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3分の1
国会の審議拒否は、戦術的には何の意味もありません。なぜなら、国会の本会議は、3分の1以上の出席で成立してしまうからです。

本会議を成立させないようにするためには、3分の2以上の勢力が欠席戦術をとらなくてなりません。3分の2の勢力なら与党側になるはずです。

会議の成立が3分の2以上ということであれば、半数に及ばなくても、3分の1以上の反対者が欠席する事で、議決を不能にすることができます。しかし、我が国の国会は、本会議では3分の1の出席で会議が成立し、委員会でも半数の出席で会議が成立してしまいます。欠席戦術で、野党が達成できることは、実質的には皆無です。

我が国の国会では、フィリバスターは不可能なようなので、議決に抵抗する戦術は、牛歩戦術や議場の入口での座り込みくらいしかないのでは?後は、会議を暴力的に混乱させる……。

厚生労働大臣の発言をめぐり、国会が野党の審議拒否により混乱しました。しかし、その影響はわずかです。日本の国会の仕組みは、どんどん会議を進めることをめざした仕組みになっていて、会議に出て来なければ、置いてきぼりになるだけです。

にもかかわらず、野党が審議拒否をしました。その意図は、国会運営だけを見ていたら理解しにくい出来事です。発言問題に真剣に取り組むなら、国会の会議の中で、厳しい批判を述べた方が良さそうですが……。

野党第一党の党首の意図は、別のところにあるのではないかと思います。

現時点で、与党第一党が一枚岩に団結しているとはいえません。現首相が、大きな支持のもとで選出されていますが、単純な状況ではありません。それは、国会議員のレベルの問題だけではありません。

選挙をするためには、地方組織が重要です。その地方組織が混乱しています。この前の総選挙のしこりもあり、与党第一党では、一つの小選挙区に同じ党を支持する二つの勢力ができて対立してしまう構図ができてしまいました。その勢力を結集するのは容易ではありません。容易ではないからこそ、一致団結の姿勢をアピールしたのが、総裁選挙だったのではないかと思います。

また、国と地方公共団体の役割の変化が進むことによって、中央の政党や国会議員、県連や県議会議員、そして市町村議員という系列化が、利益誘導の意味では無意味になりつつあります。国の問題は、国の問題。県の問題は県の問題。市町村の問題は、市町村の問題。……という具合に、それぞれが別のレベルの問題を扱っていて、お互いの影響が低下しています。

利害からは離れてしまい、選挙のための組織としてしか、系列化の意味がなくなってしまうと、政治団体としての求心力が低下しています。そうなると、選挙に対しても弱い組織になってしまうという組織弱体化のスパイラル現象が進んでいます。

また、組織に影響されない無党派や無関心の増加の影響が無視できなくなってしまいました。組織による選挙では、無党派や無関心という人の投票率が低下すれば、相対的に組織選挙の意義が高まります。組織選挙で勝とうと考えるなら、無党派や無関心には、無投票でいてほしいところです。ところが、無関心はともかく、少なくとも、無党派は、メディアの影響で動き、組織選挙の脅威になっています。加えて、組織自身が弱体化しており、ますます組織外の有権者が重大な存在になっています。

これまで通りの組織選挙を前提とすることは、困難です。議員や候補は、その困難な状況を乗り越えなくてはなりません。中央と、弱体化しつつある地方組織の意識とのギャップが大きくなっています。これは、党内の混乱にもつながっていると思われます。この状況は、従来の発想だけでは乗り越えることができなくなりつつあり、少なくとも、組織の再編成が切迫した問題になっています。

より強いつながりの組織をめざす動きもあれば、逆に緩いつながりの組織を目指す動きもあると思います。いずれにせよ、これからは、無党派からの好感を必要とします。もし、無関心が目覚めた場合には、味方になってもらわなくてはなりません。しかし、今の地方の政治団体の多くは、その逆の効果が強いようです。これが、一連の地方の首長の選挙で明らかになってきました。

従来の組織選挙が通用しないとなると、これは、今後の選挙がどうなるのかわからないという不安定な状況になります。その状況に対し、一石を投じたのが審議拒否であったと思います。きっかけとなる問題は大臣の問題発言でなくても、混乱の内容が審議拒否でなくても、何でも良かったと思います。要は、政治的な混乱を必要としていました。

与党第一党が一枚岩でなく、党内での議員同士の競争が熾烈であるばかりか、弱体化への危機感をもつ地方組織とのねじれも深刻になっています。事と次第によっては、分裂もあり得る混乱状況です。そこに、野党第一党の党首は、審議拒否を通して、一石を投じることに「成功」したと思います。

審議拒否の前後に何も変わっておらず、野党にとって何のメリットもなかったように表面的には見えます。しかし、与党第一党は、分裂を回避するための防戦を強いられるという政治的闘争の争点が明瞭になってきたと思います。

野党第一党の党首は、政界再編の必要性を説き続けてきました。その実現のための布石ではないかと思います。政権交替というのは目先のかけ声で、彼のゴールではないと思います。

