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参議院選挙から1年
昨年の参議院選挙では、耐震偽装発覚当時の国交省事務次官が当選しました。ねじれ状態にあって、次回の衆議院選挙では劣勢が伝えられる与党の議員として活動しているようです。議員のサイトをのぞいてみると、たまに更新されてはいるようです。ただ、相変わらず、耐震偽装や建築についての考えは、よくわかりません。

道路局長経験者なので、道路財源の問題については、複雑な立場ではないかと思いますが、感心したのは、水防や砂防についてです。土木を通じた災害の防止への熱意を感じました。盲目的で観念的な完璧主義の安全追求志向ではなく、技術の限界や、経済力の限界を見据えて、一歩一歩確実に進めるような発想をしているようです。

かつて官僚として考えたことについて、議員として発言するのですから、お手のものだと思います。座る場所と発言する立場が変わっただけなのかもしれませんが、議員として、得意なことに力を注いで欲しいと思います。

ところで、この議員の活動を目にして、災害に対する備えでも、土木についての発想と、建築や住宅の発想には、大きな違いがあることをあらためて感じました。

土木は、もっぱら、「公」の仕事です。公費を用いて、作っては壊すことを繰り返しながら、災害が防ぐための営みが続きます。

一方、建築や住宅は、「民」あるいは「私」です。災害を防ぐための営みも大切ですが、本来は、生活のためのものです。そして、固有な財産としての価値があります。

防災のための営みを、ひたすら続けなくてはいけない水防や砂防と、住宅の災害対策とを、同じ発想で処理しようとするのは乱暴なことではないかと思います。しかし、あの時は、そうなってしまったように思われます。それは、彼が、土木のエキスパートで、土木の立場からの災害への意識が高かったことにも関係しているのかもしれません。

また、耐震偽装発覚当時、違法建築の問題と、起きてしまった災害や切迫した災害への対応が、ゴチャゴチャであったことも気になりました。これについても、土木による災害への備えを専ら意識していたすると、納得ができます。

災害に対する基本姿勢や考え方には、いろいろなものがあり、一つではありません。根拠となる考え方は、状況によって変わります。一つの考え方だけで対応をごり押しすると無理が生じてしまいます。だからこそ、複数の考え方が用意されているのだと思います。

あいにく、耐震偽装では、土木で培われた発想が強く出過ぎてしまって、異なる考え方のバランスの調整がおろそかになってしまっていたように思われます。その点では、リーダーとしての事務次官という立場の彼の業績には疑問を感じますが、今の立場では、得意なことに、とことんこだわることは、美徳だと思います。

目下、次の衆議院選挙が、どのようなことになるのか難しい状況です。得意なことを活かすことと、政治の情勢にうまく適応することは別のことです。今後、苦労があることと思います。
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by gskay | 2008-07-29 13:48 | 安全と安心
禁止措置
危険と隣り合わせということは、世の中にたくさんあります。危険は少ない方がいいのは確かですが、危険なことを排除していくことだけが、安全確保の方策ではありません。特に、教育現場では、危険にうまく対処したり、安全を確保するのための配慮を教えなくてはいけません。

事故への反省は必要です。監督や監視、指導が不十分であった可能性もあると思います。しかし、引用の記事の「飛び込み禁止」という通達は、「何もさせなければ、事故はおこらない」という消極的な対応であり、教育の内容からも、安全確保の面からも、責任を放棄しているように感じられます。

高校水泳部困った 福島県教委が飛び込み禁止(河北新報) - Yahoo!ニュース


7 月22日6時12分配信 河北新報

 福島県教委が1日付で県立学校のプールでスタート台から飛び込む行為を全面禁止にした措置に、高校の水泳部員が困惑している。県立高校のプールに飛び込んだレスリング部員が死亡した事故を受けて出された通達だが、国体予選の県総体が目前に迫る水泳部員は大会に向けたタイム測定さえままならない。やむを得ず禁を破る高校もあり、水泳部関係者からは「経験を積んだ水泳部員なら危険はないのに」と通達解除を求める声が出ている。


 事故は6月10日、大沼高(会津美里町)で起きた。レスリング部の1年男子(16)が練習の一環で部員らとプールに入り、高さ約60センチのスタート台から飛び込んだ際、水深約1.2メートルの底に頭をぶつけ死亡した。

 付き添っていた部顧問は「飛び込む瞬間は見ていない」といい、詳しい状況は不明。県教委は「事故原因が分かるまでの再発防止策」として、スタート台からの飛び込みを禁止した。

 1、2年の水泳部員7人が8月の県総体や9月の新人戦に向けて練習に励む福島東高(福島市)では通達後、大会に届ける自己タイムの測定のためスタート台からの飛び込みを数回行った。届け出タイムで泳ぐ順番やコースが決まるため、少しでもいいタイムを出そうと、やむにやまれず踏み切ったという。

 同部顧問の藤田敏夫教諭は「通達は尊重するが、一生懸命練習する生徒に飛び込むなとは言えない。部員は経験を積んでおり、事故の心配はないのに…」と困惑。吉田雄基主将は「飛び込みをしばらくやらないと形が崩れてしまう」と影響を懸念する。

 県高体連水泳部の村上博専門委員長(福島成蹊高教諭)は「スタートはターンと並んで重要なポイントで、練習次第では大幅にタイムを短縮できる。部活動でも禁止するのはちょっとやり過ぎではないか」と指摘する。

 このまま禁止が続けば、例えばリレー競技は練習なしで本番に臨まざるを得なくなるなど、混乱は必至。水泳部関係者は「部活動だけでも早く禁止を解除して」と訴えるが、県教委は「再発防止策が決まっておらず、夏休み中に解除するかは分からない」と話している。

最終更新:7月22日6時12分
河北新報


事故原因は、飛び込みの指導と監督・監視の不十分さの問題だと思います。この事故の責任は、厳しく追及されなくてはいけないと思います。責任者は、覚悟しておくべきだと思います。その厳しさには、事故の再発を防ぐ効果もあると思います。

しかし、その辺を有耶無耶にしつつ、ややこしい理由をつけた挙げ句に、「何もさせない」という方針が出されてしまうのは、過剰すぎる反応だと思います。

確かに、やめさせてしまえば、問題は起きないので、ある意味では「完璧な事故防止策」です。しかし、それでは、本来の活動が損なわれてしまいます。

「再発防止策」というものが、多角的に検討されることを期待するとともに、どういう意味があるのかわからない全面禁止措置は見直されるように望みます。

航空機事故などでの全面禁止の措置には、技術的な理由で、同じ原因による事故が懸念されるからこそ、意味があります。そうした措置とは、同じに考えてはいけないと思います。

