなさそうです。

当面の支払いについて説明の後、建て替えにあたっての自己負担の話になりました。私は、融資を必要としますが、これについては、建て替え事業が具体化してから考えたいと思います。

その他、建て替えについての見通しや、物件のこと、自治体の対応などの話をして、約1時間すごしました。担当の方は、国の会議等に出たり、物件をまわったりしているそうです。

ローン返済計画は、大幅変更です。しかも、先行きがまだ不透明です。しかし、これから、金利については、上昇傾向が予想されるとのことで、素人目には、早め早めに手を打つ方がいいような気がします。
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by gskay | 2006-04-15 19:32 | 損害と回復
事情聴取
久しぶりの話題だと思います。見出しを見た最初の感想は、「まだ、していなかったの?」。

耐震偽装、小嶋社長来週にも聴取…詐欺容疑も視野(http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe5500/news/20060414it02.htm)


 耐震強度偽装事件で、警視庁などの合同捜査本部は13日、強度不足のマンションを販売していた開発会社「ヒューザー」(東京都大田区、破産手続き中)の小嶋進社長(52)から、来週中にも事情を聞く方針を固めた。

 同社は、分譲マンション「グランドステージ(GS)藤沢」(神奈川県藤沢市)の強度偽装を知りながら購入者に引き渡した疑いが持たれている。

 捜査本部は、「木村建設」(熊本県八代市、破産)とコンサルタント会社「総合経営研究所(総研)」(千代田区)がかかわったホテルルートと合わせ、詐欺容疑での立件を視野に捜査を進めている。

 関係者によると、ヒューザーは昨年10月25、27の両日、民間の指定確認検査機関「イーホームズ」(新宿区)から、姉歯秀次・元1級建築士(48)が構造計算書を改ざんしたとの指摘を受けた。27日の会議には、小嶋社長も出席していたが、翌28日には、姉歯元建築士が設計にかかわったGS藤沢の物件17戸を顧客に引き渡していた。

 捜査本部では、姉歯元建築士やイーホームズの関係者らからの事情聴取を進めた結果、GS藤沢の物件を引き渡した当時、ヒューザー側が、姉歯元建築士が設計したマンションは強度が偽装されていたと認識していた疑いがあると判断、小嶋社長や同社幹部らから当時の状況について事情を聞くことにした。

 GS藤沢を巡っては、東京都も今年2月、耐震強度の偽装を知りながら買い主に引き渡したとして、ヒューザーと販売代理会社「ジャスティホーム」(大田区)を宅地建物取引業法違反で免許取り消し処分にしていた。

 一方、捜査本部は13日から、姉歯元建築士が構造計算書を偽造した奈良市のビジネスホテル「サンホテル奈良」(12階建て)を検証するなど、木村建設が施工し、総研が開業を指導したホテルルートの捜査も進めている。捜査本部では、両社が強度偽装を認識しながら、ホテル建設にかかわっていた詐欺の疑いもあるとみている。

(2006年4月14日6時0分 読売新聞)

てっきり一連の問題全体にかかわることかと思って、内容を読むと、発覚後の引き渡しの件のようです。そこは、耐震偽装にとっては枝葉の部分で、自分には直接的な関係はない部分です。

事実関係については、容疑の通りだろうと思います。事実についての部分では、争う余地はないように思われます。潔い態度で、余計な時間や手間をかけて欲しくありません。

しかし、その行為に対する法的な解釈は、議論の余地があるように思われます。宅地建物取引業法には、このようなケースの想定がないものと思われます。ただ、すでに、免許取り消しという処分が行われており、議論らしい議論もきかれなかったように感じました。関係している人の間では、見通しは、はっきりしているのかもしれません。

なお、引用した記事では、総研、木村建設がてがけるホテルのケースも一緒に報じていて、紛らわしいと思いました。
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by gskay | 2006-04-14 08:57 | 真相 構図 処分
落書き
匿名の書き込みには、翻弄されました。ネット上の書き込みは、パソコン通信の時代から、過激になりやすく、なぜか、問題を離れて、人格への攻撃がはじまってしまいます。小学生の出来の悪い学級会のようです。