もともと、野党第一党の方は、支持組織の志向が入り乱れていて、いつバラバラになってもおかしくない状況だと思います。ただ、“反”与党第一党というのが絆になっているのではないかと思います。与党第一党次第で、その絆も意味を失います。

野党第一党には、昔からの反与党第一党もいれば、与党第一党を離れた人もいるし、本当は、与党第一党に入りたかったけれど入れなかったから野党に属している人まで、事情が様々です。

与党第一党が分裂すれば、野党第一党もバラバラになって、合従連衡し、ようやく次の政治の枠組みができるという可能性が出て来ると思います。

現状では、野党第一党の党首にさえ、現在の枠組みでの政権交替への期待は少ないのではないかと想像します。そのかわりに、与党第一党も野党第一党も分裂し、再編成されるという流れを想像しているのではないかと思います。

もし、衆議院の解散がなければ、参議院選挙の結果だけで、政権が交替するということはあり得ません。たしかに、与党第一党の分裂による衆議院での勢力に移動があれば、その限りではありません。また、現在の政党の枠組みの延長で政権交替が行われるべきだという制約もありません。

与党も野党も、表向きには既存の体制を尊重しているというポーズをとらなくてはならないものの、地方組織や支持組織にまで目をむけると、単純に既存の体制の強化で解決できない問題があります。どちらも、今の体制で安定して選挙を闘い抜く事はできないことと思います。

国会の進行だけを考えるなら、審議拒否は、戦術としての価値はありません。議員にも、組織にも動揺があるからこそ、今回の審議拒否に意味があったと思います。

「ひょっとして、与党の国会議員の一部が離反せざるをえないかもしれない」と、地方組織にまで動揺が走っただけで、充分だったと思います。参院選を切り抜けるにしても、その後を構想するにしても、今回の審議拒否には大きなインパクトがあったと思います。

これが序章なのでしょう。今後、与党第一党にも、野党第一党にも内部の混乱が生じると、予想します。国政選挙に混乱なしで取り組むには、選挙区である地方の事情が複雑だからです。

地方の首長選挙で、与野党相乗りをしている限り、この状況は顕在化しなかったと思います。その点で、ここまでは、野党第一党の党首の方針は、狙い通りになっているのではないかと想像します。

そういう変化を望まない人も大勢いると思いますが、流れを止めようと抵抗する力が、積極的なものであるかどうかが問題です。与党においても、野党においても。

(追記)
引用の記事の発言は、ちゃんと考えての発言なのでしょうか?それとも、マスコミ得意の断片?(でも、時事だし……)

相手の手のうちに入って勝算があるのだろうか?すでに、対策は万全ということ?

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 民主は「店じまい」宣言か=小沢氏をけん制−中川自民幹事長


2月12日19時1分配信 時事通信

 自民党の中川秀直幹事長は12日午後、静岡県浜松市で講演し、民主党の小沢一郎代表が夏の参院選に関し「野党で過半数を握り、政界再編に持っていきたい」と述べたことに触れ、「今の民主党では2大政党にならないと宣言したに等しい。見方によっては民主党は店じまいを宣言した」と指摘。小沢氏の姿勢をけん制した。
この幹事長が、この時点で、政界再編を争点にしてしまって、与党第一党の組織を維持できるの?消極的に逃げ切るという戦法は難しくなって、古い二つの政党同士の対決ではなく、新しい政治体制と旧い政治体制の対決になってしまいそうな気がします。

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by gskay | 2007-02-13 12:58 | 政治と役所と業界
問題の認識
耐震偽装には、様々な人が、様々な形で関わっています。それぞれが、異なる形で事件を認識しています。藤田さんが著書に記した考え方や見方もひとつだと思います。

ことの経緯に関する部分は、藤田さんの著書のインパクトは絶大だと思います。

私は、平成17年11月17日の夕方以降の事柄については、一面的ではあるものの、リアルタイムで体験しています。報道を含め多くのメディアがいかにデタラメで偏っていたかを知っています。あいにく、11月17日以前の部分については、そのデタラメで偏った情報しかありませんでした。

利害のある関係者である以上、藤田さんの著書の内容を鵜呑みにすることはできないと思いますが、これまでの情報よりも、はるかに良質であると感じました。少なくとも、中立を装って、デタラメで偏った情報を垂れ流しにしているという態度よりも好感を持てます。

耐震偽装問題の初期の対応では、いかに、国土交通省が、建築行政への信頼と期待を裏切っていたかが描かれているように思います。単に、行政への信頼と期待を裏切っただけでなく、あらゆる建築関係者を道連れにしているように思います。

しかし、そのことを問題として取り上げよういう人は少ないように思います。全く知らなかったり、関心がない人がほとんど。知っている人でも、目をつぶって、通り過ぎるのを待っている……。