ただし、おしおきのような意味合いで、飛び込み全面禁止措置がとられているのであれば、教育機関での問題であるだけに、話は別です。
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by gskay | 2008-07-25 23:45 | 安全と安心
公務員と贈答
社会通念上、挨拶や、お願い、お礼には、贈答がつきもののように思います。そうした行為は、民間であったなら、咎められるようなものではありません。もちろん、組織のルールとして禁止しているのであれば、そのルールには従うべきですが……。

引用の記事を読んで調子が狂いました。お願いの挨拶に行ったことと、5000円相当のお歳暮。「それだけ?」というのが最初の感想です。

しかし、問題は、額の多寡ではありません。「公務員」にかかわることだからこそ、許されないという原則が大切で、そこを重視すべきだと思います。

<大分教員採用汚職>合同新聞社幹部が娘の合格依頼(毎日新聞) - Yahoo!ニュース


 大分合同新聞社(本社・大分市)は22日、同社の事業局幹部が、大分市教委の部長を通じて、08年度の小学校教員採用試験を受験した長女の採用を県教委側に依頼していたと発表した。長女は試験の点数が水増しされて試験に合格し、合格発表の前に市教委部長から連絡を受けていたという。市教委部長は口利きをしたことなどを否定しているが、この幹部は社内調査に事実関係を認め、同社は事業局参事に降格した。

 大分合同新聞社によると、この幹部は松尾勝則事業部長(52)。同社は合わせて安部鋼一郎事業局長(68)を減給1カ月とした。

 事業部長は試験前年の06年10月、大分市内のパーティー会場で市教委部長と懇談。その際、「長女が教員を目指している」と伝えると、市教委部長は「1次試験に合格したら、声をかけてください」と応じたという。長女は07年7月の1次試験に合格したため、事業部長は07年9月の2次試験前に市教委の部長室を訪れ「よろしくお願いします」と採用を依頼し、10月の最終合格発表後の07年末に5000円相当の歳暮を市教委部長に贈った。< br />
 大分合同新聞社によると、長女は過去に3回採用試験で不合格となり、臨時講師をしていた。08年度の1次試験は自力で合格圏内に入っていたが、最終的に合格するよう2次試験の点数が60点水増しされていたという。県警もこうした事実を把握し、事業部長は社内調査に「パーティーの席で会った縁に甘えてしまった」と話したという。

 大分合同新聞社は約23万部を発行する県紙。【柳瀬成一郎】

 ▽樋口淳・同社総務部長の話 報道機関に携わる者として不適切な行動であり、県民におわびしたい。詳しい社内調査を進めている。


公務員への賄賂は、禁止されています。もし、禁止されていないなら、それは、ただのお礼や挨拶です。しかし、社会通念上の交際の常識の範囲であったとしても、公務員については、許されません。これについては、徹底した態度をとるべきだと思います。

それは、「公」というものが、そういう仕組みの上に成り立っているからです。

公職選挙法も同じような法律ではないかと思います。どちらも、些細なことでも徹底しなくてはいけないと思います。

そういう法律や、その背景にある思想が、我が国の「公」の基礎を形作っています。

我が国の権力は、金品で歓心を買うとか、暴力による威嚇などに、けっして影響されないことになっているはずです。

ところで、同様に、家柄も本来は影響しないはずです。個人の能力だけが問題になるはずです。ところが、問題になった教員採用をはじめ、家柄は、微妙なところで影響しているように思えます。おそらく、家庭環境が教育に密接に関係してしまうことは不可避だからだと思います。親から子供を引き離して教育するならともかく、我が国では教育は親の義務であるとされているため、親や家庭の影響は避けられません。

よくしつけられている人は、家庭環境が良いことが多く、採用試験でも採用されやすいのではないかと思います。そして、後付けの理由として、「あの先生の子だから」とか、「あの部長の子だから」という指摘をされたりするのだと思います。それだけなら、個人の実力の反映にすぎません。家庭の美風が、子どもの能力を高めるのは望ましいことです。結果として、特定の家柄の子弟が多くなることもあるかもしれません。

しかし、あくまで結果です。結果としてそうなってしまうという傾向を、前提と考えてはなりません。結果として、まるで家柄で選んだかのようになるかもしれませんが、断固として、家柄を考慮して選んではならないと思います。ましてや、それを隠れ蓑に、金品のやりとりをともなう不正などあってはいけません。

家柄というものには、好ましい側面もあるものの、「公」を堕落させる危険が含まれているように思います。機会の平等という観点だけでなく、「公」を堕落という観点からも、世襲的な仕組みを再点検する必要があるように思います。

ところで、教職員同士の交際でも、盆暮れや人事移動など、折々の贈答は、当然のように行われていることと思います。そうした付き合いを欠かすことは、非常識で無礼なこととされるのではないかと思います。そうした観念は、特殊なものではないように思います。

ただ、それが、エスカレートし、変質して、利害に結びつき、人事を不正に支配する慣習に変質し、額も巨大になってしまいました。これが異常であると気付かないわけがないように思います。しかし、それを誰も指摘することができなかったのは、人事上の利得以上に、「非常識で無礼」と言われないようにするためだったのではないかと思います。

引用の記事の新聞社幹部という人は、そうした異常さの外に居たにもかかわらず、巻き込まれてしまいました。この人が市教委部長を「よろしくお願いします」と訪ねたという話も、後で御歳暮を届けたことも、「公」にかかわる問題でなければ、礼儀正しさ以上のものではなく、著しく不適切なこととはいえないのではないかと感じました。

具体的に何かの便宜を図ってもらっていなくても、「お世話になりました」とお礼を言うのは、礼儀正しいことです。この新聞社幹部のした程度のことは、そのレベルではないかと思います。ただし、点数の「水増し」ということで、放置してはいけないと判断されたのではないかと考えます。それがどのような意味をもち、どの程度のことなのか、さらに、この幹部の行為と関係しているのかどうか、この記事からはわかりません。しかし、それが、関係していようといまいと、「その程度」だったとしても、私は、許してはいけないと考えています。

我が国の「公」が、金品に影響されないということを明確にする必要があると思います。公務員については、過剰なくらいに、取り締まるべきだと思います。利害の有無にかかわらず、金品のやり取りを禁止しても良いのではないかと思われます。それは、同じ職場内や、かつて世話になった上司であっても、禁止すべきだと思います。

おそらく、交際は窮屈になると思います。親戚付き合いさえも差し支えるかもしれません。だとしても、けじめをつけることが必要だと思います。そして、その分は、きちんと待遇をあげることで埋め合わせるべきだと思います。

これが民間であったら話は別だと思います。組織の規則や目的に反する事が無い限り、問題にはならないと思います。贈り物の習慣は、決して悪い事ではないと思います。とりわけ、伝統的な御稽古事などでは、習い事の内容と同じくらい、昇格の折のお礼の金品のやり取りなどのしきたりが、充実していたりします。