優れた主張や貴重な情報もあります。玉石混淆の中から、いかに優れた情報を拾い出すかが問題だという人がいます。実際、参考になる書き込みがあり、そのため、すたれることがないのだと思います。そういう「玉」のような書き込みをあてにして、探しに行きます。

しかし、「石」が多い。まるで、学校や駅のトイレの落書きのよう。根拠のない憶測。余計なお世話。そして、本人の前はおろか、他人にさえ言えないような悪口も、落書きだったら平気。それを、愚かとか、卑怯とか、蛮勇であると不愉快に思います。

なのに、つい、そういう落書きを見てしまう。これは、多分、ヒマだから。

何かを主張する訳ではなく、粗探しと誹謗中傷にすぎない意味のないような書き込みも、ちらっとだけは、見てしまいます。ヒマだし、ついでに。そうした誹謗中傷を受け止めて対応しようとする人もいますが、ほとんどの人は、ちらっと見て、無視。眺めるだけの人が多いと思います。

落書きは、同類が集まってエスカレートしていくようです。でも、ほとんどの人は、落書きをする側にはなりません。見ているだけで、書き込む人は少数です。落書き好きの少数意見が、必ずしも「世の中の声」を反映しているとはいえないでしょう。

落書きをけしからんと思っても、書く人がいて、見る人がいる限り、無くなることはないでしょう。世の中のヒマと言うヒマがなくなれば、落書きは消滅するかもしれませんが、あり得ない事だと思います。

エスカレートしていくことで、当事者に苦痛を与えたりすることが問題になっているようです。言論の自由と、そうした被害との間のバランスが議論されていますが、取り締まる程のことではないと思います。

言論の自由という程の真剣さがないのが落書きだと思います。風評が流れると、身動きがとれなくなることがあることや、見栄えを損なうということが被害らしい被害ですが、それ以外には、直接的な被害という深刻さがないのも落書きだと思います。

落書きは、無視できるなら、無視してしまうのが一番ではないかと思います。見なければいい。近付かずにすむなら、近付かない。消せるものなら消してしまう。からかっている書き込みがほとんどで、何かを主張しようとか、妨害をしようという熱心さが無い場合は、そうした対処で充分だと思います。見えないところに、追っ払ってしまえば充分です。

誹謗中傷を打倒したいという怨念が湧いて来るかもしれませんが、所詮、からかっているだけの書き込みを相手に奮闘する意味はありません。

さらにエスカレートして、落書きが直接的な行動の動機になることがあるかもしれませんが、それは、別の問題として対処しなくてはなりません。

落書きは、面白く、盛り上がることが目的です。正しいことを探すことは、盛り上がるための調味料のひとつですが、正しいことが目的ではないと思います。中には、「本気で」落書きしている人もいるかもしれませんが、所詮、落書きと言う「メディア」は、書き手にとっても、読み手にとっても、ヒマつぶし以上の意味はありません。

サイトを立てたりブログを作って、情報発信が簡単に行えるようになりました。ネット上では、落書きと情報発信の再編成が行われているように思えます。匿名が前提の掲示板は、数行以下の文章による落書きに特化していくのかと思います。数行以上の文章が書ける人にとっては、ブログが便利だと思います。落書きブログもあるし、情報発信ブログもあるという状態になると思います。落書きブログと情報発信ブログについては、明確には住み分けられないような気がします。そういう意味では、今後も同じかもしれません。

ところで、空いた時間や、何ができる訳でも無い時、人は、情報を消費して、ヒマをつぶして暮らしているような気がします。放送も出版物も。そして、ネットも。発信するにしても、受信するにしても。井戸端会議や、飲み会などの雑談のような双方向の情報のやりとりもふくめ、そういうものかもしれません。ヒマつぶしであり、レクリエーションだと思います。