ところで、私が、イーホームズや藤田さんを認識したのは、衆議院国土交通委員会の参考人質疑です。あの時、わたしは藤田さんに対し、不愉快な印象を持ちました。その最初の印象は、今でも続いています。

なぜ偽装が見落とされたのかという問題と、発覚後の初期対応がどうであったかという問題が、藤田さんの参考人質疑のポイントであったと思います。

見落とされた原因については、原因追及の方向が誤っているというのが藤田さんの主張だったようです。大臣認定プログラムの利用の仕方についての理解が不適切であったために、問題発生の原因の分析が誤っているということを主張していたようです。

これは、とても重要な指摘ですが、その指摘が、あたかも責任逃れのように見られてしまいました。今から考えると、もっと上手な受け答えをしていれば、全く異なる展開になっていたのではないかと思われ、残念です。

また、発覚後の対応については、ヒューザーの小嶋社長との亀裂が生まれる原因を作ってしまいました。判断の背景にある技術に限界があり、幅があるのは仕方がないことです。その点こそ明らかにされなくては行けなかったのに、悪者探しに矮小化されてしまう原因を作ったのは、藤田さんの発言だったと思います。

技術的な問題と同時に、公的な権限が優柔不断で肝心なときに適切に機能しなかったばかりか、混乱に拍車をかけることになってしまったということも、国会ではっきりさせなくてはいけなかったと思います。建築において、責任に隙間が存在しているという、脆弱さこそ明らかにされなくてはなりませんでした。

それができなかったために、その後の、国会の議論は、くだらない構図を探るレベルに落ちてしまい、脆弱な基盤に何の検討も加えず、小手先の変更だけが行われるだけになってしまいました。

藤田さんは、構造についての検査および確認が適切できなかったという事実を認めるところから始めなくてはいけなかったと思います。その上で、それが不可避であった事情を明らかにしていくべきでした。

そのステップを充分に踏まなかったために、自己弁護の責任逃れではないかと受け止められてしまったと思います。おかげで、不可避な深刻な問題であるにとどまらず、国土交通省の原因追及の方向性が誤っているという重大な指摘を理解してもらうことができませんでした。

彼やイーホームズ、それに一部の官僚や学識者は理解していたようです。しかし、国会議員をふくめ、ほとんどの人がそれを理解するのは困難でした。相手が受け止められるように順に説明しなくてはいけないところを、ストレートに結論をぶつけたために拒絶されてしまったと思われます。

結果として、彼やイーホームズの責任はどうなるのかということから先に進めなくなって、原因追及の方向性が不適切であるという最も強調すべきことが霞んでしまいました。

さらに、責任逃れの印象のままで、公表までのプロセスが論じられることになり、ヒューザーとのやりとりも、責任のなすり付け合いであると誤解される結果になったと思います。

公表までのプロセスでは、考慮されなくてはいけないポイントがたくさんあったと思います。実際のところ、もっとも重要なポイントである危険性の評価でさえ、現時点でも明確ではありません。とても難しい問題です。

適法な手続きと、結果として違法との関係は?
危険の評価は?
建築に関与した人の役割や責任の分担は?
所有者がどう行動すべきであるのか?
違法に対する公的な処分の手続きは?
瑕疵に対する対応は?
 ……

どれも明確ではありません。だからこそ、国会の場で論ずるべきだった。

そうした不明確のまま放置されている問題が、公表のプロセスを論じることで認識されるべきでした。しかし、公表までの紆余曲折は、単なる責任のなすり付け合いのプロセスであったかのように印象付けられてしまいました。

ますます、あの時の彼の言動を残念に感じます。

これ程のことを訴えようとしていたのに、発言の仕方を間違えたために、肝心なところへの理解が進まず、国全体が足踏みになってしまいました。関係者への影響も大でした。さらに、彼自身も逆風に。

もう少しだけ、発言の展開を注意するべきだったと思います。

あの時に戻ってやり直すことはできれば、楽だと思います。しかし、そんなことは無理です。

結局、いまだに解決していません。解決のための道筋すら切り開かれていません。切り開かねばならないと問題を提起する人もわずかです。

自分のブログの昔のエントリを読むと、参考人質疑後にイーホームズや藤田さんへの怒りを露にしています。しかし、問題はイーホームズだけではないということに、すぐに私自身が気付いていて、この問題を、最も的確に把握していると思われる藤田さんへの期待も、折々に記されています。

もう少し、他の人がわかるように工夫して欲しかった。その工夫によって、こんな混乱は避けることが出来たかもしれません。問題の抜本的な解決の方向性も、とっくに確立していてもおかしくありません。

その鍵を彼は持っていたのに、うまく使えなかったのだと思います。

あの時の失敗を取り返す必要があると思います。

藤田さんがそれをやりたいというなら、私は、彼をゆるすことが出来るように思います。
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by gskay | 2007-02-09 11:35 | 反省とまとめ
エレベーター休止
仮住まいのマンションのエレベーターが部品交換のため、半分しか稼働していません。