しかし、贈り物の習慣や意義と、「公」のあり方とは別です。

「公」においては、公平な税や、使用料などの実費以外には、やりとりがあってはならないと考えるべきだと思います。「貢ぎ物の多寡」で、処遇が変わったりすることがないということを明確にするために、徹底的に、公務員からは「贈答」を排除する必要があると思います。それは、内外を問わず、多寡を問わず、徹底すべきだと思います。

この汚職の問題は、「公」というものと、社会通念とのズレを考えるための材料が、びっしりと詰まっているように思われます。
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by gskay | 2008-07-24 10:39 | いろいろ
民事再生のもとでの建て替え
最初の耐震偽装物件の売り主が民事再生手続きを申し立てたというニュースがありました。引用の記事などでは、金融機関の融資が悪影響を及ぼしたと分析しています。マンションのデベロッパーは、一般的には、融資をうけて、土地を購入したり、施工や設計などの関連業者との取引をしています。その資金繰りが狂えば、すぐに経営に影響が出てしまいます。

サブプライムローン問題と、我が国の不動産向け融資が絞られていることの間には、直接の関係はないように思います。サブプライムローン問題に巻き込まれた金融機関の業績が悪化していて、それが融資を行う能力を下げているのではないかと思います。不動産に限定されない一般的な問題のように思われます。

<ゼファー>民事再生申し立て 負債総額は949億円(毎日新聞) - Yahoo!ニュース


7月18日20時45分配信 毎日新聞

 マンション分譲中堅のゼファーは18日、東京地裁に民事再生手続き開始を申し立てた。負債総額は949億円。マンション市況の悪化で子会社の近藤産業(大阪市)が今年5月に大阪地裁に破産を申し立てたことで資金繰りが悪化した。米低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題の影響で金融機関が不動産向け融資を絞ったことも響いた。

 東京証券取引所は同日、ゼファーを8月19日付で上場廃止すると発表した。

 94年創業のゼファーは、首都圏を地盤にマンション分譲のほか、商業ビルの設計・施工などを展開している。近藤産業関連の特別損失計上に伴い、今年6月、08年3月期連結決算を11億円の最終黒字から113億円の最終赤字に訂正した。

 東証で記者会見した飯岡隆夫社長は「再生に向け全力を尽くす」と話した。姉歯秀次元1級建築士による耐震偽装事件が発覚した「ゼファー月島」(東京都中央区)について、同社は「計画通り建て替える」としている。【太田圭介】

この件については、マンション市況の悪化が重要だと思われます。資材の高騰なども追い打ちをかけていると思われます。そして、資金繰りという面からいえば、建築基準法の改正による混乱の影響もあるのではないかと想像します。

多くの建築関連の会社が、仕事の内容は優れているのに、資金繰りに躓いて倒れています。これは、建築基準法の改正によって、事業のスケジュールが大幅に変更になっていることに、うまく経営や融資が適応できていないことが原因だと思います。

融資を行う金融機関に、そうした状況や環境の変化に対応するだけの余力があるなら、融資のスケジュールを少し見直すだけで、多くは解決してしまうのではないかと思います。ところが、あいにく、サブプライムローン問題に金融機関が巻き込まれてしまったためか、それが難しくなっているようです。そのとばっちりが、このような事例につながっているように思います。

引用の記事では、最後に、耐震偽装による建て替え物件への対応が記されています。

この物件が、元建築士が偽装にのめり込んで行く契機になりました。そして、発覚後には、肝心のこの物件をとりあげず、ヒューザーや木村建設、イーホームズばかりを取り上げたために、人々の意識が偏り、問題が歪曲されてしまいました。そのような流れを決定付けた元建築士の国会での証言は、議院証言法違反で厳しく処罰されています。

建築確認の民間開放も、木村建設も、ヒューザーも、耐震偽装の脇役にすぎません。ゼファーもそうした脇役の一つですが、重要な役割をはたしていました。ゼファーのこの物件がなければ、この耐震偽装は無かったかもしれません。とはいうものの、あまり大きくはとりあげられずに済んできました。

今後、この会社は、民事再生のもとでの瑕疵のある建物の建て替え事業をどのように進めるのかという問題についても、取り組んでいくことになると思います。
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by gskay | 2008-07-21 22:09 | 真相 構図 処分
庶民的
大阪府知事が、平日の日中に公用車でジムに出かけたとされる問題については、帰りにタクシーを使ったところが、筋が通らないと思いますが、他に問題らしい問題はないように思うのですが……。

引用の記事では、最後に取り上げられた発言に同感です。

橋下知事「中抜けではない」 ジム問題釈明(産経新聞) - Yahoo!ニュース

7月19日15時55分配信 産経新聞

 橋下徹知事は19日未明の府議会総務常任委員会で、14日午後に同委員会などが開かれている最中、公用車でフィットネスジムに向かったことについて、自身のスケジュール表を持ち出して説明。「知事職に就いてからプライベートな時間がとれない。警護対象であり1人では外に出られず、あの日のあの時間帯しか空き時間がなかった」と釈明した。委員会で共産府議の質問に答えた。

 知事は「あの日は午後は休ませてもらうということで外に出た。中抜けという感覚はない」と説明。府議は「府民がみたら納得しないだろう。日程がつまっているのはわれわれだって同じだ」と切り返した。

 一方で自民府議が、橋下知事がジムから府庁へ戻る際にタクシーを使ったことを取り上げ、「知事に何かあったら行政が停滞する。公用車を使ったほうがいい」と、公用車使用を擁護する一幕もあった。

知事になると、警護があるために、つい遠慮して、家族との外食もままならないという話をききました。日中に、ジムに行ったのは、そうした警護スタッフへの「遠慮」の延長で、気遣いなのではないかと思います。また、帰りのタクシーも同様の感覚で、遠慮と気遣いによって、「タクシーで帰れるから大丈夫」というレベルの発想をしたのではないかと、勝手に想像しています。

強いて問題として挙げるなら、「庁内執務」と公表されていた点で、これは、知事のスケジュールの公表の担当者の失態だと思います。

ところで、健康管理は重要です。知事のような役目についている場合、エクササイズなどを課業としてもいいのではないかと思います。

「中抜け」という批判については、批判の方に問題があると思います。

知事は、地方公務員ですが、特別職です。地方公務員法は、一般職のための法律で、「法律に特別の定がある場合を除く外、特別職に属する地方公務員には適用しない」となっています。一般職の勤務時間の規定も、職務専念義務も、兼業禁止も、適用されません。その分、オンもオフもなく、四六時中、「知事」でいなくてはいけないため、自ずと様々な制限を受け入れなくてはいけないようですが……。