しかし、すべての情報がヒマな人向けではないと思います。むしろ、現実の世の中は、ヒマな人用の情報で動いているわけではないと思います。真に「世の中の声」を反映していたり、将来を決めるのは、ヒマつぶしのために大量消費されるような情報ではないようです。しかし、大量のヒマつぶしのための情報には囲まれているものの、肝心な情報を探すのは難しいと感じています。
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by gskay | 2006-04-13 18:54 | いろいろ
破産説明会のおしらせ
ヒューザー及び小嶋氏破産説明会があります。破産管財人から文書で通知を受けました。

平日の午前中で、さすがに出席を躊躇してしまうスケジュールです。幸い、役員さんが参加してくれるそうです。専門的な知識を持っている役員さんです。

もともと、会場の定員があるので、みんなで押し掛けると大変なことになってしまうので、調整した方がいい状況のようです。

こうした書類は、地裁の封筒で届きます。もとのマンションが宛先で、仮住まいに転送されて届きます。

しぶいと思うのは、宛先が、もとのマンションの住居表示ではなく、登記上の番地であることです。

登記上の番地など、こんなトラブルでも無い限り、あまり意識されないのではないかと思います。余程、関心が無い限り、大抵は、売買や登記でお目にかかっておしまい。せいぜい、住宅ローン減税用の書類の作成で見るくらいだったのではないかと思います。
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by gskay | 2006-04-12 10:34 | 損害と回復
メディアの報道姿勢
情報を発信するメディアにとっては、見てもらうことが価値です。正しいことを伝えているだけではダメです。見てもらわなくてはなりません。見てもらったら、次もくり返し見てもらわなくてはなりません。そのように見てもらうことでメディアとしての価値があがり、企業としての収入をあげることができます。

これは、新聞でも放送でも同じことだと思います。

メディアは、自由な立場で、民主的な社会を精神的に支えているという建て前を持っています。しかし、同じような発想で、同じように反応する受け手が多ければ多い程、メディアにとっては有利になります。自由な立場や、民主的な思考は、送り手にとっては厄介です。むしろ、嗜好を揃えてしまう方向に努力した方が有利です。

ところで、近年のメディアによる報道は、結構手抜きだと思います。報道の骨格の部分は、通信社の記事の使いまわしにすぎません。様々なメディアの独自の視点によって事件の真相が明らかになるというシステムではないと思います。むしろ、誤った方向になだれをうって進みやすい仕組みになっているのではないかと思います。

メディアは、正義を標榜する以上、自らの誤りを認めるのは難しいものです。しかし、通信社の記事の使い回しなら、間違える時も、一斉に足並をそろえて間違えるので安心です。みんなが騙されているように見え、仕方がないように見えます。不可能であったとか、「巨悪」に騙されたことにすることができます。

みんなで、「力不足で、真相究明にいたりませんでした」といえば、不可能に対する充分な言い訳になるとともに、誤りに陥れた「巨悪」の存在をにおわせることができます。他人の不可能には厳しいくせに自らの不可能には甘く、責任回避のために、他人の責任転嫁。当事者の誰かのせいにしてしまえばいい。

そうした誤りの原因は、使い回しの元の記事の誤りを、無批判に取り上げた各メディアの姿勢にあると思います。元の記事の誤り自体は、あまり重要ではありません。ある程度の間違いは、仕方がないことです。しかし、それぞれのメディアが、その元の記事を無批判に受入れ、一斉に間違えることが問題です。それは、それぞれのメディアの不十分な取材によるものです。そして、知識不足による見込み違いや先入観も問題です。

中には、独自取材の成果で、騙されなかったメディアもでます。その時は、スクープとして賞賛されます。でも、スクープは、卓抜した取材力の成果というより、他のメディアの怠慢の裏返しが多いような気がします。

もちろん、個々のメディアは、他社との差別化も必要です。一応、スクープを狙って頑張っているというポーズも必要だと思います。メディアが動いているということも伝えなくては、受け手に信頼はされません。そこで、独自性を醸し出すための取材があり、編集が行われて発信されています。

肝心なところは通信社に頼る一方で、本質から離れたディテールで、「独自取材」がエスカレートしています。エスカレートした取材風景を自ら報じてみせる傾向があります。どうでもいいところに受け手の注意をそらしながら、「メディアの存在感」を出しているような気がします。