普段は、すぐにエレベーターがやって来ます。他の人と乗り合わせることは少なく、乗り合わせたとしても、せいぜい2グループ。自分が降りるまでに、2つの階に止まることがあるくらい。

ところが、半分しか稼働していないとなると、待ち時間が倍ではすみません。乗っている人数も倍以上。さらに、停止する階も増えてしまいます。

満員に近いエレベーターは、ここに越してはじめてです。停止する階が増えてしまうと、折角の高速エレベーターが、ちっとも高速でなくなります。加速する前に、途中の停止階が来てしまいます。高い階では、とても時間がかかって、ストレスです。

いかに適切に配置された優れたエレベーターを使っていたのかを、しみじみと感じます。

乗り合わせた子どもが、パニックになっていました。トイレに行きたかったようです。いつもなら、とっくに到着しているはずなのに、待たされたあげく、頻繁に停止するために、なかなか自分の階に着きません。……同情しました。

とりあえず、セーフだったようです。ダッシュでエレベーターから降りて行きました。

乗り物に乗るときは、ちゃんと済ませておかないとね。たとえ、自分のマンションのエレベーターでも。

いつもは、こんなことにはならないけれど、いろいろと学ぶことがありました。
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by gskay | 2007-02-08 17:52 | 仮住まい
選挙の心配
一応、私も有権者です。これまでの無関心は返上したいと思います。

いよいよ、通常国会も肝心な予算の審議。その後は、3年に一度の参議院選挙。この選挙は、耐震偽装発覚以降の最初の本格的な国政選挙です。

これまで、前国土交通省事務次官であった自民党の参議院比例区の候補に、格別の期待を寄せて来ました。しかし、どうも、期待は空振りだったようです。

私は、積極的な働きかけを行ったわけではありません。しかし、これだけの問題になった事件当時の次官が、全く問題意識を表明していないということを肯定するのは、私には難しいと感じています。

また、非姉歯として問題になった札幌においても、国土交通省の前技監が市長候補の推薦をうけているものの、あいにく、耐震問題の総括は行われていないようです。

私は、少なくとも耐震偽装問題の重要性を訴えることが出来る候補が必要だと考えています。

できれば、同じ問題に対し、異なる対策を持つ候補がいて、そこから選ぶ余地があって欲しいと思っています。しかし、どうやら、それは贅沢というものなのかも知れません。

少なくとも、これまでに次の国政選挙や統一地方選挙で耐震偽装および建築の問題を取り上げようという候補の存在を私は知りません。

もし、そのような候補がいるのなら、是非、主張するところを聞かせて欲しいと思います。これまで注目していた候補は、残念ながら、期待はずれであったと感じています。

次の国政選挙において、私が支持できる候補を立てるための最終期限が近付いていると感じています。
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by gskay | 2007-02-08 00:05 | 政治と役所と業界
選挙の作法
選挙は公営です。公職選挙法をはじめとする法規に則らなければなりません。また、後援会などの政治団体も法律によって規制される公的な存在です。公的な資格で、公営選挙に取り組まなくてはなりません。

言論にしても、結社にしても、自由であるべきだと思います。表現の方法も、工夫を歓迎すべきだと思います。そうした自由と規則との関係は、冷静に受け止めなくてはならないと思います。

政治団体を組織するのは自由であるものの、届出なければならないとされています。また、選挙における文書・図画による制限は、くだらない規則かもしれませんが、公営である以上、既存の規則の遵守は必要だと思います。

政治団体については、届出ればいいわけで、少なくとも、設立が禁止されていない点で、自由は確保されています。文書や図画についても、主張の中身までは、制限されていないので、言論の自由も確保されてはいると思います。

ただ、現状にふさわしいかどうかは別の問題だと思います。

引用の記事では、勝手連と「政治団体」との関係や、インターネットと「文書・図画による選挙運動の制限」との関係が問題になっているのだと思います。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 愛知県知事選の石田氏支援者「ミクシィ」で選挙支援


2月6日3時9分配信 読売新聞

 4日投開票された愛知県知事選で落選した前犬山市長の石田芳弘氏(61)の支援者が、インターネットで会員同士の交流ができる「ミクシィ」のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上に、会員制ページを開設し、石田氏への支援を呼びかけたり、事務所スタッフを募集したりしていたことが5日、わかった。

 県選管は「インターネットの選挙運動への利用を禁じた公職選挙法に抵触するおそれもある」としている。

 会員制ページは、“勝手連”を名乗る支援者によって、知事選告示前の1月5日と8日にミクシィ上に二つ開設され、それぞれ50人と23人が参加。告示日の18日以降は、石田氏の街頭演説や個人演説会の予定を紹介して、参加を呼びかけていたほか、事務所のボランティアスタッフも募集していた。

最終更新:2月6日3時9分
読売新聞


インターネット上のコミュニティーが政治団体といえるかどうかが、問題になると思います。ハンドルネームだけで、議論に参加できる場が生まれていて、今後、力を発揮する可能性があります。それを届出を必要とするのなら、さっさと、ルールを決めて欲しいと思います。