この騒動をめぐる知事への批判はとるに足らないものばかりだと感じていますが、知事には庶民的な発想が染み付いていて、その発想が、知事を勤める上での束縛を息苦しく感じさせているのかもしれないと思いました。

さて、この知事は、弁護士出身で、テレビ出演で知名度を上げてきた人物です。耐震偽装に関しても、当時、コメントしています。私は、立場が異なるので、そのコメントの通りにすることがベストだとは思えませんでしたが、根本的な発想には共感できると思っていました。

「公的支援」に批判的で、「住民が自力で何とかするべきで、ダメでも自己破産で免責される……」という内容のコメントがありました。これは、自己破産の部分ばかりがとりあげられたためか、住民を切り捨てても構わないという発言なのではないかととられました。しかし、その「切り捨て」という解釈は少し違うと思います。

私も、「支援」という発想には抵抗がありました。「支援」という名目で、一方的に公的な機関の責任を有耶無耶にすることに疑問を感じていました。

知事の当時のコメントは、民事の問題として、所有者が自律的に問題に取り組むべきだという原則にそったものではないかと思います。その民事の問題の相手となる当事者には、国も自治体も含まれています。「外」から「支援」を行う立場ではありません。

民事の紛争として決着をつけるのが望ましく、その過程では、公的な機関の責任が明らかになるかもしれません。逆に、住民側が不利になることもあるかも知れません。仮に住民が力つきて破れることになっても、破産の手続きによって免責されるので、出直しは可能な仕組みです。

それを前向きにとらえて取り組んでもいいのではないかというのが、当時のコメントの真意ではないかと思います。加えて、特例の「貸し付け」の構想を発言しています。一方的な「支援」という発想とは異なるものの、住民を「切り捨て」るような発想ではなかったのではないかと思います。

また、自己破産に対する一般的な社会の評価と、弁護士としての原則的な理解とに、ずれがあるように思います。この部分については、一般的な庶民の感覚とはいえません。しかし、今から考えると、耐震偽装の初期の騒動は、自己破産を庶民の法的な武器として一般的なものにするチャンスであったのかもしれません。自己破産への不当な壁の高さを取り除くことができたかもしれません。

事件に固有な、基準の妥当性や、手続きの正当性、安全や安心への配慮が念頭にあったとは思えないものの、曖昧な形で中途半端に打ち出された「公的支援」の一方的な発想より、公平なのではないかと思います。ただし、表現に問題があって、そうした発想が理解される以前に、拒否反応が出ていたように思います。

知事のコメントの通りではないものの、結局、住民は所有者として自律的に取り組むことが可能になり、それぞれの物件でそれぞれの対応が行われています。苦労はあるものの、自己破産を進めなければ切り抜けられないような状況には、ほとんどなっていないと思います。これには、適切な公的な対応のおかげもあると思いますが、その対応は、当初の一方的な「支援」とは、大きく位置付けや形を変えたものになっているように思います。

そのあたりのことは、今や、メディアに一向にのらないので、世間ではほとんど知られていないことではないかと思います。きちんとした整理や評価も、まだだと思います。
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by gskay | 2008-07-20 02:50 | メディアの狂騒
違法な採用?
大分県の教員採用の汚職は、汚職については徹底的な処分をするべきだと思います。しかし、採用された教員の処遇は別だと思います。

公務員採用は試験を行い、合格者を候補者として名簿に載せ、その名簿から最終的な採用が行われるのが通例だと思います。しかも、教員の場合、教員免許が必要なので、さらに一段階加わっています。「能力」については、解雇しなくてはいけない程のものなのか慎重に考えた方がいいと思います。

「解雇」根拠は何? 大分・不正採用教員 : 教員汚職 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)


どこまで…見通し立たず

 教員採用試験を巡る汚職事件に絡み、16日、不正な手段で合格した教員全員の採用取り消しを決定した大分県教委。なぜ不正の全貌(ぜんぼう)が明らかにならない段階で、「過去に例を見ない」(文部科学省)という厳しい措置を打ち出したのか。その背景を探り、今後の課題を検証した。(社会部 村井正美、田中史生、大分支局 吉田均)

■「可能な限り」
 「どこまで確認が可能かはこれから調査する。可能なところまでさかのぼる」

 16日午前、記者会見に臨んだ大分県教委の小矢(こや)文則教育長はそう述べ、過去の教員採用試験についても調査したうえで、不正が判明すれば事実上の解雇となる採用取り消しをする方針を明らかにした。

 今回の事件を巡る捜査で不正採用が確認されているのは2007年度と08年度の小学校教員採用試験。

 収賄側の同県教委義務教育課参事・江藤勝由被告(52)(収賄罪で起訴)のパソコンには、両年度の受験生の得点一覧表とそのデータを改ざんした記録が残っており、不正合格者は両年度で40人近くに上る可能性がある。同県教委ではこのパソコンの記録を入手できれば、少なくとも両年度の不正合格者は特定できるとみている。

 ただ、同県の教員採用試験を巡っては、20年ほど前から県議が県教委幹部に採用の口利きをしていたと証言する元県議もいるなど、どこまでさかのぼって調査できるのか見通しは全く立っていない。

 同県教委が合格圏内にありながら不合格になった受験者は採用すると発表したことを巡っても、同県教委には、さっそく匿名の数人から「どのような基準で調査して採用されるのか」などという電話が寄せられたが、明確な回答はできなかったという。

(略)

 公務員の採用取り消しは奈良県中和広域消防組合の04年の採用試験で、不正合格した19人のうち自主退職の1人を除く18人を取り消したケースなどがあるだけ。

 「判断材料が乏しいのに県教委は公正な対応ができるか」。同市立小学校の男性教諭(47)はそう語り、教師の間に不安が広がっている現実を打ち明けた。

 文科省は、同県教委の決定を認める方針で、採用が取り消しになった教師が異議を申し立てた場合などに備え、法的な検討を進めることにしている。

法曹界に疑問の声も
「一律に合格取り消し」できるのか——

 公立校の教職員を含む地方公務員はいったん採用されれば、地方公務員法によって身分が保障され、解雇するには〈1〉綱紀違反や違法行為に対する懲戒免職〈2〉公務員としての適格性などを欠く場合の分限免職——の手続きを踏む必要がある。

 しかし今回の事件では、教員採用試験に合格した受験者本人の「不正の認識」が現時点でははっきりしないため、免職の手続きを取ることは困難。大分県教委は、採用試験の成績がそもそも基準に達していなかったとして、給与の返還は求めないものの、採用前にさかのぼって一律に合格を取り消すことにした。

 同県教委が根拠としているのが、地公法15条の「職員の任用は受験成績や能力に基づいて行う」との規定。地公法を所管する総務省も「受験成績の改ざんによる採用は、能力に基づいていないので違法な採用」との見解を示している。