取材が殺到している場所に、スクープなんてあるのですか?これも、結局、足並を揃えているだけのような気がします。このエスカレートは、すでに異常なレベルに達し、「被害」を意識しなくてはいけなくなっているように思われます。(メディア側は、「自由」を盾に開き直っているようですが、自制をしないと……)

また、最終的には、独断と偏見で分かりやすさを追究する編集があります。高度に単純化され、複雑な事情は省かれます。面白い事実や本質に関わる事情があっても、複雑になると判断されたり、これまでの報道の経緯に都合が悪いと「表」には出ません。「表」には、勝手に作られたストーリーが流れます。

その「表」とは、画面であり、紙面。

それに受け手が飛びつき、その飛びつき具合を、広告主や、株主が評価する。何を流すかということや、受け手にどのような影響を与えるかと言うことではなく、いかに受け手に飛びつかせるかというのが、企業としてのメディアの課題です。

企業としてのメディアによる報道には、記事の使い回しによる横並び姿勢、核心から離れた部分でのエスカレートした「独自取材」というパフォーマンス、極度に単純化された編集という問題があると思います。足並を揃えて間違った方向に進んだり、真実から遠ざかる仕組みはこんなことではないかと思います。それぞれの問題が、それぞれに悪い影響を社会に与えていると感じます。そこでは、メディアの建て前は成り立たず、別の課題が優先されています。

メディアの正義に対し、疑いをもつ人と、信じる人に分化しているような気がします。私は、疑いを持っています。
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by gskay | 2006-04-11 12:10 | メディアの狂騒
どちらとも違う立場
住民である私を非難する立場は、少なくとも二つあるような気がします。「自己責任」を主張する論者と、「公的責任の徹底追及」を主張する論者です。いずれにも、一理あると思いながら、全面的に同意することはできませんでした。

「自己責任」論者の住民バッシングは、ほとんどネットでしか見たことはありません。どちらかというと匿名性の強い場でしか発せられていないように思いました。一方、「国の責任の徹底追及」については、欠陥住宅や欠陥マンションの問題に詳しい人から出ているようです。こちらは、身元を明かした人の発言が多いような気がします。ネットからは、「プロ市民」などと呼ばれて忌避されているようです。

どちらも、過激で、攻撃的。お互いに不仲で、中間的な立場の人は、双方の餌食です。

一般に、そうした過激な非難は、当事者から発せられるものではないためか、事態が進行すればするほど、実態になじまなくなり、その分、過激になるのかと思います。

しかし、いよいよ、社会からの注目も低下し、報道も減りました。こうなると、外からでは、注意深くフォローしていても、状況を了解するのは難しいと思います。過激な論者も、おとなしくなってきたり、焦点が定まらなくなってきたように思います。

最終的にどうなるかわからないことだらけですが、当事者である私は、現在進行中の現実の展開にあわせて考えて行かなくてはなりません。

ところで、「自己責任」論者は、住民の人格への攻撃や誹謗中傷と渾然一体となってエスカレートしました。しかし、よく見ると、攻撃や悪口とは一線を画した主張を、しばしば見つけることができます。

どうして、そうした傾聴に値する高度な意見が、酷いバッシングと一体となりやすいのかわかりませんが、ブームが過ぎてしまったためか、きちんとした論理を展開できる論者まで減ってしまったような気がします。ブームとともに現れ、過激になっていく存在だったのかもしれません。

「自己責任」論者は、過去との整合性を強く意識し、「どうしてここだけ」という説明にこだわっています。責任については、「ここだけ」の「ここ」である住民に集中して解釈します。公的な対応に対し、過剰な拒否を示します。

一方、「公的責任の徹底追及」論者は、どちらかというと住民寄りです。欠陥住宅や欠陥マンションでの辛い経験や悲惨な実情の中から同情も生まれて来ます。いかに責任のある人を見つけ出し、そこに責任を取らせるかということを論じます。

住民自らの独立した責任追及の動きを歓迎するものの、住民と業者や国等の公的機関の関係が良好であることを歓迎していないような気がします。住民と、他の主体とは対立していなければいけないと考えているのではないかと思います。