また、インターネットに文書や図画を掲示することと、ビラやポスターなどの制限とを同じ枠組みで考えていいのかどうかわかりません。ポータルサイトの広告やアフェリエイトの活用とも関連させて考えると、野放しには問題を感じますが、インターネットでの情報発信の価値は、民主的な選挙を効果的に行う上では、前向きに検討すべきだと思います。

過渡期と位置付けられる時期なのかもしれません。ただ、そういう過渡期になって、すでに随分と時間が経過しているので、さっさと対応しておくべき問題だったのではないかと思います。

ところで、国政レベルでいえば、「政党」は、政党交付金の受け皿となって、公的性格が強くなっています。設立や編成、再編成などは政党が自律的に行うとしても、実質的に、国政レベルの政党は、「公設」になっていると思います。

野放しにしていると、政治に費用がかかり過ぎ、新規の参入の閾が高くなってしまいます。腐敗や行き過ぎに繋がります。むしろ、公設にしておいた方が良いと考えているのが、現在の制度だと思います。

しかし、考えようによっては、政治自体が、既得権を持つものに有利な仕組みになってもいます。実際、世襲化が進行しているのではないかと思います。政治団体が、機に応じて立つという状況でもなく、ますます固定化し、陳腐になっているのではないかと思います。

費用についての制限はできたのかもしれませんが、仲間内の閉じた世界になってしまっていて、結局、政治への新規の参入や、参加を希望する人の裾野を拡げることはできていないと思います。そして、政治ばなれし、地盤が沈下してしまっているように思います。

このような状況で、政治がインターネットを利用する自由度を活用することには意味があると思います。発言の場が広がるだけでなく、主張の発信や議論のコストが減少する事が期待できるように思います。

弊害や逸脱も事前に考えておかなくてはならないものの、対応する規則の不整備を棚にあげて、インターネットでの活動を非難するのは適当ではないと思います。一方で、規則の整備は、政治的にキチンと行われるべきであり、運動を目指す側も、ゲリラ的な行動は慎むべきではないかと思います。

(追記)
政治活動専用サーバーのようなものを、公的に設置してもよいのではないかと、考えました。
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by gskay | 2007-02-06 11:08 | 政治と役所と業界
地方選挙と国政
地方選挙を、国政運営の指標とすることには無理があると思います。愛知と北九州の首長選挙の結果は、国政に決定的な結果を突きつける結果にはならなかったように思われます。

国政と同じ枠組みで与野党が競った選挙ですが、直接、国政の政治問題が扱われたわけではありません。政治問題は、それぞれの陣営が奮起するうえでの材料にはなったかもしれませんが、もっと大事な争点を個々の選挙が持っていたものと想像します。

選挙結果は、与党にとっても、野党にとっても、どうとでも解釈できるものであり、追及する側はどのような出口を考えているのでしょうか?

衆議院の勢力分布から見る限り、来年度予算までは、与党は安泰。野党の影響力は限定されます。ただし、与党が一枚岩だと言い切れない状況であり、そういう角度からみると、野党の努力が、無意味であるとは言えないと思います。

ところで、自民党が推薦する地方選挙の候補の中に、前国土交通省技監を見つけました。札幌市長選挙に出馬のようです。この候補について詳しいことを、私は知りません。おそらく、耐震偽装発覚当時の国土交通省のナンバー2の官僚で、技術的な事項を統括していた人物ということになると思います。

この候補も、参議院の比例区で自民党から公認されている佐藤信秋前次官同様、土木が専門のようです。佐藤前次官は道路局、前技監は河川局からの就任だったようです。

札幌も、耐震偽装騒動に巻き込まれた街です。この候補は、技術的な事項を統括する役職者として、問題に取り組んできたものと想像します。

市長選挙では、様々な問題を論じていかねばならない以上、耐震偽装への取り組みというような問題は、大した争点にはならないかもしれません。しかし、耐震偽装問題に巻き込まれた市の首長選挙に、耐震偽装当時の国土交通省技監が出馬するということは、二重に耐震偽装とのかかわりがあると、遠くからながめながら思いました。

今は、「第一次」と称されるようになりつつある耐震偽装問題に、どのように対処したのかを検証し、反省した上で市政に挑戦して欲しいと思います。

札幌のような多くの建物をかかえる大都市では、耐震問題などの建築の問題が、いつ起こってもおかしくないと思います。その問題に対処するのにふさわしい市長が当選し、取り組んで欲しいと期待しています。くれぐれも、国政の代理戦争にはならないで欲しいと思います。

(追記)
官製談合という厄介な社会問題が取り上げられている時期の立候補でもあり、大変なようです。政策よりも、そちらの方が、関心を集めてしまうようです。

また、前回は、再選挙だったとか。とにかく、大変な選挙のようです。
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by gskay | 2007-02-05 19:42 | 政治と役所と業界
今後の後始末
アパの耐震偽装問題では、今後、分譲済みのマンションに問題がでるかどうかが鍵であるように思います。引き渡し前の物件については、倍返しによる契約解除が行われているようです。詳しくは知りませんが、ここまでは、ヒューザーにもできたことでした。