 ただ、法曹界の中には、この判断を疑問視する声もある。

 あるベテラン民事裁判官は、地公法が「懲戒、分限の理由がなければ意に反して免職されない」との身分保障規定を明文化していることを挙げたうえで、「合格ラインに達しなかったからといって一律に取り消すのは難しいのではないか」と指摘。労働紛争に詳しい岩本充史弁護士も「不正な採用だから直ちに適格性を欠くとは言えず、懲戒免職も本人が不正を認識していたケースに限られるのではないか」と語った。

 県教委が採用の取り消しに踏み切った場合、その対象者は県に対し、教員としての地位の確認を求める裁判を起こすこともできる。日本労働弁護団の菊池紘弁護士は「県教委の組織的不正が原因なのだから、不正のつけを受験者だけに負わせるのはおかしい。取り消しが容認されるのは大幅に得点がかさ上げされるなど、極めて不公正なケースに限られるはず」と話した。
(2008年7月17日 読売新聞)


「全員」という極端な表現をしている一方で、「どこまで可能か」を、これから調査するということです。徹底的にやるという覚悟を示す目的の発言だと思います。実際の処分は、調査の限界によって、限られたものになるのだと思います。

記事が懸念するように、明確な基準を示すことから、すでに困難です。さらに、ここには、恣意性が入り込む余地もあります。きちんとけじめをつけず、長期間取り組むことになってしまうと、それが新たな問題の背景になりかねません。

仮に基準を作ることができても、問題となる事実を確定する作業が容易ではないと思われます。特定するために必要な資料が揃っているとは限りません。また、その資料の証拠としての妥当性を吟味してからでなければ、処分に用いることは出来ないでしょう。

そもそも、厳正な採用をできなかった団体が、そのことは棚にあげて対処しようとしているので、この組織の実力からして疑問です。徹底的に行うという宣言とは裏腹に、実際の調査や処分は、限られたものになることを念頭に置いているのかもしれません。

実際問題としては、今年度の採用については、対応できるかもしれないと思います。試用期間であると思われ、また、有効な候補の名簿があり、まだ採用されていない合格者もいると思うので、実施は難しくはないと思います。必要であれば、追加合格を出せば良いと思います。

しかし、昨年度以前のものは、試用期間をすぎているし、名簿の有効期限も過ぎているので、処分についても、不合格とされた人の採用についても難しいと思います。

この記事で取り上げられた採用取り消しや解雇への法的、制度的な問題点は重要で、手続きは難しいと思います。懲戒などは、その教師の今後の人生に影響するという点を軽視することも許されないと思います。違法行為を根拠にするなら、本人の違法行為を証明しなくてはいけないので、厄介です。また、連座は適用すべきではないと思います。

採用システムに問題があったという点に戻って考えると、この事件は教育委員会の問題であり、不正を行って採用を混乱させたのは、教育委員会の担当者です。誤って不合格となったとされる人たちへの対応は検討に値すると思いますが、教育委員会の過ちを、誤って採用されたとされる教師に押し付けるような方針には疑問を感じます。

加えて、能力を評価することも困難です。少なくとも免許を持っていることは確かです。また、試用期間が過ぎた人たちは、経験が加わっているし、研修などを受講しているので、能力は向上していると思われます。採用されなかった人たちで代替えができるとは思えません。

この方針が貫かれた場合、現場への影響は甚大であり、無用な混乱をおこす可能性があると思います。また、制度的にも逸脱があるように思います。

結局、やる気があるということを示すために、極端な表現をしただけである可能性が高いように思われます。だとしたら、無責任な発言で、対応に問題があるように思います。

耐震偽装発覚直後の、国のドタバタとした対応を思い出します。
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by gskay | 2008-07-17 22:19 | 政治と役所と業界
リコールの手続き
三菱自動車の欠陥隠しの裁判の中で、リコールに関連する虚偽報告の事件では、一審の判決は無罪でした。横浜簡裁では、国土交通省の担当者からの報告要求の妥当性が問題となり、担当者の要求が法律に基づく要件を満たしていないということで、門前払いの判決でした。

これについては、かつて、「揺れるマンション」顛末記 : 行政の裁量の限界、および「揺れるマンション」顛末記 : リコールというエントリで考えたことがありますが、リコール行政の当局の手続きも杜撰であったことが問題です。

なお、問題となるデータが隠匿されていたことは、一審でも認められていたことです。

仮に故意の隠蔽ではなかったとしても、摩耗や整備不良が原因だという結論は、結果として間違っていました。その間違った結論にいたる判断を問題にするのは不毛な議論になりかねませんが、きちんとデータを揃えなかったり、都合の良いデータだけをもちいたことは、科学的な判断や技術的な判断の基本的な態度の問題としても批判されるべきだと思います。また、結論にあたって、除外できない問題については保留にして、判断から排除すべきではありませんでした。

そういう判断の中身の問題はともかくとして、隠蔽という「罪」について、それを明らかにするための裁判のはずでした。ところが、その隠蔽以前に、前提となる行政の手続きに杜撰なところがあって、その報告についての公的な位置付けが曖昧になってしまっているという複雑な事情の裁判になってしまいました。

ふそう元会長らに逆転有罪=「事実に反する内容認識」−三菱自虚偽報告・東京高裁(時事通信) - Yahoo!ニュース


7月15日10時 13 分配信 時事通信

 横浜市で母子3人が死傷した事故に絡み、国土交通省に虚偽報告したとして、道路運送車両法違反罪に問われた元三菱ふそうトラック・バス会長宇佐美隆(67)、元三菱自動車常務花輪亮男(67)両被告ら3人と法人としての同社の控訴審判決が15日、東京高裁であり、永井敏雄裁判長は1審無罪判決を破棄、3人と同社にいずれも求刑通り罰金20万円を言い渡した。
 宇佐美被告ら3人は上告する方針。
 永井裁判長は同罪の成立に必要な国交相からの報告要求について、同省のリコール対策室長らに権限が委ねられていたと認定。「電話、口頭での要求も許され、車両法に基づく報告要求は明白」とした。
 報告内容についても虚偽だったと判断。宇佐美被告が設計上の問題ではないと説明できるよう、2002年1月の会議の席上で整備不良などの有無を調べるように指示していたと指摘した。その上で、内容が事実に反することを十分に認識していたとして、虚偽報告の故意を認めた。 


当局の杜撰な手続きについてどのように評価するかが、焦点の一つになっている裁判です。

「リコール対策室長らに権限」という点は、その通りだと思うのですが、その権限の行使の仕方が適切だったかどうかが、まず問題になっています。一審では、それが適切ではなかったため、被告の罪を問う事ができないという判断でした。二審は、行政の要求に不十分なところがあったとしても、「明白」という観点から、罪を問えると判断し、すでに虚偽であると認定された報告についての罪を問う事にしました。