これまで、なかなか良い方向に進む事がなかった欠陥住宅・欠陥マンション問題のなかで蓄積された怨念のようなものを感じます。業者や公的機関を追及しなくてはならないものと決めつけている様で、法廷での動きを強く勧める傾向にあると思います。また、これまでの施工による欠陥で論じられて来た枠組みに押し込めようとする傾向もあります。

今後、仮に公的機関と住民の関係がこじれて来た場合、この立場の議論が活発になっていくのではないかと思われます。こちらは、「自己責任」論者とは異なり、ブームとともに消えてしまうものではないような気がします。今後の調整が不調に終われば、怨念はここに蓄積されるのではないかと思います。

一見、「自己責任」と「公的責任の徹底追及」は、相容れないもののように見えます。しかし、よく見ると共通点があります。

一つは、過去を強く意識している点です。過去に充分な対策や対応がとられて来なかったことを、強く意識していると思います。

「自己責任」論者は、過去の不満足とのバランスを求めます。一方、「公的責任の徹底追及」論者は、過去の不満足の解消をめざします。

また、公的機関と住民の分断と対立を煽る点も共通点で、一方の責任を強く意識し、その反対の側の動きも否定します。

「自己責任」論者は、住民の自己責任を強調し、国の対策に反対します。一方、「公的責任の徹底追及」論者は、公的機関や業者の責任を追及を強調し、白黒がつくまえに住民が自力で解決する道筋や、公的機関の対策に妥協して行くことに否定的です。

いずれも、過去の不満足と、公的機関や業者と住民との関係がが良好ではないという前提に立つと言う共通点を持っているように思われます。

今のところ、私は、「自己責任」論者とも、「公的機関の責任追及」論者とも違う立場です。なるべく早く建て直しがすみ、できるだけ少ない負担であるのを望んでいるだけです。

非難はされるかもしれませんが、それが実現すれば、「自己責任」論者にとっても、「公的機関の責任追及」論者にとっても、突破口となるような前例になると考えています。市民の立場からの不満や不安の解消に役立つと思います。また、公的機関と住民との不毛で不幸な関係を乗り越え、安全で安心な街をつくることにお互いに責任をもって寄与できると考えています。
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by gskay | 2006-04-10 17:11 | いろいろ
同じような背景
職場で新年度の人事異動がありました。移動して来た人から、いきなり「大変ですね」と言われてしまいました。あら、他の部署にも知られている?そういうことではなかったようで、テレビ放送を見ていたのだそうです。

また、廊下で昔の同僚に会いました。ここでも、「テレビみたよ」とのこと。

随分と時間が経ってからのリアクションです。直後にも、多少の反響はありましたが、こんなに経っても、まだ反響が残るとは、侮り難いと思います。

ところで、その同僚は、知り合いが2人もこの事件に巻き込まれていて、私で3人目だということです。異常な高密度。いずれも、同じ仕事だそうです。

以前にも、友人から、親しい人が偽装物件ではないもののヒューザーのマンションに住んでいて、びっくりしているという話をききました。

同じような背景の人が、結構、購入しているようです。多分、私とおなじような年齢で、私と同じような地位で、同じような経済状況・生活レベルなのではないかと想像します。教育的な背景も似たりよったり。発想なども似ているかもしれないと思っています。(だって、あのマンションを買っちゃう人たちだから)

うちのマンションでは、年齢は様々で、おそらく職業もイロイロ。しかし、集会で話をきく限り、似たような発想をしているような気がします。意見の細かい違いはあるもの、問題意識がすれ違って、話にならないということは、これまで一度もありませんでした。物腰も、口調も、似通っているような気がします。

事件のはじめの頃に報道されていたマスコミやネットで流れていた住民像は、うちには合わないと思っていました。そして、他の物件は、うちとは違うのかと思っていました。しかし、少し時間が経って、他の物件についてもいろいろとわかって来ると、あの時作られた住民像を平均的な姿として当てはめるのは、どの物件でも無理があると感じています。
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by gskay | 2006-04-08 22:15 | マンション暮らし