今のところ、分譲済みの物件についての情報は、何もありません。所有者である住民に十分配慮してから、必要に応じて公表されることになっています。従って、すでに発覚していたとして、公表されていない可能性もあります。マンションは、全部、大丈夫であったという可能性もありますが。

公表までのプロセスについては、ヒューザーでの失敗の経験が活かされているように思います。すでに、姉歯物件の分譲マンションであっても、後から明らかになってきた非ヒューザー物件では、公表が慎重に行われた結果、軟着陸に成功しているようです。

公表については、基本的には特定行政庁の判断になるのではないかと思います。また、違法であった場合の処分についても、特定行政庁が判断することになると思います。

ヒューザーの騒ぎでは、特定行政庁の判断や措置は必ずしも一律ではないということがわかりました。また、発せられた措置の強制力についての考え方も、まちまちのようです。

そもそも、「災害」に対する措置と、「違法建築」に対する措置とでは、発想が異なっていますが、そこに混乱があったことが、騒ぎを複雑にしたように思います。途中の段階を飛ばして使用禁止命令をいち早く出した自治体の物件や、慎重な配慮のもとで公表された売り主の物件では、居住中であったりします。

今後、アパで、分譲済みのマンションで問題が明らかになっても、ヒューザーの場合のような混乱が起こらないような配慮が行われているのではないかと想像しています。氷山の一角と言われており、今後も、違法建築が出てくることになるかもしれません。その場合、ヒューザーのように「撃墜」されてしまうのではなく、「軟着陸」できるようなプロセスが確立しつつあるように思われます。

そのプロセスの主体は、もはや国土交通省ではなく、特定行政庁をもつ自治体に移っているように思います。取り締まりに関する規定にそった妥当なシステムだと思います。

判断の内容によっては、毅然とした態度から後退していたり、公平性に欠くという批判があるかもしれませんが、私は、自分の置かれた立場の人が増えることを望みません。耐震と言う性能の確保に誠実であることと、混乱や負担を最小限にするということが両立できるのであれば、それが望ましいと思います。

なお、瑕疵担保責任に対する補償に関しては、北海道の住友不動産の裁判が示すように、解釈が難しく、住民にとって納得ができる解決の道のりは険しいように思います。

ヒューザーの混乱では、早急の対応が強調され、異常な混乱をきたしました。公的施設の耐震補強計画をみるように、むしろ息の長い取り組みこそが必要であると、私は考えています。
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by gskay | 2007-02-03 11:45 | 真相 構図 処分
官公庁等の耐震強度
長野県の庁舎の耐震診断の結果が公表されたようです。記事では、どの規準で算出されたものか明記していませんが、Qu/Qunだとすると、議会棟でさえ、うちのマンションと変わらない耐震強度のようです。

突然、この記事が出るとビックリするかも知れません。しかし、引用の記事は、以前から、ポツポツと公表されてきた一連の結果の一つに過ぎません。

信濃毎日新聞[信毎web] 県庁と7合庁、耐震基準大幅に下回る 長野合庁は0・12
2月2日(金)

 長野市の県庁や、県内の県合同庁舎のうち7カ所の耐震強度が、現行の建築基準法に基づく基準値1・0を大幅に下回っていることが1日、県が行った耐震診断で分かった。最低は長野合庁(長野市)の0・12で、0・16の上田合庁(上田市)、0・27の大町合庁(大町市)の計3棟は、震度6程度の地震で「倒壊・崩壊の危険性が高い」と診断されている。

 いずれも現基準が適用される1981年以前の建築で、法的に問題はないが、県は来年度当初予算案に3棟の耐震改修に向けた調査費1300万円余を計上、早期の改修を図る考えだ。県はこれまで、災害時の避難、救護などの拠点と位置付ける県有施設1367棟のうち473棟(34・6%)が現行の耐震基準を満たさないとしてきたが、個別の建物の診断結果を明らかにしたのは初めて。

 県によると3棟以外では、県庁(長野市)の本館が耐震強度0・38、議会棟が0・41。0・33の木曽合庁(木曽郡木曽町)、0・37の諏訪合庁(諏訪市)を合わせた4棟は震度6程度の地震で「防災拠点としての機能が損なわれる」と診断された。

 伊那合庁(伊那市)、飯田合庁(飯田市)はそれぞれ0・61、0・69で、同様の地震で「防災拠点としての機能が損なわれる恐れがある」だった。現行の耐震基準で建てた松本(松本市)、北信(中野市)、佐久(佐久市)の各合庁は1・0を満たした。