どちらの判決にも納得できるところがあると思います。行政の手続きの杜撰ささえなければ、一審の無罪はなかったはずで、行政の当局の反省が必要だと思います。一方、行政の手続きの妥当性よりも、車両法という法律が定めている趣旨を優先するなら、当局からの要求は「明白」であるとみなすこともできます。自動車製造の会社であるので、法律や手続きを熟知していなくてはならず、言われる前から適切に対処することが当然とみなされてもいいようにも思います。

ただし、この「明白」ということ自体も、何を「明白」とし、何を「明白でない」と判断するべきなのか曖昧です。否定しようがない行政手続きが行われてはいなかったことで、「報告」の位置付けが曖昧になってしまっている以上、そこに対する配慮があってもいいように思います。

当局の要求や、「報告」の位置付けが、当局にとって都合が良いように「後だし」で恣意的な扱えるようなものにしてはいけません。しかし、だからと言って、法の趣旨にさからうようなことを見逃してもいいのかと言う問題もあります。これは、難しい問題で、そのための判断の基準がないために、一審と二審が異なる判断になったのだと思います。

その点で、最高裁への上告での判断が気になります。たとえ行政の手続きに問題があったとしても、罪は罪といえるかどうかを最高裁が判断することになるのだと思います。それが、今後の判断の前提になります。

また、もし「要求」が適切であったなら、正当な報告がなされていた可能性があるとすると、当局の責任も追及すべきところではないかと思います。しかし、それは、そういう規定がない以上,どうしようもないことなのだろうと思います。

ところで、当局と自動車製造会社を対立するものとして考えている限り、このようないい加減なことが生じてしまう事情を理解するのは難しいように思います。このような杜撰さなことが生じてしまう背景には、実は、当局と自動車製造会社に「馴れ合い」があるのではないかと思います。裁判では、当局と自動車製造会社の主張や立場は対立するもののように見えます。しかし、実際は、「馴れ合い」になっていたからこそ、行政もいい加減な手続きをしてしまったし、自動車会社も不適切な報告をしたのではないかと思います。

これは、裁判の行方とは関係のないことですが、あってはならないことが起きてしまった背景のひとつであり、後始末までも混乱させています。同様の構図は、あちらこちらにあるのではないかと思います。
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by gskay | 2008-07-16 10:12 | 政治と役所と業界
規制再強化
タクシー規制の再強化の方向性については、安全の確保や、運転手の労働の問題に直接介入するのなら意味があると思います。しかし、国土交通省の再強化の方向は、経営に関するもので、安全の確保や運転手の待遇の向上には間接的にしか影響しません。

加えて、法律による規制に先立って、通達によって規制を行うという方法が妥当であるなら、わざわざ法律で規制する必要さえないのではないかと思います。

この規制再強化問題は、何重にも重要な問題を含んでいるように思います。

本来、「規制緩和」では、「御上のお気持ち次第」の不明朗で行き当たりばったりで恣意的な規制や、経営を過剰に保護するような規制は、「緩和」というより、「解消」されなくてはならなかったと思います。それは、公平な競争を阻害するからです。しかし、その大切な部分が、ないがしろにされているように思います。

タクシー増車規制拡大 全国の8割「特別監視地域」(フジサンケイ ビジネスアイ) - Yahoo!ニュース


タクシー増車規制拡大 全国の8割「特別監視地域」

7月12日8時26分配信 フジサンケイ ビジネスアイ

 国土交通省は11日、全国のタクシー営業区域の約80%にあたる537区域を、既存業者の増車を規制する「特別監視地域」に、うちの109地域は新規参入についても規制を強化する「特定特別監視地域」に指定した。指定期間は3年間。これまで特別監視地域は67区域、特定特別監視地域は6区域だったが、そのエリアを大幅に拡大し、指定要件も緩和した。

 国交省は2009年の通常国会に営業台数の制限を柱とした道路運送法改正案を提出する予定で、今回の措置には改正法施行前の“かけこみ増車”を防ぐ狙いがある。しかし、行政通達の変更という簡単な手法で行う規制強化の前倒しに対しては批判の声も根強い。

 タクシーの営業区域は全国で644。特別監視地域の指定を受けると増車時の監査が強化され、違反業者には車両使用の停止といった処分が科される。指定要件にはこれまで「1日1車当たりの実車キロが前年度と比べ減少」といった項目があったが、今回新たに「実車キロが規制緩和前の13年度と比べ減少」などの要件が加わり、指定が容易になった。

 特定特別監視地域は、特別監視地域のうち競争過剰による運転手の労働悪化を招く懸念が大きな地域。今回、都市の人口規模を「30万人以上」から「10万人以上」に引き下げるなど指定要件を緩和した。

 また、今年1月に増車や参入を一切禁止する「緊急調整地域」に指定された仙台市について、「法改正前のかけこみ増車を防ぐため」(冬柴鉄三国交相)、指定期間を今年8月末から11年1月まで延長した。

 国交省は02年にタクシー事業参入の規制を緩和したが、優良業者にとっての参入チャンスをますます狭める動きに対しては、「規制緩和に逆行している」との厳しい批判が向けられている。

タクシー規制の再強化に関する多くの記事の中で、引用の記事は、手続きに対する疑問を投げかけている点に特徴があるように思いました。

通達の意義と、法律の意義を見直す必要があると思います。少なくともこの法律改正は法律案として提出されてもいないのに、あたかも可決しているかのような通達です。むしろ、通達の方が、既成事実として法律改正の前提になりかねないように思われます。これは、「法の支配」の原則にも、国会の立法機関としての地位にも反するのではないかと思うのですが……。「裁量」が入り込む余地が多く、この規制は、「御上のお気持ち次第」の規制のように思われます。

また、業者の経営に介入するという規制は、規制の責任も経営の責任も曖昧にしてしまいます。規制が成功したのか失敗したのかは、経営という要素が加わるために、はっきりとわからなくなってしまいます。また、経営の責任が曖昧になる結果、経営の問題として解決されなくては行けない問題が、解決されないままとなるばかりか、別のところに転嫁されてしまいます。タクシー業界の問題では、その歪みが、運転手という労働者に転嫁されることになると思います。

「規制緩和」の弊害として「格差問題」がとりあげられますが、「格差社会」に対するアプローチでは、業者の経営に対する規制緩和と、労働に関わる規制緩和とは区別して考えるべきだと、私は考えています。

労働に関する規制緩和の弊害についての議論は、私は納得できると感じています。社会保障の問題からみても、消費の面からみても、公権力による規制や介入は有効であると考えています。