 今年1月に策定した県の耐震改修促進計画では、災害時に拠点とする県有施設について、15年度までに耐震診断や改修を終え、耐震化率100%を目指すとしている。

 また県は同日、来年度当初予算案に、東海地震防災対策強化地域に指定されている南信の16施設・42棟の耐震改修と、糸魚川静岡構造線断層帯地震の被害が想定される中信の23施設・121棟の耐震診断の費用として、計5億7300万円余を計上する方針を明らかにした。


私が知っている限りでは、大阪府の耐震強度不足問題が、昨年の1月に報道されています。

震度6強で崩壊の恐れ 大阪府庁、基準値下回る


 築80年を迎えた大阪府庁本館は、耐震改修促進法が求める基準値を大幅に下回り、震度6強か7程度で崩壊する危険性が高いと診断されていたことが30日、分かった。

 同法は耐震指標値を「0・6以上」とするよう求めているが、大阪府庁は「0・3未満」だった。府は調査結果を受け、近く本館の耐震補強工事に関する計画を策定する方針だ。

 耐震調査は昨年5月に着手。構造計算書や施工資料などが残されていなかったため、非破壊試験器を使って柱、壁など構造主要部分の鉄筋の本数などを調べ「構造耐震指標値」を算出した。

 耐震指標値は震度6強か7程度の揺れ・衝撃に対し「倒壊の危険が低い」(0・6以上)、「倒壊の危険がある」(0・3以上0・6未満)、「倒壊の危険が高い」(0・3未満)に3区分。府庁本館は「倒壊の危険が高い」と診断された。
(2006年01月30日 共同通信)


しかも、

知事公館も崩壊の恐れ 震度6強で、大阪府


 大阪府庁の庁舎が震度6強で倒壊する危険性が高いと指摘された問題で、太田房江知事が日常的に執務に使用している知事公館も耐震改修促進法が求める基準を大幅に下回り、崩壊の恐れがあることが30日、分かった。

 一戸建て住宅など小規模建築物の場合、同法は「構造耐震指標値」を0・8以上とするよう求めているが、知事公館は0・24だった。

 小規模建築物以外の建物の場合、同法は0・6以上とするよう求めているが、府は同日、知事室や議場がある府庁本館が0・15、近畿管区警察局がある本館西館北側が0・16、議会事務局がある同東側が0・26だったとする耐震診断結果を発表した。
(2006年01月30日 共同通信)


だそうです。

国の方も、8月に同様の公表を行っています。


耐震基準 国の拠点施設45%が不足 神戸など3庁舎倒壊も


2006/08/26 神戸新聞

 大規模地震時に国の対策の拠点となる中央官庁や出先機関など三百九十三施設のうち45%の百七十六施設が、一般の建物以上に求められている耐震基準を満たしていないことが二十五日、国土交通省が公表したリストで分かった。

 このうち百十四施設は一般の耐震基準すら満たさず、震度6強-7程度の大規模地震で倒壊の危険性があるとされており、政府の防災担当者が日常的に詰める内閣府や、地方気象台、警察機動隊も含まれていた。

 国交省は「今後十年間で少なくとも九割で基準を達成する」としているが、対応の遅れには批判が集まりそうだ。

 リストは、国交省官庁営繕部所管の建物で、災害時に情報の収集や指令、被災者支援の拠点となる施設や、日ごろから危険物を貯蔵、使用する施設のうち一定規模以上のものについて、これまでの耐震診断結果を集約した。防衛庁と自衛隊の施設などは含まれない。

 いずれも、震度5強程度の地震では、損傷の危険性はないという。

 地方整備局別では、近畿管内で大規模地震で倒壊の危険性がある施設が二十六施設と最も多く、次いで関東管内が二十三施設だった。

 国は、これらの施設について、災害時にも機能を維持するため、建築基準法の基準より一・二五-一・五倍高い耐震基準を設定している。

 兵庫県内では、神戸東労働基準監督署が入居する神戸第二地方合同庁舎別館(神戸市中央区)が大規模地震で倒壊や崩壊の危険性が高いことが判明。神戸地方合同庁舎(同)と県警察学校本館(芦屋市)は、倒壊の危険性があるとされた。

国土交通省では、官庁施設の耐震診断結果等の公表についてあるいは、官庁施設の耐震診断結果等についてで、詳しい内容を知る事ができます。

この他、病院などの耐震診断を進めるため、厚生労働省が取り組みを行っています。学校については、かなりの地域で対策が進んでいるものの、取り組みの足並は揃っていないという話もあります。

なぜ、この時期に、この記事が取り上げられるかと考える必要があるかもしれません。ようやく、既存不適格に対し、重い腰を上げたということなら歓迎です。予算関連ということでしょうか?