しかし、既存の業者を保護するような「規制」については、経営の失敗を有耶無耶にするだけで、「格差問題」の解決にはならないばかりか、新たな泥沼にはまることになると思います。このタクシー規制の再強化は、運転手の待遇の改善に直接関わるものではありません。そして、安全の問題とも別です。

こうした点が、ゴチャゴチャです。少なくともこの規制強化については、「格差社会」への対策という理由は、都合の良い口実やすり替えで、あくまで、直接的には経営の保護です。このように経営の責任を曖昧にするような方向で規制するのは、私には、適切だとは思えません。労働の問題、あるいは安全の問題として、もっと有効で直接的な「規制」や「介入」を試みるべきです。

そして、その結果として生じる運転手の待遇改善や安全のための経費については、それを受け入れて経営するべきです。そこを誤摩化してはいけないと思います。

低成長であるからこそ、経営は責任を持って行われなくてはいけません。高度な経済成長をしている時なら、経営は何をやっても余程のことが無い限り失敗しないので、責任を意識しなくても何とかなったと思います。しかし、低成長では、競争の結果として、経営の失敗は明白になります。

その明白になった失敗の責任を、経営が負わず、労働者に転嫁してきたのが、今の格差社会の元凶だと、私は考えています。それに加えて労働に関わる規制緩和が、経営にとって都合が良かったために、経営の責任が表面化せずにすんできました。それでも、どうにもならなくなり、「規制」の再強化によって、経営を再び保護しようとしているように思います。

それが、公平で妥当であるかどうかという点では、問題が多いように思います。加えて、「格差問題」には、間接的な効果しかありません。漫然とした経営が許されてしまう素地を公的に作らなくてはならない理由は、私にはよくわかりません。

ところで、「規制緩和」の弊害を取り除くために、一部の「規制再強化」は避けられないと思います。しかし、その「再強化」は、やり方を誤ると、官僚に対する「規制緩和」になってしまうことが心配です。このタクシー規制の再強化はその一つではないかと思います。

規制強化に進むとしても、官僚の「裁量」や「無謬性」については、後からの検証が可能な仕組みが必要であり、規制の権限を野放しにしてはいけないと思います。官僚の規制の失敗は、大きな悪影響を残します。これについては、経営の失敗以上の責任を問うべきだと思います。もし、そのような仕組みが確立していれば、無闇に経営に介入するような規制はとりにくくなると思います。
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by gskay | 2008-07-15 07:51 | 政治と役所と業界
政治改革と行政改革
与党の公務員改革は、これまでのように「大きな進歩だが、中途半端」ということになりかねないと思います。それは、失望を生むのみでなく、将来に問題を先送りすることになり、破局につながりかねないと危惧しています。

また、与党では、衆議院の選挙制度を中選挙区にもどすことを目指す勢力が無視できないように思います。これは、これまでに実現して来た政治改革、選挙制度改革を逆行させるものだと思います。

それに対し、引用した小沢代表の発言は、与党の立場よりも大幅に踏み込んだものであり、私は好感をもちました。

統治機構改革案を披露=政権交代へ決意アピール−民主・小沢氏(時事通信) - Yahoo!ニュース


7月13日14時3分配信 時事通信

 民主党の小沢一郎代表は13日午前、都内で開いた「小沢一郎政治塾」で、自身が思い描く統治機構の改革案を披露した。次期衆院選に向けて「政権構想の一端」(周辺)を示すことで、政権交代への決意をアピールする狙いがありそうだ。
 小沢氏は「自公政権は官僚の言いなりだ。政治家が政策決定に責任を持たなければいけない」と強調。政権を取った場合は、官僚をコントロールするため、与党の国会議員約200人を政府の役職に就ける考えを表明。同時に「政府・与党は一体だから政策調査会はいらない」とし、党の政策調査会は廃止すると明言した。 


小沢氏「政府に登用する議員の大幅増を」 官僚の根回し廃止も(産経新聞) - Yahoo!ニュース


7月13日13時55分配信 産経新聞


 民主党の小沢一郎代表は13日午前、都内で開いた「小沢一郎政治塾」の会合で講演し、政府と与党の機能の一体化を柱とした、同党が政権を獲得した場合の行政改革構想を明らかにした。

 小沢氏は「大きな変化の時は、官僚の積み上げで適切な決定はできない」と政治主導への転換の必要性を強調した上で、「英国はブレア首相の時に200人ぐらいの政治家が政府部内のポストについたといわれる。政策決定の責任者は政治家が行う仕組みになっているわけで、当然のことだ」と述べ、副大臣、政務官などとして政府に登用する議員を大幅に増やす考えを示した。さらに「自分らで政権を持っているのだから、党に政務調査会はいらない」と政策決定機関を政府に一本化する方針を示すとともに、官僚の国会答弁や、官僚による与野党議員への根回しを廃止する考えを明らかにした。
 また、首相公選制に関しては「天皇陛下が存在する中で、首相公選制というのはあり得ない。(大統領制ではなく)議院内閣制だからリーダーシップを発揮できないというのは議論は間違いで、国民と政治家の資質にかかっている」と否定的な見方を示した。


耐震偽装では、民主党は、問題を解決するより、混乱させる方向であったと感じているので、私はネガティブな印象を持っています。政治的な問題として、議論もなく有耶無耶にならないようにと取り上げてくれたことには感謝するものの、取り上げた中身は良くはなかったと思います。

ところで、政治や行政のことを考えると、与党の公務員改革は中途半端だし、中選挙区復活をめざす姿勢は、選挙というものを通じて議院内閣制や二院制を考える時、逆行であると感じていました。

小沢代表は、小選挙区や比例代表という選挙制度を、きちんと理解している政治家ではないかと思います。今の選挙制度に移行する時にも、大きな役割を果たしています。

現在の選挙制度は、中選挙区における金権政治の権化のようにいわれる田中角栄が問題視し、改めようと考えた制度だと私はきいています。田中角栄は、中選挙区の闘い方を熟知していたからこそ、勝つために「金権」化するとともに、その仕組みが適当ではないと感じていたからこそ、小選挙区と比例代表という選挙制度を構想したのではないかと思います。

中選挙区は、金のかかる選挙を避ける事ができません。同じ政党の候補同士の闘いが金権や利権による政治の温床になります。その一方で、政策本位で多数を獲得するという努力はおざなりになってしまいます。

小選挙区であれば、政策を基準とした多数獲得のための競争になります。一方、比例代表であれば、支持に比例した代表を選出することができます。その組み合わせが中途半端であるものの、現在の選挙制度は、昔の中選挙区や、全国区にくらべれば、はるかに良いと思います。

引用の記事から、選挙制度の改革に続いて、議院内閣制の強化が行われるのだと感じました。

私は、首相公選よりも議院内閣制を強化するべきだと思っています。これなら、憲法を改正する必要もありません。そして、議院内閣制をとる限り、時にねじれる二院があることには大きな意味があると思っています。一方で、憲法を改正してでも首相公選にするというのなら、我が国には、二院は必要ないだろうと思っています。

私は、選挙制度が中途半端であることと、官僚に権限をありすぎて議院内閣制が弱いという実情をのぞけば、我が国の制度は、良く出来た制度だと思っています。しかし、あいにく、行政改革や省庁再編は、これまで、中途半端な成果しか挙げてこられなかったように思います。

それは、議院内閣制をとるにもかかわらず、政治改革と、行政改革や公務員改革を別のものであるかのように議論して来たからではないかと思います。

その点で、小沢代表に期待が出来るのではないかと感じました。ただし、この方針は、みんなに受け入れられるとは思えません。

官僚にとっては、内閣を飛び越えて議員に接触し根回しをすることができたことが、都合が良かったはずです。中選挙区の金権、利権型の政治家にとっても、ギブ・アンド・テイクがあったと思います。それが、根刮ぎなくなってしまいます。そこに、陰に陽に抵抗がおこることになると思います。

政策の中身というより、政治をどのように進めるかという枠組みの話であり、どのようなメリットがあるのか、なかなか実感できませんが、小沢代表の理屈に、きちんと耳を傾けるべきではないかと感じました。もし小沢政権が実現したなら、公務員改革と、政治改革が一気にはかどることになると思います。これまで,二つの別の改革だと思われていたものが、融合することで、しかるべき方向に進みだすのではないかと期待します。

ところで、国会議員の数を減らすべきだという議論がありますが、それは、問題がある国会議員がいるということが問題なのであって、そうした人が選ばれないようにするべきだという問題がすり替えられてしまっているのではないかと思います。

きちんと政府の仕事をするためには、国会議員の数を減らしてはいけないと思います。

そして、数より質が問題です。

将来的には、衆議院は、小選挙区を中心とし、内閣を組織する与党の議員が政府部内で働くという役割が強化されることを期待します。一方、参議院は、比例代表を中心とすることで少数意見を尊重し、政党間の調整するためのより政治的な議院になるべきだと思います。
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by gskay | 2008-07-14 12:28 | 政治と役所と業界
違反建築への対応
違法に第一に対応しなくてはいけないのは、建築主なのでしょうか?それとも現在の所有者なのでしょうか?

耐震偽装に巻き込まれて以来の疑問です。

耐震偽装では、所有者には「寝耳に水」でした。所有者は、かやの外でした。売り主であるヒューザーと、区からの通知があるまで、何も知らされませんでした。すでに、公的には「発覚」し、調査が行われていたにもかかわらず。

同様の違和感を感じる記事です。

神奈川県大和市のマンション地階に違法駐車場、建築主は埋め戻す方針


2008/07/11
違反建築   大和市   一休商事   防災   建築基準法   駐車場  

 神奈川県大和市内の分譲マンション2棟に、建築確認申請の図書に記されず、建築基準法違反の部位がある地階の駐車場がこのほど見つかった。建築主だったデベロッパーの一休商事(神奈川県大和市)は、地階を埋め戻して申請図書どおりの建物に直す方針を明らかにしている。

 マンションは、1994年に竣工した延べ面積697m2のファーストクラス南林間(大和市林間2丁目)と、95年に竣工した801m2のファーストクラス大和西(大和市深見西1丁目)だ。どちらも鉄骨造、地上3階建て、住戸数17で、確認申請図書に記されていなかった地階の駐車場がある。駐車場は防災設備の点で、建築基準法27条と大和市建築基準条例42条1項3号に適合していない。容積率などその他の点では適法だ。

 駐車場に避難階段などの防災設備を設けて適法にすることも可能だが、一休商事は撤去して地階を埋め戻す方針で、居住者に同意を求めていく。阿部英明・一休商事会長は、「建物は確認申請のとおりにつくるべきものという原則に従いたい。1棟につき1週間程度の工期で、150万〜200万円程度かければ埋め戻せるだろう」と話している。問題を解決した後で、代表権を返上し、取締役を辞任することを考えているという。

 一休商事の阿部会長は、2棟の地階に駐車場を造った経緯について、「駐車場を望むマンション購入者が確認申請前の予想よりも多かった。そこで市の完了検査を受けた後に、マンションの建築設計者と相談してつくることにした」と説明している。建基法に基づく手続きをとらなかった点に関しては、「2棟の建築設計と工事監理を担当した大和市内の設計事務所がすでに廃業しているので、はっきりした事情はわからない」と述べている。

 大和市建築指導課は現地調査に基づいて、一休商事が完了検査の後ではなく当初から地階の駐車場を施工し、完了検査時には仮設資材で隠ぺいしていた可能性があるとみている。こちらの真相も、すでに工事監理者が廃業しているため、明らかにするのは難しい状況だ。

 一休商事はこのほかに、1998年に竣工した神奈川県厚木市内のマンションで、1階の屋内駐輪場を駐車場に変更して厚木市建築基準条例に抵触した。市建築指導課によると、抵触したのは屋内駐車場の出口が道路の交差点から5m以内にあってはならないという条文(53条1項)だった。一休商事は駐輪場に戻したい考えを市に伝達済みだ。 安藤 剛 [ケンプラッツ]

建物は、必ず、誰かが所有しているはずです。建物への責任は、まず所有者が負うべきだと思います。問題は、所有者が主体になって解決すべきです。その上で、最終的な負担や損害などについて、売り主や建築主など、関連の業者に請求すべきではないかと思います。

売り主や建築主を第一の主体と考えてしまうと、「廃業」していた場合、是正されない可能性があります。

引用の記事については、基準に違反している点を是正するのは所有者であり、所有者が好ましいと思う方向で是正されるべきだと思います。その上で、そこで生じた費用が売り主に請求されるべきだと思います。売り主の都合で、是正の方向が決まるのはおかしいと思います。

おそらく、業者は、是正のための工事で、最も簡単で安価な方法を選択したいと思います。しかし、それが、所有者にとって都合がよいとは限りません。所有者は、きちんと交渉し、不都合については補償を求めるべきだと思います。

また、共同住宅についての意思の決定は、管理組合の場で行うべきではないかと思います。そうした手続きについての配慮もおざなりになっていると感じる記事です。

この業者に問題があるのか、この記事が書かれた視点に問題があるのかわかりませんが、耐震偽装で、所有者や居住者が不在でも、平気で手続きが進んでしまったことを考えると、単なる業者や記事の問題と考えることはできません。むしろ、役所や業界、そして多くの人々に、広く共通した発想なのかもしれません。

私は、こうした発想を適切だとは思いません。
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by gskay | 2008-07-14 10:54 | 揺れる システム