しかし、「意外に大丈夫かも?!」と、思わせるためならバツです。

今後、分譲済マンションで問題が見つかるようなことがあれば、いよいよ大変になってくると思われます。

(追記)
友人に、この話をしたら、「お宅のマンションが、『殺人マンション』なら、こっちは、『殺人庁舎』ってわけだね」とのコメントを頂戴しました。

(追記2)
上に書いた追記の延長で、『殺人病院』とか、『殺人学校』っていうのも……。今後、この話題は、封印とします。
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by gskay | 2007-02-02 20:53 | 揺れる システム
国政の混乱と地方選挙
失言に端を発する厚生労働大臣の進退について、地方選挙と絡めて複雑にして考えることに反対です。「地方選は、地方の将来のために誰がいいかの観点から、地域の方々が投票すると思う」(時事ドットコム)という首相のコメントを妥当なものと、私は考えます。

失言問題で、国会が異常な事態を迎えていることも適切でないと思います。具体的な事案が山積みであるにもかかわらず、そこに目をつぶっているのではないかと思います。アパの耐震偽装のみならず、放送のあり方、食品の安全など、取り上げるべきテーマが、ろくに論じられていないことを残念に思います。

結局、野党が議論を放棄している中で、補正とはいえ、予算が衆議院を通過。

様々な問題が噴き出している状況で、内閣や与党に対し、厳しい視線が注がれるべきでした。しかし、野党は、また、間違えてしまったのではないかと思います。それを見守る側も、この空転状況を、面白がって見ている場合なのでしょうか?

ところで、地方選挙を、国政に結びつけて考えすぎてはいけないと思います。あくまで、地方の将来を決めるための選挙であるという意味で考えるべきです。地方分権により、従来の中央と地方の関係で考えることができなくなりつつあり、地方選挙の結果が住民にとってより重大さを増していることを見失ってはならないと思います。

もし、中央の大臣の失言が、地方選挙の決定的な争点になってしまうようでは、その地方選挙で打ち出された政策や争点は、あまり重要ではないということになるように思います。いっそ、中央集権的に、一元的にする方が効率的かも。大臣の失言を、地方選挙にからめて考えるのは、地方分権に水をさすような見方であると思います。

また、地方選挙は、中央政党の代理戦争ではないと思います。

中央から地方に広がる統制のとれた全国組織を構える思想や信条を強く共有する政党があるのは確かです。そういう政党のあり方も良いとは思います。そういう政党では、中央での構図を地方に反映させる一方、地方での結果で中央での情勢が変わるということもあり、代理戦争に重要性があると思います。

しかし、現在、大きな勢力をもつ政党は、いずれも、様々な繋がり方でできた個々の組織が、時の情勢に基づいて合従連衡している政党だと思います。ダイナミックな変化が常に内部で起きているような政党です。中央の枠組みを、地方に当てはめることはできません。逆に、地方の集約が中央でもありません。役割もあり方も別です。

地方分権の進行にともない、政治組織においても、中央と地方との間の乖離が強まっているように思います。組織としての歪みやねじれが生まれているように思います。今後、中央政界の事情のみならず、地方との関係という事情が加味されて、政党の再編成が行われる可能性が大きいと考えています。

その時、中央での再編成が地方に波及していくとは限らないと思います。中央の政界と地方の政界とは、縦の結びつきを弱め、全く異なるものとして、発展していく可能性があると想像しています。

もともと、国と地方では仕組みが異なります。議員内閣制プラス二院制と、首長プラス地方議会という体制では、選挙の進め方も、政治的意思を決定して行くプロセスも異なります。同じ発想で対応するのは困難です。

これまで、ほとんどの政党で、縦のつながりを維持し、その枠組みで政治を考えることが出来たのは、地方分権が進んでいなかったからではないかと、私は考えています。中央から地方に広がる統制のとれた全国組織を構える思想や信条を強く共有する政党を除けば、そうした枠組みで展開を考えて行くのが、一層難しくなると考えています。

地方分権が進んでいくと、地方の独自性が高まり、中央の枠組みが通用しない政治情勢が生まれてくると思います。地方の政治家が、中央の政治家の意向を気に懸ける程度が弱まり、独自の判断をして行く事になると思います。これは、地方毎にそれぞれの固有の取り組みを進めていくためには、あるべき姿だと思います。

中央の役割と地方の役割を、もっとしっかりと区別することが必要ではないかと思います。それを前提にしつつ、それでも全国的な組織の視点で考える政党があってもいいし、中央と地方の結びつきが緩やか政党があっても良いと思われます。地方限定の政党がもっと存在してもおかしくないと思います。

一方で、中央の混乱を、地方に投影して考えるのは、地方独自の問題をないがしろにすることだと思います。個々の時々の状況に応じ、是々非々で有権者が判断するべきです。あたかも天与の存在として中央政党が存在し、地方はそれに従うという観念があるとしたら、それは克服されて行かねばならないと思います。

蛇足ながら、すでに改革が進行しているにもかかわらず、旧来の考え方が克服され難くなっている原因は、旧来の枠組みで報道を続けようとするメディアの存在が大きいと思います。意図的に偏っているのか、それとも追いついて行けていないだけなのか、私にはわかりません。
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by gskay | 2007-02-02 10:48 | 政治と役所と業界